柔軟な体制で新型コロナウイルスの影響は「ほとんどない」
実際のショートアニメ制作でポイントとなったのは、制作ツールにUnityを選んだことと、アセットなどをUnityに集約するための自社パイプラインツールを構築したことだ。
制作を担当したCGプロデューサー/テクニカルディレクターの野澤徹也氏、プロダクションマネージャーの小長井雅博氏によれば、制作を円滑に進めるためのパイプラインツールをつくっておくことで、ZBrush、Maya、Blenderといったあらゆるツールのあらゆるバージョンちがいの3Dモデルデータに対応できたそうだ。
▲『モクリ』制作フローの簡易図。アセット制作班とアニメーション班は自社用にカスタマイズしたパイプラインツールを介することで使用ソフトの制約なくデータをクラウドに共有することができ、コンポジット班はそのデータを取り込みUnity上でスムーズに作業を進められる
▲パイプラインの概略図
▲『モクリ』のパイプラインを支えたツール群。【左】パイプラインツール。短期間で環境を用意する必要から、オープンソースのパイプラインツール「Prism-Pipeline」を自社用にカスタマイズして活用した。ショット、アセットの各フォルダへ、シーンファイルの追加・編集・保存を行うことができる。各種DCCツールに対応/【右】ツールランチャー。こちらもオープンソースのツールランチャー「Allzpark」をカスタマイズしたもの。依存ライブラリやインハウスツールの収集、バージョン管理にも対応
▲【左】クラウド同期ツール「NextCloud」。自分たちでクラウドに立てたサーバのデータを、ユーザーのローカル環境と同期し、同じワークスペースのように運用することができる/【右】プロジェクト管理にはSHOTGUNが用いられ、ディレクターやスーパーバイザーのチェックはここで一元化された
この体制にしたのは、ショートアニメの制作資金をクラウドファンディングで集めることが決まっていたため(実際には達成目標500万円のところ、1,400万円超が集まった)、あらゆる規模感を想定しておく必要があったから。中国・大連に起ち上げたばかりのRoot Studioは制作スタッフを集めるところから仕事がスタートしたが、全体の予算が決まってからスタッフを募集し、採用したスタッフがどのツールを使っていても大丈夫なようにしておいたわけだ。
Unityを選択したのは、プロジェクトの特性から様々なアイデアを試せるリアルタイムレンダリングが適していると判断したため。野澤氏はアニメ制作にUnityを使用するのは初めてだったそうだが、結果として修正や対応が即座にできるUnityの恩恵は大きかったとした。
▲UnityのTimelineによるコンポジットの様子
▲カラースクリプト【左】を基にしたUnity上でのライティングの様子【右】。後工程でのポストエフェクトやカラコレの作業を考慮し、この段階では強い光や色は多用しない
▲ポストエフェクトの例。UnityのPost Processing機能やColorful FXアセットを使い、ブルームやスクリーンオーバーレイなどのポストエフェクトを追加。また、大地の広大さを表現するため、地形を映すカメラにレンズ歪みを加え、手前に歪みのないキャラクターを重ねることで広い地平線を演出している。【左】処理前の背景、【右】完成カット
制作過程で印象的だったのは、スタッフが独自のアイデアをどんどん出してくれた点だという。「モクリプロジェクト」のコンセプトや久保田監督と共有したイメージを伝えると、当時6名いたスタッフからは何をつくりたいかの提案が自主的に行われた。まさに、「モクリプロジェクト」らしいつくり方と言える。
アバターが使用されるVRChatでの風景を意識して質感はリアル寄りにすること、VR空間に馴染むゲーム寄りの3Dモデルにすることなど最低限のルールを決めることで統一感をもたせ、制作自体はスムーズに進んだ。
▲ショートアニメ用のモクリのCGモデル
▲モクリのファー設定。『モクリ』作中のキャラクターやプロップは基本的にPBRで描画されているが、モクリは柔らかい印象を与えるためにUnityアセットストアにあるファーシェーダ「XFur Studio」を利用して毛並みの表現をしている
また制作期間中、新型コロナウイルスがRoot Studioの拠点である中国を直撃したが、影響は「ほとんどなかった」という。Root Studioのオフィスは閉鎖となったものの、スタッフが在宅ワーク環境を即座に整えたことで、次の日には普段通りのやり取りが可能になった。そもそもテレワークを意識し、使用ソフトに縛られない環境を整えていたことで、問題なく乗り越えられたそうだ。
さらに、このショートアニメならではのものに「おそらく世界初」(野澤氏)という「バーチャルエキストラ」の出演がある。
「バーチャルエキストラ」は、出演者がVRアバターであるというだけで、映画やドラマにおける「エキストラ」とまったく同じ意味だ。ショートアニメの後半、上空を見上げて手を振っているレッサーモクリたちがその出演シーンだが、撮影は撮影はVRChat内のブルー/グリーン/マゼンタのバックセットで実施された。出演者を集め、カメラ役の撮影者も同行して出演者の演技を撮影する。ほんの数秒のシーンではあるが、VR発の、"みんなでつくっていく"「モクリプロジェクト」らしい試みだ。
▲バーチャルエキストラ撮影中の様子。バーチャルエキストラは個性的に改変したレッサーモクリのアバターを所持しているユーザーを対象に募集を行い、VRChat内のスタジオで撮影を実施
▲撮影したエキストラの合成前 【左】、合成後【右】。スタジオで撮影したカメラワークをUnity上で再現して背景のみを撮影し、エキストラ素材と合成
▲バーチャルエキストラの集合写真
"モクリ経済"で3Dクリエイターの未来をつくる!
ショートアニメが完成、披露され、その二次創作が広がっていくのはまたこの先の話となるが、今後の「モクリプロジェクト」自体はどのような展開が待っているのだろうか。
さわえみか氏、エグゼクティブプロデューサーの舟越 靖氏から語られたのは、「モクリプロジェクト」のさらにその先には、「VRアバターに関するコンテンツ制作が、経済活動に直結するしくみ」を整備したいというビジョンがあることだ。
例えば、あるアバターに触発されて、誰かがアクセサリをつくったとする。そのアクセサリにさらに触発されて、ちがう誰かが新たな衣装をつくったとする。このとき、もし「衣装を買いたい!」と言う人が現れて購入したら、衣装の作成者にも、アクセサリの作成者にも、そして大本のアバター制作者にもお金が入る、というイメージだ。
まさに二次創作を奨励する「モクリプロジェクト」の究極系であり、「モクリを中心とした楽しい二次創作が、様々な仕事になっていく」ことを目指したいという。二次創作が二次創作を呼び、その二次創作に関わる全ての人が幸せになる。まさに、"モクリ経済"と名付けたいビジョンと言える。
その取り組みのひとつとなっているのが、HIKKYが展開するECサイト「バーチャルマーケットβ」の「商品ツリー公認プログラム(仮称)」。二次創作をシステム的に許諾し、収益を分配するしくみで、このしくみを利用することで二次創作で「健康的にお金を稼げる」ようになる。
▲バーチャルマーケットβ
「モクリプロジェクト」にとって、二次創作が生まれ続けることはIPが半永久的に死なないことを意味する。ビジネス的な観点では大事なポイントだが、それ以上にさわえ氏は「モクリを使って楽しんでほしい」と純粋に思っているという。
「二次創作は、クリエイティビティのきっかけになる。二次創作から生まれるオリジナル作品もたくさんある。そのきっかけにしてくれたら嬉しい」とさわえ氏。さわえ氏の究極の理想は、「現実世界のイヌ、ネコと同じような感じで、VR世界にレッサーモクリがいること」という。
ファンに門戸を開き、公式とファンが一緒になって二次創作をつくり続ける「モクリプロジェクト」は、今後どこまでVR界に広がっていくのか。ぜひ注目したい。