>   >  ゲームアプリで地域の魅力を発信! 『群馬HANI-アプリ』が実現した、産官学連携で進む次世代のゲーム開発
ゲームアプリで地域の魅力を発信! 『群馬HANI-アプリ』が実現した、産官学連携で進む次世代のゲーム開発

ゲームアプリで地域の魅力を発信! 『群馬HANI-アプリ』が実現した、産官学連携で進む次世代のゲーム開発

Slackを通して約40名の学生を管理

ここで、改めてスケジュールについて確認しておこう。学校側から提案があったのは4~5月。公募締切が8月20日で、審査を経て契約が終了したのが9月中旬。最終納品は翌年3月末で、実際の制作期間は約半年間だった。

そこからスケジュールを逆算して、花井氏は年内の3ヵ月でグラフィックデータを作成し、年明けから3月末をプログラミングの期間に充てた。そのうえで太田情報商科専門学校を筆頭に、県下の専門学校に協力の打診をしていった。

最終的に本プロジェクトに名を連ねた専修学校は下記の5校で、約40名が参加した。このうち参加者数が15名を数えるなど、最も貢献度が高かったのが太田情報商科専門学校だ。2D・3Dの専門にかかわらず、複数のコースから学生が参加した。また、偶然にも仕様書作成を手がけた若手ゲームデザイナーが太田情報商科専門学校の卒業生と、同校に縁の深いプロジェクトになった。

太田情報商科専門学校(群馬県太田市)
東日本デザイン&コンピュータ専門学校(群馬県前橋市)
中央情報大学校(群馬県高崎市)
国際理工情報デザイン専門学校(千葉県千葉市)
アーツカレッジヨコハマ(神奈川県横浜市)
※は花井氏の赴任校

データの発注に際して熱中日和側から提示した条件には、「連絡や納品はSlackで行うこと」、「質問などは学校を経由せず、Slackで直接行うこと」、「質問や修正に関する要望は1営業日以内で返答すること」などがあった。他に仕様書(画像の収め方、アウトライン、塗りの付け方など)・発注リスト・確認用ツール(Unityプロジェクトかexeファイル)などが提供された。また、専任のデザイナーが1名つけられ、質疑応答やチェックバックに臨んだ。

発注内容は埴輪のキャラクターデザインとアニメーションデータ(約10種類)の2種類で、制作する埴輪は第一世代(幼児相当)から第四世代(成人相当)まで約40種類だ。このうち学生は、1人1種類以上の埴輪データをつくることが条件となる。アニメーションデータには全コマのイラストを作成し、png画像で提出する方式と、UnityのAnimatorで作成し、Assetにして提出する方式が提示された。

▲熱中日和から学生に示された発注仕様書(一部)

これに対して学生は(前述の通りコースがまちまちだったこともあり)、Photoshopで連番データを作成する者もいれば、3DCGモデルをつくり、アニメーションをつけた上で、2Dイメージにレンダリングした者もいた。中には2Dアニメーションソフトをベースにデータを作成したケースもあったほどだ。「学生の専攻やスキルにあわせて、かなり自由に作業を進められました」(太田情報商科・鈴木氏)。

もっとも、約40名の学生をSlack上で管理するのは、なかなか大変だった。参加者の2/3は女子学生で、可愛らしいキャラクターを好む傾向があり、第一世代~第二世代の埴輪デザインに希望が集中した。その一方で、作業が進むうちに連絡が取れなくなる学生も出てきた。学校によっては、約半数の学生が脱落したほどだ。こうした中でも、太田情報商科専門学校の学生は全員が最後までやりきった。花井氏は「先生方による学生指導の賜物で、週1回は放課後に学生を集めて声がけをしていただくなど、サポートしていただいた」とふり返った。

これに対して同校の専任教員として学生指導にあたった鈴木岳見氏と丸山和哉氏は、「学校側を経由せずに、直接Slackで学生が連絡できたため、時間のロスが少なかった。教員側の負担も軽減できた」とふり返った。学生側からも質問に対する回答や、クオリティチェックなどが短時間で受けられたので、好評だったという。時間がかかると、それだけモチベーションが下がってしまうからだ。

▲熱中日和から学生に示された提出チェックリスト(一部)

ただし、このように企業と学生が直接つながることで、トラブルが発生することもあり得る。本プロジェクトでは教員側もSlackで参加したが、授業や校務などもあり、常時状態を確認できるわけではない。それでも大きなトラブルがなく完遂できたのは、花井氏が講師業を通して教員と信頼関係が築けていた点が大きいという。太田情報商科専門学校の鈴木氏は「県側から打診を受けたとき、すぐに花井氏の顔が浮かんだ」という。信頼できるパートナーあってこその産学連携だと述べた。

「プロのゲーム開発者との共同制作を通して、学生がモノをつくることの責任感について学べました。今回はその点が最も大きかったと思います。参加した学生からも『こうした経験が在学中にできて良かった』などの声が寄せられました。こうした経験は、プロとして長く仕事を続けていける人材を輩出する上で、重要な要素だと思います。熱中日和さんのように、信頼できるプロと連携できるのであれば、今後もどんどんやっていきたいですね」(太田情報商科専門学校・鈴木氏)。

ちなみにクオリティ面では「最初の埴輪デザインの段階では『埴輪らしさが出ているか』、『それぞれの特徴が出ているか』という点を中心にリテイクが出されることもあった。しかし、それ以外で大きな修正要求はなかったという。実際、言われなければプロによるものか、学生によるものか、判断がつきにくいレベルに仕上がった。学校側の指導の賜物だろう。

▲学生がオリジナル埴輪のデザインとデータ作成を担当したプレイ画面

なお、本作には育成ゲームならではの工夫も行われている。全体のボリューム感と想定プレイ期間だ。本作は小学生から一般層まで幅広い層をターゲットとしている。このことは毎日遊ぶヘビーユーザーから、両親のスマホを借りて週に1回程度プレイする子どもたちまで、遊ばれ方が不明瞭であることを意味している。そこでゲームの進行速度でばらつきを抑えるため、プレイ頻度に応じて成長速度が自動的に調整されるしくみが加えられている。

ともあれ、こうしたサポートや学生自身の頑張りなどもあり、スケジュールは順調に進行。当初の予定通り、2020年3月末日にリリースすることができた。なお、産学連携を通して、グラフィックデータの制作工数は約半分にまで短縮できたという。

▲花井氏(写真後列左)と開発に参加した太田情報商科専門学校の学生たち

リリース後の反響と今後の展開

こうしてリリースされた本作。総ダウンロード数は約2万件で、「無料アプリとはいえ、ほとんど宣伝していない状況で、この数字は快挙」(熱中日和・花井氏)だという。酒井氏も「育成できるのは県内で出土した埴輪だけなので、遊んでもらえるのも県民が中心だろうと思っていました。そのため当初のダウンロード目標は1,000件でした。それが、こんなに多くの人に遊んでもらえて驚いています」とコメントした。

もっとも、そこにはSNSなどを用いたプロモーション活動があった。そのひとつが、県の公式Instagram「ぐんまハニスタグラム」だ。「Instagramには、個人アカウントで飼い猫の写真などをアップロードしていました。公式ホームページによる情報発信ではワンクッションあるので、もっと即時的で、視覚的な情報発信ができたらと思い、スタートしました」(酒井氏)。それまでのイベントで知り合いになった埴輪ファンが登録してくれて、情報拡散に貢献してくれた。

そうしたインフルエンサーの1人が、古墳にコーフン(興奮)する集団「古墳にコーフン協会」の代表で、古墳シンガーのまりこふん氏だ。これに限らず、古墳ファン、埴輪ファンには若い女性が多いという。「土偶ファンにも通じるところがあると思うのですが、特に埴輪には『ゆるいデザイン』が多く、ツッコミどころが多い点が共感を呼ぶのではないでしょうか。また、文字がない時代の出土品なので、いろいろ想像して自分なりのストーリーがつくれる点が人気の要因かもしれません」(酒井氏)。

また、コロナ禍の外出制限もプラスに働いたという。「このゲームで埴輪について知ってもらって、いつか実際に親子で博物館に行けたら良いよね......。そんな声も耳にしました。コロナがなければ、ここまでダウンロード数が伸びなかったかもしれません」(酒井氏)。花井氏も同様で、「県のホームページで感染者数の情報を得た際に、本ゲームの存在を知った人も多かったようだ」とふり返った。

▲群馬県公式はにわガイドブック『HANI-本(ハニぼん)』

このほか、本作の開発と並行して、群馬県公式はにわガイドブック『HANI-本(ハニぼん)』も県の予算で制作・出版された。教育関係の専門新聞社にプレスリリースも出した。「クイズを解いてもらえれば、埴輪についての知識が身につく。ステイホームで外出できなくても自宅で楽しんでもらえるツールとしてアピールしました。つくって終わりではなくて、『いかに広報をするか』に熱量をかけています。もちろん、お金をできるだけかけずに、ですが(笑)」(酒井氏)。

今後の展開についても準備が進んでいる。「今年はコロナ対応が優先されて、予算がとれませんでした。しかし、せっかくゲームと本で埴輪について学んでもらったので、2021年度は改めて予算をつけて、Webで『埴輪検定』を実施しようと思っています。アプリをアップデートして、そこからWebにアクセスしてもらい、回答してもらうイメージです」という。

ただし、自治体が主導するゆえの問題もある。単年度決算の縛りで、サーバの運営費が捻出できない点だ。「育成ゲームで、何年も運営されることを考えたとき、サーバが立てられれば、埴輪やクイズの追加など、アイデアも広げられたのですが......」と花井氏は語る。細かいバージョンアップや修正についても、同社が無償で行なっている状態だ。いずれも担当者ではどうにもならず、国全体の制度設計の話となる。

▲ゲームのクイズ画面(左)とチェックイン画面(右)

発注条件にもあるように、本作には「実際の古墳に出かけて『発掘』すると、特別なごはんをゲットできる」、「県内32か所の博物館や東京国立博物館に行くと『お友達埴輪』をゲットできる」など、GPS機能を活かした仕様がある。もっとも、このうちリリース時は群馬県内の92箇所の古墳にしか対応していなかった。これが8月20日のアップデートで、県外129箇所でも発掘できるようになった。

花井氏は「いずれも半日程度の作業で、それほど負担ではない。自分は神奈川県在住なので、県外対応は当初からやりたかったことのひとつ」と語るが、イレギュラーな対応であることは事実だろう。本来であれば年度ごとに保守運営費が別立てで用意されるべきだが、補助金ベースでのアプリ開発では難しい。前述の通り、年度ごとに予算執行が求められるからだ。

本件に限らず、こうした「複数年度にまたがったアプリ運営の予算捻出」問題は、自治体主導型アプリ開発の関係者で、ネックとしてあがる項目のひとつだ。別途進めているヒアリングでも、契約書に「OSのアップデートに関する修正対応は行わない」と明記された例も聞かれた。このことは、せっかくつくられたゲームが関係者の意図によらず、遊べなくなることを意味している。今後議論が求められる点だろう。

もっとも、こうした課題は公費でアプリ開発が行われるようになって、はじめて明らかになってきた事柄だ。問題があれば、それに即したように制度設計を変えればいい、ということになる。それができるか否かは、自治体主導型のアプリ開発が今後、どれだけ盛り上がるかにかかっている。産官学連携で実現した『群馬HANI-アプリ』は、その興味深い事例のひとつだといえそうだ。

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