>   >  『チコちゃんに叱られる!』が体現するCGの新たな可能性〜第4回「CGWORLD AWARDS」大賞記念インタビュー
『チコちゃんに叱られる!』が体現するCGの新たな可能性〜第4回「CGWORLD AWARDS」大賞記念インタビュー

『チコちゃんに叱られる!』が体現するCGの新たな可能性〜第4回「CGWORLD AWARDS」大賞記念インタビュー

<2>チコちゃんが「リアル」な理由は着ぐるみとの相乗効果

CGW:チコちゃんは、昨年末の『第69回NHK紅白歌合戦』にも出演されましたね。生放送での登場でしたが、どのように対応されましたか?

:顔のトラッキングは追っかけるだけではなく、角度も取らなくてはいけないという非常に難易度が高いものでしたので、番組スタッフの方との相談の結果、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」の瞬間だけをCGで置き換えることにしました。普通に歩いているところまでCGで置き換えられたら良かったのですが、生放送なのでエラーが起こった場合、リカバリーができないので、リスクの少ない方法を選択しました。

CGW:そうでしたか。

:表示にはUnityを使いました。事前の学習はディープラーニングで学習したモデルを使って、そこから顔の位置や角度を計算して求めるという方法です。顔のリアルタイムのディープラーニングは以前から取り組んではいたんです。いつか生放送でやりたいよねとプロデューサーと早い段階から話をしていました。ただ、簡単ではありませんでした。最低限のことはできそうだという目処がたった頃に『紅白』の話が具体化して、やってみようということになったんです。

中野:チコちゃんの顔にマーカーを置けばトラッキングの認識をしやすいのですが、紅白はNHKホールに一般の視聴者さんを入れての生放送ですから、そこでマーカーを付けたチコちゃんをお見せするわけにはいきません。

CGW:チコちゃんの顔はトラッキングしづらい?

:そうですね。僕たちは普通に人間の顔だと認識するのですが、顔認識アプリの開発者にチコちゃんを見てもらったときに、難しいと言われたことがあります。実際そのアプリでは認識できませんでした。



▲トラッキング中のNUKEの画面。番組収録時の着ぐるみの上に、3Dの頭部モデルを重ね、その動きを解析している。頭部モデルは着ぐるみの頭部を3Dスキャンしたデータが基になっているため、両者のかたち状にはほとんど差がなく、高精度のトラッキングが可能だ



CGW:キャラクター化されている部分で何かが認識されないわけですね。

中野:チコちゃんは鼻の穴もなければ口の位置もディフォルメされていますから。

:目と口の位置関係が合わないわけです。色々な教師データを試せれば良かったのですが、ある程度認識できるようになってから、安定させるのに苦労して、新たな教師データを試すほどの余裕はありませんでした。

中野:生放送ではトラッキング以外にももうひとつ課題がありました。通常の放送収録ではチコちゃんの首の下が見えないようにマスクを切ってCGを乗せているのですが、リアルタイムでそれを行うことはできないんです。

:事前の打ち合わせで「上を向かないように」とか「顔の前に手が出ないように」とお願いをしました。結果として、できるのは「ボーッと生きてんじゃねーよ!」の瞬間を置き換えるだけでした。もう一歩何かが進まないと難しい感じです。先日(3月30日)、『着信御礼!ケータイ大喜利』にチコちゃんが出演しましたが、CG加工はしませんでした。チコちゃんは、着ぐるみでも実際にそこに存在することができるということが重要なんだと思います。

CGW:番組ではいつもチコちゃんとタレントさんの目線のやりとりがとても自然です。どのような工夫があるのでしょうか?

中野:チコちゃんの演技で顔の向きはできています。そこにCGでさらに細くタレントさんとの視線を合わせたり、アクションによっては目を逸らせたりと演出していくわけです。もし現場にチコちゃんがいない、フルCGだったらそうはならないと思います。

中野:チコちゃんは最初にトラッキングをしてMayaの空間内で顔が動いている状態で表情をつけるという方法を採っています。試しに先に表情と口パクをつけてから動かしてみたことがあるのですが、同じ口・同じ表情をつけたとしても躍動感がまったくなくてダメでした。



▲「あ」のモーフターゲットの操作結果



CGW:何がちがうのでしょうか?

中野:動きのリアルさが大きな要因だと思います。チコちゃんの表情はシンプルで、アニメーションも決して複雑なものではありません。ですが、動きがとてもリアルなので、シンプルな表情でもタイミングや間が合っていることでリアルに見えるんです。「チコちゃんは目がすごくリアルだね」と言われることがあるのですが、動きとしてはわりとシンプルです。周りからライトを当ててスペキュラーが入っているだけなのですが、動きがリアルだから上手いこと目に反射してその結果、リアルに見えているわけですね。ライティングのプリセッティングが上手くいった賜物ですね。

CGW:バラエティ番組向けのCGはスピード勝負になりがちなところを、演出と工夫で乗りきられているので、チコちゃんという存在は今後、CG制作現場だけではなく、コンテンツ産業全体にとって良いモデルケースになっていくのではないかと思います。

:確かにバラエティ番組にしてはCGを多く使っているケースだと思います。ただ、やはり番組自体の結果が着いてこなければ続けることができません。他所からもこうしたキャラクターが生まれて競争できるようになってきたら面白いなと思います。リアルタイムのグラフィックは課題ですし採り入れていきたいと思っています。深夜番組にはVTuberの番組が増えてきているので、そうした中からチコちゃんのライバルが生まれるかもしれませんね。

  • 林 伸彦氏(CGプロデューサー)
    NHKアート



中野:先ほどのメッセージを送ってきた友人は、お子さんがこの番組にすごくハマっているそうなんです。友人は、この番組によってその子がCGというものを初めて知ったのだと書いてくれていました。NHKの番組ですからそうした方が全国に大勢いらっしゃることでしょう。番組内でもCGを隠すことなく、むしろ積極的に発信してくださって「CGってこういう見せ方もあるんだ」と示してくれています。木村さん・岡村さんとも収録の度にお話させていただいて、励ましを頂いたり参考意見をいただいたりと、とても協力的な体制が組めています。こんなにCGのことを重宝してくれる番組はほかにありませんね。

CGW:最後に今後の展望についてお聞かせください。

中野:2017年に放送された特別番組のときは、それほど視聴率があったわけでもなかったのに、Twitterで気づいてくれたり興味をもってくれた人がいました。その段階では、まずレギュラー番組化をしたいと話して、いずれは紅白・流行語大賞にという冗談を言っていたものでした。そうしたら全て昨年のうちに叶ってしまいました。あとはチコちゃんグッズが既にかなり発売されており、そのイラストの表情を僕がつくらせていただいたりもしているんですよ。

CGW:それはすごい!

中野:そのイラストがあしらわれたグッズが全国で販売中で、そして今回CGWORLDさんの大賞までいただいてしまい、他の賞もいただいたりと、ほしいものが全て叶ってしまったという状態です。これからどうしようかと(笑)。ただ、チコちゃんは番組自体が「原作」だと思っていますので、 その番組で常に一番魅力的なチコちゃんを、そして同じことをするのではなく、どんどん魅力を増やしていくようにしたいですね。これはまったくの個人的な目論観てすが、例えばチコちゃんのショートアニメとか、VRのチコちゃんとか、番組のプラスアルファになるようなことを挑戦していけたらと思います。先日「みんなのうた」に番組からカラスのキョエちゃんが出張して歌を出したんです。今年の年末も何かあったら嬉しいですね(笑)

:NHKアートという会社は名前が出ることが少ないので、CGWORLDで記事にしていただいたり、今回のように大賞をいただくことで多くの方にNHKアートというのはこういうことをやっている会社なのだと知ってもらえることがとても嬉しいです。今年も様々な番組がありますので、NHKアートをより知ってもらえるような結果が出せればと思います。チコちゃんのCGプロデューサーとしての立場からは、今年も安定してミスなく送り出せるようにするということが一番の課題です。世間的に「働き方改革」が求められているわけですが、限られた期間でより良いものをつくっていく。そして中野と同じく何か新しいことをかたちにできたらと思い、少しずつ仕込んでいます。これからも放送を楽しみにしていてください!



Profileプロフィール

『チコちゃんに叱られる!』CG中核スタッフ(NHKアート)

『チコちゃんに叱られる!』CG中核スタッフ(NHKアート)

左から、中野大亮氏(CGディレクター)、林 伸彦氏(CGプロデューサー)
以上、NHKアート

スペシャルインタビュー