「ボーっと生きてんじゃねーよ!」の決め台詞でおなじみの『チコちゃんに叱られる!』(NHK総合/毎週金曜 午後7時57分/再放送 毎週土曜 午前8時15分)。2018年のレギュラー放送開始から人気が加速し、2019年は本放送と再放送を合わせ、今や約30%の視聴率を誇る国民的番組となった。子どもからシニアまで幅広い人気の番組だが、バラエティ番組における新たなCGの使い方としても2017年のパイロット版放送当初から注目を集めていた。この度、第4回「CGWORLD AWARDS」大賞記念として、同番組でCGプロデューサーを務める林 伸彦氏(NHKアート)と、CGディレクターの中野大亮氏に制作の舞台裏と手応え、今後の展望について聞いた。

※本記事は、2019年4月上旬に実施したインタビュー内容に基づきます。

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TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura、西原紀雅 / Norimasa Nishihara(CGWORLD)
PHOTO_弘田充 / Mitsuru Hirota



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<1>「働き方改革」2年目のチコちゃんは制作スピード150%で

CGWORLD(以下、CGW):この度、第4回「CGWORLD AWARDS」大賞を『チコちゃんに叱られる!』のCG・VFX制作をリードされていらっしゃるNHKアートの皆さんにお贈りさせていただきました。番組自体は2018年のレギュラー放送開始以降、瞬く間に人気となり、紅白歌合戦出場・流行語大賞トップテンと、社会現象になりました。当事者としてはどんな1年間だったと実感していますか?



  • 第4回「CGWORLD AWARDS」大賞記念トロフィー。「CGWORLD AWARDS」の中核となるのが「大賞」であり、対象年度において日本のデジタル・コンテンツ制作現場で目覚ましい活躍を遂げられた個人・団体を対象とした人物賞である


NHKアート/林 伸彦CGプロデューサー(以下、林):番組が始まった当初は、毎週遅れることなく届けられるのかを心配していましたが、スタッフのがんばりもあり、安定したクオリティで一度もミスなく届けることができたことに、まずは安心しています。普段はあまり視聴率を意識しないのですが、『チコちゃんに叱られる!』の放送が始まった頃は視聴率がネットニュースになったりしたので、それによって多くの視聴者の方に届いているんだなと感じたりしました。

CGW:人気を実感したのはいつ頃でしょうか?

NHKアート/中野大亮CGディレクター(以下、中野):実感したのは初回放送時(2018年4月13日)ですね。去年の春にNHKの新番組ポスターにチコちゃんが登場しているのですが、その頃はまだそれほど認知が進んでいなかったと思います。2017年にパイロット版をつくって放送したときに、スタッフ間ではレギュラー番組化したら10%を超えると良いねと話をしていたら......。

:初回の金曜の本放送(よる7:57〜)で10%、土曜の朝の再放送(あさ8:15〜)で13%あったんです。その後も高い視聴率を維持しているので、けっこうプレッシャーに感じていたりしてます(笑)

CGW:どういうところが人気の要因だったと思いますか?

:僕としては最初にお話をいただいたときから、チコちゃんはキャラクターとして非常に新しい見え方になるだろうという予感がありました。表情が自由に変わる着ぐるみキャラクターはこれまでなかったと思います。それに番組で取り扱う題材の面白さ、セリフ(声:木村祐一さん)の面白さとかの色々な要素が上手く噛み合った結果だと思います。

CGW:CGWORLD.jpにも転載させていただいたメイキング記事も本放送と再放送の時間帯の度にPVがグッと増えるんですよ。記事公開は昨年の7月だったのですが、現在でも週間人気記事ランキングで上位に入り続けています。

関連記事:TV番組『チコちゃんに叱られる!』メイキング CGと着ぐるみの融合でクルクルと表情を変える5歳児キャラクター

:1年近くも多くの方々に読まれているということは、CGの技術者やアーティスト以外の一般の方も興味をもってくれているということですよね。それも多くの視聴者の方に支持されているひとつの目安だと感じます。

中野:長らく連絡をとっていなかった親戚や昔の友達が Facebookで「観てるよ」というメッセージを送ってきてくれたりしましたね(笑)

:よく行くお店の方も「毎週観てるよ」と言ってくれるので、色々なところに観てくれている人はいるのだなと実感するようになりました。でも、本当に誰でも知っているのかと言うと、そうではなく、親戚から「何それ?」と言われたこともあるので、そこは奢ってはいけないなと(笑)

中野:仮に視聴率が20%だとしても80%の人は観ていないわけですからね。

CGW:制作体制はどのようになっていますか?

中野:今年3月までの放送では、CGを加えるカットが毎週約200カットあり、編集された状態から3週間でCG部分を制作していました。3班中2班はNHKアートのスタッフ、残る1班は外部の協力会社のスタッフで構成されています。これまでの放送分は、前半をヴォクセルさん、後半をCONTORNOさんにお願いしていまいました。4月からはNHKアートとCONTORNOさんの2社で制作を行なっています。

  • 中野 大亮氏(CGディレクター)
    NHKアート

:今年4月放送分からはCGの制作期間が2週間になりました。その分、作業ボリュームを抑える必要がありました。そうした取り組みの一環として始まったのが、「働き方改革コーナー」です。通常ですとスタジオで収録したチコちゃんにCGで表情などを加えていくのですが、このコーナーでは画面左下のワイプにチコちゃんの顔だけが出てくるだけの状態なんです。そのためトラッキングも不要ですしマスクも切らずに済みます。全ての情報をテクスチャに焼き付けることができるので、1フレームのレンダリングが通常ですと1分ほどのところ、このコーナーは1秒ほどになります。コーナーの尺自体は長めなのですが、以前からの念願であった、リアルタイムに近いことが実現しました。

CGW:スタジオの制作スタッフとは普段どのような打ち合わせをされていますか?

中野:制作の人たちは週1〜2回の打ち合わせをしているのですが、僕たちは編集された映像を渡されて自由に表情を付けているので、あまり頻繁にやりとりをしているわけではないんですよ。

CGW:となると、映像のチコちゃんの動きと木村祐一さんの声から判断して表現をするわけですか?

中野:そうです。与えられた映像からどのように面白くするかを考えています。

:ディレクターから「どうしてもこのようにしてほしい」とリクエストが出るのは1割もないくらいですね。

中野:例えば、「ボーっとアイドルをやってんじゃねーよ!」のようなかたちで「ボーっと生きてんじゃねーよ!」のバリエーションが増えていくなかで、チコちゃんが大笑いして涙を流しながら言ったことがありました。そうしたときにはディレクターから、いつもとちがうバージョンでというお願いをされます。基本的な表情に関しては「おまかせ」になっています。

CGW:技術的な課題もありますが、演出・表現面でもアーティスト側が積極的につくれるというのはバラエティ番組では珍しいですね。

:そうですね。ある種、自由にやらせてもらっているという言い方もできると思います。

中野:表情は僕が全てチェックしているのですが、半分演技指導みたいなかたちで、僕がやりたいようにスタッフにつくってもらっています。慣れるまで最初は時間がかかりましたが、最近は直しを出すということもかなり減ってきましたね。

CGW:設備投資などはされていますか?

:レギュラー放送開始以降では、昨年の秋にレンダーサーバを増やしました。

中野:表情のバリエーションは徐々に増やしています。同じものばかりですと飽きてしまいますので。「にらめっこ」のコーナーで新しく作成した表情や仮装が通常パートでも使えそうな場合は積極的に活用するようにしています。

CGW:逆に言えば「にらめっこ」のコーナーは新しい表情をつくる実験場になっているわけですね。

中野:そうですね。あのコーナーは毎回僕がつくっていて大変なのですが、やはり同じことをくり返しても面白くないので自分の中で挑戦の場と位置付けています。CGでは難しかったり手間のかかる表現を10秒の尺で試しています。

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<2>チコちゃんが「リアル」な理由は着ぐるみとの相乗効果

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<2>チコちゃんが「リアル」な理由は着ぐるみとの相乗効果

CGW:チコちゃんは、昨年末の『第69回NHK紅白歌合戦』にも出演されましたね。生放送での登場でしたが、どのように対応されましたか?

:顔のトラッキングは追っかけるだけではなく、角度も取らなくてはいけないという非常に難易度が高いものでしたので、番組スタッフの方との相談の結果、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」の瞬間だけをCGで置き換えることにしました。普通に歩いているところまでCGで置き換えられたら良かったのですが、生放送なのでエラーが起こった場合、リカバリーができないので、リスクの少ない方法を選択しました。

CGW:そうでしたか。

:表示にはUnityを使いました。事前の学習はディープラーニングで学習したモデルを使って、そこから顔の位置や角度を計算して求めるという方法です。顔のリアルタイムのディープラーニングは以前から取り組んではいたんです。いつか生放送でやりたいよねとプロデューサーと早い段階から話をしていました。ただ、簡単ではありませんでした。最低限のことはできそうだという目処がたった頃に『紅白』の話が具体化して、やってみようということになったんです。

中野:チコちゃんの顔にマーカーを置けばトラッキングの認識をしやすいのですが、紅白はNHKホールに一般の視聴者さんを入れての生放送ですから、そこでマーカーを付けたチコちゃんをお見せするわけにはいきません。

CGW:チコちゃんの顔はトラッキングしづらい?

:そうですね。僕たちは普通に人間の顔だと認識するのですが、顔認識アプリの開発者にチコちゃんを見てもらったときに、難しいと言われたことがあります。実際そのアプリでは認識できませんでした。



▲トラッキング中のNUKEの画面。番組収録時の着ぐるみの上に、3Dの頭部モデルを重ね、その動きを解析している。頭部モデルは着ぐるみの頭部を3Dスキャンしたデータが基になっているため、両者のかたち状にはほとんど差がなく、高精度のトラッキングが可能だ



CGW:キャラクター化されている部分で何かが認識されないわけですね。

中野:チコちゃんは鼻の穴もなければ口の位置もディフォルメされていますから。

:目と口の位置関係が合わないわけです。色々な教師データを試せれば良かったのですが、ある程度認識できるようになってから、安定させるのに苦労して、新たな教師データを試すほどの余裕はありませんでした。

中野:生放送ではトラッキング以外にももうひとつ課題がありました。通常の放送収録ではチコちゃんの首の下が見えないようにマスクを切ってCGを乗せているのですが、リアルタイムでそれを行うことはできないんです。

:事前の打ち合わせで「上を向かないように」とか「顔の前に手が出ないように」とお願いをしました。結果として、できるのは「ボーッと生きてんじゃねーよ!」の瞬間を置き換えるだけでした。もう一歩何かが進まないと難しい感じです。先日(3月30日)、『着信御礼!ケータイ大喜利』にチコちゃんが出演しましたが、CG加工はしませんでした。チコちゃんは、着ぐるみでも実際にそこに存在することができるということが重要なんだと思います。

CGW:番組ではいつもチコちゃんとタレントさんの目線のやりとりがとても自然です。どのような工夫があるのでしょうか?

中野:チコちゃんの演技で顔の向きはできています。そこにCGでさらに細くタレントさんとの視線を合わせたり、アクションによっては目を逸らせたりと演出していくわけです。もし現場にチコちゃんがいない、フルCGだったらそうはならないと思います。

中野:チコちゃんは最初にトラッキングをしてMayaの空間内で顔が動いている状態で表情をつけるという方法を採っています。試しに先に表情と口パクをつけてから動かしてみたことがあるのですが、同じ口・同じ表情をつけたとしても躍動感がまったくなくてダメでした。



▲「あ」のモーフターゲットの操作結果



CGW:何がちがうのでしょうか?

中野:動きのリアルさが大きな要因だと思います。チコちゃんの表情はシンプルで、アニメーションも決して複雑なものではありません。ですが、動きがとてもリアルなので、シンプルな表情でもタイミングや間が合っていることでリアルに見えるんです。「チコちゃんは目がすごくリアルだね」と言われることがあるのですが、動きとしてはわりとシンプルです。周りからライトを当ててスペキュラーが入っているだけなのですが、動きがリアルだから上手いこと目に反射してその結果、リアルに見えているわけですね。ライティングのプリセッティングが上手くいった賜物ですね。

CGW:バラエティ番組向けのCGはスピード勝負になりがちなところを、演出と工夫で乗りきられているので、チコちゃんという存在は今後、CG制作現場だけではなく、コンテンツ産業全体にとって良いモデルケースになっていくのではないかと思います。

:確かにバラエティ番組にしてはCGを多く使っているケースだと思います。ただ、やはり番組自体の結果が着いてこなければ続けることができません。他所からもこうしたキャラクターが生まれて競争できるようになってきたら面白いなと思います。リアルタイムのグラフィックは課題ですし採り入れていきたいと思っています。深夜番組にはVTuberの番組が増えてきているので、そうした中からチコちゃんのライバルが生まれるかもしれませんね。

  • 林 伸彦氏(CGプロデューサー)
    NHKアート



中野:先ほどのメッセージを送ってきた友人は、お子さんがこの番組にすごくハマっているそうなんです。友人は、この番組によってその子がCGというものを初めて知ったのだと書いてくれていました。NHKの番組ですからそうした方が全国に大勢いらっしゃることでしょう。番組内でもCGを隠すことなく、むしろ積極的に発信してくださって「CGってこういう見せ方もあるんだ」と示してくれています。木村さん・岡村さんとも収録の度にお話させていただいて、励ましを頂いたり参考意見をいただいたりと、とても協力的な体制が組めています。こんなにCGのことを重宝してくれる番組はほかにありませんね。

CGW:最後に今後の展望についてお聞かせください。

中野:2017年に放送された特別番組のときは、それほど視聴率があったわけでもなかったのに、Twitterで気づいてくれたり興味をもってくれた人がいました。その段階では、まずレギュラー番組化をしたいと話して、いずれは紅白・流行語大賞にという冗談を言っていたものでした。そうしたら全て昨年のうちに叶ってしまいました。あとはチコちゃんグッズが既にかなり発売されており、そのイラストの表情を僕がつくらせていただいたりもしているんですよ。

CGW:それはすごい!

中野:そのイラストがあしらわれたグッズが全国で販売中で、そして今回CGWORLDさんの大賞までいただいてしまい、他の賞もいただいたりと、ほしいものが全て叶ってしまったという状態です。これからどうしようかと(笑)。ただ、チコちゃんは番組自体が「原作」だと思っていますので、 その番組で常に一番魅力的なチコちゃんを、そして同じことをするのではなく、どんどん魅力を増やしていくようにしたいですね。これはまったくの個人的な目論観てすが、例えばチコちゃんのショートアニメとか、VRのチコちゃんとか、番組のプラスアルファになるようなことを挑戦していけたらと思います。先日「みんなのうた」に番組からカラスのキョエちゃんが出張して歌を出したんです。今年の年末も何かあったら嬉しいですね(笑)

:NHKアートという会社は名前が出ることが少ないので、CGWORLDで記事にしていただいたり、今回のように大賞をいただくことで多くの方にNHKアートというのはこういうことをやっている会社なのだと知ってもらえることがとても嬉しいです。今年も様々な番組がありますので、NHKアートをより知ってもらえるような結果が出せればと思います。チコちゃんのCGプロデューサーとしての立場からは、今年も安定してミスなく送り出せるようにするということが一番の課題です。世間的に「働き方改革」が求められているわけですが、限られた期間でより良いものをつくっていく。そして中野と同じく何か新しいことをかたちにできたらと思い、少しずつ仕込んでいます。これからも放送を楽しみにしていてください!