2020年はXRのターニングポイント
CGW:話は変わりますが、遅ればせながら書籍『ミライをつくろう!』改訂版の出版おめでとうございます。自分も改訂版の方で拝読しました。
近藤:ありがとうございます。良いタイミングで出せて良かったです。
CGW:この本の中でVR OSの重要性について触れられていますね。少し解説していただけますか?
近藤:Quest 2のOSはAndroidベースで、そこにシェルとしてVRデバイスとしての機能が載っている感じなんです。つまり、ネイティブのVR OSではないんですね。そのためアプリは一度に1つしか動かないとか、複数のアプリを超えてコピー&ペーストができないとか、様々な制約があります。言ってみればMS-DOSからWindows 3.1になったくらいの段階でしょうか。CUIからGUIになったんだけど、まだ古い設計思想を引きずっていて、使い勝手もあまり良くないと。
CGW:なるほど。
近藤:だからAndroidベースといっても、スマートフォンより退化しているんです。そのためFacebookでも開発が進んでいると思います。ただ、彼らはVRだけではなくて、ARの研究開発も進めています。そのため、VR OSとAR OSが近い将来、統合されてXR OSになるだろうと思います(www.facebook.com/watch/?v=344785283524349)。
CGW:Quest 2でもパススルー機能が搭載されていますが、ガーディアン境界線を設定するくらいしか使い道がなくて。もっと活用したいと思いますよね。
近藤:そうですね。今後パススルーの解像度がもっと上がって、常に動作しているような時代になれば、VRとARがシームレスな体験にできます。ちょうど現実をアルファブレンドするように、アルファ値をゼロにしたらVR空間で、100にしたら現実空間が見られて。50にしたら両方が重なって見えているような。そこにいろいろな情報を張り付けておけば、現実を拡張できますよね。
CGW:HoloLens 2の全天球版といったイメージですね。
近藤:ええ。HoloLens 2のCGが空間に張り付く感じと、VRのリアリティが共存していて、UIも統一されているイメージですね。そのためにはVRとARとAIが融合することが重要で、そこに向けて研究開発が進んでいると思います。
CGW:そうなるとデバイスを超えた、現実空間との情報のやりとりや記述方法が求められそうですね。テンセントが中国・深センで都市開発に参入したり、トヨタが静岡県で実験都市「ウーヴン・シティ」の計画を進めたりと、XR時代を踏まえた都市計画が進んでいます。大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)が実験場になるという動きもあるようです。そこにQuest 2のようなデバイスが上手く絡めれば良いですね。
近藤:興味深い動きですよね。デバイスの研究開発でいえば、Facebookだけではなく、Appleも力を入れています。鍵を握る技術がiPad ProとiPhone12 Proのセンサにも搭載されたLiDAR(※2)です。アップルが研究開発中と噂されるグラス型デバイスにも、必ずLiDARを搭載してくると思います。考え方としてはGoogle Glassと同じですが、Google Glassはカメラによる盗撮の問題が指摘されて、一気に萎んでしまいましたね。これに対してLiDARは写真を撮影するわけではないので、抵抗感がかなり薄れます。
※2:LiDAR(Light Detecting and Ranging)。レーダーと同じように、レーザー光を用いて物体までの距離や形状などを測定するシステム。自動運転や3D地図の作成などに使用されている
CGW:なるほど。
近藤:LiDAR搭載型グラスでリアルタイムに空間をスキャンしながら、近くにあるデバイス同士が互いにデータを連携して、相互補完していく......といったことは考えられると思います。その上で地図アプリと連動して、空間に行き先が表示されたり、『パックマン』のようにアイテムが配置されたり、といった体験が考えられそうです。マーカーもLiDARで読めれば良いので、QRコードとはちがうものになるでしょうし。iPad ProやiPhone 12 Proに搭載されたのは、そのための布石だと思いました。
▲iPad Proによる空間スキャン(上)、iPad Proでスキャンされ、3DCGデータになった近藤氏(左下)、モデルを空間上に配置したところ。空間の深度情報を計測しているため、カメラの前に手をかざすとモデルの前に手が表示される(右下)
近藤:実際にiPad Proで物体や空間をスキャンすると、なんだこれはって気持ちになりますよ。無料アプリの「3d Scanner App」をはじめ、すでにいくつかスキャンアプリが出始めています。ちゃんと深度情報を撮っているので、ARアプリの開発に最適ですね。他にスキャンしたデータを点群スキャンをして、データをFBXファイルで取り出して、Unityなどで読み込んだりすることもできます。
CGW:これがスマートフォンで可能になったわけで、これから大きな変化が起きそうですね。すでにフォトグラメトリで3DCGを制作する事例が増えていますが、これが一気にコモディティ化していきそうです。
近藤:そうですね。それまでMayaでモデリングをしていた時代から、ZBrushが出てきて、スカルプティングでつくるようになったのと同じように、3DCGの制作ワークフローが変わっていくかもしれませんね。
CGW:ちなみに今、御社で開発中のアプリはありますか?
近藤:2019年にOculus RiftとTouch向けにリリースした次世代アニメ制作ツール「AniCast Maker」のQuest版を開発中です。VRで手軽に3DCGアニメがつくれる仮想スタジオツールで、すでにデモができる段階に来ています。開発を弊社で行い、販売をエイベックスの関連会社であるエイベックス・テクノロジーズで行う予定です。
CGW:パブリッシャーがつくことで、知名度も上がりそうですね。
近藤:自分たちだけだと限界があるので。エイベックス・テクノロジーズさんに販売していただいて、助かっています。
©Dai Nippon Printing Co., Ltd.
▲Quest版「AniCast Maker」と、デモをする近藤氏(下)
CGW:VTuber市場が成熟化していて、次の一手を誰もが考えています。ロケーションVRもコロナ禍で死に体という状況です。一方でLiDARセンサの活用で、新しいARサービスが生まれるかもしれません。
近藤:そうですね。今はまだ生まれたての段階で、デジカメでいえばカシオからQV-10が発売された状況だと思いますが、これから一気に盛り上がっていくと思います。特にコロナ禍になって生活様式が激変したことが追い風になりました。街中でUber Eatsが走り回るなど、通販やお取り寄せ市場が急成長しましたよね。ただ、残念ながら商品や料理の大きさがわからない。これがARで見られるようになると、よりわかりやすいですよね。しかも、端末から直接注文できるわけで。
CGW:そうなると、タブレットのような大きな画面が改めて欲しくなりますね。
近藤:それが今後はゴーグル型やグラス型になっていくと、もっと現実世界に即して表示されるようになるので、いろいろなものが変わっていきます。会社でもリモートワークが当たり前になってきましたが、Zoom越しだとまだ距離感がありますよね。それがホログラムのように、目の前に人が出現したり、相手のすぐそばで指示が出せるようになったりする。人と空間の関係性が変わりますね。それまでは人が移動していたのが、空間の方が自分の側に移動してくるようになります。
CGW:ただ、まだまだ業界では他人ごとと捉えているクリエイターも多いようです。一方でワークフローの転換期に来ているのも、また事実です。3DCGクリエイターはどのような姿勢で臨むべきでしょうか?
近藤:2020年8月にAdobeがOculus Rift向けにVR造形アプリ「Medium by Adobe」をリリースしました。VR空間でZBrushみたいなスカルプティングができるアプリです。もともとOculus社内で開発され、2016年12月にリリースされたものを、Adobeが2019年12月にチームごと買収したんですね。これは象徴的な出来事だったと思います。
CGW:Adobeは3Dテクスチャ作成ソフト「Substance」を手がけるAllegorithmicも買収していますね。次世代の3DCGツールに向けて意欲的な投資を進めています。
近藤:これまで3DCGクリエイターは平面の世界でがんばってきたと思うんです。パースペクティブビューとか、3面図とかの機能を使って。ただ、それだとやっぱり限界があると思うんです。つくるのは良くても、プレビューは立体で見たいじゃないですか。モデリングの感じをチェックしたり、質感をチェックしたりすることが、VRでより簡単になります。
CGW:なるほど。
近藤:そういえば、ソニーが空間再現ディスプレイ「ELF-SR1」を発売しましたね。ご覧になりましたか?
CGW:いえ、自分はまだ見ていません。
近藤:この前ソニーに伺って、2時間くらいがっつり拝見してきました。高精細の3DCG映像を裸眼で見られる空間(※3)ディスプレイで、目の前に3DCGのモデルが本当に浮かんでいるように見えます。デバイスにカメラがついていて、そこに1,000Hzくらいのイメージセンサがついていて、ものすごい精度で見る人の位置をトラッキングしていて。ディスプレイの奥に別世界があるかのような空間映像体験が得られるんですよ。4Kディスプレイを搭載していて、フレームレートが60fps出て、色域もAdobe RGBに100%対応しています。
※3:SR(Spatial Reality):映像を立体空間に再現すること
CGW:確かに、ハイエンドのモデルをチェックするのに良さそうですね。
近藤:UnityとUnreal Engine 4のプラグインもあるので、自分たちがつくっているデータをすぐに見られます。Unity上でprefabをポンと入れたら、そこにカメラがついてきて、Unity内の空間がそのまま投影されます。すごく良くできていますね。ただ定価が50万円、税込で55万円なので、完全に業務用ですね。インダストリアルデザインやショールームでの展示用途だと言われていました。ただ、いずれ廉価版が出るでしょうし、そうなったらアーティストは欲しくなるだろうなあと。
CGW:書籍の中でも2020年がターニングポイントになると書かれていましたが、本当に今年を起点に、様々なものが変わっていきそうですね。3DCGクリエイターも新しい情報にキャッチアップしていかないと、取り残されていきますね。
近藤:自分がゲーム業界に入った頃はLightWave3.xの時代で、Softimageが300万円くらいしました。その頃からずっと見ていると、パラダイムシフトの中で生き残っていくツールと、消えていくツールがあるんですね。そこにちゃんとアンテナを立てていかないと、今は良くても後になって困ることになりかねません。
CGW:今後どういった変化が考えられるでしょうか?
近藤:ツールが一式変わっていくと思うんですよね。マウスやペンは平面ディスプレイに最適化されているデバイスです。XR OSが一般化すると、空間がインターフェイスに変わっていくので、デバイスも変わらざるを得ません。
歴史的にみるとCUIがあって、GUIがあって、次はスパーシャル(空間)UI、SUI化していくと思います。MS-DOSの時代にAutoCADで3DCGをつくっていたクリエイターは、みんなテンキーを使って、ポチポチと数値入力をしながらつくっていたわけです。それがWindowsになって、マウスで操作するようになって、使いにくいと文句を言う人もいました。それと同じことが近いうちに起きると思います。
音のAR、そして全てが統合される時代に向けて
CGW:まさに過渡期ですね。それは最初にQuest 2を被ったときにも思いました。セットアップ時に戸惑ったのがWi-Fiのパスワード入力です。Quest 2を脱いだり付けたりしなくてはならず、仮想空間と現実空間を行き来するストレスを感じました。
近藤:本当ならスマートフォンでQRコードを表示させて、それをQuest 2のカメラで読み取れるようにすれば良いんですよね。そこから、スマートフォンとQuest 2で、デバイスをまたいでコピー&ペーストができるようになればいい......そういった発想が生まれてくるわけで、まさに開発中だと思います。実はQuest 2にはBluetoothキーボードとUSBキーボードもつながるんですけどね。
CGW:ああ、そうなんですね。自分にはゲームAIでいうメタAIのように、操作を支援してくれるアシスタントAIが必要なようです。
近藤:それも本に書きましたが、ジョジョでいうスタンドのようなものを、これから誰もがもてるようになるんだろうなと思います。今でもSiriやアレクサがありますが、あまり使いものになりませんよね。電気を消したりはできますが、ボイスUIはまだまだ空気が読めなくて。
CGW:曲名を言っても全然ちがう曲をながしたりして。その天然ボケが楽しかったりするところもあります。
近藤:愛嬌があって、憎めない。ちょっとアホの子くらいにしておいた方が、プレゼンスがはがれなくて良いかな、ということです。
▲様々な機能が盛り込まれたAirPods Pro
CGW:本の中では音声のARについても説明されていましたね。まだ現実的ではありませんか?
近藤:2019年10月に発売されたアップルのBluetoothワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」には可能性が十分にあります。実はAirPods Proにはジャイロと加速度センサが入っているんです。iOS14で空間オーディオがサポートされたことで、自分の向きで音がレンダリングされるようになりました。しかも、そこにマイクで外音を取り込む機能があるので、高いノイズキャンセリング機能が実現できました。
これによって、音のARができる下地ができました。周りの音が消せて、自分の向きや移動の状態が検知できて、しかもiPhoneと連動するので。もう少しすると耳で道案内を聞きながら移動するといったことが可能になると思います。実は僕が予測しているのは、AirPods ProにLiDARセンサがついて、周囲をスキャンしながら歩くという未来図なんです。
CGW:なるほど、ただヘッドフォンでも良いかもしれませんね。
近藤:ええ、Appleはオーバーイヤーヘッドホン「AirPods Studio」も開発していますしね。まだLiDARはつかないと思いますが、グラス型が出る前に、LiDAR付きのイヤホンかヘッドフォンが出るかもしれませんね。
CGW:確かに、それは確度が高そうですね。
近藤:音のARで面白そうだなと思うのは、部屋ごとにちがう音楽を割り当てることができること。キッチンに行ったら料理用の音楽が自動的にながれたり、寝室に入ったら就寝用の音楽がながれたり。今はわざわざプレイリストから指示するじゃないですか。そうじゃなくて、BGMを空間に配置できる時代が来ると思うんですね。音のブローブが置けるみたいな。
CGW:音のARを脱出ゲームに使うなど、エンタメに使うながれも出てきそうですね。今でもスマホをかざしながら遊ぶ脱出ゲームはありますが、まだまだ体験が進化していきそうな気がします。
近藤:そうですね。ヘッドフォンをつけて、協力しながら遊ぶ脱出ゲームが出てくるかもしれませんね。
CGW:そういったクッションを経て、ゴーグル型・グラス型のデバイスに統合されていく未来が広がっていきそうですね。いずれも2018年の時点で本に書かれていたことです。もっとも、コロナ禍という誰も予想できなかった事態もありましたが。
近藤:本当にそうですね。コロナ禍の時代が続く中、人に会ったり移動したりすることが、これから贅沢な行為になっていくと思うんですよ。そこをテクノロジーが補完して、XRの時代に即した働き方ができるようになる。リモートワークなんだけど、世界が自分の方に寄ってくる。そうした時代の到来が目の前に来ているので、そうした変化のきざしをQuest 2に触って、感じておくことが大切だと思うんです。そうすると未来を垣間見ることができますし。
これはフィルムで映像制作をしていた人たちが、3DCGに初めて触れたときの衝撃にたとえられるかもしれません。当時はインディやシリコングラフィックスが高くて、一部の限られた人しか3DCGを体験できませんでした。ハードがバカ高くて、MIPSが載っていて、OpenGLじゃなくてIrisGLが載っていて。映画『ジュラシックパーク』のクリエイターくらいしか使えなかったのが、見事にコモディティ化しましたよね。
今や学生さんでも、PCを買ってきてBlenderを無料でインストールすれば、プロと同じ環境で3DCGができてしまう時代になりました。Quest 2はVRにおける第一歩だと思うんですよね。それまで研究機関や軍事用だったVRが、パーソナルVRになった瞬間だといえます。
CGW:そうですね。
近藤:別の例でいえば、8ビット時代のコンピュータでしょうか。アメリカでApple ][、日本でPC-8001が出た頃は、あえてコンピュータにパーソナルと銘打つ必要がありました。それまでコンピュータは個人のものではなく、大学や企業が導入するもので、数千万円から数億円もするものでした。それが70年代後半から80年代にお茶の間にやってきた。その時点でPCに触った人と触らなかった人とでは、その後の人生に大きなちがいが出ましたよね。自分も初めて触ったパソコンがPC-6001mkII(※)でしたし。Quest 2には、それくらいのインパクトがあると思います。
※公開時「PC-6601」となっておりましたが「PC-6001mkII」に修正いたしました
CGW:PlayStation 5の発売に続いて、次世代PS VRも出るんじゃないかとか、HoloLens 3が発売されるんじゃないかとか、勝手に妄想が広がっていきます。
近藤:実際、スマートフォンの進化がもう、カメラくらいしかなくなっていますよね。テクノロジドライバとして機能する次のプラットフォームが必要になるので、XRデバイスが盛り上がるのも必然かなと思います。その意味でもiPhone 12 ProにLiDARセンサが搭載されたことが画期的で。億単位でセンサが売れるので、価格破壊が期待できます。そうなると、いろいろなデバイスに応用可能になります。
これまでもスマホにカメラがついたり、GPSがついたりした瞬間に、生活が変わりましたよね。その中から、思ってもみなかった使い方が出てきたりします。ジャイロセンサーも加速度センサも、なぜスマホに必要なのか、よくわからなかったじゃないですか。でも、いまや、ないと困るわけです。
CGW:そして今ではマリオカートがARで遊べる時代になって。
近藤:『マリオカート ライブ ホームサーキット』は本当に素晴らしいですね。Quest 2を通して、そういった未来に触れておく必要があるかなと思います。
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