米Facebook傘下のOculusから10月13日に発売されたスタンドアロン型VRデバイス「Oculus Quest 2」。2019年5月に発売された「Oculus Quest」の後継機種で、Wi-Fi環境さえあれば、いつでもどこでもVRコンテンツが楽しめる6DoF対応のVRデバイスだ。大幅な性能アップを果たした一方、価格を299ドル(64GBモデル/日本では33,800円+税)と1万円以上も引き下げたことで、大きな話題を集めている。

こうした状況を早くから予言していた人物がいる。VRエバンジェリストとして、日本のVRシーンを牽引してきたXVI代表のGOROmanこと近藤義仁氏だ。2018年4月に上梓した書籍『ミライのつくり方2020-2045』では、2020年がVRのターニングポイントになると予言し、見事に的中させた。6月には加筆・修正版の『ミライをつくろう! VRで紡ぐバーチャル創世記』も上梓し、改めてその先見性に注目が集まっている。

一方で広くXRシーンを俯瞰すると、LiDARセンサが搭載されたiPhone 12 Proや、次世代ゲーム機のPlayStation 5Xbox Series X/S、そして来年リリース予定のUnreal Engine 5と、立て続けに注目製品やサービスが登場している。こうした一連の新製品が3DCG制作のワークフローを揺さぶる中、3DCGクリエイターは、どのように対処していけば良いのか。現状と未来について聞いた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

VRデバイスのコモディティ化を宣言したOculus Quest 2

CGWORLD(以下、CGW):お久しぶりです。Oculus Quest 2(以下、Quest 2)がかなり盛り上がっていますね。自分も発売日に購入しました。

近藤義仁氏(以下、近藤):確かに今までのガジェットとは、まったくちがう層にまでリーチしている印象がありますね。

  • 近藤義仁/Yoshihito Kondoh(GOROman)
    株式会社エクシヴィ代表取締役社長
    www.xvi.co.jp
    Twitter:@GOROman

CGW:個人ユーザーもさることながら、法人ユーザーが多いのも特徴です。発売日には何十台もパッケージを並べた写真をSNSで良く見かけました。

近藤:なんといっても、家電量販店で買えるようになったのが大きいですね。Quest 1のときはAmazonか公式サイトでしか買えなかったので、クレジットカードかPayPalでしか決済できなかったんですよ。そのため企業が請求書ベースで決済しにくい面があった。そこがQuest 2との最大のちがいだと思います。

CGW:セットアップも簡単で、まさに家電感覚でした。

近藤:自分も発売日に渋谷のビックカメラに行きましたが、ゲーム機コーナーの隣に並べられていましたね。今までだったらPCの周辺機器コーナーで販売されていたと思うんですよ。しかも価格が299ドルからで、Nintendo Switchを意識したような価格帯になっています。いろいろな要素をそぎ落としつつ、VRが初めてという人に向けて、できるだけ良質な体験を提供しようとしていますね。

CGW:スペック面では解像度が1,600×1,440ピクセル(230万画素)から1,832×1,920ピクセル(350万画素)と50%以上向上しました。コントローラも旧モデルを踏襲しつつ、人間工学を意識した新デザインになっています。RAMも4GBから6GBになりました。リフレッシュレートはQuest 1と同じ72Hzですが、近く90Hzにアップデートされる予定です。

近藤:SoC(※1)がQualcomm製のSnapdragon 835からXR2に移行したのが大きいですね。同社の865をベースに、VR/AR向けにカスタマイズされたもので、90Hzで動作する3K×3Kのディスプレイを可能にしたほか、7つのカメラの同時フィード機能などを備えています。

※1:System-on-a-chip、コンピュータの中枢となるCPUとメモリ、ビデオチップ、I/Oといった機能を統合したチップ

CGW:XR2はQuest 2にあわせて開発されたとも言える内容ですね。Qualcomm側としても相当な投資が必要になるわけで、両社の関係性が窺えます。

近藤:Quest 2が発表されたFacebookのイベント、Facebook Connectの基調講演では、CEOのマーク・ザッカーバーグ氏の部下がQualcommの担当者と機能面で交渉するようなビデオがありました。Facebook側としても膨大な数のチップを発注するわけですから、大きな発言力があるでしょう。

CGW:2019年5月にはQuest 1と共に従来の機能を強化したOcuras Rift Sも発売されました。Facebookは販売台数を公表していませんが、両者の売れ行きのちがいはいかがですか?

近藤:圧倒的にQuest 1が売れました。Quest 1はPCに接続して、Oculas Rift向けのコンテンツも楽しめるからです。Oculus Linkケーブルで接続するだけでなく、サードパーティアプリのVirtual Desktopを使うと、ワイヤレスで飛ばすこともできます。両対応というのは大きいですね。

CGW:先ほどもSoCの話がありましたが、Quest 1にしろ2にしろ、デバイス単体ではハイエンドなスマートフォンと同等レベルの処理性能だとも言えます。それでも満足度の高い体験が可能になってきた、ということでしょうか?

近藤:スマートフォンではバッテリーセーバー機能が常時作動していて、不要な発熱や電力消費が抑えられています。通話するだけなら高性能なSoCは必要ないですからね。一方で3Dゲームなどを遊ぶときはハイパフォーマンスが出せるようにする。こんなふうに状況を踏まえた動作を行なっています。

これに対してQuestでは空冷ファンが内蔵されていて、常にSoCを冷却しながらハイパフォーマンスでの動作を可能にしています。ここが大きなちがいですね。

▲Oculus Quest 2(左)とOculus Quest 1(右)

CGW:それにしても、まさか1年ちょっとで新モデルが出るとは思っていませんでした。しかもスペックが上昇して、価格を下げてという。どういった経営判断からでしょうか?

近藤:経営判断は不明ですが、単純にスマートフォンと同じような進化だと思っています。iPhoneやPixelが毎年発売されるようなものですね。もしかしたら、Questも来年新モデルが出るかもしれません。そうなってくると買いどきが難しくなりますが、ハードウェアが日進月歩で進化していくことは、間違いないと思います。

CGW:VRデバイスの商品ジャンルが耐久消費財からコモディティ製品に変わるということですね。Quest 2はそうした変化の始まりでしょうか?

近藤:そうですね。そもそも、僕がFacebook Japanに入社した2014年の時点で、何億人もの人々をVRの世界に連れていくといったことをビジョンに掲げていましたから。そのためにはVRデバイスの価格を下げて、コモディティ化していく必要がありますよね。いわばFacebookは5〜6年前のビジョンを守り続けて、ここまで来たわけです。

CGW:製品がコモディティ化することで、スペック面以外での差別化が求められるようになりそうですね。

近藤:本体の色が黒から白に変わったのも、そうした現れではないでしょうか。ギーク向けのガジェットには黒色が多いんですが、白色になってそうしたイメージが薄れて、より家電色が増しました。これまではマニア向けにネットで売っていたのを、今回から一般向けに色を白くして、家電量販店で売りますよと。

CGW:なるほど。

近藤:今後はパーソナライズ化がキーワードになっていくと思います。カラーバリエーションの充実もそのひとつでしょう。iPhoneも当初は1色だけでしたが、次第に増えていきましたよね。Quest 2向けのケースなども出てくると面白そうです。スマートフォンも女子高生がいろいろなケースを買ったり、ストラップをつけたりしていく過程で、一気に広がっていきましたから。

CGW:眼鏡用のスペーサーが入っているなど、細かいところまで配慮されているのにも驚きました。

近藤:アクセサリが充実しているのもQuest 2の特徴ですね。本体と顔の間にはさむ「QUEST 2フィットパック」に広めと細めの2種類が用意されていたり、鼻梁が低めの人に対して遮光ブロッカーがあったり。かなりの力の入れようです。

また、より快適に使用するなら、「Quest 2 Eliteストラップ」の使用もオススメします。前後の重量バランスが是正されるだけでなく、ダイヤルでサイズを変えることで、頭をより確実にホールドできるようにもなります。これはQuest 1では標準で備わっていた機能で、コスト面を考えて削ったんだと思います。

CGW:確かに、1回使うと元には戻れないですね。発売後、破損しやすいというクレームがあったことから、現在は発売が停止されていますが、早く再発売されることを期待したいですね。

▲Quest 2フィットパック(左)とQuest 2 Eliteストラップ/電源なしモデル(右)

CGW:今後も進化していくと思いますが、これからさらに手を入れるとしたら、どんなところでしょうか?

近藤:なんだかんだいって、まだ重いと思うんですね。そのため、装着感の向上が求められます。すごく頑張ってるんですけどね。分解してみて、バッテリーがかなり軽いことに驚きました。

CGW:スマートフォンでは筐体のかなりの面積をバッテリーが占めていますが、Quest 2ではちがうのですね。

近藤:そうですね。ただ、常にスリープモードになっていて、被ったら自動的に起動するようになっている点は注目したいところです。この手のヘッドマウントディスプレイの欠点って、面倒くささだと思うんですね。いちど面倒くさいと思ったら、もう使わないので。被った瞬間、新しい体験が得られるとか、ソーシャル要素が得られるとか、そういったことが大切なわけで。それこそZoom会議が広まったのも、URLをクリックするだけで誰でもバーチャル会議に入れるところが大きかったですよね。他に同じようなアプリケーションがあった中で、圧倒的にUXが良かった。

CGW:一方でハンドコントロールには、まだ改善の余地がありそうです。

近藤:はい、まだストレスがありますね。ただ、これも機械学習ベースのAIが使われているので、みんなが使っているうちに改善されることが期待できます。もともとNimble VRという会社が開発していた技術がベースになっていて、2014年にKickstarterでOculus Rift向けのハンドトラッキングカメラの開発資金を募集中、Facebookに買収された経緯があるんですよ。僕も支援していたんですが、買収によってキャンセルされて、仲間内でちょっと話題になりました。その頃の技術がようやく形になってきた感じです。

CGW:UIのあり方も変わっていきますね。

近藤:コントローラが完全になくなることはないと思いますけどね。やっぱり、銃を撃つゲームなどでは、何かを握ってフィードバックがあった方が良いので。コンテンツ次第というか、コンテンツの幅が広がっていくと思います。

CGW:Quest 2のヒットによって、今後アプリの量も増えていくと思いますが、どのように見ていますか?

近藤:まだ全般的に大手パブリッシャーの参入は限定的ですよね。ゲームの成功事例といえば『Beat Saber』でしょうか。チェコのBeat Gamesが開発したVR音楽ゲームで、コアメンバーは3名でした。彼らは日本が大好きなんですよ。来日したとき、一緒にカラオケに行きました。200万本以上売れていて、しかも会社をFacebookに売却して。もう億万長者ですね。

CGW:大手企業が参入するにはスケールメリットが必要になりますが、どれくらいが分岐点でしょうか?

近藤:ここでもスマートフォンとまったく同じながれが再現されると思います。初代iPhoneが出たときは、まだApp Storeもなかったですよね。そこからApp Storeができて、まずインディや個人開発者が変なアプリをつくって、SNSでバズって。ジャンプすると加速度センサが反応して、iPhoneがチャリーンと鳴るとか。いろいろありましたよね。

CGW:ああ、懐かしいですね。

近藤:続いてコロプラさんみたいに、最初からスマートフォンをターゲットにした会社が入ってきて。最後に『パズル&ドラゴンズ』が大ヒットして、大手のゲーム会社が本格参入してきて。だから、今は『パズドラ』の登場前夜なんだと思います。全世界で数千万台の市場になったら、大手がIPを活用したコンテンツを投入してくるんじゃないでしょうか。

CGW:むしろ今は360度動画のような、映像系コンテンツに面白いものが多いですね。私の妻は野生動物や観光地の映像を見るコンテンツが気に入っていました。コロナ禍で旅行がしにくいので、これは良いと。

近藤:VRでGoogleストリートビューの画像を体験する『Wander』というアプリがあり、Questにも対応しているんですが、これがオススメですよ。子どものころに通っていた通学路などを表示させると、本当に懐かしい感じになります。しかもマルチプレイに対応しているので、ボイスチャットしながら世界中を旅行できるんですよ。写真ベースですが、解像度がそこそこ高いので、それだけで良質な体験になっています。

近藤:こんなふうに、いきなり『Beat Saber』のような激しいゲームではなくても、はじめてVRを体験する人には映像主体のライトなもので十分だと思いますね。他にNetflix(NetflixVR)も見られますし、Amazon Prime Videoにも対応(Prime Video VR)したので、映像コンテンツを見るのもいいと思います。1996年にソニーが発売した、グラストロンのような使い方ですね。

CGW:初心者向けという点では、本体同梱の『はじめてのクエスト2』の完成度が突出していますね。

近藤:そうですね。素晴らしいチュートリアルになっています。これを1回遊んでもらえれば、だいたい操作がわかります。まず、これを体験してもらいたいですね。

CGW:ちょっと意外だったのは、Facebookアカウントが必須にもかかわらず、Facebook自体のVR体験が今ひとつだったことです。従来のブラウザベースの体験に留まっていて、アプリに最適化されていないというか。

近藤:まあ、あまりやる気を感じませんよね。360度の写真をFacebookにアップロードしておけば、ワンクリックでVRで見られるとか、それくらいに留まっていて。あくまでネイティブのFacebookアプリを開発する気はなくて。たぶん、それはスマートフォンで良いよねという。

それよりもソーシャルVRサービス『Horizon』に向けた導線をつくっていくんじゃないでしょうか。アバターをつくってVR空間内で交流できるサービスで、ベータ版の登録受付が始まっています。

CGW:パーソナルデバイスとしては良くできているんですが、外部から操作を教えにくい印象も受けました。

近藤:ああ、それはスマートフォンやタブレットでミラーリングすれば良いんですよ。他にChromecastにも対応しているので、Wi-Fiがあればリビングの大画面テレビでもミラーリングできます。

CGW:なるほど、そうなんですね。他にOculus Linkを使った接続や、パススルーARへの切り替え方法(本体側面をダブルタップすれば起動するが、あらかじめ設定しておく必要がある)など、便利な機能がたくさんありますが、初心者にはわかりにくい点が気になります。

近藤:まだまだマーケティングやプロモーションが不足しているところはありますね。今回この記事を読んで、こんな使い方もできるんだと、知ってもらえるといいですね。ただ、日本市場を今回すごく推しているのは事実です。パッケージも英語以外では唯一、日本語だけにローカライズされているんですよ。

CGW:UIの表示なども、日本語になっていて驚きました。

近藤:この手のガジェットだと、最近は日本語対応がなされている方が珍しいですからね。日本はなんだかんだで、世界で2番目くらいに売れているそうです。日本市場はバカにできないので、ちゃんとやるべきだという戦略ですね。最近日本のプレゼンスが下がっているので、ありがたいなと。

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2020年はXRのターニングポイント

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2020年はXRのターニングポイント

CGW:話は変わりますが、遅ればせながら書籍『ミライをつくろう!』改訂版の出版おめでとうございます。自分も改訂版の方で拝読しました。

近藤:ありがとうございます。良いタイミングで出せて良かったです。

CGW:この本の中でVR OSの重要性について触れられていますね。少し解説していただけますか?

近藤:Quest 2のOSはAndroidベースで、そこにシェルとしてVRデバイスとしての機能が載っている感じなんです。つまり、ネイティブのVR OSではないんですね。そのためアプリは一度に1つしか動かないとか、複数のアプリを超えてコピー&ペーストができないとか、様々な制約があります。言ってみればMS-DOSからWindows 3.1になったくらいの段階でしょうか。CUIからGUIになったんだけど、まだ古い設計思想を引きずっていて、使い勝手もあまり良くないと。

CGW:なるほど。

近藤:だからAndroidベースといっても、スマートフォンより退化しているんです。そのためFacebookでも開発が進んでいると思います。ただ、彼らはVRだけではなくて、ARの研究開発も進めています。そのため、VR OSとAR OSが近い将来、統合されてXR OSになるだろうと思います(www.facebook.com/watch/?v=344785283524349)。

CGW:Quest 2でもパススルー機能が搭載されていますが、ガーディアン境界線を設定するくらいしか使い道がなくて。もっと活用したいと思いますよね。

近藤:そうですね。今後パススルーの解像度がもっと上がって、常に動作しているような時代になれば、VRとARがシームレスな体験にできます。ちょうど現実をアルファブレンドするように、アルファ値をゼロにしたらVR空間で、100にしたら現実空間が見られて。50にしたら両方が重なって見えているような。そこにいろいろな情報を張り付けておけば、現実を拡張できますよね。

CGWHoloLens 2の全天球版といったイメージですね。

近藤:ええ。HoloLens 2のCGが空間に張り付く感じと、VRのリアリティが共存していて、UIも統一されているイメージですね。そのためにはVRとARとAIが融合することが重要で、そこに向けて研究開発が進んでいると思います。

CGW:そうなるとデバイスを超えた、現実空間との情報のやりとりや記述方法が求められそうですね。テンセントが中国・深センで都市開発に参入したり、トヨタが静岡県で実験都市「ウーヴン・シティ」の計画を進めたりと、XR時代を踏まえた都市計画が進んでいます。大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)が実験場になるという動きもあるようです。そこにQuest 2のようなデバイスが上手く絡めれば良いですね。

近藤:興味深い動きですよね。デバイスの研究開発でいえば、Facebookだけではなく、Appleも力を入れています。鍵を握る技術がiPad ProとiPhone12 Proのセンサにも搭載されたLiDAR(※2)です。アップルが研究開発中と噂されるグラス型デバイスにも、必ずLiDARを搭載してくると思います。考え方としてはGoogle Glassと同じですが、Google Glassはカメラによる盗撮の問題が指摘されて、一気に萎んでしまいましたね。これに対してLiDARは写真を撮影するわけではないので、抵抗感がかなり薄れます。

※2:LiDAR(Light Detecting and Ranging)。レーダーと同じように、レーザー光を用いて物体までの距離や形状などを測定するシステム。自動運転や3D地図の作成などに使用されている

CGW:なるほど。

近藤:LiDAR搭載型グラスでリアルタイムに空間をスキャンしながら、近くにあるデバイス同士が互いにデータを連携して、相互補完していく......といったことは考えられると思います。その上で地図アプリと連動して、空間に行き先が表示されたり、『パックマン』のようにアイテムが配置されたり、といった体験が考えられそうです。マーカーもLiDARで読めれば良いので、QRコードとはちがうものになるでしょうし。iPad ProやiPhone 12 Proに搭載されたのは、そのための布石だと思いました。

▲iPad Proによる空間スキャン(上)、iPad Proでスキャンされ、3DCGデータになった近藤氏(左下)、モデルを空間上に配置したところ。空間の深度情報を計測しているため、カメラの前に手をかざすとモデルの前に手が表示される(右下)

近藤:実際にiPad Proで物体や空間をスキャンすると、なんだこれはって気持ちになりますよ。無料アプリの「3d Scanner App」をはじめ、すでにいくつかスキャンアプリが出始めています。ちゃんと深度情報を撮っているので、ARアプリの開発に最適ですね。他にスキャンしたデータを点群スキャンをして、データをFBXファイルで取り出して、Unityなどで読み込んだりすることもできます。

CGW:これがスマートフォンで可能になったわけで、これから大きな変化が起きそうですね。すでにフォトグラメトリで3DCGを制作する事例が増えていますが、これが一気にコモディティ化していきそうです。

近藤:そうですね。それまでMayaでモデリングをしていた時代から、ZBrushが出てきて、スカルプティングでつくるようになったのと同じように、3DCGの制作ワークフローが変わっていくかもしれませんね。

CGW:ちなみに今、御社で開発中のアプリはありますか?

近藤:2019年にOculus RiftとTouch向けにリリースした次世代アニメ制作ツール「AniCast Maker」のQuest版を開発中です。VRで手軽に3DCGアニメがつくれる仮想スタジオツールで、すでにデモができる段階に来ています。開発を弊社で行い、販売をエイベックスの関連会社であるエイベックス・テクノロジーズで行う予定です。

CGW:パブリッシャーがつくことで、知名度も上がりそうですね。

近藤:自分たちだけだと限界があるので。エイベックス・テクノロジーズさんに販売していただいて、助かっています。


©Dai Nippon Printing Co., Ltd.

▲Quest版「AniCast Maker」と、デモをする近藤氏(下)

CGW:VTuber市場が成熟化していて、次の一手を誰もが考えています。ロケーションVRもコロナ禍で死に体という状況です。一方でLiDARセンサの活用で、新しいARサービスが生まれるかもしれません。

近藤:そうですね。今はまだ生まれたての段階で、デジカメでいえばカシオからQV-10が発売された状況だと思いますが、これから一気に盛り上がっていくと思います。特にコロナ禍になって生活様式が激変したことが追い風になりました。街中でUber Eatsが走り回るなど、通販やお取り寄せ市場が急成長しましたよね。ただ、残念ながら商品や料理の大きさがわからない。これがARで見られるようになると、よりわかりやすいですよね。しかも、端末から直接注文できるわけで。

CGW:そうなると、タブレットのような大きな画面が改めて欲しくなりますね。

近藤:それが今後はゴーグル型やグラス型になっていくと、もっと現実世界に即して表示されるようになるので、いろいろなものが変わっていきます。会社でもリモートワークが当たり前になってきましたが、Zoom越しだとまだ距離感がありますよね。それがホログラムのように、目の前に人が出現したり、相手のすぐそばで指示が出せるようになったりする。人と空間の関係性が変わりますね。それまでは人が移動していたのが、空間の方が自分の側に移動してくるようになります。

CGW:ただ、まだまだ業界では他人ごとと捉えているクリエイターも多いようです。一方でワークフローの転換期に来ているのも、また事実です。3DCGクリエイターはどのような姿勢で臨むべきでしょうか?

近藤:2020年8月にAdobeがOculus Rift向けにVR造形アプリ「Medium by Adobe」をリリースしました。VR空間でZBrushみたいなスカルプティングができるアプリです。もともとOculus社内で開発され、2016年12月にリリースされたものを、Adobeが2019年12月にチームごと買収したんですね。これは象徴的な出来事だったと思います。

CGW:Adobeは3Dテクスチャ作成ソフト「Substance」を手がけるAllegorithmicも買収していますね。次世代の3DCGツールに向けて意欲的な投資を進めています。

近藤:これまで3DCGクリエイターは平面の世界でがんばってきたと思うんです。パースペクティブビューとか、3面図とかの機能を使って。ただ、それだとやっぱり限界があると思うんです。つくるのは良くても、プレビューは立体で見たいじゃないですか。モデリングの感じをチェックしたり、質感をチェックしたりすることが、VRでより簡単になります。

CGW:なるほど。

近藤:そういえば、ソニーが空間再現ディスプレイ「ELF-SR1」を発売しましたね。ご覧になりましたか?

CGW:いえ、自分はまだ見ていません。

近藤:この前ソニーに伺って、2時間くらいがっつり拝見してきました。高精細の3DCG映像を裸眼で見られる空間(※3)ディスプレイで、目の前に3DCGのモデルが本当に浮かんでいるように見えます。デバイスにカメラがついていて、そこに1,000Hzくらいのイメージセンサがついていて、ものすごい精度で見る人の位置をトラッキングしていて。ディスプレイの奥に別世界があるかのような空間映像体験が得られるんですよ。4Kディスプレイを搭載していて、フレームレートが60fps出て、色域もAdobe RGBに100%対応しています。

※3:SR(Spatial Reality):映像を立体空間に再現すること

CGW:確かに、ハイエンドのモデルをチェックするのに良さそうですね。

近藤:UnityとUnreal Engine 4のプラグインもあるので、自分たちがつくっているデータをすぐに見られます。Unity上でprefabをポンと入れたら、そこにカメラがついてきて、Unity内の空間がそのまま投影されます。すごく良くできていますね。ただ定価が50万円、税込で55万円なので、完全に業務用ですね。インダストリアルデザインやショールームでの展示用途だと言われていました。ただ、いずれ廉価版が出るでしょうし、そうなったらアーティストは欲しくなるだろうなあと。

CGW:書籍の中でも2020年がターニングポイントになると書かれていましたが、本当に今年を起点に、様々なものが変わっていきそうですね。3DCGクリエイターも新しい情報にキャッチアップしていかないと、取り残されていきますね。

近藤:自分がゲーム業界に入った頃はLightWave3.xの時代で、Softimageが300万円くらいしました。その頃からずっと見ていると、パラダイムシフトの中で生き残っていくツールと、消えていくツールがあるんですね。そこにちゃんとアンテナを立てていかないと、今は良くても後になって困ることになりかねません。

CGW:今後どういった変化が考えられるでしょうか?

近藤:ツールが一式変わっていくと思うんですよね。マウスやペンは平面ディスプレイに最適化されているデバイスです。XR OSが一般化すると、空間がインターフェイスに変わっていくので、デバイスも変わらざるを得ません。

歴史的にみるとCUIがあって、GUIがあって、次はスパーシャル(空間)UI、SUI化していくと思います。MS-DOSの時代にAutoCADで3DCGをつくっていたクリエイターは、みんなテンキーを使って、ポチポチと数値入力をしながらつくっていたわけです。それがWindowsになって、マウスで操作するようになって、使いにくいと文句を言う人もいました。それと同じことが近いうちに起きると思います。

音のAR、そして全てが統合される時代に向けて

CGW:まさに過渡期ですね。それは最初にQuest 2を被ったときにも思いました。セットアップ時に戸惑ったのがWi-Fiのパスワード入力です。Quest 2を脱いだり付けたりしなくてはならず、仮想空間と現実空間を行き来するストレスを感じました。

近藤:本当ならスマートフォンでQRコードを表示させて、それをQuest 2のカメラで読み取れるようにすれば良いんですよね。そこから、スマートフォンとQuest 2で、デバイスをまたいでコピー&ペーストができるようになればいい......そういった発想が生まれてくるわけで、まさに開発中だと思います。実はQuest 2にはBluetoothキーボードとUSBキーボードもつながるんですけどね。

CGW:ああ、そうなんですね。自分にはゲームAIでいうメタAIのように、操作を支援してくれるアシスタントAIが必要なようです。

近藤:それも本に書きましたが、ジョジョでいうスタンドのようなものを、これから誰もがもてるようになるんだろうなと思います。今でもSiriやアレクサがありますが、あまり使いものになりませんよね。電気を消したりはできますが、ボイスUIはまだまだ空気が読めなくて。

CGW:曲名を言っても全然ちがう曲をながしたりして。その天然ボケが楽しかったりするところもあります。

近藤:愛嬌があって、憎めない。ちょっとアホの子くらいにしておいた方が、プレゼンスがはがれなくて良いかな、ということです。

▲様々な機能が盛り込まれたAirPods Pro

CGW:本の中では音声のARについても説明されていましたね。まだ現実的ではありませんか?

近藤:2019年10月に発売されたアップルのBluetoothワイヤレスイヤホン「AirPods Pro」には可能性が十分にあります。実はAirPods Proにはジャイロと加速度センサが入っているんです。iOS14で空間オーディオがサポートされたことで、自分の向きで音がレンダリングされるようになりました。しかも、そこにマイクで外音を取り込む機能があるので、高いノイズキャンセリング機能が実現できました。

これによって、音のARができる下地ができました。周りの音が消せて、自分の向きや移動の状態が検知できて、しかもiPhoneと連動するので。もう少しすると耳で道案内を聞きながら移動するといったことが可能になると思います。実は僕が予測しているのは、AirPods ProにLiDARセンサがついて、周囲をスキャンしながら歩くという未来図なんです。

CGW:なるほど、ただヘッドフォンでも良いかもしれませんね。

近藤:ええ、Appleはオーバーイヤーヘッドホン「AirPods Studio」も開発していますしね。まだLiDARはつかないと思いますが、グラス型が出る前に、LiDAR付きのイヤホンかヘッドフォンが出るかもしれませんね。

CGW:確かに、それは確度が高そうですね。

近藤:音のARで面白そうだなと思うのは、部屋ごとにちがう音楽を割り当てることができること。キッチンに行ったら料理用の音楽が自動的にながれたり、寝室に入ったら就寝用の音楽がながれたり。今はわざわざプレイリストから指示するじゃないですか。そうじゃなくて、BGMを空間に配置できる時代が来ると思うんですね。音のブローブが置けるみたいな。

CGW:音のARを脱出ゲームに使うなど、エンタメに使うながれも出てきそうですね。今でもスマホをかざしながら遊ぶ脱出ゲームはありますが、まだまだ体験が進化していきそうな気がします。

近藤:そうですね。ヘッドフォンをつけて、協力しながら遊ぶ脱出ゲームが出てくるかもしれませんね。

CGW:そういったクッションを経て、ゴーグル型・グラス型のデバイスに統合されていく未来が広がっていきそうですね。いずれも2018年の時点で本に書かれていたことです。もっとも、コロナ禍という誰も予想できなかった事態もありましたが。

近藤:本当にそうですね。コロナ禍の時代が続く中、人に会ったり移動したりすることが、これから贅沢な行為になっていくと思うんですよ。そこをテクノロジーが補完して、XRの時代に即した働き方ができるようになる。リモートワークなんだけど、世界が自分の方に寄ってくる。そうした時代の到来が目の前に来ているので、そうした変化のきざしをQuest 2に触って、感じておくことが大切だと思うんです。そうすると未来を垣間見ることができますし。

これはフィルムで映像制作をしていた人たちが、3DCGに初めて触れたときの衝撃にたとえられるかもしれません。当時はインディやシリコングラフィックスが高くて、一部の限られた人しか3DCGを体験できませんでした。ハードがバカ高くて、MIPSが載っていて、OpenGLじゃなくてIrisGLが載っていて。映画『ジュラシックパーク』のクリエイターくらいしか使えなかったのが、見事にコモディティ化しましたよね。

今や学生さんでも、PCを買ってきてBlenderを無料でインストールすれば、プロと同じ環境で3DCGができてしまう時代になりました。Quest 2はVRにおける第一歩だと思うんですよね。それまで研究機関や軍事用だったVRが、パーソナルVRになった瞬間だといえます。

CGW:そうですね。

近藤:別の例でいえば、8ビット時代のコンピュータでしょうか。アメリカでApple ][、日本でPC-8001が出た頃は、あえてコンピュータにパーソナルと銘打つ必要がありました。それまでコンピュータは個人のものではなく、大学や企業が導入するもので、数千万円から数億円もするものでした。それが70年代後半から80年代にお茶の間にやってきた。その時点でPCに触った人と触らなかった人とでは、その後の人生に大きなちがいが出ましたよね。自分も初めて触ったパソコンがPC-6001mkII(※)でしたし。Quest 2には、それくらいのインパクトがあると思います。

※公開時「PC-6601」となっておりましたが「PC-6001mkII」に修正いたしました

CGW:PlayStation 5の発売に続いて、次世代PS VRも出るんじゃないかとか、HoloLens 3が発売されるんじゃないかとか、勝手に妄想が広がっていきます。

近藤:実際、スマートフォンの進化がもう、カメラくらいしかなくなっていますよね。テクノロジドライバとして機能する次のプラットフォームが必要になるので、XRデバイスが盛り上がるのも必然かなと思います。その意味でもiPhone 12 ProにLiDARセンサが搭載されたことが画期的で。億単位でセンサが売れるので、価格破壊が期待できます。そうなると、いろいろなデバイスに応用可能になります。

これまでもスマホにカメラがついたり、GPSがついたりした瞬間に、生活が変わりましたよね。その中から、思ってもみなかった使い方が出てきたりします。ジャイロセンサーも加速度センサも、なぜスマホに必要なのか、よくわからなかったじゃないですか。でも、いまや、ないと困るわけです。

CGW:そして今ではマリオカートがARで遊べる時代になって。

近藤『マリオカート ライブ ホームサーキット』は本当に素晴らしいですね。Quest 2を通して、そういった未来に触れておく必要があるかなと思います。

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