>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第2回:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

<3>パシフィック・タイトル/ミラージュ

ニュージーランドのオークランド大学やマサチューセッツ工科大学で、人体組織のイメージングを15~20年に渡って研究していたグループが、その技術を生かすためにミラージュ/Mirageという会社を設立した。そしてベンチャーキャピタルの出資を受け、その資金で1919年にハリウッドに創設された老舗プロダクションのパシフィック・タイトル&アート・スタジオ/Pacific Title and Art Studioを1997年に買収し、パシフィック・タイトル / ミラージュ/Pacific Title / Mirage:以下PTM)となった。そして自分たちの技術を映画に生かすべく、LifeF/xというシステムを設計する。

そしてLifeF/xのデモとして、髪の毛の問題を回避するためジェスター(道化師)の帽子を被った女性が詩を語る『The Jester』(1999年)【図4】という映像を制作し、SIGGRAPH99エレクトロニック・シアターで上映した。演じているのはアフリカ系ロシア人ダンサーのジェシカ・ヴァロット(Jessica Vallot)で、彼女を3Dレーザースキャンしてモデリングされ、テクスチャは写真から求められている。表情は、基本的にフェイシャル・キャプチャで求められたが、彼らはキャプチャ・ポイントを400点(眼球の動きを含む)に増やすことで、それまでにないフォトリアルな表現を可能にした。また有限要素法による力学計算を行い、ほうれい線のシワや弾力がシミュレーションされた。

さらに翌年には、20歳のヴァロットをLifeF/xシステムで80歳に老けさせた、『Young at Heart』(2000年)【図5】という短編を発表している。美容外科医が監修として加わり、特殊メイクアーティストのトッド・マスターズ(Todd Masters)が老女のクレイモデルを作った。ここから作られた3DCGを実写に合成している。頭髪は、やはりキャップを被らせることで回避している。

PTMはLifeF/xを商業応用するために、映画『秘密兵器リンペット』(『The Incredible Mr. Limpet』1963年)のリメイク・プロジェクトに参加した。オリジナル版では、主人公リンペットが海に飛び込むとセルアニメの魚になってしまい、ドイツ軍と戦って祖国を救うというストーリーである。それが新作では、ボディは魚で顔だけ人間のままという3DCGで表現されるプランが立てられ、主人公にはジム・キャリーが選ばれた。だが2年待ってもキャリーのスケジュールが空かず、映画は中止に終わる。彼らはキャリーのフェイシャルデータをベースとして、魚の身体に合成したり、80歳に老けさせたり【図6】、怪物に変形させたりという実験を繰り返していたが、公開されなかった。ラッキーなことに筆者は、1999年にその映像を見せてもらっている。

このように彼らの試みが実ることはなかったのだが、実写と区別ができないヴァーチャル・アクターが、堂々と主役を演じられる可能性を初めて実証させた。その後ミラージュのグループは独立してLife F/x Inc.となり、社名はパシフィック・タイトル&アート・スタジオに戻されるが、財政難から2009年にVFXスーパーバイザーのフィリップ・フェイナー/Phillip Feinerに売却された。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図4】『The Jester』(1999年)
© Pacific Title/Mirage Studio, Inc.


ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図5】『Young at Heart』(2000年)
© Life F/x Inc.


ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図6】『The Incredible Mr. Limpet』のテストとして制作された、80歳のジム・キャリー
© Pacific Title/Mirage Studio, Inc.


<4>デジタル・ドメインの挑戦

デジタル・ドメイン/Digital Domainは、フォトリアルなヴァーチャル・ヒューマンにどこよりも積極的なプロダクションである。同社がこの分野で最初に取り組んだプロジェクトは、『タイタニック』(原題『Titanic』、1997年)に登場する乗客の表現だった。ハウス・オブ・ムーブス/House of MovesがViconの光学式キャプチャ・システムを用いて、デジタル・ドメインの社員とその配偶者や子供、スタントマンらからデータを集め、800人分のモーションを作成した。形状は、キャプチャされた人々の頭部をレーザースキャンして3Dモデルを作成し、顔と様々な衣装の写真も撮影された。しかし当時は、このモーションデータを編集する技術が発達していなかったため、動きが最大になる箇所を選び、Softimage 3Dを用いてキーフレーム・アニメーションを行った。デジタル・ドメインは、この過程を"ロトキャップ"(Rotocap)と名付けている。

同社はSIGGRAPH 99に、『Tightrope』【図7】という短編を発表している。空に張られたロープの上で綱渡りをする2人の男を描いた作品で、キャラクターデザインはある程度様式化されていたが、人によっては不気味の谷問題を感じるかもしれない。

次に同社は、モトローラの音声インターネット・プラットフォーム「Mya」(マヤ)のイメージキャラクターとして、スーパーモデル風のヴァーチャル・タレントMyaを生み出し、2000年のアカデミー賞授賞式で放送されたCM『Mya's Coming!』【図8】を制作した。リムジンから降り立ったMyaが、カメラやジャーナリストたちの質問攻めにあったり、テレビのトークショーに出演して現実の俳優と抱き合ったりもする。動きはモーション・キャプチャではなく、実写からのロトスコープでつくられた。

また同社は、シアトルに誕生した体験型博物館EMP(Experience Music Project)の、映像アトラクション『Artists' Journey:Funk Blast』の制作を依頼される。EMPは、マイクロソフトの共同創業者である大富豪ポール・アレンの出資で建設された大型施設である。その一角に造られた『Artists' Journey:Funk Blast』は、36m×9mのハーフドーム・スクリーンに70mm 5パーフォレーションのフィルムで映写される、シミュレーション・ライド映像を鑑賞するというもので、2000年6月から2002年12月まで公開されていた。この中に、R&B界の大御所ジェームス・ブラウン(当時66歳)が若返った姿【図9】で登場し、派手なダンスを披露する。そこでデジタル・ドメインは、トッド・マスターズに30歳を想定したJBの彫像を依頼し、これをベースとしてMayaでモデリングした。歌うモーションデータは、JB本人がハウス・オブ・ムーブスでフェイシャル・キャプチャし、若いダンサーの身体の実写映像と合成した。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図7】『Tightrope』
© 1998 Digital Domain, Inc.


ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図8】『Mya's Coming!』(2000年)
© 2000 Motorola


ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その2:発展期 1980年代末~2000年代初頭)

【図9】『Artists' Journey: Funk Blast』に登場するヴァーチャルJBの顔面3DCG(2000年)
© 2000 Digital Domain, Inc.


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<5>ヒューマン・フェイス・プロジェクト

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