大規模プロダクション編
新興プロダクション編の座談会から数日後、今度は日本を代表する100 人規模以上のプロダクション3 社の取締役にお集まりいただいた。前回同様、座談会のテーマは新人採用だったが、前回とはまったくちがう話が展開された。
※新興プロダクション編(サムライピクチャーズ、プラネッタ、lunaworks)の採用基準座談会はこちら
株式会社アニマ 笹原晋也氏
代表取締役 同社の設立は1997 年、現在のスタッフ数は約100 名。スペシャリストが多数を占めており、モデリング、アニメーション、エフェクト&コンポジットという、大まかな分業化がなされている。
http://www.studioanima.co.jp/
株式会社デジタル・フロンティア 豊嶋勇作氏
専務取締役/ CG 制作部 部長 同社の起ち上げは1994 年で、株式会社となったのは2000 年。10 名程度のゼネラリストが中心となってスタートしたが、現在は約270 名規模に成長し、年々分業化が進行しつつある。
http://www.dfx.co.jp/
株式会社ポリゴン・ピクチュアズ 塩田周三氏
代表取締役/ CEO /エグゼキュティブプロデューサー 同社の設立は1983 年で、国内屈指の歴史を有する。現在のスタッフ数は約300 名。完全分業体制を敷いており、国内はもちろん、海外案件にも数多く携わっている。
http://www.ppi.co.jp/
自分が売り込みたい能力が伝わるデモリールを送ってほしい
闇雲にがんばるだけでなく自分で考える素養が必要
C:年間の新卒採用者は何人程度ですか?
塩田周三氏(以下、塩):当社の場合は新卒採用という概念が希薄です。最初(※ 1)は3 ヶ月や半年といったプロジェクト単位の業務委託契約で、必要なときに必要な人数を採用します。1 つのプロジェクトを構成するスタッフのうち、未経験の新人は平均して1 ~ 2 割くらいですね。残りは経験者で、日本人と外国人の比率が5:3 くらいでしょうか。
※1 最初
ポリゴン・ピクチュアズの場合、最初は業務委託契約として雇用される。プロジェクト終了後も、本人の希望や他のプロジェクトの状況を踏まえ、業務委託契約から契約社員や正社員へと登用される。他の2 社の場合は年間契約からのスタートで、会社との相性が良ければ1 ~ 3 年後を目処に正社員契約が交わされる。
豊嶋勇作氏(以下、豊):当社だと、最初は年間契約ですね。今のところ365 日受け付けていて、応募があれば会議で選考し、翌週には面接を設定します。最近は、経験者より新卒者の応募が目立ちます。
笹原晋也氏(以下、笹):当社も似たような状況ですね。年間契約からのスタートで、応募者の多くは新人です。経験者は少ない。
豊:絶対、経験者は塩田さんのところに流れてる。
一同:(爆笑)。
豊:経験者は自分のやりたいことを重視するので、携わるタイトルを選べないと思われがちな年間契約は敬遠されるのだと思います。特に、まだまだ元気に作業ができる35 歳くらいまでの経験者は、携わるプロジェクトを厳選したがる人が多いですね。
C:新人教育はどのようにされていますか?
笹:新人採用は3 月や9 月の卒業時期に絞り、まとめて研修を実施して当社での仕事のやり方を学んでもらっています。分散させるほど効率が悪くなってしまいますから。
豊:新人教育担当のジョブトレーナーという専任スタッフを用意して、戦力手前の新人を社内で育てようと試みたことがありました。ですが、どうがんばっても育たない人たちがいて、この試みは1 年程度で中断しました。
笹:当社でも似たような試みを実施した経験があります。1 年目はがんばれても、2、3 年目の伸びが悪くて、周囲との差がドンドン開いてしまい、苦労している人たちがいましたね。当初は手数の多さでカバーしていたようですが、それだと早々に限界がきてしまう。闇雲にがんばるだけだと壁を突破するのは難しいのです。われわれとちゃんと会話をして、自分のやるべきことを考える素養が必要なのだと感じました。
豊:考える素養、地頭の良さというのは、職種を問わず必要だと思います。
笹:アーティストの場合、ポートフォリオやデモリールを見るとその人のスキルだけでなく地頭の良し悪しもにじみ出ているように感じます。
塩:当社の場合は完全にピンポイントで、モデリングだけ、アニメーションだけなど「このスキルに限定すれば何とか通用する」という人を採用しています。世知辛い話ですが、新人といえど稼働率の安定(※ 2)に貢献してもらわなければ、会社自体が立ちゆかないのです。
※2 稼働率の安定
雇用しているスタッフ全員に対して、ちょうどいきわたる分量の仕事が確保でき、それらの仕事をスタッフが問題なく処理できている状態であれば「稼働率が安定している」といえる。国内外を問わず、全てのCG プロダクションの存続は、稼働率の安定にかかっている。不安定な状態が続けば、存続は困難となる
C:スキルを限定するにしても、新人がいきなり通用するものでしょうか?
塩:プロジェクト全体のうち、新人でもできる作業が2 割くらいはあるのです。例えば設計・試作段階、TV シリーズなら3 話くらいまでは、ネジの1 個まで自分たちでつくります。まずは1~10 まで内部でつくりきったうえで、慣れてきたら「今回は1~5 まで外部の会社に協力を依頼しよう」といった判断をする。ものづくりをやりきる力と、新人が育つ場は必ず内部に維持し続けるように意識しています。
C:設計・試作段階、つまりプリプロダクションをとりわけ重視しているように受け取れます。新人といえど、いずれはそこを担える人に成長することを目指してほしいといった気持ちはありますか?
塩:上流工程(プリプロダクション)を担える能力があった方が良いとは思います。上流で他と差別化できるものをつくれる人がいてくれないと、会社自体の維持がいずれは難しくなりますから。海外に目を向ければ、半分以下の賃金で倍以上の成果を出してくれる人たちがいるわけです。下流(プロダクション)の仕事の何割かは、彼らに出さざるを得ないという状況は今後も続くでしょう。
笹:当社でも、最近はプリプロダクションの体制強化に力を入れています。国内・海外案件を問わず、受注の際には魅力的な企画を迅速に提案できる力が必要になりますから。
豊:とはいえ、企画を提案してもことごとく却下される場合も多いですよね。特に大手クライアントの多くは事細かに指示を入れてくるので、企画力や提案力が退化して、どんどんファクトリー化が進行してしまう。受託案件中心ではなく、独自の企画やIP(キャラクターなどの版権)での展開に力を入れるという選択肢もありますが、特定のクリエイターの色が付いてしまうことへの不安があります。本当に華開くのかどうか、やってみなければわからない。頭の痛い問題です。
塩:どんな場合であれ、ファクトリーは常に必須です。各案件において、自分たちがどのように参加して何をつくっていくのか、仕様設計を効率良く出せる組織になることが大切だと感じています。
急務なのは作家ではなく腕の良い職人の確保
C:教育機関への要望はありますか?
豊:最近ではなく、かつて私自身がデモリールの審査に携わっていた当時の話になりますが、ビデオデッキとかカタツムリとか、ほぼ同じ内容のデモリールが同じ教育機関から毎年のように何十本も送られてきていました。続けて見ていると、誰が誰だか見分けがつかなくなる。あれは辛かったですね。
笹:似たような共通課題が送られてくることは確かに多いです。
塩:ビデオデッキだと、個々人の上手さを判別するのが難しそうですね。それほど難しいモデリングではないし、アニメーションを付けるにしても、デッキからビデオが出てくる時にタメツメを付けるくらいしか工夫の余地がない。私が採用に携わっていた頃は、「審査する側は短期間に100 人くらいのデモリールを見ているという前提で、自分が売り込みたい能力が伝わる部分だけを選別して送ってください」とお願いしていました。学生生活の集大成、人生の記念碑の1 つとして卒業制作をつくる気持ちは理解できますが、それをデモリールとして送ってもらっても評価に困る場合が多いです。
笹:その人の売り込みたいものが、キャラクターのモデリングなのか、あるいは背景なのか、アニメーションなのか、ライティングなのか、意識してつくらないと伝わらないですからね。
豊:採用の場でわれわれが見たいのは、作品ではなく職人としての腕を売り込むプレゼン資料です。ところが作品性で勝負しようとするデモリールが多いことには疑問を感じましたよ。一発ネタや、ストーリーで魅せようとするのではなく、どういう職人になりたいのか、磨いた技を示して欲しいというのがわれわれのニーズです。
塩:われわれの仕事は1 人の作家を多数の職人が支えることで成り立っていますからね。急務なのは作家ではなく、腕の良い職人の確保です。作家として勝負することが難しそうな学生には、「でも、貴方はこの技を磨けば生きてくるかもしれない」と先生が示唆してあげてほしいですね。
C:入学時点では多くの学生が作家を夢見ていますが、誰もが作家として職を得られるわけではない。ポートフォリオやデモリールを作る前に、自分が何をアピールすべきなのか理解する必要があるわけですね。
塩:職人の確保に加え、大人数による作業を円滑に進められる管理職の育成も課題になっています。
笹:当社でもマネージャーの育成が課題です。少人数を束ねるリーダーのなり手はいますが、スーパーバイザー(※3)クラスになると希望者が激減します。
※3 スーパーバイザー
モデリングやアニメーションなどの各セクションを統括する役職のことをスーパーバイザー(以下、SV と表記)と呼ぶ。SV には、仕事の分業の仕方や作業時のルールを決める、セクション内のアーティストたちの作業内容をチェックする、会議の場で意見をまとめるといった役割が期待される。
豊:「上にいくほど実制作の機会が減り、責任ばかりが増える」という声は多く聞きますね。まだまだ自身の腕を伸ばしたい、工程管理や教育に時間を割くのは嫌だという気持ちは理解できますが、それでは組織が成り立たない。管理職の担い手は常に探しています。各セクションにいる「この人なしには組織が成り立たない」というスペシャリストには、そのまま職人として腕を磨き続けてもらう。それ以外の人たちには、より広い範囲に目を向けながら将来の管理職候補として成長することを意識してもらう、というのが最近の当社の傾向です。
C:新人のうちからSV を目指したいという方はいますか?
笹:たまにいますね。先の先を見て、自分の頭で考えて成長しようとする人であれば、SV 候補になり得ると思います。
C:分業体制が過度に進行すると、広範囲を見渡せるSV の育成が難しいという問題はありませんか?
塩:各セクションのSV を束ねるCGSV (※4)を育成する時には、その問題が発生します。CGSVになる人は全工程の仕事をある程度理解する必要がありますから。CGSV の数が受注できるプロジェクトの数に直結するので、CGSV の育成は最たる問題ではあります。かなり高度な悩みですが(苦笑)。当社では、分業体制の最終工程にあたるライト&コンポジットセクションのSV がCGSV になる場合が多いです。各工程で発生した問題のしわ寄せが最後に集積するセクションなので、問題解決能力に秀でた、痛みのわかっている人が多いからでしょう。それ以前に、まずは各セクションのSV を育成することが大きな課題です。そのために、マネジメントやリーダーシップの手法、ロジカルシンキングなどのトレーニングには力を入れています。
※4 CGSV
建築に例えるとCGSVは現場監督に相当し、制作チーム全体の統括に加え、クライアントとの交渉窓口も担う。そのためCGSVには、全セクションの仕事への理解や、高い交渉力が求められる。
堅実な職人こそが、最優先で必要とされる
映像作家を志し、作品をつくる学生は多い。しかし、採用の場では作品としての質の高さが必ずしも評価されるわけではない。「作品としては素晴らしいけれど、採用したいとは思わない。逆に、作品としてはつまらないけれど、アニメーションは素晴らしいからアニメーターとして採用したい。そんなケースは多々あります」と塩田氏は語り、「両面で素晴らしいケースの方が少ない」と豊嶋氏は続けた。もちろん、CG や映像制作の現場では作品性を高める感性が必要とされる場合も多く、その感性を備えたアーティストを抱える会社は評価される。しかし構成員の大多数を占め、最優先で必要とされるのは、与えられた責任を堅実にまっとうできる職人たちなのだ。採用の基準はコンテストの基準とは大きく異なる。就職に挑む際には、この点を意識しておいてほしい。
TEXT_尾形美幸
PHOTO_弘田 充