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業界未経験の新人を採用するとき、採用側は応募者のどこに注目し、何を期待しているのだろうか? その答えを探るため、自身が採用にも深く関与しているという新興プロダクション3 社(サムライピクチャーズ、プラネッタ、lunaworks)の代表取締役に集まっていただき、その実情を語り合ってもらった。
ロケーション協力:EDITORY TEL:03-3263-0202 www.editory.jp/
なお、今回あわせて大規模プロダクション(アニマ、デジタル・フロンティア、ポリゴン・ピクチュアズ)の採用基準座談会も実施した。両座談会の比較を通じて自分なりの企業探しの基準を見つけてもらいたい。新興プロダクション編
株式会社サムライピクチャーズ 谷口顕也氏
代表取締役 大手CG プロダクションにてディレクターを経験した後、2009 年6 月に同社を設立。現在のスタッフ数は14 名。TV アニメ『アイカツ!』のCG を担当したことで、近年知名度が高まっている。
http://samurai-pictures.com/
株式会社プラネッタ 箱崎秀明氏
代表取締役/ディレクター 2011 年9 月に同社を設立。現在のスタッフ数は7 名。「ゲーム業界で活躍したい人たちの入口となる場所」を会社コンセプトに掲げており、設立直後から新人を採用している。
http://pla-neta.co.jp/
株式会社lunawork 永岡 聡氏
代表取締役/クリエイティブ・ディレクター2008 年6 月に同社を設立。現在のスタッフは8 名。アニメ・ゲーム・遊技機・フィギュアのデジタル造型など、事業内容は多岐にわたる。CGWORLD 誌の執筆も担当している。
http://www.lunaworks.co.jp/
学生と経験者では応募時の熱量に差を感じる場合がありますね
問題の解決方法や質問の仕方で成長度合いが予測できる
CGWORLD(以下、C):どの程度のペースで新卒採用をなさっていますか?
永岡 聡氏(以下、永):2013 年4 月に初めて新卒の制作進行を採用しました。作品をつくる素養はあるけれど、卒業制作のチームで進行役を務めるうち、この役割を突き詰めたいと思うようになったそうです。面白いと感じたのに加え、面接での対応も好印象だったので採用しました。
箱崎秀明氏(以下、箱):新卒で制作進行志望は珍しいですね。当社の場合、2011 年の設立直後に2 名の新卒を採用しました。さらに2014 年4 月入社予定で、1 名に内定を出しています。全員がアーティスト採用で、どちらかと言えばゼネラリスト(※ 1)です。
※1 ゼネラリスト
モデリング、アニメーション、エフェクト、コンポジットなど、CG 制作の全工程に対応できるアーティストのことをゼネラリストと呼ぶ。一方、特定の工程に特化したアーティストのことをスペシャリストと呼ぶ。例えば、モデリングを専門とするモデラー、アニメーションを専門とするアニメーターなどが代表例だ。
谷口顕也氏(以下、谷):われわれのような規模の会社だと、ゼネラリスト中心になることが多いですね。当社も今は多くがゼネラリストですが、人数が増えてきたので、徐々にスペシャリストも採用していく計画です。新卒は毎年2 ~ 3 名を採用しています。
C:採用された方々は定着していますか?
箱:幸い、誰も辞めていません。
永:当社の新卒も辞めていません。採用を決定する前には、その人のやりたいことと、当社の事業内容が相反していないか、慎重に確認しています。当社の場合、アニメをつくる時期もあれば、企業VP をつくる時期もあります。例えばアニメしかやりたくない人が当社に入っても定着は難しいと思うので、お互いの方向性が大きく食い違っていないかどうか、応募する側もリサーチした方が良いと思います。
谷:当社も辞めていません。作品選考(※ 2)や課題審査を突破した候補者には、なるべく2 週間程度のインターンシップに参加してくださるようお願いしています。機材を準備したり説明や指導の時間をとる必要があるので、会社の負担は大きいのですが、互いの相性を見極める有効な方法だと感じています。問題に直面したときの解決方法や、周囲の人たちへの質問の仕方で、将来の成長度合いをある程度予測できるというメリットもあります。
※2 作品選考
採用の最初のステップでは、履歴書に加え、ポートフォリオやデモリールなどの作品を送付してもらうという点は3 社とも共通している。今回のようにスタッフの数が10 名前後の会社の場合、人事や採用の専任スタッフはいないため、代表取締役を含む主用スタッフ数名が採用担当を兼務している場合が多い。
箱:できることなら当社もインターンシップを実施したいですが、そこまでの時間を割けないのが実情です。だから採用時の数少ない機会から、なるべく多くの情報を得ようと努力しています。作品選考はもちろん、面接時の受け答えからにじみ出てくる人間性も大切に見ていますよ。先日内定を出した方は、受付での対応も面接での答え方も完璧でした。練習していないだろうと思うような質問に対しても、うまく切り返してきた。相当ストイックに練習を積んできたことが伝わり感心しましたね。そういう姿勢は仕事にも現れますから、一緒に仕事をしてみたいと感じました。
永:確かに、短時間の面接で相性や将来性を見極めるのは難しいですね。お二人がおっしゃるような、問題解決能力やストイックさを有する人かどうかの見極めは私も大切にしています。自発的に必要なことを調べたり上手な質問ができる人は、プロジェクトに対する当事者意識が高いので、完成形を頭の中に描こうとする。そんな人がいると「このプロジェクトは大丈夫かな」と安心できます。
箱:それはすごく優秀な人ですね。言われたことだけでなく、言われていないことまで率先してできる人の方が飲み込みが早い。ちょっとした差ですが、そこに気付いてもらうのは難しいのだなと、以前専門学校の講師をしていたときに感じました。今は仕事が忙しいので控えていますが、講師業を経験しておいて良かったと思うことは多いです。あの経験がなかったら、新人とのコミュニケーションにもっと苦労したと思います。
永:意外な共通点がありましたね。私もかつては講師をしていました。
谷:私も講師経験があります(笑)。だから彼らのわからないこと、つまづくポイントなどは予測できますね。最初は「できなくて当然」「できたら凄い」という姿勢で接し、ドンドン質問してもらいます。そして慣れてきたら、自分で調べて自己解決することを目指してもらうというステップを経ています。
CGWORLD(以下、C):専門学校、芸術・美術系大学、メディア系大学といった、教育機関の違いは意識していますか?
永:応募してくる方は専門学校出身者が多いですが、どこの出身だろうと気にしないですね。
箱:大切なのは本人の意欲や実力です。
谷:美大出身でも絵が上手くない人はいますし、逆に専門学校出身でも美大出身者に勝るとも劣らない人もいます。同じく、在学中に使っていたソフトウェアもあまり重視しないですね。当社は3ds Max と Motion Builder ベースですが、在学中にMaya しか使ったことがないという人でも採用します。未経験のソフトウェアであっても、1 ヶ月くらい使えば慣れてくれますから。
永:同感です。当社では3ds Max とMaya の両方を使っていますが、例えばMaya の経験しかない人にも、垣根なく3ds Max に挑戦してもらっていますね。周囲のわかっているスタッフがサポートしながら、一緒に解決していけば良いと思っています。
箱:当社の場合は絵を描く仕事も多いので、3DCG 未経験の人を採用することもありますよ。絵の上手い人は3DCGの修得が速いので、絵の仕事をしながら徐々に3DCG にも慣れてもらえば良いと考えています。
フォームから申し込んだ後で音信不通になる学生が多い
C:新卒採用ゆえの留意点はありますか?
箱:当社ではWeb サイトや学校での説明会を通して新卒を募集していますが、申し込みがあった後、何ヶ月待っても作品が送られてこないということがあります。
永:あります、あります(笑)。作品をつくっている最中なのかなと思って、一度はこちらからメールを出すのですが、音信不通になってしまう場合も多い。例えば「1 週間待ってください」とか、ひと言でも連絡があれば印象はちがうのですけれどね。こういうときの対応は業務にもつながるので、プロを目指すなら、もう少し心配りをした方が良いと思います。
谷:当社でもありますね。特に就職サイト経由でのエントリーの場合が多いです。転職希望の経験者の場合、ほぼそんなことは起こらないのですが、エントリーに対する熱量や意識の差かもしれませんね。企業側としては、いつポートフォリオが届くかを楽しみに待っていますので(笑)。
C:デッサンなどのアナログ作品の提出は必須にしていますか?
谷:当社では必須にしています。CG ツールを使い始めて間もない学生の場合、CG 作品では充分に力を発揮しきれていないこともあります。形をとらえる力やディテールを観察する力は、デッサンでも確認できますからね。加えて、ラフスケッチもガンガン入れてくださいとお願いしています。実際の仕事で3DCG を作る際にもラフスケッチは頻繁に描きますし、ラフスケッチを見れば嗜好も伝わります。
箱:デッサン力のある人はモデリングも上手いので、デッサンを見せてもらえると安心しますね。加えて当社では「落書きも入れてください」とお願いしています。ポートフォリオには完成度の高い作品だけを選り分けて入れるのが定番ですが、その人の本質は落書きの方に凝縮されていることが多いですからね。私自身、最初の会社に就職する際にポートフォリオと落書きを持っていったら、落書きの方が受けが良かったという思い出があります。
永:当社では「一番得意なこと(※ 3)を見せてください」とお願いしています。デッサンは必須ではないですが、入っていれば必ず見ます。
※3 一番得意なこと
学生の応募者は即戦力レベルのスキルをもっていない場合がほとんどだ。採用側もその点は承知しており、何か1 つでも飛び抜けたものがあれば拾い上げる心づもりで提出作品に向き合っている。そのことを念頭に置き、自分が一番得意とすることを前面に押し出した、メリハリのある見せ方をしてほしい。
C:アニメーションのスキルはどこで判断しますか?
谷:身体のパーツを筋肉単位で描いているラフスケッチを見せてもらったことがあります。各筋肉の機能の説明も書き込んであって、凄いなと思いました。アニメーション付けには筋肉の知識が必須ですし、几帳面さが伝わってきて好印象でした。とはいえ最終的には映像を見て判断します。機械的に歩いているだけ、走っているだけのアニメーションではなく、喜怒哀楽を付けてくれると嬉しいですね。例えば威張った歩き方、慌てた走り方などに挑戦する人は成長が速いです。
箱:自分で考えながら、試行錯誤しながらアニメーションを付けていることが伝わると好印象ですね。
C:1 点当たりの評価にかける時間はどの程度ですか?
永:バラバラですね。ポートフォリオの場合はパラパラとめくっていくなかで、手が止まる作品があるかどうかが大切です。手が止まる時間の長い人ほど、面接に進む可能性が高いです。採用の可能性のある方なら、最低でも2 回の面接を行います。せっかく当社を選んでくれたからには、仲間として迎え入れ一緒に成長していきたい。だからこそ、丁寧に惜しみなく時間をかけて、お互いに間違いのない採用をしたいと思っています。
箱:同感です。その人の成長に合わせて会社も成長していくような関係を築きたいですね。
谷:当社の場合は作品選考、課題審査を経て、インターンシップへの参加をお願いしています。ただし地方在住でインターンシップへの参加が難しい人の場合は、面接をかねて私から会いにいく場合もあります(笑)。先日も名古屋の学生に内定を伝えに出向き、その足で大坂まで行って候補者の学生と1 時間ほどお話してきました。当社はまだまだ小さな会社なので、本気で会いたいと思う方には積極的に熱意をアピールするようにしています。
新卒1人の個性が、他の全スタッフに影響を与える
本座談会に参加していただいた3 名は、過去に教育機関でCG を教えた経験があるという共通点をもっていた。だからこそ学生の短所と長所の両方を熟知しており、新卒の採用と育成に意欲的だった点が印象に残った。「新卒を採用する場合は、最初から多くを期待しているわけではありません。若く新しい風が入れば社内が明るくなる、それだけでも嬉しい変化です。受け入れる側にも『先輩らしく、しっかり教えなければ』といった良い緊張感が生まれます」と永岡氏は語ってくれた。10 名規模の会社の場合、1 人1 人の個性が他の全スタッフに影響を与える。だからこそ、採用時には作品の内容に加え、個性やコミュニケーション力も重視すると3 名全員が口を揃えた。社内の全員が相互に刺激し合い、会社全体が成長していく。新卒採用は、そのきっかけを生み出す可能性を秘めているのだ。
大規模プロダクション編
新興プロダクション編の座談会から数日後、今度は日本を代表する100 人規模以上のプロダクション3 社の取締役にお集まりいただいた。前回同様、座談会のテーマは新人採用だったが、前回とはまったくちがう話が展開された。
※新興プロダクション編(サムライピクチャーズ、プラネッタ、lunaworks)の採用基準座談会はこちら
株式会社アニマ 笹原晋也氏
代表取締役 同社の設立は1997 年、現在のスタッフ数は約100 名。スペシャリストが多数を占めており、モデリング、アニメーション、エフェクト&コンポジットという、大まかな分業化がなされている。
http://www.studioanima.co.jp/
株式会社デジタル・フロンティア 豊嶋勇作氏
専務取締役/ CG 制作部 部長 同社の起ち上げは1994 年で、株式会社となったのは2000 年。10 名程度のゼネラリストが中心となってスタートしたが、現在は約270 名規模に成長し、年々分業化が進行しつつある。
http://www.dfx.co.jp/
株式会社ポリゴン・ピクチュアズ 塩田周三氏
代表取締役/ CEO /エグゼキュティブプロデューサー 同社の設立は1983 年で、国内屈指の歴史を有する。現在のスタッフ数は約300 名。完全分業体制を敷いており、国内はもちろん、海外案件にも数多く携わっている。
http://www.ppi.co.jp/
自分が売り込みたい能力が伝わるデモリールを送ってほしい
闇雲にがんばるだけでなく自分で考える素養が必要
C:年間の新卒採用者は何人程度ですか?
塩田周三氏(以下、塩):当社の場合は新卒採用という概念が希薄です。最初(※ 1)は3 ヶ月や半年といったプロジェクト単位の業務委託契約で、必要なときに必要な人数を採用します。1 つのプロジェクトを構成するスタッフのうち、未経験の新人は平均して1 ~ 2 割くらいですね。残りは経験者で、日本人と外国人の比率が5:3 くらいでしょうか。
※1 最初
ポリゴン・ピクチュアズの場合、最初は業務委託契約として雇用される。プロジェクト終了後も、本人の希望や他のプロジェクトの状況を踏まえ、業務委託契約から契約社員や正社員へと登用される。他の2 社の場合は年間契約からのスタートで、会社との相性が良ければ1 ~ 3 年後を目処に正社員契約が交わされる。
豊嶋勇作氏(以下、豊):当社だと、最初は年間契約ですね。今のところ365 日受け付けていて、応募があれば会議で選考し、翌週には面接を設定します。最近は、経験者より新卒者の応募が目立ちます。
笹原晋也氏(以下、笹):当社も似たような状況ですね。年間契約からのスタートで、応募者の多くは新人です。経験者は少ない。
豊:絶対、経験者は塩田さんのところに流れてる。
一同:(爆笑)。
豊:経験者は自分のやりたいことを重視するので、携わるタイトルを選べないと思われがちな年間契約は敬遠されるのだと思います。特に、まだまだ元気に作業ができる35 歳くらいまでの経験者は、携わるプロジェクトを厳選したがる人が多いですね。
C:新人教育はどのようにされていますか?
笹:新人採用は3 月や9 月の卒業時期に絞り、まとめて研修を実施して当社での仕事のやり方を学んでもらっています。分散させるほど効率が悪くなってしまいますから。
豊:新人教育担当のジョブトレーナーという専任スタッフを用意して、戦力手前の新人を社内で育てようと試みたことがありました。ですが、どうがんばっても育たない人たちがいて、この試みは1 年程度で中断しました。
笹:当社でも似たような試みを実施した経験があります。1 年目はがんばれても、2、3 年目の伸びが悪くて、周囲との差がドンドン開いてしまい、苦労している人たちがいましたね。当初は手数の多さでカバーしていたようですが、それだと早々に限界がきてしまう。闇雲にがんばるだけだと壁を突破するのは難しいのです。われわれとちゃんと会話をして、自分のやるべきことを考える素養が必要なのだと感じました。
豊:考える素養、地頭の良さというのは、職種を問わず必要だと思います。
笹:アーティストの場合、ポートフォリオやデモリールを見るとその人のスキルだけでなく地頭の良し悪しもにじみ出ているように感じます。
塩:当社の場合は完全にピンポイントで、モデリングだけ、アニメーションだけなど「このスキルに限定すれば何とか通用する」という人を採用しています。世知辛い話ですが、新人といえど稼働率の安定(※ 2)に貢献してもらわなければ、会社自体が立ちゆかないのです。
※2 稼働率の安定
雇用しているスタッフ全員に対して、ちょうどいきわたる分量の仕事が確保でき、それらの仕事をスタッフが問題なく処理できている状態であれば「稼働率が安定している」といえる。国内外を問わず、全てのCG プロダクションの存続は、稼働率の安定にかかっている。不安定な状態が続けば、存続は困難となる
C:スキルを限定するにしても、新人がいきなり通用するものでしょうか?
塩:プロジェクト全体のうち、新人でもできる作業が2 割くらいはあるのです。例えば設計・試作段階、TV シリーズなら3 話くらいまでは、ネジの1 個まで自分たちでつくります。まずは1~10 まで内部でつくりきったうえで、慣れてきたら「今回は1~5 まで外部の会社に協力を依頼しよう」といった判断をする。ものづくりをやりきる力と、新人が育つ場は必ず内部に維持し続けるように意識しています。
C:設計・試作段階、つまりプリプロダクションをとりわけ重視しているように受け取れます。新人といえど、いずれはそこを担える人に成長することを目指してほしいといった気持ちはありますか?
塩:上流工程(プリプロダクション)を担える能力があった方が良いとは思います。上流で他と差別化できるものをつくれる人がいてくれないと、会社自体の維持がいずれは難しくなりますから。海外に目を向ければ、半分以下の賃金で倍以上の成果を出してくれる人たちがいるわけです。下流(プロダクション)の仕事の何割かは、彼らに出さざるを得ないという状況は今後も続くでしょう。
笹:当社でも、最近はプリプロダクションの体制強化に力を入れています。国内・海外案件を問わず、受注の際には魅力的な企画を迅速に提案できる力が必要になりますから。
豊:とはいえ、企画を提案してもことごとく却下される場合も多いですよね。特に大手クライアントの多くは事細かに指示を入れてくるので、企画力や提案力が退化して、どんどんファクトリー化が進行してしまう。受託案件中心ではなく、独自の企画やIP(キャラクターなどの版権)での展開に力を入れるという選択肢もありますが、特定のクリエイターの色が付いてしまうことへの不安があります。本当に華開くのかどうか、やってみなければわからない。頭の痛い問題です。
塩:どんな場合であれ、ファクトリーは常に必須です。各案件において、自分たちがどのように参加して何をつくっていくのか、仕様設計を効率良く出せる組織になることが大切だと感じています。
急務なのは作家ではなく腕の良い職人の確保
C:教育機関への要望はありますか?
豊:最近ではなく、かつて私自身がデモリールの審査に携わっていた当時の話になりますが、ビデオデッキとかカタツムリとか、ほぼ同じ内容のデモリールが同じ教育機関から毎年のように何十本も送られてきていました。続けて見ていると、誰が誰だか見分けがつかなくなる。あれは辛かったですね。
笹:似たような共通課題が送られてくることは確かに多いです。
塩:ビデオデッキだと、個々人の上手さを判別するのが難しそうですね。それほど難しいモデリングではないし、アニメーションを付けるにしても、デッキからビデオが出てくる時にタメツメを付けるくらいしか工夫の余地がない。私が採用に携わっていた頃は、「審査する側は短期間に100 人くらいのデモリールを見ているという前提で、自分が売り込みたい能力が伝わる部分だけを選別して送ってください」とお願いしていました。学生生活の集大成、人生の記念碑の1 つとして卒業制作をつくる気持ちは理解できますが、それをデモリールとして送ってもらっても評価に困る場合が多いです。
笹:その人の売り込みたいものが、キャラクターのモデリングなのか、あるいは背景なのか、アニメーションなのか、ライティングなのか、意識してつくらないと伝わらないですからね。
豊:採用の場でわれわれが見たいのは、作品ではなく職人としての腕を売り込むプレゼン資料です。ところが作品性で勝負しようとするデモリールが多いことには疑問を感じましたよ。一発ネタや、ストーリーで魅せようとするのではなく、どういう職人になりたいのか、磨いた技を示して欲しいというのがわれわれのニーズです。
塩:われわれの仕事は1 人の作家を多数の職人が支えることで成り立っていますからね。急務なのは作家ではなく、腕の良い職人の確保です。作家として勝負することが難しそうな学生には、「でも、貴方はこの技を磨けば生きてくるかもしれない」と先生が示唆してあげてほしいですね。
C:入学時点では多くの学生が作家を夢見ていますが、誰もが作家として職を得られるわけではない。ポートフォリオやデモリールを作る前に、自分が何をアピールすべきなのか理解する必要があるわけですね。
塩:職人の確保に加え、大人数による作業を円滑に進められる管理職の育成も課題になっています。
笹:当社でもマネージャーの育成が課題です。少人数を束ねるリーダーのなり手はいますが、スーパーバイザー(※3)クラスになると希望者が激減します。
※3 スーパーバイザー
モデリングやアニメーションなどの各セクションを統括する役職のことをスーパーバイザー(以下、SV と表記)と呼ぶ。SV には、仕事の分業の仕方や作業時のルールを決める、セクション内のアーティストたちの作業内容をチェックする、会議の場で意見をまとめるといった役割が期待される。
豊:「上にいくほど実制作の機会が減り、責任ばかりが増える」という声は多く聞きますね。まだまだ自身の腕を伸ばしたい、工程管理や教育に時間を割くのは嫌だという気持ちは理解できますが、それでは組織が成り立たない。管理職の担い手は常に探しています。各セクションにいる「この人なしには組織が成り立たない」というスペシャリストには、そのまま職人として腕を磨き続けてもらう。それ以外の人たちには、より広い範囲に目を向けながら将来の管理職候補として成長することを意識してもらう、というのが最近の当社の傾向です。
C:新人のうちからSV を目指したいという方はいますか?
笹:たまにいますね。先の先を見て、自分の頭で考えて成長しようとする人であれば、SV 候補になり得ると思います。
C:分業体制が過度に進行すると、広範囲を見渡せるSV の育成が難しいという問題はありませんか?
塩:各セクションのSV を束ねるCGSV (※4)を育成する時には、その問題が発生します。CGSVになる人は全工程の仕事をある程度理解する必要がありますから。CGSV の数が受注できるプロジェクトの数に直結するので、CGSV の育成は最たる問題ではあります。かなり高度な悩みですが(苦笑)。当社では、分業体制の最終工程にあたるライト&コンポジットセクションのSV がCGSV になる場合が多いです。各工程で発生した問題のしわ寄せが最後に集積するセクションなので、問題解決能力に秀でた、痛みのわかっている人が多いからでしょう。それ以前に、まずは各セクションのSV を育成することが大きな課題です。そのために、マネジメントやリーダーシップの手法、ロジカルシンキングなどのトレーニングには力を入れています。
※4 CGSV
建築に例えるとCGSVは現場監督に相当し、制作チーム全体の統括に加え、クライアントとの交渉窓口も担う。そのためCGSVには、全セクションの仕事への理解や、高い交渉力が求められる。
堅実な職人こそが、最優先で必要とされる
映像作家を志し、作品をつくる学生は多い。しかし、採用の場では作品としての質の高さが必ずしも評価されるわけではない。「作品としては素晴らしいけれど、採用したいとは思わない。逆に、作品としてはつまらないけれど、アニメーションは素晴らしいからアニメーターとして採用したい。そんなケースは多々あります」と塩田氏は語り、「両面で素晴らしいケースの方が少ない」と豊嶋氏は続けた。もちろん、CG や映像制作の現場では作品性を高める感性が必要とされる場合も多く、その感性を備えたアーティストを抱える会社は評価される。しかし構成員の大多数を占め、最優先で必要とされるのは、与えられた責任を堅実にまっとうできる職人たちなのだ。採用の基準はコンテストの基準とは大きく異なる。就職に挑む際には、この点を意識しておいてほしい。
TEXT_尾形美幸
PHOTO_弘田 充