<2>リグ道場ではニーズに合わせて2種類のコースを用意
CGW:続いて「リグ道場」の話をお伺いしたいのですが、これはどういったところから?
福本:起ち上げ当初から、教育事業を行いたいと考えていたのですが、学生向けではなく法人向けの、よりプロフェッショナルな教育を考えていました。制作の現場では、教育のためのトレーニング期間や、教育者のリソースの確保が難しく、どうしてもOJTでの教育になりがちですよね。特にリーダークラスの方はたくさんの仕事を抱えているので、教育に手が回らないことも多いですし、お困りの会社さんも多いかもしれません。
CGW:そのとおりですね。
福本:特にリグは特殊な職種なので、一時的に需要が高まっても、波が過ぎればリガーの手が空くことがあります。その期間で教育や研究開発ができれば理想ですが、手空きの際は他の職種にヘルプで入ることも多いですし、そもそも教育者の手が空いていないという問題もあります。
CGW:なるほど。
福本:自分も過去にそういった経験があるので、スタジオを起ち上げた当初から、クライアント様の手が回らないところで何かお手伝いができないか、リーダーの負担を減らすお手伝いができないかと考えていました。いろいろと考えていたところ、カナバングラフィックス代表の富岡さんとのご縁で始まったのがリグ道場です。
CGW:具体的にはどういったサービスを?
福本:実制作の業務を通して、実戦形式でプロフェッショナルなリグのスキルやノウハウを学んでいただく「OJT型教育」と、オリジナルの教育カリキュラムをベースに学んでいただく「カリキュラム型教育」の2つのサービスを展開しています。どちらのサービスも、受講者の苦手な分野や伸ばしたい分野、悩みなどを細かくヒアリングしてカウンセリングを行います。その分析から、オリジナルのカリキュラムを作成し、それに基づいて学んでいただきます。
BACKBONEスタジオ公式サイトより、リグ道場のOJT型教育(左)、カリキュラム型教育(右)の内容
CGW:カリキュラム型教育の内容は、御社の研修でも使用されているものでしょうか?
福本:基礎的な内容は同じですね。BACKBONEの新人研修では、まずリグの考え方や解剖学について学ぶのですが、この内容はとても重要視しているので、OJT型とカリキュラム型、どちらのサービスにも含めています。ただ、リグのシステムは会社様によってちがいますし、映像とゲームでもそれぞれちがうので、基礎的な内容は踏まえつつ、受講生の特性に合わせたかたちにカスタマイズしています。
CGW:実際の受講風景はそれぞれ、どんな感じだったんでしょうか?
福本:宮田さんは、BACKBONEとカナバングラフィックス様とでつながりのあったクライアント様の案件で、弊社のスタッフと一緒に業務をしながら学ぶというOJT型の受講でした。解剖学やスキニングなどの基礎的なところから大量生産のしくみまで、業務のなかで幅広く学んでいただきました。
堀内さんの場合は、最初にアカツキ様の案件を我々が受託業務でお手伝いさせていただく話が進んでいました。ただ、弊社で開発したリグを納品しても、アカツキ様の社内でリガーが不足していては満足に運用できないですよね。そこで堀内さんに、そうした人材になっていただくことを目標に、不足しているスキルをオリジナルのカリキュラムで学んでいただきつつ、一緒に案件の業務を進めました。OJT型とカリキュラム型を混ぜた、少し特殊なかたちでしたね。
CGW:すごく良いアイデアだと思うんですが、調整が大変そうですね。
福本:はい、クライアント様のご理解がなければなかなか難しいですし、タイミングにも大きく左右されます。OJT型の場合は、必ずクライアント様に確認をしていますが、とてもありがたいことに、リガーの人材育成に理解の深いクライアント様が多く、宮田さんのときも、「ぜひやりましょう!」と快く承諾していただけました。
CGW:宮田さんはリグ道場でどういったことを学びましたか?
宮田:弊社はデフォルメのきいたキャラクターを扱うことが多いのですが、今回のリグ道場ではヒト型キャラクターのリグが組めたことで、学びが広がりました。習ったことをすぐに実務で活かすことができたのも良かったですね。最初は3ヶ月の研修期間の予定でしたが、6ヶ月に延長させていただいたくらいです。
CGW:カナバングラフィックスさんとして、宮田さんをリグ道場に送り出すにあたって何か理由はあったんでしょうか?
宮田:きっかけとしては、2018年に開催されたイベント「Rigging help me!『リガー、集まれ~!』」で、福本さんたちと一緒に登壇させていただいたことです。当時はイベントの後しばらく自分の業務予定がない時期があり、技術的にも頭打ち感があったので、弊社代表の富岡(聡氏)と相談しまして、出向させていただくことになりました。いろんなタイミングが重なった感じです。期間的には2018年の4月から9月までですね。
福本:宮田さんの出向がリグ道場の始まりでもあるので、カナバングラフィックス様と、リグ道場を快く承諾していただいたクライアント様でなければ、実現できなかったかもしれません。富岡さんとは前々からご縁がありましたし、自分自身も学生時代に良くしていただきました。イベントでも、「宮田が伸び悩んでいて......」というお話を直接うかがって、では一緒にやりましょう!となりました。
CGW:まさに人の縁ですね。堀内さんの出向受け入れも、そうしたながれの中で決まったのでしょうか?
福本:そうですね。アカツキ様との打ち合わせの中で、カナバングラフィックス様との取り組みについて、簡単にご説明させていただいたんです。そうしたら、たいへん興味をもっていただきまして。
堀内:私が会社から話をもらったのが、まさにその直後です。「福本さんという方がいて、出向を通してリギングの教育をしてもらえるそうだけど、興味ある? すごく厳しいらしいよ?」、「興味あります!」と二つ返事でした。出向したのは2019年の2月から4月までの3ヶ月間です。
CGW:リグ道場を経て、仕事に復帰されていかがでしたか?
宮田:社内の体制づくりに必要なことが見えてきました。まだまだ道半ばですが、それを基に効率化を目指す取り組みを始めています。また、工数の見極めに関するスキルが増しました。それまでは自分が漠然と考えているだけでしたが、リグ道場で教えられたことで、自信がもてました。それによって開発全体で発言力が増しました。
CGW:若手に教育したりすることはありますか?
宮田:ちょうど2019年から新人リガーが入ったので、教わったことを基に研修を行うことができました。また、弊社ではモデラーがスキニングの一部を担当するなど、他の職種がリガーの一部を担当することがあります。そうした場面でも自信をもって説明できるようになりました。実際、社内セミナーで講師も担当しています。BACKBONEさんから学んだことを基に、自分なりの経験を踏まえて説明するようにしています。
CGW:実際、専任のリガーがいないと会社として成長しにくいですよね。
福本:アセットが大量に登場する案件では、大量生産のしくみを整えて、ツールなども入念に準備する必要があるので、そういった案件では専任のリガーは必要かもしれません。富岡さんからも、大型案件に対応するための知見を増やしたい、というご相談をお聞きしていたので、宮田さんには、大量生産における考え方や設計方法など、全て体験していただきました。
CGW:堀内さんはどうですか? フルタイムでの出向だったのでしょうか?
堀内:1週間のうち2日出向する週と3日出向する週が交互に続く感じでした。
福本:堀内さんは、アカツキ様案件のOJT型教育でもあるので、出向されていない日はアカツキ様のオフィスで作業されていましたね。
堀内:まさにプロジェクトの延長で研修が行われたので、すごく実践的で勉強になりました。出向日ではない日には、宿題的にもち帰った作業を行い、そのときに出た疑問質問をまた出向日にもっていき、1つ1つわからない部分を潰していくようなながれでした。プロジェクトのレギュレーションに沿いつつ基礎の基礎から教えていただいて、これまで意識が及んでいなかったところや、以前躓いていた部分の原因がクリアになりました。クオリティラインも高くて、中途半端なレベルではOKが出ませんでした。そういう意味では「厳しかった」ですね。でも、そうした厳しさがないと、下のレベルで止まってしまうのも事実なので......。細かくチェックしていただいて、とてもありがたかったですね。最終日にもたくさんリテイクをいただいたので、出向終了後も修正を行なっていました。
福本:リグ道場は、技術だけでなく、クオリティやスケジュールもしっかりと自己管理できるように、タスク管理の指導も行なっているので、確かに厳しかったですね(笑)。長時間労働ではなく、しっかりと8時間労働の中でスケジュールを守りつつ、クオリティを出せる人材に育ってほしいので、オペレーション作業のスピードまで細かく指導していました。お2人のクオリティが下回っていたり、スケジュールが遅れそうなときは、クオリティとスケジュールを担保するために弊社のスタッフや私が手を入れていましたが、できるだけお二人自身で完結できるよう、何度もリテイクをくり返して、最終的には立派に成長されていました。
宮田:納品物をみれば、だいたいBACKBONE社内の誰が直したか想像がつくんですよ。それって悔しいじゃないですか。自分でなるべく求められる品質まで達するように努力するようになりました。
CGW:堀内さんは通常業務に戻られて、いかがですか?
堀内:まだスピード感をもってリグを組むには修行していかないといけませんが、簡単なものから始めています。以前のようなリグに対しての抵抗はだいぶなくなりました。今では楽しさも感じられています。
リグ道場で教えていただいたことは全てドキュメントにまとめています。会社からは「まったくリグを組んだことがなくても、その資料を見れば1人で組めるくらいわかりやすい内容にしてほしい」と言われています。ものすごくハードルが高いんですけどね。2020年の夏くらいには、もっと業務に自信がもてるように精進していきます。
CGW:アカツキさんでも同じように、堀内さんがリガーとして一人立ちすればするほど、リッチな3Dゲームがどんどん開発できそうですね。
堀内:しっかり身に着けて自身のスキル面での貢献と、社内でも教えていけるくらいになれるようがんばります。
CGW:そもそも人材教育に投資しようという会社は、今まさに伸び盛りの状況にありますよね。そうした会社の成長に対してBACKBONEが寄与できるというのは、やりがいがありますね。
福本:はい、何かしらのかたちでお力になれるのはとてもありがたいですし、我々もとても勉強になります。
CGW:ちなみにリグ道場で学べることで、御社ならではの要素はありますか?
福本:ツールの使い方やテクニックよりも、考え方や本質を理解していただくことを重視しています。ロジカルに考えてリグを設定できれば、ツールに依存することもないですし、ジョイントやスキニングなどの動きの本質を理解して設定できれば、自然とアウトプットの質も上がります。洞察力や考察力を養って、「なぜこういう動き方をするのか」「なぜここに骨があるのか」など、全てにおいてしっかりと説明できるようになってから、テクニックを教えるようにしています。
僕も同じ案件で担当している業務があるのですが、教育の一環として、僕の作業風景を数時間かけて観察していただくこともあります。作業をする中で、ときには失敗することもありますが、なぜ失敗したのか、その上でどう対応し、どういった意図で修正したのか、プロセスも含めて失敗も全てお見せするので、見て学ぶことや感じることも多いと思います。
宮田:自分のときも、ものすごく複雑な、頭を抱えてしまうようなリギングについて実務を見せていただいて、どういうロジックでリグを組んでいくか、ベースの考え方とともにひとつずつ説明していただきました。中でも「Mayaでどうやってノードを組むかは、後から考えれば良い」と言われたことが、すごく印象的でした。
CGW:御社のスタッフと同じ扱いなんですね。
福本:そうですね。リグ道場を受講されている期間は、隔週で行なっている社内勉強会にも参加していただきますし、ときには学んだことを発表していただくこともあります。毎月、全員がブログの記事を書くブログデーがあるのですが、宮田さんにも学んだことのアウトプットとして、ウェイトの付け方に関する記事を書いていただきました。
CGW:それは良い話ですね。
福本:堀内さんには、ドリブンキーに関する記事を書いていただきました。まだ公開したばかりなので、反響が楽しみです。
CGW:大学や専門学校で教えられることと、業務の現場で求められることの乖離が、どんどん広がっていますよね。だからこそ社会人向けのリカレント教育について需要が高まっていますが、なかなか状況が追いついていません。そうした中、リグ道場のような試みは興味深いですね。
福本:タイミングの問題もあるので、まだ探り探りですが、これからも貢献できるよう頑張ります。大学や専門学校でのリグ教育については、リグナイトで取り上げたいテーマでもあるんです。学校の先生方と現場のリガーが10名ずつ集まって、お互いにディスカッションできれば、面白いんじゃないかと。我々も学校で教育されているリグの内容にとても興味がありますし、先生方のリグに関するお悩みやご相談などで、お力になれることがあるかもしれません。今後のテーマで検討したいと思います。