レイアウトの肝となる「ビジュアル言語」と「ビジュアル進行」
本作は現実世界と頭の中という異なる世界でストーリーが同時並行的に進行するが、観る人に違和感なく2つの世界を行き来させるために重要となったのが、シーンのレイアウトだ。
ピクサーでは、ライティングはレンダリングに関わることから時間がかかるため、シーンのレイアウトとアニメーションを確定してからライティング作業に入るのだという。
レイアウトは「カメラ」と「ステージング」の2つの工程で制作され、「カメラ」は実写撮影と同じくレンズ口径や焦点距離、トラックやドリーなどの動きを模倣しながら設定していき、「ステージング」ではシーンにカメラとキャラクターを配し、フレーミング、コンポジション、ブロッキングを通してキャラクターの位置取りや動き、タイミングを確定していく。
レイアウト作業はまず、シーンに組まれた撮影セットにカメラを入れ、キャラクターのモデルを配置し、そこからアニメーションの原型となるポーズを付けていく。キャラクターの立ち位置が決まれば、自由にカメラを動かしつつ、キャラクターのラフな動きやエフェクトの大まかな原型を作成し、アニメーション班にシーンを渡す。この作業はシーン構築の最初の工程となるブロッキングと呼ばれるもので、この後タイミングなどが細かく詰められていく。
「カメラとキャラクターはシーン内のどこにでも置けます。私たちの仕事はストーリーテリングに合わせた最適な位置を探すことです」と撮影監督のパトリック・リン氏は語る。
リン氏によれば、レイアウトで大切なのは「ビジュアル言語」と「ビジュアル進行」だという。
レイアウトの真の仕事はストーリーを語ることであり、本作は頭の中と現実世界を巡る物語のため、この2つの世界の対比をどのように描くかが面白い部分である。この対比を表現するには「レンズの歪み」が利用された。レンズは生産の段階で歪みが発生し、メーカーによって微妙な差異がある。今回は2つのレンズを3DCG内のヴァーチャルカメラに設定し、歪みの少ないUitra Primeを頭の中の世界用に、より歪みが大きいCooke S4を現実世界用に使用して、2つの世界のちがいが表現された。
また、実写映画でフォーカスが予期せず外れてしまうような不安定な要素を本作の現実世界で採り入れ、わざとフォーカスをズレさせている。カメラの動きでも、頭の中ではドリーやクレーンを使って機械的にコントロールし、現実世界はステディカムなどのような有機的な動きが付けられた。
このように、カメラワークでストーリーテリングすることを「ビジュアル言語」と呼ぶそうだ。
一方「ビジュアル進行」はキャラクターの感情曲線を分析してカメラワークを設定していく方法で、例えばライリーの感情曲線が安定している冒頭の頭の中は機械的な撮影スタイルを採り、少し鬱屈し始めた頃の現実世界では、不完全なフォーカス処理を使って不安定なライリーの感情を表現しているという。
手描きの古典にならったアニメーションスタイル
スーパーバイジング・アニメーターのヴィクター・ナヴァーン氏は、2012年から本作の制作に参加し、18ヶ月の間プリプロダクションに携わっている。
プリプロダクションでは6名のアニメーターと共に、CGモデルの作成やアニメーションテストを行なったという。本格的な制作が始まったのは2013年7月からで、約35名のアニメーターが参加した。
「本作は、カートゥーンアニメーションでありながら自然で繊細なアニメーション表現が要求されたので、作品の全てがチャレンジでした。主人公であるヨロコビたちのような頭の中のキャラクターを表現するためのアニメーションスタイルを模索する必要があったため、『ライオン・キング』などを手がけたベテラン2Dアニメーター トニー・フーシル氏に協力を仰いだのです。
彼のおかげで、CGキャラクターに繊細な手描きアニメーションのタッチを加えて魅力的に表現でき、キャラクターごとの演技に統一感を与えることができました。彼のアニメーションスタイルを実現させるための、新しいキャラクターのリグも開発しています」とヴィクター氏。その通り、動きを見ているだけでそのキャラクターの役割がわかる演技設計が素晴らしい。
「私たちはキャラクターの感情を表現するためにアニメーションの方向性をできるだけカートゥーン調に戻す必要があり、1940~50年代のワーナー・ブラザースやディズニーの古典的な短編アニメーションに触発されました。これらのアニメーションを今でも私たちが楽しめるのは、これらが抽象的で勢いのある動きでつくられているからです」とキャラクターを動かすコツをナヴァーン氏は語る。
ナヴァーン氏がアニメーターとして気をつけているのが、友人や家族、見知らぬ人といった自分の周りにいる人々の動きを日々観察すること。特に子どもがいる人は、子どもをよく観察して将来の作品に使える動きがないか分析しておくことが大事だという。また、実写映画の力強いアクションに触発されることも大きいそうだ。
「アニメーション部門のスタッフはお互いに切磋琢磨しています。そのような競争は健全な感覚です。同僚の偉大な仕事を目にすることで、さらに自分の仕事を改善していくことができるのです」とナヴァーン氏は語った。
異なる世界を描き分けるライティングの工夫
本作の見どころのひとつに、頭の中と現実世界を描き分ける照明表現がある。また、ヨロコビや思い出ボールは、動く光源として設定されていることもあり、作業の難易度は高い。これらの照明班を率いたのが照明監督のキム・ホワイト氏だ。
「現実世界の照明は見慣れているので、それほど難しくはありません。ただ頭の中は、アートボードを見たときにとても美しいと思ったものの、ファンタジーにあふれた世界であることに加えて、ヨロコビなどの主人公が光源であるため、どうやって照明を整理していくか、ビジュアル的に大きな挑戦になりました」とホワイト氏は語る。
制作開始当初は、現実世界と頭の中を行き来すると観客が混乱してしまうのではないかという心配があった。そこで、2つの世界で異なる照明を用い、はっきりと異なる世界であることを表している。現実世界ではローコントラストになるように、彩度を低く保ちながらもリッチな照明になっており、デリケートな美しさをもつ画づくりになっている。
一方、頭の中は現実世界にない物ばかりで構成され、ハイコントラストで彩度も高く色があふれる世界として描かれている。作品全体を通して、照明がそのシーンの感情をわかりやすく表現し、かつ2つの世界の架け橋となっているのだ。
照明部門の最大の挑戦のひとつが、自身が光源となっているヨロコビに照明を当てることだったという。普通の登場キャラクターのように照明を当ててしまうと、奥行きが生まれることで茶色がかってしまい光源であるように見えなくなってしまうからだ。そこで、色の明るさではなく、色のズレやぼかしによってヨロコビの形をつくるというアイデアが採用された。
具体的には、照明が当たる瞬間を黄色にし、それに続く光をオレンジ色に変化させていく。また、普通の人間に光を当てると光が拡散して黒に近づいていくが、ヨロコビの場合は光が拡散するとオレンジ色になっていくようにシェーダを設定することで、彼女が光源であることを上手く表現している。
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
発売情報:
『インサイド・ヘッド MovieNEX』(4,000円+税)好評発売中!デジタル配信中!
作品紹介:
11才の女の子、ライリーの頭の中に存在する5つの感情たち---ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミ。
彼らは、ライリーを幸せにするために奮闘の日々。そんなある日、見知らぬ街への引っ越しをきっかけに不安定になったライリーの心が、感情たちにも大事件を巻き起こす。
公式サイト:
disney.jp/head
©表記:
©2016 Disney/Pixar