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世界のゲーム研究者が京都に集結〜ゲーム国際会議「DiGRA 2019」レポート

世界のゲーム研究者が京都に集結〜ゲーム国際会議「DiGRA 2019」レポート

先住民族の文化をテーマとしたゲームジャム

アンナカイサ・クルティマ氏(左)とアウティ・ライティ氏(右)

先住民族の文化をゲームで学ぶという点では、また別のユニークな発表がみられた。スカンジナビア半島北部の先住民族、サーミ人の文化をテーマとした「サーミゲームジャム」に関する開催報告「Sami Game Jam - Learning, Exploring, Reflecting and Sharing Indigenous Culture through Game Jamming」だ。ゲームジャムの主催者であるアンナカイサ・クルティマ氏(アールト大学)とアウティ・ライティ氏(ラップランド大学)が発表した。

サーミ人はもともとトナカイの遊牧や狩猟などで生計を立ててきた民族だ。しかし近代国家が成立していくなか、ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシアの国境線が複雑に混じり合う地域に居住してきた関係で、様々な差別や偏見に遭ってきた。日本でいえばアイヌ民族が置かれている立場に近しいといえるだろう。その社会的地位は1992年にフィンランドで施行された「サーミ言語法」と「サーミ人本草案」で規定されているが、十分とは言えないのが現実だ(※Wikipediaより)。

にもかかわらず、本ゲームジャムが企画されたのは主催者2人のルーツがサーミ人であることが大きかった。もっとも、サーミ人の文化をテーマとしたゲームジャムを開催することは、大学の研究の一環といえども、なかなかにセンシティブな面があったという。しかしライティ氏が市の職員を兼務していたこともあり、2018年2月21日から25日までフィンランドのウツヨキ市で開催にこぎつけた。マイナス38度の極寒の地で、学生やプロのゲーム開発者44人が参加し、6本のゲームが完成した。

前述の通り本ゲームジャムの目的は、ゲーム開発を通してサーミ人の文化について学び、ゲームという表現形式を通して、広く一般に発信することにあった。そのため事前に文化や伝承などのリサーチが主催者側で行われ、それに基づき12種類のテーマが決められた。その上で各チームに対して、少なくとも2種類のテーマを内包したゲームを開発することが求められたのだ。こうした立て付けにより、完成したゲームは多彩な社会批評性を内包するものになった。

テーマ一覧
01.自分たちの土地をさすらう旅人
02.国境を越える人々
03.互いに影響しあい、創り上げられていく物語
04.八つの季節で生きる人々
05.持続するステレオタイプ
06.サーミの土地の外で生きる
07.最も北にあるもの
08.1つの国家、多数の言語
09.民族が抱えるストレス
10.活動と芸術
11.サーミ人の未来
12.失われた記憶

通常のゲームジャムではシンプルなテーマに沿ってチームが自由にアイデアを出し合い、ゲームをつくり上げていく。しかし、本ゲームジャムでは事前に時間を取って、各テーマの説明が行われた。「民族が抱えるストレス」では、サーミ人の文化・言語・伝統が失われつつある中、サーミ人として生まれた子どもが全て、この伝統を受け継ぐ社会的な責務を負わされる現実がある、などだ。完成作品はこちらからダウンロードしてプレイできる。

人間による開発が進み、土地が徐々に奪われていく中、雷鳥となって大空を飛び回り、獲物を見つけて狩りをしていくフライトアクション『Rievssat』

サーミ人の民族衣装に身をまとった少女時代の写真を紹介するアンナカイサ・クルティマ氏

ボードゲームで子どもをオンライン上の性的トラブルから守る

ウルフ・ウィルヘルムソン氏

スマートフォンが若年層に普及する中で、子供たちがオンライン上での接触をきっかけに、性的被害に巻き込まれる件数が世界的な社会問題になっている。こうした中、チャット上での振る舞い方について、ボードゲームを遊んで子供たちに学んでもらおうとする取り組みの発表もみられた。ウルフ・ウィルヘルムソン氏(シャブデ大学)らによる研究「Can you send a photo? / A game-based approach for increasing young children's online risk awareness to prevent sexual grooming」だ。

本研究のために制作された『Parkgömmet』は、8歳から10歳の子どもを対象としたARボードゲームだ。プレイヤーは双六の要領で盤面を回りながら、ARマップ上に隠された宝物を探していく。鍵を握るのがタブレットで、盤面にかざすと3DCGの映像が表示され、宝物を探せるしくみだ。

また、ゲームを進める過程で画面上のキャラクターがチャット形式で話しかけてくることもある。申し出に応じて適切な写真を撮影して送るとヒントがもらえるが、ときにはマイナスに働くこともある。実際にスマートフォンで写真を撮影し、チャットツールで送信する行為が勝敗の鍵を握っているのだ。

『Parkgömmet』スクリーンショット

本作はスウェーデンのシャブデ大学と非営利文化財団のChange Attitude、そして地元ゲーム会社のIUS Innovatuonによる産学連携によって開発された。ゲームデザインのベースになったのが、子どもの性的虐待に関するチャットログの調査研究だ。被害者の多くは現実世界で生きづらさなどを抱えており、ネット上に居場所を求めがちだ。犯罪者はこうした子どもたちにSMSメッセンジャーで接触し、言葉巧みに手なずけていく。こうして信頼感を勝ち得た後に、リアルで会う行為をくり返しながら、次第に絡め取っていくというわけだ。

研究チームは捜査機関から提供を受けた12,000ページにも及ぶチャットデータを分析。その結果、犯罪者が良く使用するキーワード「Can you send a photo?」を発見した。ネット上で他人とチャットをする中で、このフレーズが出たら要注意。「その意味を楽しみながら考えさせる」ことが重要で、本ゲームの開発につながったというわけだ。タブレットやAR機能をゲームに盛り込むのも、「写真を実際に撮って送る」ことを体験させる上で必須だったという。

ゲームはこれまで7歳から12歳までの小学生70名(男子38名、女子32名)が15組に分かれてプレイし、おおむね好評を得た。またプレイ後の感想では、「普段何気なく行なっているオンライン上での振る舞いについて、考えを巡らせるようになった」という内容もあったという。研究は今後も継続される予定で、ウィルヘルムソン氏は「本作がスマートフォンを巡るリスク喚起について、家族で話し合うためのきっかけづくりになれば良い」とまとめた。

人文学系・社会学系に関する研究の層のちがい

会期中の8月6日にはDiGRA JAPANによる夏期研究大会も開催された。DiGRA 2019内の日本語ワークショップという位置づけで、企画セッション6本とインタラクティブ(ポスター)発表が11本行われた。『ゼビウス』『ドルアーガの塔』などで知られる遠藤雅伸氏(東京工芸大学)がポスターで「ゲーム道:日本ゲーム文化を理解するゲーム学の手がかり」を発表するなど、日本から海外の研究者に対して情報発信を行おうとする姿勢がみられた。

ポスター発表を行う遠藤雅伸氏(前列左)

また、日本人の参加者から国内外の研究内容について、傾向のちがいを指摘する声も聞かれた。「海外の研究は概論的・抽象的な議論が多く、開発実務に役立つものが少なかった」などは、そのひとつだ(DiGRA 2019ではインタラクティブ発表もなかった)。もっともこれは、DiGRAにおける人文学系・社会学系の研究の広がりや研究者の厚みが、日本人参加者の想像以上だったと捉えるべきだろう。そうした研究事例が知りたければ、世界には他に様々な学会が存在するからだ。

東京大学で開催されたDiGRA 2007は、日本で開催された世界初の本格的なゲーム研究に関する国際学会で、文字通り日本のゲーム研究が世界に触れた瞬間だった。そこから下ってDiGRA 2019は、この12年間で蓄積された日本のゲーム研究の個性や独自性が、世界のゲーム研究シーンでどこに位置するのか、再確認する大会となったといえる。DiGRAに限らず、この12年間における業界の変化には、非常に大きなものがある。12年後のゲーム研究がどのようになっているか、今から楽しみだ。

DiGRA 2020はフィンランドのタンペレ大学で2020年6月2日から6日まで「Play Everywhere」をテーマに開催される。

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