<3>オリジナル作品を重視するBlizzardと、実績を重視するVFX業界
続いて「人」については、西田氏がWetaでは最大100人規模のアーティストがいるが、本当に尊敬できる人は2、3人ほどなのだと話した。技術だけで見ると日本人の方が優秀と思うほどだが、海外では「言われたことを確実に仕上げること」ことがより求められるそう。
その仕事を取り仕切るのがスーパーバイザー(以下、SV)で、SVがアーティストのアサインから締め切り、クオリティまで、担当チームの全てのことを管理していくため、圧倒的に大切なポジションとされている。日本のSVのように社外とやり取りすることはなく、とにかく内部のことに注力するそうだ。
海外のVFX業界では、ポジションは下からアーティスト、シニア、リード、スーパーバイザーと上がっていく。北田氏はリードまで上ったが、そこで立ちはだかったのが「言葉の壁」だった。実際に会ったことのないアーティストとビデオチャットすることもあるため、「コミュニケーション力がネイティブクラスにならないと務まらない」と振り返った。
この「英語の壁」に同意したのが西田氏で、Wetaに一度落ちた理由がまさに英語だったという。スキルそのものは基準をクリアしていたものの、英語の勉強をまったくしていなかったため、悔しい思いをしたそうだ。
鈴木氏は、Blizzardで働いている時間が楽しくて仕方なかったと語る。一度シネマティクスの背景チームが3人になり、3つのプロジェクトが同時進行していた時期もあったが、そのときの2人が元Blur Studioのリードアーティストとスーパーバイザーで、3人がお互いの手の内の見せ合う刺激的な毎日だったという。
そういった人たちの「すごさ」は、特に「何も言わなくても最終的な画が見えている」ところにあったと鈴木氏は分析した。アートディレクターが指示をせずとも画づくりができ、しかもゲームのカラーからはブレていない。そうした作業を間近で見ることで「日曜日の夜、早く会社に行きたいといつも思っていた」と語った。
なおBlizzardの背景モデラー採用の際は、オリジナル作品がとにかく重視される。送られたデモリールを見るときも実績の部分は確認程度で、その人のセンスやスキルを判断するためにオリジナル作品を見るからとのこと。 コミュニティサイト「ArtStation」でヘッドハンティングすることもよくある話なのだそう。
一方でVFX業界の採用ではオリジナル作品はほぼ見られることがない。指示を正確に理解してつくることがモデラーに求められるため、過去にどの部分を担当し、どうやって制作していったかが重要視されるという。
<4>シニアでの報酬は1,000万円以上に
気になる「報酬」面では、シニアクラスであれば年間1,000万円以上の契約を得ている人も多いだろうと北田氏が話した。ただし、国によって物価が異なるため金額だけで比較するのは難しい面があるという。先ほども話したように、スタジオによっては無給の休暇期間も存在する。
鈴木氏は物価の基準を見るコツとして、「その土地のコーヒー1杯の値段」を挙げた。例えば、コーヒー1杯の値段が50円の地域と700円の地域では、同じ年収1,000万円でも大きな差が出てくる。働く場所の生活水準を見定めることが、給与を見るときの気をつけたいポイントだとした。
Wetaの報酬は、世界の映画業界の中でも「ベラボーに高い」が、あくまで契約のため福利厚生はない。労働時間は当時の契約で週50時間と定められており、祝日もない。手当などがない代わりに、給料が高く設定されているようだ。とは言え、Wetaはオーストラリア全体から見ても超有名企業のため、メリットはあるそうだ。例えば、会社があるウェリントンのレストランなどでは「Weta割」が効く。さらに永住権の手続きは通常は何年もかかるが、Wetaの社員であれば優遇され短期間で取得できるのだそうだ。
街に影響力があるという点ではBlizzardも同じで、会社があるアーバインでは、Blizzard社員には家によっては家賃が数百ドルほど割引されるほか、日本で言う敷金・礼金がタダになるケースもある。
鈴木氏は「Blizzardは給料も高い上、さらに福利厚生も充実している」と続けた。給料としてはベースも高水準だが、ゲーム売上のインセンティブが数百万という単位で支払われる年もある。さらに質の良い健康保険があり、企業年金もあり、教育制度もある。鈴木氏に関しては社内に外部から教師を呼んでの英会話レッスンまで付く充実ぶりであり、とても居心地が良かったと語った。
<5>「人件費3分の1でクオリティ7割」のインド・中国の影響
世界のトレンドという話題では、映画業界で中国とインドの影響が大きなものになっているということが語られた。
仕事の面では「人件費3分の1でクオリティ7割」まで仕上がってきているそうで、最近ではアセットづくりからコンポジットまで一括してインドで行うケースも出てきている。もし今後ハリウッド映画の仕事をしたいと考えるなら、インドや中国で暮らす可能性は考えておかないとならない。
このインパクトはさすがのWetaにも影響を与えており、最近ではスケジュールはより逼迫し、給料も下がってきている傾向にあると西田氏は語った。
このほか鈴木氏は、AIが高い精度でモデルをつくり出し始めていることから「5年後、10年後にはモデルを作るだけの仕事は減少していくのでは」とした。一方で、鈴木氏が現在研究中のリアルタイムレンダリング技術は従来のCG映像制作の10分の1の予算で同クオリティの映像がつくれるポテンシャルを秘めているという。将来はリアルタイムテクノロジーを使ったつくり方に変わっていくと予想した上で、「これからが熱い分野」と話した。
SAFEHOUSEを鈴木氏とともに立ち上げたErasmus Brosdau氏によるオリジナル作品。リアルタイムレンダリング手法を導入し、ほぼ1人で、期間にして約2週間半でつくり上げた映像だ
予算の面ではなかなか海外に勝てないが、では日本の強みは何かというと「コンテンツ」だと3人の意見が一致した。日本はコンテンツが日々生み出されている環境であり、CGプロダクションはアニメとゲームの二極化が進んでいる傾向にある。アニメやゲーム専門のプロダクションは世界規模で見ても珍しく、そこに活路があるのでは、と北田氏が話した。
最後に、3人からは今後海外を目指すクリエイターへメッセージが送られた。
鈴木氏は、大切なのは「リアルな情報をもとに、自分をどうアジャストさせていくか」とした。業界のながれを見て、将来的に自分がどのような仕事をしていくか10年先のプランまで見据えることで、今何をしなければいけないのかが見えてくるのでは、と述べた。
北田氏は、海外に行く人も国内に残る人も、他とは比較せずに「どうしたら自分たちの仕事の質が上がるか」を常に考えてほしいとした。理由は、給与も仕事の質も周りを見ればきりがないためだ。自分たちの仕事が40点ならどうやったら60点にできるかを考え、新しいことにチャレンジすることで、時代に順応できるのでは、と語った。
最後に西田氏は、インドと中国のインパクトはあるものの、状況的には「海外に出る敷居は下がってきている」と話した。海外で1ヶ月でも仕事をすれば気持ち的にも経験的にも必ずプラスになるし、高い給与を目当てに、稼ぎに行ってもいい。国としてはカナダ、ニュージーランド、イギリス、ヨーロッパなどはまだまだ需要があるため、「希望は少なくない」と話した。