2月17日(日)、CGWORLDの創刊20周年記念セミナー「クリエイターの未来のカタチ」が開催された。セミナーでは、海外で活動してきた3名のデジタル・アーティストによるトークセッションを実施。それぞれの経験をふり返りながら、CG・映像業界における日本と海外のちがい、そしてそれを踏まえた上での将来の展望を語った。

TEXT&PHOTO_安田俊亮/Shunsuke Yasuda
EDIT_小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada

<1>海外はデジタル・アーティストのメジャーリーグ

トークセッションでは、ModelingCafe福岡支社代表を務める北田栄二氏、ModelingCafe東京オフィス モデリングスーパーバイザーの西田健一氏、そしてSAFEHOUSE取締役でモデリングスーパーバイザーの鈴木卓矢氏が登壇。まずは3名それぞれの、海外へ行くことになったきっかけについての話からはじまった。

オーストラリア、シンガポールでの仕事経験がある北田氏は、かねてから海外で、特に実写映画のVFXに挑戦したい気持ちがあったと話した。VFXの世界ではハリウッド映画こそが「メジャーリーグ」であり、日本でそこそこの実力をもつ自分が、海外でどれほどやれるのかを試してみたかったという。

  • 北田栄二/Eiji Kitada
    ModelingCafe福岡支社代表。国内外で活動中のデジタル・アーティスト。オーストラリア、シンガポールでの海外就労を経て2014年11月に帰国。現在はModelingCafe福岡支社代表。幸せな家庭を築くため、世界に通用するデジタル・アーティストを目指して現在も武者修行中。著書『Maya実践ハードサーフェスモデリング:プロップと背景から学ぶワークフロー』(2015年2月刊)
    cafegroup.net

一方、映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどのVFXで知られるWeta Digital(以下、Weta)に7年間、シニアモデラーとして在籍していた西田氏は、はじめから「海外へ挑戦するならWetaだけ」と決め、Weta以外には応募もしなかったという。実際にWetaに入社するまでは、足掛け5年かかったそうだ。

  • 西田健一/Keniichi Nishida
    ModelingCafe東京オフィス モデリングスーパーバイザー。1998年~2011年にかけて、SPICESEGAMARZA ANIMATION PLANETなど、複数の国内プロダクションでCG制作に携わる。2011年にモデラーとしてニュージーランドのWetaへ移籍後、シニアモデラーとなり7年間在籍したのち2018年に帰国を決意。 帰国後の2019年1月からはモデリングカフェ東京オフィスにモデリングスーパーバイザーとして在籍。Wetaでの代表作は『ホビット』3部作、『猿の惑星』、『アイアンマン3』、『ハンガー・ゲーム』、『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』、『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』、『アベンジャーズ』、『アリータ: バトル・エンジェル』、『アバター2』 など
    cafegroup.net

SAFEHOUSEの鈴木氏は、もともとスクウェア・エニックス ヴィジュアルワークスでCGを制作していたゲーム業界の出身。海外での活動は学生の頃から目標にしており、「そろそろ海外へ行こうかな」と考えていときにちょうどBlizzard Entertainment(以下、Blizzard)から声がかかったという。Blizzardではシネマティクスのシニアアーティストとして、背景のデザインやモデリングを担当していた。

  • 鈴木卓矢/Takuya Suzuki
    株式会社SAFEHOUSE取締役/モデリング・スーパーバイザー。1980年生。大学卒業後スクウェア・エニックス VISUALWORKSに入社。その後、アメリカに渡りBlizzard EntertainmentのCinematics Divisionでシニアアーティストとして背景のデザインからモデリングまでを担当。2014年に活動の場を日本に移し、都内のCG制作会社にてEnvironment & Propsのモデリングスーパーバイザーとして勤務。2018年、ドイツでアートディレクターとしてリアルタイム映像制作で活躍しているErasmus Brosdauと共同で日本にCGプロダクションSAFEHOUSEを設立する。自身のさらなるスキルアップのためにフリーランスの背景モデラーとしても、実写、フルCG、アニメなど幅広く活動中
    safehouse.co.jp

<2>Wetaでは「木や岩、小物など」の制作が新人の登竜門


日本と海外のちがいについて、仕事環境での大きなポイントとして西田氏がまず語ったのは「海外ではアセットの下に各アーティストがついている」ことだ。期間契約での雇用が基本のWetaでは、アーティストの入れ替わりがとにかく激しいため、引き継ぎが簡単なようにそうしたしくみが構築されているという。

またCGモデラーはキャラクターから背景まで、何でもやらないといけない環境にあったそうだ。とにかく激務のWetaでは空いている人から仕事をどんどん振られるが、もしそこで「やれない」と言ったら「契約の更新が難しくなる可能性がある」とのこと。西田氏はWetaでは特にクリーチャーを担当したかったが、最初の1年間はとにかく木だけをつくっていたそうだ。木や石の制作は新人の登竜門のようなもので、そこで成果を出すことで「キャラクターをやりたい」などの意見が少しずつ通るようになる。シニアに昇格すれば「重要なキャラクターを担当する機会が増える」のだという。

北田氏は西田氏の話に同意し、海外ではWetaのような働き方が通常で、仕事も給料も「交渉ベースで、必ずしも技術に比例せず、タイミングやスタジオの状況次第で異なる」という。また海外ではスタジオにより分業のスタイルが異なり、キャラクターモデラーであっても背景やプロップなどの作業を強いられる場合もあり、キャラクターモデリングだけで長期的な契約を得るのは非常に難しいと述べた。

一方、鈴木氏はBlizzardを「ゲーム業界の中でも特殊な環境」という。Blizzardは基本的にフルタイムで雇うことが多いため、よほどのことがない限り人を切ることをしない。また他の部門は9時~18時が就業時間のところ、シネマティクス部門は「朝サーフィンができないから」という理由で10時〜19時になっているなど、「とにかく変わっている」と感じたそうだ。

仕事に関しては「デザイン画が存在しない」のも特殊であり、レイアウトが決まったら「とりあえず鈴木のセンスでやってみて」とだけ言われるという。内容がOKならそのまま採用となるなどアーティストまかせな部分があるほか、シネマティクスで制作した新しい表現が、ゲーム側に逆に反映されるケースもあるのだとか。

加えて、Blizzardでは社員教育も充実している。Blizzardでは、プロジェクトとプロジェクトの間で仕事がほとんどない期間のことを「バブルタイム」と呼んでおり、この期間は勉強に充てられる。やり方は社員同士がスキルを教え合うもので、上司が当人の勉強したいことをヒアリングし、日々の時間の中でスケジューリングしていく。モデラーのバブルタイムは長いときで2~3ヶ月、コンポジターとなると過去に最長9ヶ月というときもあった。その期間にお互いを教育し合い、次のプロジェクトへとつなげていくのだそうだ。

教育という点で西田氏と北田氏は「VFXでは教育らしい教育はない」と語る。そもそも即戦力として雇っているし、新人やインターンで入る場合も「給料が安い小間使い」として使われるのがせいぜいで、「ほとんどが生き残れない」環境なのだとか。また給与については契約期間中は基本的には給料があるが、最近では「1年契約だが仕事がない期間は無給」とされることも増えてきたという。ケースによっては3~4ヵ月間が無給になることもあり、徐々に厳しさは増していると語った。

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<3>オリジナル作品を重視するBlizzardと、実績を重視するVFX業界

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<3>オリジナル作品を重視するBlizzardと、実績を重視するVFX業界

続いて「人」については、西田氏がWetaでは最大100人規模のアーティストがいるが、本当に尊敬できる人は2、3人ほどなのだと話した。技術だけで見ると日本人の方が優秀と思うほどだが、海外では「言われたことを確実に仕上げること」ことがより求められるそう。

その仕事を取り仕切るのがスーパーバイザー(以下、SV)で、SVがアーティストのアサインから締め切り、クオリティまで、担当チームの全てのことを管理していくため、圧倒的に大切なポジションとされている。日本のSVのように社外とやり取りすることはなく、とにかく内部のことに注力するそうだ。

海外のVFX業界では、ポジションは下からアーティスト、シニア、リード、スーパーバイザーと上がっていく。北田氏はリードまで上ったが、そこで立ちはだかったのが「言葉の壁」だった。実際に会ったことのないアーティストとビデオチャットすることもあるため、「コミュニケーション力がネイティブクラスにならないと務まらない」と振り返った。

この「英語の壁」に同意したのが西田氏で、Wetaに一度落ちた理由がまさに英語だったという。スキルそのものは基準をクリアしていたものの、英語の勉強をまったくしていなかったため、悔しい思いをしたそうだ。


鈴木氏は、Blizzardで働いている時間が楽しくて仕方なかったと語る。一度シネマティクスの背景チームが3人になり、3つのプロジェクトが同時進行していた時期もあったが、そのときの2人が元Blur Studioのリードアーティストとスーパーバイザーで、3人がお互いの手の内の見せ合う刺激的な毎日だったという。

そういった人たちの「すごさ」は、特に「何も言わなくても最終的な画が見えている」ところにあったと鈴木氏は分析した。アートディレクターが指示をせずとも画づくりができ、しかもゲームのカラーからはブレていない。そうした作業を間近で見ることで「日曜日の夜、早く会社に行きたいといつも思っていた」と語った。

なおBlizzardの背景モデラー採用の際は、オリジナル作品がとにかく重視される。送られたデモリールを見るときも実績の部分は確認程度で、その人のセンスやスキルを判断するためにオリジナル作品を見るからとのこと。 コミュニティサイト「ArtStation」でヘッドハンティングすることもよくある話なのだそう。

一方でVFX業界の採用ではオリジナル作品はほぼ見られることがない。指示を正確に理解してつくることがモデラーに求められるため、過去にどの部分を担当し、どうやって制作していったかが重要視されるという。

<4>シニアでの報酬は1,000万円以上に

気になる「報酬」面では、シニアクラスであれば年間1,000万円以上の契約を得ている人も多いだろうと北田氏が話した。ただし、国によって物価が異なるため金額だけで比較するのは難しい面があるという。先ほども話したように、スタジオによっては無給の休暇期間も存在する。

鈴木氏は物価の基準を見るコツとして、「その土地のコーヒー1杯の値段」を挙げた。例えば、コーヒー1杯の値段が50円の地域と700円の地域では、同じ年収1,000万円でも大きな差が出てくる。働く場所の生活水準を見定めることが、給与を見るときの気をつけたいポイントだとした。

Wetaの報酬は、世界の映画業界の中でも「ベラボーに高い」が、あくまで契約のため福利厚生はない。労働時間は当時の契約で週50時間と定められており、祝日もない。手当などがない代わりに、給料が高く設定されているようだ。とは言え、Wetaはオーストラリア全体から見ても超有名企業のため、メリットはあるそうだ。例えば、会社があるウェリントンのレストランなどでは「Weta割」が効く。さらに永住権の手続きは通常は何年もかかるが、Wetaの社員であれば優遇され短期間で取得できるのだそうだ。

街に影響力があるという点ではBlizzardも同じで、会社があるアーバインでは、Blizzard社員には家によっては家賃が数百ドルほど割引されるほか、日本で言う敷金・礼金がタダになるケースもある。

鈴木氏は「Blizzardは給料も高い上、さらに福利厚生も充実している」と続けた。給料としてはベースも高水準だが、ゲーム売上のインセンティブが数百万という単位で支払われる年もある。さらに質の良い健康保険があり、企業年金もあり、教育制度もある。鈴木氏に関しては社内に外部から教師を呼んでの英会話レッスンまで付く充実ぶりであり、とても居心地が良かったと語った。

<5>「人件費3分の1でクオリティ7割」のインド・中国の影響

世界のトレンドという話題では、映画業界で中国とインドの影響が大きなものになっているということが語られた。

仕事の面では「人件費3分の1でクオリティ7割」まで仕上がってきているそうで、最近ではアセットづくりからコンポジットまで一括してインドで行うケースも出てきている。もし今後ハリウッド映画の仕事をしたいと考えるなら、インドや中国で暮らす可能性は考えておかないとならない。

このインパクトはさすがのWetaにも影響を与えており、最近ではスケジュールはより逼迫し、給料も下がってきている傾向にあると西田氏は語った。

このほか鈴木氏は、AIが高い精度でモデルをつくり出し始めていることから「5年後、10年後にはモデルを作るだけの仕事は減少していくのでは」とした。一方で、鈴木氏が現在研究中のリアルタイムレンダリング技術は従来のCG映像制作の10分の1の予算で同クオリティの映像がつくれるポテンシャルを秘めているという。将来はリアルタイムテクノロジーを使ったつくり方に変わっていくと予想した上で、「これからが熱い分野」と話した。

SAFEHOUSEを鈴木氏とともに立ち上げたErasmus Brosdau氏によるオリジナル作品。リアルタイムレンダリング手法を導入し、ほぼ1人で、期間にして約2週間半でつくり上げた映像だ

予算の面ではなかなか海外に勝てないが、では日本の強みは何かというと「コンテンツ」だと3人の意見が一致した。日本はコンテンツが日々生み出されている環境であり、CGプロダクションはアニメとゲームの二極化が進んでいる傾向にある。アニメやゲーム専門のプロダクションは世界規模で見ても珍しく、そこに活路があるのでは、と北田氏が話した。


最後に、3人からは今後海外を目指すクリエイターへメッセージが送られた。

鈴木氏は、大切なのは「リアルな情報をもとに、自分をどうアジャストさせていくか」とした。業界のながれを見て、将来的に自分がどのような仕事をしていくか10年先のプランまで見据えることで、今何をしなければいけないのかが見えてくるのでは、と述べた。

北田氏は、海外に行く人も国内に残る人も、他とは比較せずに「どうしたら自分たちの仕事の質が上がるか」を常に考えてほしいとした。理由は、給与も仕事の質も周りを見ればきりがないためだ。自分たちの仕事が40点ならどうやったら60点にできるかを考え、新しいことにチャレンジすることで、時代に順応できるのでは、と語った。

最後に西田氏は、インドと中国のインパクトはあるものの、状況的には「海外に出る敷居は下がってきている」と話した。海外で1ヶ月でも仕事をすれば気持ち的にも経験的にも必ずプラスになるし、高い給与を目当てに、稼ぎに行ってもいい。国としてはカナダ、ニュージーランド、イギリス、ヨーロッパなどはまだまだ需要があるため、「希望は少なくない」と話した。