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VRフィルム『HERA』×ファッション〜現実とVRの境界

VRフィルム『HERA』×ファッション〜現実とVRの境界

for Styling

ここからは、具体的な衣服のCG制作について解説していく。

Marvelous Designerを用いた衣服制作①

当初東監督は「CHPで撮影したフォトグラメトリーを上手く活用すればモデリング工数を抑えられるはず」と思っていたそうだが、衣服の構造は複雑でMarvelous Designer(以下、MD)などでイチから作成されている。HERAとLUNAの衣服は主に中澤正浩氏が作成した。「MDを使用したのは初めてで、服飾の知識が必要だと思っていましたが、想像以上につくりやすく、トライ&エラーもしやすかったですね」と中澤氏。とはいえ型紙はないため、フォトグラメトリーデータと写真を基に再現していく。MDは型紙として作成した形状がそのままUVに適用できるので、柄物のテクスチャを描く際は効率が良かったという

この衣服はひだ状のパーツが密集しており、一度にシミュレーションをかけると上手くいかなかったため、パーツごとに数回に分けてシミュレーションしている。その際、布を硬く変形させにくくする「強化」と、シミュレーションが完了したパーツが次のシミュレーションの邪魔にならないようフリーズさせる「固定」を上手く使い分けている



  • まず土台となる下地のみシミュレートして「固定」をかける



  • 短冊状のパーツは次の工程でひだ状のパーツを付けるので、できるだけ変形させないように「強化」をかけてシミュレーションし、【画像左】の下地に上手くくっついたら「固定」する



  • ひだ状のパーツをシミュレートし、【画像右上】のパーツにくっついたら「固定」をかける



  • 襟元と肩周りの細かいパーツをシミュレートしてくっつける

ポリゴン数を節約するために細かいディテールは極力Substance Painter(以下、SP)でテクスチャとして描き込む

テクスチャの集約

もともとは衣服の材質などに合わせてマテリアルを作成していたが、UEの仕様上マテリアルが分かれていると、クロスシミュレーション時にマテリアル別にオブジェクトがバラバラになるため、1オブジェクト1マテリアルにな るようにテクスチャをまとめて調整し直したという。「UEのマテリアルは難解で手こずりました」と高金幸司氏。テクスチャの解像度は2K、マテリアルは1キャラクターにつき8個を想定していたが「クオリティ的に厳しかったので、現時点でテクスチャは4K、マテリアルは13~14個にしています」と片渕孝一氏は話す

集約前のテクスチャ

集約後のテクスチャ

Marvelous Designerを用いた衣服制作②

この衣服はフォトグラメトリーからサイズを計測し、パターンを読み取り、制作している。現実の世界では衣服が綺麗に見えるようにスタイリストがモデルに衣服を着用させ、丈をピンで調整して全体のバランスを整えるように、今回はMD上で丈を調節しているという。フォトグラメトリーは生地の裏側のデータはなく、その部分は写真から読みとったそうで、この衣服は特に造形も凝っており、ドレープを美しく見せるために、生地の数値調整を何度も行なったとのこと。結果、綺麗なドレスに仕上がっている。なお、基のスタイリングでは腰に花の装飾が付いているが、時間的なメリットを考えてCinema 4Dでモデリングされた

衣服の完成データ

装飾の3Dモデル

ZBrushによる造形

MDはポリゴン数の制限があったため「ハイポリゴンでシミュレーションしたものを3ds Maxでリダクションし、ZBrushで整えつつSPでディテールを付けるようにして、ポリゴン数をあまり使わないように心がけました」と中澤氏。下画像の赤い衣服に関しては「構造はシンプルですが、伸び縮みする材質だったので再現が難しかったです」(中澤氏)とのことで、フォトグラメトリーから直接ZBrushでリトポロジーして作成したという

ZBrushによるモデリング

レンダリングされた衣服。また、制作期間中にMDがバージョンアップしたが「9になってGPUでシミュレーションをかけられるようになったので試すと、感動するほど速かったのですが、CPUに比べて精度が落ちるのでCPUで作業しました。ざっくりとGPUで、詰めはCPUでやるのが良いと感じましたね」と中澤氏

Unreal Engine上でのセットアップ

UEのリグは、ゲームと同様にいわゆるone chain構造になっていなければならない。「普段はスキンモーフやモディファイヤなどで形状を変形しますが、補助ボーンを入れたり、特殊な部分はそれ用にボーンを入れたりして形状を整えるなど、いつもより工数を多めにとって丁寧に対応しなければならず苦戦しました」(高金氏)。今回の制作チームは主にプリレンダー映像を制作しているクリエイターが中心で、リアルタイム系の知識をもった人はほとんどいなかった。そこで、UEを使ったフォトリアルでハイクオリティなコンテンツ制作に挑戦する人物を探したそうだが見つけられなかったという。「一緒に挑戦してくれる人がいれば、ぜひ連絡をいただきたいですね」と東監督は話す

Mayaでのセットアップ

UEでのセットアップ

モーション制作におけるシミュレーションの使い分け

衣服のシミュレーションに関して、当初はKawaii Physicsをメインで使う予定で、リグもその想定で準備されていた。しかし、ポーズによってはどうしてもめり込みの発生などがあったため、最終的にはシーンによってKawaii PhysicsとUE標準のクロスシミュレーションとを使い分けている。「ヒダのある衣服や複雑な形状の衣服の場合、Kawaii Physicsの方がシンプルで良い結果が得られやすいです。"Root Bone"を指定するだけで末端のBoneまで一括に適用でき、また"Exclude Bones"を併用することで部分的に適用させることもできるので、制御しやすかったですね」と中原一徳氏。また、MDで作成された衣服は、なるべくポリゴン数を減らしているとはいえ、かなりハイメッシュなため、LOD Clothを使っているそうだ。ローポリモデルを用意してシミュレーションを行い、それに対してハイポリモデルの衣服が追従するようなしくみになっている。こうすることで、ペイントによるクロスの設定もやりやすいとのこと。なお、モブキャラクターなどは遠景に配置する可能性もあるため、LODを仕込む予定もあるそうだ



  • ローポリモデル



  • ハイポリモデル



  • クロス設定の塗り前



  • クロス設定の塗り後



  • Kawaii Physicsの設定画面



  • コリジョンの調整

ノード

Unreal Engineによるレンダリング

VR作品では、挙動の軽量化を優先して処理が軽いForward Renderを採用することが多いが、今回はリアルな質感を目指していることもあり、Deferred Renderを使用するという挑戦を行なっている。Deferred RenderはGIやSSSをリアルタイムで処理できるが、処理が重いため、今後チューニングが必要になるという。また、本作はHTC VIVE Pro Eyeでの視聴が想定され、解像度は片目で1,440×1,600ピクセル程度、両目で2,880×1,600ピクセルを基準としている。なおかつ90fpsで動作することを目標にしているそうだ。それが「現実的な空間」として人が認識するために必要な仕様ということなのだろう。現在も最適化を進めているが、FPSの改善は大きな課題のようだ。「現在はGeForce GTX1080 Tiをベースに開発を進めていますが、実装面で最適化を進めつつも、完成までにGPUを更新することで補強できればと考えています。すでに発表されているVRのSLI対応にも期待したいですね」と東監督は語る

写真を基に作成した主人公NEALの衣服

主人公であるNEALに関しては、CHPでの3Dスキャンが日程的にできなかったため、東監督が自ら衣服を着たモデルを撮影したという。しかし、手持ちカメラで様々な角度で数百枚の写真を撮らねばならず、時間もかかるため被写体のモデルも動いてしまい、衣服も黒いものが多く、写真からフォトグラメトリーを行うのは難しかった。結果、写真を基に大山俊輔氏がイチからモデリングし、衣服に関してはこちらもMDで作成している。今回作成された人物モデルは、NEALが9バリエーション、HERA・LUNAが計9バリエーション、それ以外にニールの両親や看護師などが加わり、合計18体とのこと

東監督が撮影したリファレンス写真

MDで作成したNEALの衣服

レンダリング結果

Substance Painter × Unreal Engine

SPの画面【上】とUEの画面【下】を見比べると、大差ない。SPとUEは共にPBRに対応しており、SPにはUE用の書き出しプリセットがあるため、両ツール間でルックを統一させるのは容易である。ただしUEのシェーダは設定項目が多く、普段のレンダラのシェーダとは勝手が大きく異なるため、理解するのはなかなか難しいとのこと。高金氏は「今回やって感じたのは、この作品はゲームに近いことです。自分たちはずっと映像(プリレンダー)をやってきたのでゲームのノウハウがなく、それがすごく挑戦であり、今後勉強していきたいところにもなりました。ゲーム畑のCGアーティストの方と蜜にやりとりして、お互いに勉強しながらつくっていけたらと思います。ゲームをつくっている方とコラボしたいですね」と話してくれた

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