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震災からの復興と感謝の意を石巻から。地方創生RPGに市が公費を投入する理由

震災からの復興と感謝の意を石巻から。地方創生RPGに市が公費を投入する理由

学校や地域社会を巻き込みながら進むゲーム開発

閑話休題。こうして開発が開始された『石巻地方創生RPGアプリ』。遠藤氏が所属する商工課とアフターコロナを見据えた観光客へのPRという側面から、観光課が担当部署となった。隔月ペースで進捗状況の確認などを行う一方、電話やメールによる相談や依頼が随時行われている。2020年11月9日から2021年1月7日まで実施されたモンスターデザインと魔法名の公募や、GPS認証によるアイテム獲得と、実際の店舗で利用できるクーポンの配布に向けた事業者への連携も実施していく。

また、いしのまき政策コンテストの絡みから、石巻西高校で実施されている地域理解を進めるための授業「街クエスト」とコラボレーション。現役の高校生からオススメされた飲食店や観光施設を盛り込む方法として、高校生が各スポットをオススメする理由をNPCのセリフに落とし込んだり、オプション機能である「石巻ご当地クイズ」としてゲームに実装するアイデアなども検討されている。

なお、ゲームの舞台は旧石巻市だけでなく、旧桃生町、旧河南町、旧河北町、旧北上町、旧雄勝町、旧牡鹿町が含まれる。いわゆる「平成の大合併」によって、2005年に合併されたエリアだ。「かなり広大なマップになるため物語が薄まってしまう恐れもありましたが、ゲームを通して市としての一体感を味わってもらいたくて先方にお願いしました」。RPGの世界を旅するというシステムが地域の課題解決と上手く組み合わさった例と言える。

▲公募に対して寄せられたモンスターの一部。公式ホームページで人気投票が実施された。公募は一般部門と中学生以下部門があり、合計で348件の案が寄せられた。また、オリジナルの魔法名では129件が寄せられている

▲ヒロインの少女ラヴィン(左から2番目)と、主人公の少年ピーノ(左から4番目)をはじめとした主要キャラクター陣

本作のストーリーについても聞いてみた。前述の通り「主人公たちが危機に遭遇し、それを乗り越えるために戦い、成長していく」姿が描かれるのがRPGの王道で、本作のストーリーもこれを踏襲している。一方で全体的に明るいテイストで、人が亡くなったり街が破壊されたりといった、震災を直接想起させるような表現は盛り込まれない方針だ。

「本作のベースとなるストーリーは、都会の少年と地元の少女が力を合わせて石巻を襲う危機を乗り越えるというものです」。主人公は、誰かの役に立ちたいという想いを胸に、都会から石巻の開拓を手伝いに来た魔法師の少年ピーノだ。気弱な性格ながら、石巻と仲間のために奮闘していく。震災後、復興のために石巻を訪れた日本~世界中の人々の姿をモチーフとしており、感謝の意味が込められている。

このように、学校や地域社会を巻き込んで自治体ならではの強みを活かして開発が続けられている『石巻地方創生RPGアプリ』。これにはゲーム世代が成長し、組織内で決裁権をもつ立場になってきたことや、スマートフォンが普及して身近な情報デバイスとして浸透したことなどが背景にあるのだろう。まずはアプリの完成が一番だが、配信後も継続した広報やイベントなどの実施を検討していく予定とのことだ。

一方で、ポップカルチャーに公費を充てる取り組みとして、ご当地キャラクター、観光PR動画作成、地元にゆかりのあるキャラクターの立像設置などがある。こうした取り組みは2000年代後半から全国の自治体で広がってきた。石巻市でも、石ノ森章太郎氏の所縁地として「マンガを活かした街づくり」を掲げ、様々な取り組みが進められている。こうした中、ゲームならではの強みをどのように考えているのだろうか。

「(強みとして)最も大きいのは、新しいターゲットにアプローチできる点です。これまでの石ノ森作品のファンや石ノ森萬画館の活動によるアニメファンなどに加えて、ゲームファンへのアプローチに期待しています。ご当地キャラクターや観光PR動画などとは異なり、じっくりと世界観に触れていただける点も魅力です。コロナ禍で移動が制限されていますが、ゲームを通して石巻に触れていただければと思います」(遠藤氏)。

▲(左)2001年に開館した石ノ森萬画館/(右)館内に貼られたポスター。ポスターとチラシは市内の小中学校に配布されたほか、主だった観光施設で掲示されている

地方創生RPGシリーズの誕生

さて、行政側の視点から「石巻地方創生RPGアプリ」プロジェクトを紹介してきたが、ここからは本作の実制作を手がける有限会社井桁屋の視点から深掘りしていこう。代表取締役を務める高久田 洋平氏は、2016年5月にリリースされた『さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル』を皮切りに、地方創生RPGの開発を次々に手がけてきた知る人ぞ知るクリエイターだ。

高久田氏の経歴と開発スタイルについては、一般社団法人さいたま市地域活性化協議会が2018年3月に主催した勉強会「地方創生PRGの可能性」や、日本デジタルゲーム学会教育SIGが主催し、筆者が副世話人を務めるコミュニティ「ゲーミファイ・ネットワーク」が2020年10月に開催した第12回勉強会で語られている。本記事はこれらを基に、独自インタビューや関係者への取材を踏まえて概要を紹介したい。

大学で古代西洋史を専攻し、エジプトの留学経験もある高久田氏。博物館実習をオリエント博物館で行なったという、歴史学全般に深い造詣をもつ人物だ。もっとも、大学卒業後にブラック企業に足をとられた結果、25歳までに3回の転職を経験。IT企業で派遣社員として働くかたわら、欧州製のマフラーとストールを輸入代行したことがきっかけで2005年に独立を決意する。本人曰く、「転職を重ねて逃げ場がなくなった結果」だった。以後、現在まで同社の主力事業はファッション雑貨の輸入卸業となる。

ただし、ノウハウ不足で発注から納品、そして代金回収まで約1年かかるという、不利な契約になっていた。これに気付いたのが創業2年目。資金繰りに困った高久田氏は、ガラケー向けのコンテンツ制作を決意する。最初に手がけたのが占いコンテンツと待ち受けサイトだ。大学の同窓生でプログラムを担当する社員と共につくり上げたという。当時は市場の拡大期で、技術力もそれほど求められなかったのだそうだ。「周囲をぐるっと見渡してみて、自分たちにできそうなビジネスはそれくらいしかありませんでした」(高久田氏)。

ファッション雑貨の輸入卸業を柱に、空いた時間でモバイルコンテンツをリリースする。この二本柱が思いのほか上手くいった。2011年にスマートフォン市場が急成長すると同社もアプリ開発に参入。「ダイエット✕ゲーム」、「歩数計✕ゲーム」、「目覚まし時計✕ゲーム」といった、ユニークなアプリを次々にリリースしていく。雑誌やニュースサイトに取り上げられることもしばしばだった。

このように高久田氏には、当時から「ゲームのしくみを活用して、日常生活のつまらないものを面白くする」ことに興味があったという。いわゆる「ゲーミフィケーション」だ。そしてこの発想が地方創生RPGに繋がっていく。

●さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル(2016)

こうして迎えた2015年。創立10周年を迎えるにあたり、同社は記念事業として社会に貢献できるゲームを企画する。それが『さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル』だ。ゲームエンジンを内製で開発(※2)し、企画から配信まで14ヶ月を要した。架空のさいたま市を舞台としたRPGで、トップビューの画面レイアウトやGPSクーポン機能の実装など、シリーズの原点となる内容だ。

※2:開発にはプログラマーの希望により、Cocos-2dxが使用されている

開発のきっかけとなったのが、高久田氏が所属する社会人バスケットボールクラブでの雑談だ。2001年に浦和市・大宮市・与野市が合併。2005年に岩槻市が編入し、人口130万人の大都市となったさいたま市。しかし、それだけに市民の一体感が薄く、市を構成する10区全てを覚えていたメンバーは、市内に在住する16名のうち2名で北区出身の高久田氏も答えられなかった。

また、卒業後も社会人学生として勉強を続け、教員免許を取得した高久田氏。そこで考えさせられることがあったという。実習先の小学校で子供たちが「ダサイタマ」、「特徴がないのが特徴」などと自嘲的な会話をしていたのだ。理由を聞くと「両親が言っていた」、「テレビで芸能人が言っていた」と回答したという。子供たちは理由を深く考えることもなく、大人世代の価値観を無意識のうちになぞっていたのだ。

そこで「子供の郷土愛を育むには、まずは大人から」と考えた高久田氏は、架空のさいたま市を舞台としたRPGを思いつく。これが『ローカルディア・クロニクル』に繋がった。テーマは「失われた歴史」で、ゲーム内のさいたま市は一見平和だが、過去の歴史が存在しない設定だ。冒険の過程で歴史を取り戻しつつ、未来のさいたま市に繋げていくというわけだ。学生時代の知見がここで活かされることとなった。

地域理解が乏しいとされるさいたま市だが、実際には数々の偉人を輩出している。旧与野町の出身で、天明の大飢饉で私財をなげうって貧民救済を進めた西沢曠野や、安永4年に大宮宿を大火が襲った際、幕府の御用米と御用金を施して復興に努め責任を取って切腹した安藤弾正などだ。他にも『お女郎地蔵』、『塩地蔵』など、数々の伝説や民話がゲームに盛り込まれている。

「合併市ならではの地域理解の薄さを改善できるゲーミフィケーションについて考えた結果、ストーリー性が必要だという結論にいたりました。ストーリー性がないとただのネタゲーになってしまい、郷土愛が深まりません。そこでストーリー性が高いゲームといえばRPGだろうと。弊社の技術でも開発できそうなジャンルで、スマホゲームに不慣れな親世代でも遊んでもらえそうな気がしました」(高久田氏)。

本作のもう1つのポイントが「GPSチェックイン機能」だ。ゲームを進める過程で、プレイヤーは市内で使えるクーポンが入手できる。また、市内の特定の場所でチェックインすると、ゲームを進める上で有利なアイテムがもらえる。位置情報とクーポンを組み合わせて地域経済を活性化させる。いわゆる「O2O(Online to Offline)」をRPGに組み込んだかたちだ。これが以後も続く同社の地域創生RPGの中核的要素となった。

このほか、より多くの人に遊んでもらうため、本作では基本プレイ無料のアイテム課金モデルが採用されている。その一方で、ゲームの課金問題に対する世論に配慮して、課金額を最大1,500円に限定した。こうして完成した本作は、その先進性から「さいたま市ニュービジネス大賞」を受賞。晴れて「さいたま市公認」の栄誉を勝ち取ることとなった。現在まで38万ダウンロードを記録(2021年2月現在)し、隠れたヒット作となっている。

もっとも、当初のアイデアが100%達成されたわけではなかった。理由は様々だが、企業体力のちがいは大きかった。O2OをRPGに組み込んだ先進性も、2ヶ月後に『Pokemon GO』がリリースされると一気に霞んだ。GPSクーポンも一定の成果を見せたが、使用できる場所が市内22店舗に留まり、クーポンの入れ替えといった施策もなかった。発想は良かったが後が続かなかったのだ。

設立当初から現在まで、社員数が3名の井桁屋。社長の高久田氏、プログラマー、輸入卸業の営業担当という布陣だ。キャラクターデザイン、アートワーク、サウンドなどは、全てフリーランスのクリエイターに外注した。中には地方在住で一度も顔を合わせたことがないスタッフがいるほどだ。この体制は現在でも変わらず、同社が低予算でRPGが開発できる最大の要因でもある。

一方でGPSクーポンの営業活動を進めるには、高久田氏ひとりでは荷が重すぎた。さいたま市の旧4市に根深く残るライバル心もそれに輪をかけた。「若い人には興味をもってもらえても、上の役職になるほど意識が変わっていきました。時には『さいたま市に一体感はいらない』といった発言をされることもあり、そこから先に踏み込めませんでした」(高久田氏)。

もっとも、「今から思えば一体感ではなく、エリアごとに競争心を煽るような内容にするなど、工夫のしようはあったかもしれない」と高久田氏はふり返る。しかし、本格的なRPG開発は初めてだったこともあり、当時はこれが限界だったという。アイテム課金というビジネスモデルも、課金額の上限を自ら設定したことで、売上の貢献度は限定的だった。ゲームの操作性やつくり込みについても不満が残ったそうだ。



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