東日本大震災で最大の被害を受けた宮城県石巻市。震災から10年を経て、国の復旧・復興工事に1つの区切りがつこうとしている。そうした中、2021年3月の配信に向けて市が取り組んでいるのが石巻地方創生RPGアプリ事業だ。地方自治体が公費を投入してゲームを開発する動きが進む中、その最先端ともいえる本作はどのように生まれたのか。行政と事業者が二人三脚で進めるゲーム開発の姿を取材した。
INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
マンガの街・石巻で進むゲーム開発
東京から東北新幹線で仙台に向かい、JR仙石線に乗り換えて約60分。JR石巻駅を降りると『仮面ライダー』と『サイボーグ009』のモニュメントが出迎えた。駅舎の正面入り口には、002(ジェット)と003(フランソワーズ)のモニュメントが並ぶ。宮城県石巻市は萬画家、石ノ森章太郎氏の所縁の地だ。JR石巻駅から石ノ森萬画館を結ぶ石巻マンガロードには、数々のモニュメントやキャラクターが建ち並び、風景に溶け込んでいる。
▲JR石巻駅庁舎
▲ホームに設置されたモニュメント。石巻市は1996 年に「石巻マンガランド基本構想」を策定。1999年には「第1期石巻市中心市街地活性化基本計画」を策定し、マンガ文化を生かした地方創生の取り組みを進めている(国土交通省 都市・地域整備局「まち再生事例データベース」事例番号18)
2011年3月11日、東日本大震災で発生した10メートルを超える津波が街を襲った。全人口約16万2千人のうち、死者は3,553名(直接死・関連死含む)、行方不明者は418名にものぼる(令和3年1月末現在)。住人の40人に1人が犠牲となった石巻市は、同震災による最大の被災地だ。市の中心部には、復興に向けて応援メッセージを送った萬画家たちのギャラリーが設置されている。
▲JR石巻駅から石ノ森萬画館まで続く通りには、石ノ森キャラクターのモニュメントが並び、通称「マンガロード」と呼ばれている
▲東日本大震災に際して応援メッセージを寄せたマンガギャラリー
こうした中、石巻市が開発を進めているのが「石巻市地方創生RPGアプリ」だ。埼玉県のインディゲームデベロッパー、有限会社 井桁屋に開発業務を委託し、iOSとAndroid向けに2021年3月の配信を予定している。2020年11月の定例記者会見で市長が発表すると、「スマホRPGで地域の魅力発信」(石巻かほく)、「方言だって魔法名に?」(石巻日日新聞)と地元メディアで大きく取り上げられた。
石巻市産業部商工課長の遠藤氏は「震災から10年が経過した今、オリジナルゲームを開発・発信できるほどに石巻は復興しました。また、震災ではボランティアの方々をはじめ、全国から多くのご支援をいただきました。本作には震災復興のアピールと、数々のご支援に対する感謝の気持ちが込められています」と語る。
本作に限らず、公費を用いてゲーム開発を行い地方創生につなげる取り組みが静かな広がりを見せている。「ゲームアプリで地域の魅力を発信! 『群馬HANI-アプリ』が実現した、産官学連携で進む次世代のゲーム開発」でレポートした、『群馬HANI-アプリ』はその1つだ。もっとも、開発には課題も多い。どのような経緯で本作が開発されたのか、遠藤氏をはじめ行政側の話を聞いた。
▲『石巻市地方創生RPG(仮)』のイメージビジュアル
▲(左から)石塚氏、髙橋氏、遠藤氏(石巻市産業部商工課)
▲RPGの配信について伝える地元紙
ベースになったのは高校生のアイデア
本作のきっかけになったアイデアは、石巻市および石巻青年会議所が主催する「いしのまき政策コンテスト」から生まれた。石巻管内の学校に通う高校生・大学生らが、「2030の石巻!~SDGsが未来を変える~」をテーマに政策を発表するもので、2019年度は10月20日(日)に決勝大会が行われた。ここで優秀賞を受賞したのが、石巻西高校野球部の生徒による「アプリを活用してまちの魅力を発信する」という提案だった。
その後、この提案を基に庁内で実現に向けた検討が重ねられていく中で、「RPGとGPSやクーポンを組み合わせたゲームアプリ」というアイデアに膨らんでいった。
参考にしたのが、すでにリリースされていた4本の「地方創生RPG」だ。プレイヤーに対して地域の歴史や文化に沿った冒険やストーリーを提供しながら、観光客の回遊や消費を促すという内容で、市中心部の回遊強化やコロナ後を見据えた観光客誘致といった目的に即していた。
▲いしのまき政策コンテストは2016年から毎年開催されている。2019年度は6チームが決勝大会に進み、様々なプレゼンテーションが行われた(2020年度はコロナ禍のため中止)
コンテスト終了後、先行する自治体などに視察を行なった。11月に埼玉県行田市が製作・運営する『言な絶えそね 行田創生RPG』の視察で同市を訪問。翌年の2月には、淡路島日本遺産委員会が製作し、淡路島観光協会が運営する「淡路島日本遺産RPG『はじまりの島』」の視察のため、兵庫県南あわじ市を訪ずれた。その過程でゲームの概要や自治体側の取り組みが、徐々に明らかになっていった。
もっとも、自治体の中には「アプリなら良いがゲームはNG」といった具合に、ネガティブな反応を示す例もある。一方で、本作では表立った反対意見は聞かれなかったという。遠藤氏は「市長とも協議して、トップダウンに近いかたちで進んだ点が大きかった」とふり返る。本案件には市長の亀山 紘氏も一定の理解を示していたようだ。市のホームページに掲示された「平成29年度 第1回市議会出張なんでも懇談会」報告資料には、「過日行われた未来石巻政策コンテストにおいて上位入賞した高校生の提案が素晴らしい。大人と若者の考えのマッチングできるような取り組みを求める」という質問に対して、次のような回答が掲載されている。
「現代は価値観が大きく多様化しており、行政だけでは吸い上げられないため、こういった機会は有意義であると受け止めている。上位入賞者の政策を実際に事業として導入することとなれば、予算確保やそれに伴う他予算の削減や歳入増加策なども合わせて検討していかなければならず、政策の優先度を含めて総合的に精査するという現実的な視点で判断を行うこととなる」。
▲市内に設置された石巻市復興まちづくり情報交流館「中央館」
▲(左)市内で進む国の復旧・復興工事の一覧/(右)旧北上川の両岸で進む工事
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学校や地域社会を巻き込みながら進むゲーム開発
閑話休題。こうして開発が開始された『石巻地方創生RPGアプリ』。遠藤氏が所属する商工課とアフターコロナを見据えた観光客へのPRという側面から、観光課が担当部署となった。隔月ペースで進捗状況の確認などを行う一方、電話やメールによる相談や依頼が随時行われている。2020年11月9日から2021年1月7日まで実施されたモンスターデザインと魔法名の公募や、GPS認証によるアイテム獲得と、実際の店舗で利用できるクーポンの配布に向けた事業者への連携も実施していく。
また、いしのまき政策コンテストの絡みから、石巻西高校で実施されている地域理解を進めるための授業「街クエスト」とコラボレーション。現役の高校生からオススメされた飲食店や観光施設を盛り込む方法として、高校生が各スポットをオススメする理由をNPCのセリフに落とし込んだり、オプション機能である「石巻ご当地クイズ」としてゲームに実装するアイデアなども検討されている。
なお、ゲームの舞台は旧石巻市だけでなく、旧桃生町、旧河南町、旧河北町、旧北上町、旧雄勝町、旧牡鹿町が含まれる。いわゆる「平成の大合併」によって、2005年に合併されたエリアだ。「かなり広大なマップになるため物語が薄まってしまう恐れもありましたが、ゲームを通して市としての一体感を味わってもらいたくて先方にお願いしました」。RPGの世界を旅するというシステムが地域の課題解決と上手く組み合わさった例と言える。
▲公募に対して寄せられたモンスターの一部。公式ホームページで人気投票が実施された。公募は一般部門と中学生以下部門があり、合計で348件の案が寄せられた。また、オリジナルの魔法名では129件が寄せられている
▲ヒロインの少女ラヴィン(左から2番目)と、主人公の少年ピーノ(左から4番目)をはじめとした主要キャラクター陣
本作のストーリーについても聞いてみた。前述の通り「主人公たちが危機に遭遇し、それを乗り越えるために戦い、成長していく」姿が描かれるのがRPGの王道で、本作のストーリーもこれを踏襲している。一方で全体的に明るいテイストで、人が亡くなったり街が破壊されたりといった、震災を直接想起させるような表現は盛り込まれない方針だ。
「本作のベースとなるストーリーは、都会の少年と地元の少女が力を合わせて石巻を襲う危機を乗り越えるというものです」。主人公は、誰かの役に立ちたいという想いを胸に、都会から石巻の開拓を手伝いに来た魔法師の少年ピーノだ。気弱な性格ながら、石巻と仲間のために奮闘していく。震災後、復興のために石巻を訪れた日本~世界中の人々の姿をモチーフとしており、感謝の意味が込められている。
このように、学校や地域社会を巻き込んで自治体ならではの強みを活かして開発が続けられている『石巻地方創生RPGアプリ』。これにはゲーム世代が成長し、組織内で決裁権をもつ立場になってきたことや、スマートフォンが普及して身近な情報デバイスとして浸透したことなどが背景にあるのだろう。まずはアプリの完成が一番だが、配信後も継続した広報やイベントなどの実施を検討していく予定とのことだ。
一方で、ポップカルチャーに公費を充てる取り組みとして、ご当地キャラクター、観光PR動画作成、地元にゆかりのあるキャラクターの立像設置などがある。こうした取り組みは2000年代後半から全国の自治体で広がってきた。石巻市でも、石ノ森章太郎氏の所縁地として「マンガを活かした街づくり」を掲げ、様々な取り組みが進められている。こうした中、ゲームならではの強みをどのように考えているのだろうか。
「(強みとして)最も大きいのは、新しいターゲットにアプローチできる点です。これまでの石ノ森作品のファンや石ノ森萬画館の活動によるアニメファンなどに加えて、ゲームファンへのアプローチに期待しています。ご当地キャラクターや観光PR動画などとは異なり、じっくりと世界観に触れていただける点も魅力です。コロナ禍で移動が制限されていますが、ゲームを通して石巻に触れていただければと思います」(遠藤氏)。
▲(左)2001年に開館した石ノ森萬画館/(右)館内に貼られたポスター。ポスターとチラシは市内の小中学校に配布されたほか、主だった観光施設で掲示されている
地方創生RPGシリーズの誕生
さて、行政側の視点から「石巻地方創生RPGアプリ」プロジェクトを紹介してきたが、ここからは本作の実制作を手がける有限会社井桁屋の視点から深掘りしていこう。代表取締役を務める高久田 洋平氏は、2016年5月にリリースされた『さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル』を皮切りに、地方創生RPGの開発を次々に手がけてきた知る人ぞ知るクリエイターだ。
高久田氏の経歴と開発スタイルについては、一般社団法人さいたま市地域活性化協議会が2018年3月に主催した勉強会「地方創生PRGの可能性」や、日本デジタルゲーム学会教育SIGが主催し、筆者が副世話人を務めるコミュニティ「ゲーミファイ・ネットワーク」が2020年10月に開催した第12回勉強会で語られている。本記事はこれらを基に、独自インタビューや関係者への取材を踏まえて概要を紹介したい。
大学で古代西洋史を専攻し、エジプトの留学経験もある高久田氏。博物館実習をオリエント博物館で行なったという、歴史学全般に深い造詣をもつ人物だ。もっとも、大学卒業後にブラック企業に足をとられた結果、25歳までに3回の転職を経験。IT企業で派遣社員として働くかたわら、欧州製のマフラーとストールを輸入代行したことがきっかけで2005年に独立を決意する。本人曰く、「転職を重ねて逃げ場がなくなった結果」だった。以後、現在まで同社の主力事業はファッション雑貨の輸入卸業となる。
ただし、ノウハウ不足で発注から納品、そして代金回収まで約1年かかるという、不利な契約になっていた。これに気付いたのが創業2年目。資金繰りに困った高久田氏は、ガラケー向けのコンテンツ制作を決意する。最初に手がけたのが占いコンテンツと待ち受けサイトだ。大学の同窓生でプログラムを担当する社員と共につくり上げたという。当時は市場の拡大期で、技術力もそれほど求められなかったのだそうだ。「周囲をぐるっと見渡してみて、自分たちにできそうなビジネスはそれくらいしかありませんでした」(高久田氏)。
ファッション雑貨の輸入卸業を柱に、空いた時間でモバイルコンテンツをリリースする。この二本柱が思いのほか上手くいった。2011年にスマートフォン市場が急成長すると同社もアプリ開発に参入。「ダイエット✕ゲーム」、「歩数計✕ゲーム」、「目覚まし時計✕ゲーム」といった、ユニークなアプリを次々にリリースしていく。雑誌やニュースサイトに取り上げられることもしばしばだった。
このように高久田氏には、当時から「ゲームのしくみを活用して、日常生活のつまらないものを面白くする」ことに興味があったという。いわゆる「ゲーミフィケーション」だ。そしてこの発想が地方創生RPGに繋がっていく。
●さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル(2016)
こうして迎えた2015年。創立10周年を迎えるにあたり、同社は記念事業として社会に貢献できるゲームを企画する。それが『さいたま市RPG ローカルディア・クロニクル』だ。ゲームエンジンを内製で開発(※2)し、企画から配信まで14ヶ月を要した。架空のさいたま市を舞台としたRPGで、トップビューの画面レイアウトやGPSクーポン機能の実装など、シリーズの原点となる内容だ。
※2:開発にはプログラマーの希望により、Cocos-2dxが使用されている
開発のきっかけとなったのが、高久田氏が所属する社会人バスケットボールクラブでの雑談だ。2001年に浦和市・大宮市・与野市が合併。2005年に岩槻市が編入し、人口130万人の大都市となったさいたま市。しかし、それだけに市民の一体感が薄く、市を構成する10区全てを覚えていたメンバーは、市内に在住する16名のうち2名で北区出身の高久田氏も答えられなかった。
また、卒業後も社会人学生として勉強を続け、教員免許を取得した高久田氏。そこで考えさせられることがあったという。実習先の小学校で子供たちが「ダサイタマ」、「特徴がないのが特徴」などと自嘲的な会話をしていたのだ。理由を聞くと「両親が言っていた」、「テレビで芸能人が言っていた」と回答したという。子供たちは理由を深く考えることもなく、大人世代の価値観を無意識のうちになぞっていたのだ。
そこで「子供の郷土愛を育むには、まずは大人から」と考えた高久田氏は、架空のさいたま市を舞台としたRPGを思いつく。これが『ローカルディア・クロニクル』に繋がった。テーマは「失われた歴史」で、ゲーム内のさいたま市は一見平和だが、過去の歴史が存在しない設定だ。冒険の過程で歴史を取り戻しつつ、未来のさいたま市に繋げていくというわけだ。学生時代の知見がここで活かされることとなった。
地域理解が乏しいとされるさいたま市だが、実際には数々の偉人を輩出している。旧与野町の出身で、天明の大飢饉で私財をなげうって貧民救済を進めた西沢曠野や、安永4年に大宮宿を大火が襲った際、幕府の御用米と御用金を施して復興に努め責任を取って切腹した安藤弾正などだ。他にも『お女郎地蔵』、『塩地蔵』など、数々の伝説や民話がゲームに盛り込まれている。
「合併市ならではの地域理解の薄さを改善できるゲーミフィケーションについて考えた結果、ストーリー性が必要だという結論にいたりました。ストーリー性がないとただのネタゲーになってしまい、郷土愛が深まりません。そこでストーリー性が高いゲームといえばRPGだろうと。弊社の技術でも開発できそうなジャンルで、スマホゲームに不慣れな親世代でも遊んでもらえそうな気がしました」(高久田氏)。
本作のもう1つのポイントが「GPSチェックイン機能」だ。ゲームを進める過程で、プレイヤーは市内で使えるクーポンが入手できる。また、市内の特定の場所でチェックインすると、ゲームを進める上で有利なアイテムがもらえる。位置情報とクーポンを組み合わせて地域経済を活性化させる。いわゆる「O2O(Online to Offline)」をRPGに組み込んだかたちだ。これが以後も続く同社の地域創生RPGの中核的要素となった。
このほか、より多くの人に遊んでもらうため、本作では基本プレイ無料のアイテム課金モデルが採用されている。その一方で、ゲームの課金問題に対する世論に配慮して、課金額を最大1,500円に限定した。こうして完成した本作は、その先進性から「さいたま市ニュービジネス大賞」を受賞。晴れて「さいたま市公認」の栄誉を勝ち取ることとなった。現在まで38万ダウンロードを記録(2021年2月現在)し、隠れたヒット作となっている。
もっとも、当初のアイデアが100%達成されたわけではなかった。理由は様々だが、企業体力のちがいは大きかった。O2OをRPGに組み込んだ先進性も、2ヶ月後に『Pokemon GO』がリリースされると一気に霞んだ。GPSクーポンも一定の成果を見せたが、使用できる場所が市内22店舗に留まり、クーポンの入れ替えといった施策もなかった。発想は良かったが後が続かなかったのだ。
設立当初から現在まで、社員数が3名の井桁屋。社長の高久田氏、プログラマー、輸入卸業の営業担当という布陣だ。キャラクターデザイン、アートワーク、サウンドなどは、全てフリーランスのクリエイターに外注した。中には地方在住で一度も顔を合わせたことがないスタッフがいるほどだ。この体制は現在でも変わらず、同社が低予算でRPGが開発できる最大の要因でもある。
一方でGPSクーポンの営業活動を進めるには、高久田氏ひとりでは荷が重すぎた。さいたま市の旧4市に根深く残るライバル心もそれに輪をかけた。「若い人には興味をもってもらえても、上の役職になるほど意識が変わっていきました。時には『さいたま市に一体感はいらない』といった発言をされることもあり、そこから先に踏み込めませんでした」(高久田氏)。
もっとも、「今から思えば一体感ではなく、エリアごとに競争心を煽るような内容にするなど、工夫のしようはあったかもしれない」と高久田氏はふり返る。しかし、本格的なRPG開発は初めてだったこともあり、当時はこれが限界だったという。アイテム課金というビジネスモデルも、課金額の上限を自ら設定したことで、売上の貢献度は限定的だった。ゲームの操作性やつくり込みについても不満が残ったそうだ。
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自治体からの受注と広がるシリーズ展開
その一方で確かな可能性も感じられた。リリース翌年に英語対応を含めたアップデートを行うと(例によって内製ローカライズだ)、海外で遊ばれはじめたのだ。その中にはモルドバ在住のプレイヤーもいた。ルーマニアとウクライナに接する旧ソ連の構成国のうちの1国で独立紛争を国内に抱えるなど、経済の低迷が続いている。ヨーロッパの最貧国でもあり、同社にとっては仕入れ先エリアの1つだ。
本作のプレイを通してさいたま市に関心をもち、いつか旅行したいと感じ480円という現地では決して安くはない額の課金をして「これからもがんばってください」といったメールが寄せられたという。ゲームを通して、地域や自治体が海外にファンをつくる道筋やプラットフォームがすでに確立されている。このことは大きな励みになり、以後のゲーム開発に繋がっていった。実際、『ローカルディア・クロニクル』は同社にとってターニングポイントとなった。口コミで話題が広がる中で、自治体が関心を示しはじめたのだ。
●『言な絶えそね -行田創生RPG-』(2018)
口火を切ったのは埼玉県行田市だ。「さいたまニュービジネス大賞」受賞をきっかけに、市の担当者が関心をよせた。そこから話が広がり『言な絶えそね -行田創生RPG-』のリリースに繋がる。『ローカルディア・クロニクル』とは異なり、本作は行田市が企画し、同社に開発を発注したものだ。公費を財源に産官連携で製作された、日本初の自治体公式RPGになったのだ。
映画『のぼうの城』(2012)で一躍有名になった忍城や、国の特別史跡に指定されている埼玉古墳群など、観光資産を数多く抱える行田市。これらをゲームを通して有効活用し、観光客を呼び込みつつ地域経済の活性化に繋げることが課題だった。自治体の協力を得て開発はスムーズに進行。市内の企業から協賛金を得てゲーム内に実名で登場させることもできた。前作でやりたくてもできなかったことが実現した。
●『はじまりの島 -淡路島日本遺産RPG-』(2019)
第3弾の『はじまりの島 -淡路島日本遺産RPG-』も、南あわじ市の守本憲弘市長の提案を受けて淡路市、洲本市、南あわじ市の3市と、兵庫県淡路県民局、淡路島くにうみ協会、淡路青年会議所、そして淡路島観光協会からなる淡路島日本遺産委員会の共同プロジェクトに昇格した。これに伴い内容も現代の少年が古代に召喚され、島全域を巡るストーリーとなった。
背景にあるのが「『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」〜古代国家を支えた海人の営み〜」が日本遺産に認定されたことだ。淡路市、洲本市、南あわじ市が2016年に文化庁に申請したものだが、ストーリーが難しく、地元の認知度が今ひとつだった。そこでゲームを通して島民の理解を深めようとしたのだ。
本作でも新たな取り組みがされた。『ローカルディア・クロニクル』で行われたアイテム課金を復活させ、アイテムの売り上げを淡路島日本遺産事業の運営資金としたのだ。オリジナルモンスターの公募を実施し、約30点がゲーム内で登場。そのうちの半数は小学生の発案だ。GPSクーポンも継続的に実施されており、キャラクターの等身大パネルも道の駅をはじめ、島内8箇所で掲示されている。
他に2020年9月19日(土)~11月3日(火・祝)には島内の観光施設において、『リアル謎解きゲーム はじまりの島~黄泉からの謎の使者~序章』といったイベントも開催されている。
●『天倫の桜 -佐倉市サムライRPG-』(2020)
第4弾『天倫の桜 -佐倉市サムライRPG-』の開発もユニークだ。千葉県佐倉市のequoが全額を出資して、佐倉市を舞台にしたRPGの開発を依頼してきたのだ。同社は東照電気の子会社で、地域創生ビジネスを目的としたベンチャー企業。佐倉市は市内に蔵や武家屋敷が建ち並び、印旛沼の竜神伝説でも知られる。こうした文脈を踏まえて、ゲームはサムライが活躍する和風ファンタジーRPGとなっている。
『天倫の桜』についてもリリース後、市役所や観光協会と共同でキャラクターの等身大パネルを武家屋敷の中に飾ったり、キャラクターグッズを販売したりといった施策が見られる。2020年10月30日~11月1日に佐倉城址公園で開催されたイベント「LANDO SAKURA ~NIGHT FESTIVAL~」では、特設ブースと共にキャラクターのラッピングを施した痛車も展示されるなど、市民向けのアピールが行われていた。
▲(左)佐倉市の武家屋敷/(右)キャラクターの等身大パネル
▲「LANDO SAKURA ~NIGHT FESTIVAL~」で展示された痛車
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地方創生RPGのゲームデザインと現状の課題
このように、1作ごとに新たな取り組みを続けてきた同社の地方創生RPGシリーズ。もっとも高久田氏は「中小企業ゆえの工夫を続けてきただけ」と語る。1作あたりの受注金額は700万円から1,000万円で、開発期間は8ヶ月前後だ。中でも時間がかかるのがシナリオ制作で、高久田氏が自ら手がけている。これもシナリオ業者に見積もりを取ったところ、コスト面で引き合わなかった点が大きいという。
一方でシナリオ・ゲームデザイン・マップ制作には、大学で歴史学を志した高久田氏ならではのこだわりが見られる。以下、『はじまりの島』を例に見ていこう。
まず、シナリオでは各自治体にまつわる民話・伝承が巧みに盛り込まれている。『はじまりの島』では、日本遺産を構成する4つの物語(イザナギとイザナミの「国生み神話」、弥生時代に金属器をもたらす過程を描いた「海の民」、塩づくりと航海術で大和時代の王権を支えた様子を描く「海人」、天皇の食膳を司ったことを示す「御食国」)と、前述した31の文化財を網羅するストーリーで構成されている。プレイヤーに対して押しつけがましくならないようにゲームに溶け込ませているのだ。
ちなみに同社では、他社との協業により全国の民話・伝承を地図データと組み合わせた独自のデータベースを構築中だ。Google Map上でクリックすれば、その場所にまつわる民話・伝承が表示され、Googleストリートビューで写真も見られるというもの。すでに6,000件以上が登録されており、シナリオ制作に活用されている。また、取材目的で何度も現地に足を運び、写真を撮影したり図書館などで資料を収集したりすることも多いという。
▲日本遺産を構成する4つの物語
▲文化財およびゲーム中での登場例
続いてマップでは、地域の人々が遊んで実感が湧きやすいように、できるだけ元の地形が忠実に再現されている。また、ゲーム内に現代でも見ることができる建造物を登場させるようにしている。ゲームが郷土の古典芸能で、国の重要無形民俗文化財にも指定されている人情浄瑠璃「あわじ人形座」の劇場からスタートするのは好例だ。歴史学に込められた「現在の興味からはじまり過去を手がかりにすることで、未来への展望を見出す」という意味を体験してもらう意味合いがある。
▲実際の淡路島を基にデザインされたフィールドマップ
最後にゲームデザインでは、観光とゲームを上手く組み合わせ、観光の充実度を高めるためのデザインが挙げられる。GPSチェックインを用いたアイテム収集や、GPSクーポンの配信などだ。この機能を活かすため、本シリーズでは序盤から街や村ごとにワープポイントがあり、すでに訪問した場所であれば自由に移動可能。これにより、ゲームの進行度に関係なくGPSチェックインが可能となっている。
一方、「予算」、「品質」、「広告」、「敷居」、「誘致」の5点は課題となっており、予算面ではゲームやアプリに高額な予算が充てられる地方自治体がまだまだ少ないことが挙げられる。すでに見てきたように、本シリーズは700~1,000万円の予算で開発されており、一般的なゲーム開発の水準より低いと言わざるを得ない。高久田氏は『はじまりの島』のように、複数の自治体がコラボレーションすることで費用を捻出する座組も考えられると指摘した。
品質面では、UI/UXに代表される「操作面でのつくりこみの粗さ」が残っており、予算との兼ね合いにもなるが、今後はこうした部分の改良も進めていきたいという。広告面も同様で、地方自治体の強みを活かしつつ低予算でもできるプロモーションを目指したいとのこと。また、敷居面ではRPGにこだわらず、より気軽に楽しめるコンテンツを開発することも検討中だと述べた。
最後に誘致についてだ。すでに見てきたように、本シリーズには「観光誘致」と「郷土理解」という2つの目的がある。一方でコロナ禍が続く中、観光客の増加が見込みにくい状況が続いている。コロナ終息後にどのような世界観が来るのか。観光ビジネスは元に戻るのか戻らないのか。戻らないとしたら、代わりとなる施策はあるのか。高久田氏は「コロナ後を見据えた施策の創出について考えていきたい」と話す。
このほか、今後取り組みたいゲーム開発として、日本の歴史を体験できるようなゲームが挙げられた。歴史を題材とした学習漫画のゲーム版といったもので、邪馬台国、古墳時代、飛鳥時代......といった具合に、それぞれの時代が数時間程度でプレイできるというもの。戦乱に巻き込まれた主人公が、それぞれの陣営に属することで、同じ戦乱でも異なった視点で捉えられるといった内容を想定しているという。
他に、繰り返しになるが、RPG以外の自治体向けゲームや、民話・伝承データベースを活用したゲーム・コンテンツ開発にも取り組んでいきたいと語った。
▲ゲームのメイン画面とキャラクターのメッセージウィンドウ(写真は開発中のもの)
産学官連携と新たなゲームの可能性
このように、1作ごとに進化を続けてきた同社の地域創生RPGシリーズ。そこには「地域の課題をヒアリングしゲームデザインやGPSなどの機能を活用して、それに即した課題解決を行う」という、理想的なシリアスゲームの姿がある。個人的にはRPGの「仲間と共に世界を冒険し、世界を危機から救う」展開が、平成の大合併によって生まれた地域社会の溝を埋める役割に適しているように感じられ、興味深かった。
これに対して高久田氏は、自治体側の熱意や協力体制があってこそ、これまでシリーズが進められてきたと補足した。実際、これまでも多くの自治体や団体から引き合いがあったが、途中で頓挫するケースも少なくなかったという。庁内や議会にプレゼンするための資料制作を無料で要求されるなどはその一例だ。一方で行政と事業者が適切にコラボすることで、多くの可能性が眠っていると指摘する。
最後に視野を少し広げて考えてみよう。地域創生RPGのリリースが可能になった背景に、行政側と事業者で双方の事情がある。行政側からすれば、ゆるキャラや観光PR動画の作成といったポップカルチャーの活用や、そこに税金を投入するためのノウハウ蓄積があるだろう。一方で事業者側からすれば、いわゆる「ゲームの民主化」がもたらした開発負荷の低減と開発費用の低下があることは言うまでもない。
こうした変化は今後も不可逆的に進むと思われる。これらがもたらす未来はどういったものだろうか。今やクオリティさえ考えなければ、誰にでもゲームが開発できると言っても過言ではない時代だ。地域創生RPGについても、GPSチェックイン機能を使わなければ、すでにコーディング不要で開発できる環境が整備されている。RPGにこだわらなければノベルゲームという選択肢もある。
そこから想像を広げると、地域の民話や伝承をモチーフとしたゲームを官学連携で開発し、自治体が発信する世界線が見えてくる。学校のプログラミング教育でご当地キャラクターのビジュアル素材を活用する、といったコラボレーションもあるだろう。そうした時代が到来したとき、本稿で取り上げた自治体と企業の協業も次の段階に進むはずだ。ゲームの公共利用のあり方について、今後も議論が進むことを期待したい。