CGは人生を幸せにしてくれる
CGW:現在CGWORLD.jpで連載中の『+画』や、以前の連載『画龍点睛』の記事冒頭にあるリード文でも、早野さんは「世界が元気になるように」といったメッセージを添えられることが多いですね。
早野:そうですね。文章や音楽と同様に、映像や絵などのビジュアルが人間に与える影響は大きいですからね。それを見ただけで元気になったり、気分が明るくなったり。映像に影響されて残念な事件が起こることさえあるので、映像が与える威力は特に大きいですよ。映像制作に携わる人間として、人々に与える影響力を自覚しながらつくらなければと常に考えて制作しています。
▲新型コロナウイルス感染症の影響により海外旅行ができない昨今。イーペン祭り(タイ)の「コムローイ」を見てみたいと思い立って制作したという(連載『+画』:vol.002:ランタン / 大量配置とバランスより)
CGW:連載で紹介している作品は、社会的な話題に沿っているモチーフだなと感じることが多いのですが、テーマはどのように決めているのですか?
早野:そうですね。連載作品のテーマに関しては、そのときに集めている情報から自然に導き出されていることが多いですね。情報を集めているうちに、「今はこういうものが人々に求められているのではないか」というのが見えてきて、これをつくればみんな元気になるのではないか、気分が良くなるのではないかと。そういったことを意識しつつ、微力ながらみなさんに力を与えられたらと思っています。
CGW:早野さんがゼネラリストとして活躍されているのはなぜですか?
早野:僕がCGを始めたのは、モデリングからアニメーション、コンポジットまで全部ひとりでできるからなんです。それに、CGでの制作工程って全て繋がっているから、ひと通りやってみてその良さがわかる。例えばモデラーをしていても、レンダリングやリギングを知っておいた方が、良いモデラーになれるんですよね。
ひと通り平均的にこなせてその中の1つが突出して上手い、というのが理想的かなと思います。1つの領域でパーフェクトで、その他の知識や技術は0というのでも良いかもしれないけど、上手く立ち回れなくなるんじゃないかな。それに、1つのことに頼りきっていると、技術の進歩で必要なくなる、ということがあるかもしれない。
CGW:CG制作の工程を全て網羅している早野さんですが、最も時間をかけるのはどの工程ですか?
早野:そう考えると、CG制作にはそもそも時間をかけないかもしれません(笑)。連載で紹介している作品の場合は、作業に1日程度しかかけていなくて、あとの29日は「何をつくろうか」と考えています。
CGW:1日ですか! 作業が速いですね!
早野:そう。制作にはあまり時間をかけない。CGの作業って「完成から逆回し」で考えると手早くつくれるんですよね。つまり、ゴールまでの道のりがわかっていると、たどり着くのが速いということです。制作の過程ではパラメータをいじっている時間がとにかく多いから、数値などでいちいち迷う必要がなくなると自然と作業時間が短くなる。コツは「迷わないこと」ですね。
CGW:『+画』の連載を担当させていただいている関係上、編集前の動画チュートリアルを拝見する機会があるのですが、すでに編集しているのかなと思うほど手速いですよね!
早野:そうそう(笑)、だいたいあのスピード感でつくります。迷っているときがあるとすれば、初めて何かに挑戦するときや新しい機能を触るときです。あと、突発的に思いついてしまったりとか。数をこなしていけば、誰でもあの速さで作業できるようになりますよ。例えば、CGでは簡単なキューブ(立方体)をつくるにしても数十通りほど手法がありますが、ロボットやクリーチャーになるとそれこそ数えきれないほどあるわけです。制作するモチーフやその時々で「最適なつくり方」をいかにチョイスできるかがポイントですね。
CGW:やはり、経験を積むしかないのでしょうか。
早野:もちろん経験は必要だけど、そのための情報収集も必要なんですよ。ただ長い年月CGをやっていれば良いというわけではなく、たとえ若くても意識して制作していれば短期間で成長します。それに、機能にやたらと詳しい人っていると思いますが、大切なのは「機能を画づくりにどう活かすか」の実践的なところじゃないでしょうか。僕は学校やオンラインでCGを教えているのですが、まず作品づくりから始めます。テクニックからではないんですね。
「技術があるからつくる」のではなく「つくりたいものがあるから技術を身に付ける」というベクトルですね。テクニックから入ると、自分の技術の範囲内でしかつくれなくなりますから。ハリウッド映画の制作現場なんかを見ていると、つくりたい映像があるから新しい技術を開発していますよね。つくりたいものがあるから技術が進歩するのであって、その逆はないんです。
▲早野氏が手早く制作する様子はCGWORLD Online Tutorialsで見られる
CGW:ハリウッドという単語が出てきましたが、海外進出を考えたことはありますか?
早野:ありますよ。何度かオファーをいただいて、現地のスタジオを見学させてもらったこともありました。「こんなところで働けたら天国だな」とも思いましたが、現地の食事が合わなくて辞退しました(笑)。海外でがんばるとなると、健康維持が難しいですね。日本なら安くてそれなりに美味しく、かつ安全なものを食べることができますが、海外で同じことをしようとすると、とてもお金がかかるんですよね。仕事だけではなく生活全体を考える必要がありますから、海外でずっとがんばっている人たちって本当に凄いと思う。
CGW:心と身体の安全・安心って大切ですよね。
早野:そもそも、僕がCGをやっているのは人生を幸せにするためなんですよ。だから、健康を壊したら元も子もないわけです。CGをやっているからこそ、友達も増えて楽しく豊かに暮らしていけるという姿が理想です。こういった姿勢は、エンターテインメントをつくり出す側として大切なんじゃないですかね。まずは自分が幸せじゃないと、他人を喜ばせたり幸せにするものはつくれませんから。
CGW:現在、就職活動や転職活動をされている方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、早野さんが考える理想的なキャリアプランはどのようなものですか?
早野:CGクリエイターとして腕を上げたいなら、凄いと思える人に貼り付いて仕事をしてみると良いと思います。好きな作品の制作に加わりたいという動機もわかりますが、実際は思っているほどつくっていなかったりするので、がっかりするかもしれませんね。ということで、「会社よりも人」で選ぶと良いのではないでしょうか。
リスペクトできる人を見つけて真似をしまくる。がんばって追いついて追い越して、周りからの信頼も次第に厚くなり、気がついたら一人前になっている。クリエイターとして成長する近道のような気がします。もちろん、初めから「1人でも大丈夫」という人もいますけどね(笑)。
CGW:尊敬する人と一緒に仕事をする、と言ってもなかなか難しいですよね。まず、そこにたどり着くにはどうしたら良いのでしょうか。
早野:「その人と仕事したい」ということを目標に、日々努力するしかないですよね。目標が絞られることは良いことです。目標の人が見つからない場合は、大きな会社に入ると良いと思いますよ。大きな組織には当然色んな人がいます。仕事がたくさんあるから、目標とするものが見つかる確率も上がるでしょう。ウチ(画龍)みたいな小さい会社より大きな会社の方が若手を育てる余裕があるし、採用枠も多いから入りやすい。もしかしたら、そこで気の合う仲間が見つかるかもしれないし、結婚相手が見つかるかもしれない(笑)。迷ったときは、大きな会社に入ると良いんじゃないかな。
そもそもCG業界には、新卒で業界に入って定年を迎えた人がまだいませんからね。まだまだ成熟しきっていない業界なんですよ。CG業界を定年退職した人がどうなっていくか、まだ誰も知らない謎の業界です(笑)。だからこそいろんなことに挑戦できるし、していかないといけないですよね。
CGW:なんだか少し勇気が出てきました(笑)。早野さん、ありがとうございました!