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『The origin of life』Houdiniのプロシージャルを用いたフィジカルなタイポグラフィ/No.2 Houdini篇

『The origin of life』Houdiniのプロシージャルを用いたフィジカルなタイポグラフィ/No.2 Houdini篇

Voronoi分割を利用した、幾何学的プロシージャルモデリング

シミュレーションを用いた場合、前述のような問題は不可避なので、プロシージャルにモデリングする手法も試した。「アイデアラフに描かれた、大きさの異なる不定形な油膜形状は、Voronoi分割した面から取り出せるのではないかと考えました」(堀川氏)。

▲HoudiniのVoronoi分割を用いた、幾何学的プロシージャルモデリングのつくり方のステップ。【左】ステップ1:油膜を敷き詰める2次元空間を設定する/【右】ステップ2:空間を指定の密度でVoronoi分割する


▲【左】ステップ3:文字を際立たせるベクトル場に沿って、Voronoiのセルをかたまりとして連結する/【右】ステップ4:連結したVoronoiセルごとに、外形を滑らかにする


最終的にはVoronoi分割を利用した幾何学的プロシージャルモデリングが採用され、どんなベクトル場を設定すれば「BIO」の文字が際立つか、いくつかのパターンを堀川氏が提案し、竹林氏らの要望を加味しつつ、油膜の流れが決められた。

▲Voronoiセルの分割・結合の試行錯誤をしているHoudiniの作業画面


▲幾何学的プロシージャルモデリングの試行錯誤の様子


▲ベクトル場をガイドにした、Voronoiセルの連結ネットワーク


▲油膜の流れのテスト動画


▲連結したVoronoiセルごとに、外形を滑らかにしている

Houdiniの生成結果をガイドにしつつ、膨大な数の油膜をデザイン

以上の工程を経て描き出されたVoronoiセルのアウトラインデータが、竹林氏らに引き渡され、デザインのガイドとして使用された。

▲Houdiniが生成したVoronoiセルのアウトラインデータの上に、竹林氏が油膜の流れを描き込んでいる。これらをガイドにしながら、竹林氏を含むSHA Inc.のデザイナー3名と工藤氏が手分けをして、膨大な数の油膜をひとつずつデザインしていった


▲デザインの過程。データはPhotoshopでつくられており、後からでも変形できるように、全ての油膜が別々のスマートオブジェクトになっている。スマートオブジェクトの数だけレイヤーがあるため、その総数は1,000を超え、データサイズは42GBに達した


「できるだけ大きなサイズで出力したかったので、B0サイズの印刷に耐えられるデータになっています。ただし、調達できる紙のサイズの上限や、印刷時の作業マシンのスペックを考慮し、最終的な出力サイズはA1になりました」(工藤氏)。「世に出るデータは、最高の状態で見せたい」と語る工藤氏のこだわりは細部に及んでおり、色の管理には、広い色域をもつAdobeRGBを使っている。紙への印刷時には、そのデータがSHA Inc.へ引き渡され、CMYKに分版された。

▲【左】ビジュアルテクノロジスト・工藤美樹氏(こびとのくつ)/【右】 アートディレクター・竹林一茂氏(SHA Inc.)


「Houdiniによって生成された画像は、そのままだとデザインとして成立していません。例えば、もうちょっと『B』の文字のカドを際立たせたいとか、『O』の文字の穴を見せたいといった形状の微調整は、レタッチの工程で行いました。加えて、色彩と、油膜の質感のインパクトも増幅しました。ただし、整えすぎてしまうと、『有機的で生命的なビジュアル』から遠ざかり、意図的でつまらないものになってしまいます。どの程度までHoudiniの生成結果を残すかが、最も重要な判断でした」(工藤氏)。

「タイポグラフィとしての明快さを、どこまで残せばいいのか、最後まで悩み続けていましたね。グラフィックデザインの妙が試されている部分であり、個々人の感性に大きく左右される部分でもあるので、すごく難しかったです。作品を見た人が、『BIO』の文字を瞬時に認識できて、『格好良い』『センスがある』『こんなの見たことない』といったインパクトも与えられる着地点がどこなのか、ずっと探し続けました。本当に不安で不安で、仕方がない状態でしたね」(竹林氏)。

スタンドプレーが引き寄せた、ONE SHOWの3部門受賞

本プロジェクトでは、堀川氏の提案力の高さや、デザイナーの語る「ニュアンス」を汲み取る力に何度も助けられたと、竹林氏と工藤氏は口を揃えた。「依頼されたことをやるだけではなく、『こんなことや、あんなこともできますよ』というように、堀川さんは複数の案を示してくれました。私たちが思いつかないアレンジまで出してくれたおかげで、自然かつ独創的なイメージ定着ができたと言っても過言ではありません」(竹林氏)。堀川氏はかつて建築設計事務所に所属しており、そこでのデザイナーとのやりとりを通して、フィーリングを感じる力を培ったと語った。「企業向けのシステム開発の場合は、最終形を明示した仕様書をつくらなければ、どこへも定着しないと思います。一方で、今回のようなプロジェクトの場合は、デザイナーのやりたいことを最大限に引き出せなければ、プログラマーに落ち度があると思うのです」(堀川氏)。

そして、不安を率直に口にして、何度も「どう思います?」と相談してくれた竹林氏の姿勢も、本プロジェクトを支えた大切な要素だったと工藤氏は続けた。「竹林さんが、アートディレクターとしてガッチリと方向性を決めていたなら、本作のビジュアルは全然ちがうものになったと思います。メンバーを信頼し、一定の裁量を委ね、自由に遊ばせてくれたからこそ、私たちは自信をもってスタンドプレーができました。その結果、最高のチームワークが生まれ、ONE SHOWの3部門受賞を引き寄せたのだと思います」(工藤氏)。

▲ニューヨークで開催された「2019 ONE SHOW」授賞式の様子。登壇したプロジェクトメンバーが「BIO」の人文字をつくり、会場を沸かせている


▲「2019 ONE SHOW」の初日の授賞式の様子


さらに、クライアントであるBioClubの理解ある姿勢にも助けられたという。「昨今の日本では、極限まで削ぎ落とすデザインが評価されます。けれどもONE SHOWでは、本作のような毒気の強い、生々しく高密度のデザインも、『クレイジー』という褒め言葉でもって称えられました。そういうデザインに理解を示してくれたBioClubに感謝しています」(竹林氏)。

数限りない表現が試みられてきたタイポグラフィに、Houdiniのプロシージャル表現を組み合わせ、新たな表現へと昇華させた本作は、デザインとCGのさらなる可能性を示していると言えるだろう。



info.

  • 『Algorithmic Design with Houdini Houdiniではじめる自然現象のデザイン』
    著者:堀川淳一郎
    出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
    定価:3,900円(税抜)
    www.bnn.co.jp/books/9788/

    Houdiniを用いて、自然現象の背後にあるアルゴリズムを再現するデザインレシピ集。



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.254(2019年10月号)
    第1特集:映画『天気の子』
    第2特集:デザインビジュアライゼーションの今
    定価:1,540 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2019年9月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw254.html

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