『The origin of life』は、BioClubのより広い認知を目指して生み出された3種類のタイポグラフィで、世界三大広告賞のひとつとされるONE SHOWにて、3部門(Design部門 Typography - StaticDesign部門 Craft - Printing & Paper CraftPrint & Outdoor部門 Craft - Typography)のゴールドを獲得した。10月29日(火)に公開したワークフロー篇では、Houdiniのプロシージャルモデリングをベースにしつつ、デザイン、プログラム、レタッチ、印刷の専門家のコラボレーションを経て誕生した本作の制作過程を紹介した。以降のHoudini篇では、油膜のアルゴリズムの試行錯誤の過程を紹介する。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 254(2019年10月号)掲載の「Houdiniのプロシージャルを用いたフィジカルなタイポグラフィ『The origin of life』」に加筆したものです。

TEXT_堀川淳一郎(Orange Jellies)、尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_島田健次 / Kenji Shimada

▲左から、プリンティングディレクター・山下俊一氏(SHOEI Inc.)、プログラマー・堀川淳一郎氏(Orange Jellies)、ビジュアルテクノロジスト・工藤美樹氏(こびとのくつ)、 アートディレクター・竹林一茂氏(SHA Inc.

水と油のアルゴリズムを、Houdiniで再現

ワークフロー篇で紹介した竹林氏や山下氏と同様、堀川氏も「これで良いのかな......?」という不安を常に抱いていたと語った。「でも、私は最終形が判然としないプロジェクトに何度も好んで参加しており、今回も楽しみながら試行錯誤をしていました」(堀川氏)。新しいアルゴリズムを試すたびに、新しい発見があり、今後のほかの表現にも活かせそうだと感じたという。「Voronoi Fractureだけでも様々なやり方がありましたし、Houdiniの機能を使わない、独自のアルゴリズムによる分割も試しました」(堀川氏)。

▲【左】プリンティングディレクター・山下俊一氏(SHOEI Inc.)/【右】プログラマー・堀川淳一郎氏(Orange Jellies)

油膜のアルゴリズムの試行錯誤

▲本プロジェクト中に堀川氏がたどった油膜のアルゴリズムの試行錯誤過程


「竹林さんが提示したアイデアラフを自分なりに解釈し、それに近い形をつくれるアルゴリズムを探すことから始めました。使用ツールは、形状を自由にコントロールできるという長所からHoudiniを選びました。調査と試行錯誤を経て、2種類の方向性が見えてきました。ひとつは、流体シミュレーションや空気膨張シミュレーションを用いた力学的手法です。もうひとつは、プロシージャルに形状をモデリングする幾何学的手法です。画像の生成方法も、動的なシミュレーション映像や、プロシージャルモデリングによる静的な画像など、いろいろと試しました」(堀川氏)。

FlipとVellumを利用した、力学的シミュレーション

「調査をする中で、異なる液体の間で界面張力が働き、液体が溶け合わずに混ざり合う様子を再現する、混相流シミュレーションという手法を見つけました。そこで、これの擬似的なシミュレーションをHoudiniのFlip Solverを使って実践してみました」(堀川氏)。

▲HoudiniのFlip Solverを用いた、擬似的な混相流シミュレーションのつくり方のステップ。【左】ステップ1:シミュレーションに用いる空間を設定する/【右】ステップ2: BIOの文字の中に球体を敷き詰め、球体の中に粒子を詰める


▲【左】ステップ3:球体ごとの粒子にランダムなIDを付加する/【右】ステップ4:Flip Solverを使い、重力で床に粒子を落とす


▲【左】ステップ5:ベクトル場で粒子を混ぜる/【右】ステップ6:IDごとに粒子を取り出し、VDBでメッシュにする


▲油膜が流れる方向のガイドになるベクトル場を表示した、Houdiniの作業画面


▲Flip Solverベースの流体シミュレーションを用いてつくった油膜


▲流体シミュレーションのテスト動画


前述のFlip Solverベースの流体シミュレーションは、球体の数や粒子の粘度などのパラメータを調整することで、油膜が敷き詰められたような画像を生成できたものの、以下の2つの問題があった。

問題1:球体や粒子を高密度にすると、膨大な計算リソースが必要になり、迅速に結果を得られない
問題2:操作できるパラメータが限られており、油膜形状のコントロールが難しい

▲Vellum Solverベースの空気膨張シミュレーションを用いてつくった油膜


▲空気膨張シミュレーションのテスト動画


前述のVellum Solverベースの空気膨張シミュレーションは、竹林氏らがイメージしている形状からは遠く、良い反応は得られなかったそうだ。「やや堅い印象で、泡のようにも見えたので、もっと粘性の高い、油のヌルッとした感じを出してほしいとお願いしました」(竹林氏)。

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Voronoi分割を利用した
幾何学的プロシージャルモデリング

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Voronoi分割を利用した、幾何学的プロシージャルモデリング

シミュレーションを用いた場合、前述のような問題は不可避なので、プロシージャルにモデリングする手法も試した。「アイデアラフに描かれた、大きさの異なる不定形な油膜形状は、Voronoi分割した面から取り出せるのではないかと考えました」(堀川氏)。

▲HoudiniのVoronoi分割を用いた、幾何学的プロシージャルモデリングのつくり方のステップ。【左】ステップ1:油膜を敷き詰める2次元空間を設定する/【右】ステップ2:空間を指定の密度でVoronoi分割する


▲【左】ステップ3:文字を際立たせるベクトル場に沿って、Voronoiのセルをかたまりとして連結する/【右】ステップ4:連結したVoronoiセルごとに、外形を滑らかにする


最終的にはVoronoi分割を利用した幾何学的プロシージャルモデリングが採用され、どんなベクトル場を設定すれば「BIO」の文字が際立つか、いくつかのパターンを堀川氏が提案し、竹林氏らの要望を加味しつつ、油膜の流れが決められた。

▲Voronoiセルの分割・結合の試行錯誤をしているHoudiniの作業画面


▲幾何学的プロシージャルモデリングの試行錯誤の様子


▲ベクトル場をガイドにした、Voronoiセルの連結ネットワーク


▲油膜の流れのテスト動画


▲連結したVoronoiセルごとに、外形を滑らかにしている

Houdiniの生成結果をガイドにしつつ、膨大な数の油膜をデザイン

以上の工程を経て描き出されたVoronoiセルのアウトラインデータが、竹林氏らに引き渡され、デザインのガイドとして使用された。

▲Houdiniが生成したVoronoiセルのアウトラインデータの上に、竹林氏が油膜の流れを描き込んでいる。これらをガイドにしながら、竹林氏を含むSHA Inc.のデザイナー3名と工藤氏が手分けをして、膨大な数の油膜をひとつずつデザインしていった


▲デザインの過程。データはPhotoshopでつくられており、後からでも変形できるように、全ての油膜が別々のスマートオブジェクトになっている。スマートオブジェクトの数だけレイヤーがあるため、その総数は1,000を超え、データサイズは42GBに達した


「できるだけ大きなサイズで出力したかったので、B0サイズの印刷に耐えられるデータになっています。ただし、調達できる紙のサイズの上限や、印刷時の作業マシンのスペックを考慮し、最終的な出力サイズはA1になりました」(工藤氏)。「世に出るデータは、最高の状態で見せたい」と語る工藤氏のこだわりは細部に及んでおり、色の管理には、広い色域をもつAdobeRGBを使っている。紙への印刷時には、そのデータがSHA Inc.へ引き渡され、CMYKに分版された。

▲【左】ビジュアルテクノロジスト・工藤美樹氏(こびとのくつ)/【右】 アートディレクター・竹林一茂氏(SHA Inc.)


「Houdiniによって生成された画像は、そのままだとデザインとして成立していません。例えば、もうちょっと『B』の文字のカドを際立たせたいとか、『O』の文字の穴を見せたいといった形状の微調整は、レタッチの工程で行いました。加えて、色彩と、油膜の質感のインパクトも増幅しました。ただし、整えすぎてしまうと、『有機的で生命的なビジュアル』から遠ざかり、意図的でつまらないものになってしまいます。どの程度までHoudiniの生成結果を残すかが、最も重要な判断でした」(工藤氏)。

「タイポグラフィとしての明快さを、どこまで残せばいいのか、最後まで悩み続けていましたね。グラフィックデザインの妙が試されている部分であり、個々人の感性に大きく左右される部分でもあるので、すごく難しかったです。作品を見た人が、『BIO』の文字を瞬時に認識できて、『格好良い』『センスがある』『こんなの見たことない』といったインパクトも与えられる着地点がどこなのか、ずっと探し続けました。本当に不安で不安で、仕方がない状態でしたね」(竹林氏)。

スタンドプレーが引き寄せた、ONE SHOWの3部門受賞

本プロジェクトでは、堀川氏の提案力の高さや、デザイナーの語る「ニュアンス」を汲み取る力に何度も助けられたと、竹林氏と工藤氏は口を揃えた。「依頼されたことをやるだけではなく、『こんなことや、あんなこともできますよ』というように、堀川さんは複数の案を示してくれました。私たちが思いつかないアレンジまで出してくれたおかげで、自然かつ独創的なイメージ定着ができたと言っても過言ではありません」(竹林氏)。堀川氏はかつて建築設計事務所に所属しており、そこでのデザイナーとのやりとりを通して、フィーリングを感じる力を培ったと語った。「企業向けのシステム開発の場合は、最終形を明示した仕様書をつくらなければ、どこへも定着しないと思います。一方で、今回のようなプロジェクトの場合は、デザイナーのやりたいことを最大限に引き出せなければ、プログラマーに落ち度があると思うのです」(堀川氏)。

そして、不安を率直に口にして、何度も「どう思います?」と相談してくれた竹林氏の姿勢も、本プロジェクトを支えた大切な要素だったと工藤氏は続けた。「竹林さんが、アートディレクターとしてガッチリと方向性を決めていたなら、本作のビジュアルは全然ちがうものになったと思います。メンバーを信頼し、一定の裁量を委ね、自由に遊ばせてくれたからこそ、私たちは自信をもってスタンドプレーができました。その結果、最高のチームワークが生まれ、ONE SHOWの3部門受賞を引き寄せたのだと思います」(工藤氏)。

▲ニューヨークで開催された「2019 ONE SHOW」授賞式の様子。登壇したプロジェクトメンバーが「BIO」の人文字をつくり、会場を沸かせている


▲「2019 ONE SHOW」の初日の授賞式の様子


さらに、クライアントであるBioClubの理解ある姿勢にも助けられたという。「昨今の日本では、極限まで削ぎ落とすデザインが評価されます。けれどもONE SHOWでは、本作のような毒気の強い、生々しく高密度のデザインも、『クレイジー』という褒め言葉でもって称えられました。そういうデザインに理解を示してくれたBioClubに感謝しています」(竹林氏)。

数限りない表現が試みられてきたタイポグラフィに、Houdiniのプロシージャル表現を組み合わせ、新たな表現へと昇華させた本作は、デザインとCGのさらなる可能性を示していると言えるだろう。



info.

  • 『Algorithmic Design with Houdini Houdiniではじめる自然現象のデザイン』
    著者:堀川淳一郎
    出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
    定価:3,900円(税抜)
    www.bnn.co.jp/books/9788/

    Houdiniを用いて、自然現象の背後にあるアルゴリズムを再現するデザインレシピ集。



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.254(2019年10月号)
    第1特集:映画『天気の子』
    第2特集:デザインビジュアライゼーションの今
    定価:1,540 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2019年9月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw254.html