『The origin of life』は、BioClubのより広い認知を目指して生み出された3種類のタイポグラフィで、世界三大広告賞のひとつとされるONE SHOWにて、3部門(Design部門 Typography - StaticDesign部門 Craft - Printing & Paper CraftPrint & Outdoor部門 Craft - Typography)のゴールドを獲得した。Houdiniのプロシージャルモデリングをベースにしつつ、デザイン、プログラム、レタッチ、印刷の専門家のコラボレーションを経て誕生した本作の制作過程を紹介しよう。なお、本記事はワークフロー篇、Houdini篇の全2回に分けてお届けする。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 254(2019年10月号)掲載の「Houdiniのプロシージャルを用いたフィジカルなタイポグラフィ『The origin of life』」に加筆したものです。

TEXT_堀川淳一郎(Orange Jellies)、尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_島田健次 / Kenji Shimada

▲左から、プリンティングディレクター・山下俊一氏(SHOEI Inc.)、プログラマー・堀川淳一郎氏(Orange Jellies)、ビジュアルテクノロジスト・工藤美樹氏(こびとのくつ)、 アートディレクター・竹林一茂氏(SHA Inc.

従来の表現の延長線上にはない、不思議なものをつくりたい

BioClubは、バイオテクノロジーに興味をもつ人々が集うコミュニティスペースで、実験・研究が可能なバイオラボを併設している。今後、急拡大が予想されるバイオ領域において領域を横断したイノベーションの重要性、倫理やバイオセーフティの対策について議論を深める場となっており、それをシンボライズした本作は、生命の原初である細胞が単純な油膜構造をもつことに着想を得ている。「今回のプロジェクトでは、水と油をモチーフに、バイオテクノロジーのビジュアライゼーションを目指しました。しかも、従来の表現の延長線上にはない、不思議なものをつくりたいというねらいがありました」と、本プロジェクトを牽引したアートディレクターの竹林一茂氏は語った。


  • アートディレクター・竹林一茂氏(SHA Inc.)
  • 竹林氏はグラフィックデザイナーとして、長い間、「広告業界にどっぷり漬かってきました」とふり返った。その領域から、さらに飛躍するため、ちがう分野の専門家とコラボレーションできる機会を探し続けてきたという。


竹林氏の招集を受け、プログラマーの堀川淳一郎氏、ビジュアルテクノロジストの工藤美樹氏、プリンティングディレクターの山下俊一氏が初めて一堂に会したのは、2018年10月上旬だった。「集まってはみたものの、『このメンバーで何をやるの?』という戸惑いがお互いの間に充満していて、すごく気まずかったのを覚えています」と竹林氏は苦笑いした。それでも、「このメンバーの力がまとまれば、おもしろい表現が生まれる」という期待があったそうだ。

▲『The origin of life』のメイキング映像


  • 「竹林さんは最後まで不安を抱えていたようですが、堀川さんが最初に出してくれたテスト画像を見た瞬間、私は『おもしろいものができる』と確信しました」と工藤氏は補足した。

  • ビジュアルテクノロジスト・工藤美樹氏(こびとのくつ)


水と油をシミュレーションできる堀川氏、それをデザインとして定着できる竹林氏と工藤氏、紙に出力できる山下氏が揃っており、全員がアイデアを惜しみなく出せるプロフェッショナルだったので、苦労はあったが、純粋なものづくりを追求できたプロジェクトだったと語った。

「BIO」の文字を、水と油の質感をもつ細胞で表現

本プロジェクトでは、タイポグラフィやグラフィックデザインを通して培われてきたデザイナーの美意識と、自然現象の背後にあるアルゴリズムを混ぜ合わせ、より有機的で生命的なビジュアルを生み出すことを目標とした。さらに、そのビジュアルを紙に印刷することで、デジタルとフィジカルを横断した表現を提示することも目指した。「デザインとプログラムをブリッジしたビジュアライゼーションに、レタッチで圧倒的な濃度を載せ、フィジカルなリアライゼーションとして定着させることを目指しました」(工藤氏)。

この目標を実現するため、本プロジェクトの最初の約2ヶ月は、アイデア出しとブレストをくり返すことに費やされた。「2週間に1回のペースで、各自がアイデアやテスト結果をもちより、ブレストを重ねました。それと併行して、常にSlack上での意見交換もしていましたね」(竹林氏)。竹林氏が提示したアイデアラフを基に、堀川氏がHoudiniで何種類ものテスト画像を生成し、そこに工藤氏がレタッチを加え、さらに竹林氏が赤入れをする......というようなアイデアのキャッチボールが、ひたすらくり返された。

▲竹林氏がプロジェクトの初期に提示したアイデアラフ。「BIO」の文字を、水と油の質感をもつ細胞で表現するという方針が示された


▲前述のラフを基に、堀川氏がHoudiniで制作したテスト画像


▲前述のテスト画像を基に、工藤氏が制作したイメージボード。この段階ではアルファベットの小文字を使っていたが、その後、大文字に変わった。「小文字の『bio』は大文字と比べてインパクトが弱く、『b』と『o』の形が似ているので、『タイポグラフィとして認識されないのでは?』という不安があり、大文字に変更しました」(竹林氏)


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デジタルとフィジカルを横断した試行錯誤

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デジタルとフィジカルを横断した試行錯誤

「本プロジェクトに参加する以前の私は、プログラムによる画像生成は、画一的なことしかできなくて、早々に限界が見えてしまうものだと思い込んでいました。ところが堀川さんは、私たちのリクエストに応じて、有機的で多様性に富んだ画像を忍耐強く生成してくれたのです。すごく新鮮な体験で、手応えを感じました」(工藤氏)。


  • プログラマー・堀川淳一郎氏(Orange Jellies)
  • ブレストの最中、堀川氏は持参したコンピュータでHoudiniを起動し、その場でパラメータを調整しながら、細胞の動きや大きさを要望に応じて変えてくれたこともあったという。


▲堀川氏によるテスト画像と動画。Flip Solverベースの流体シミュレーションや、Voronoi Fractureベースの幾何学的プロシージャルモデリングなど、多彩なアルゴリズムが試された。詳細はHoudini篇で解説する


▲幾何学的プロシージャルモデリングの試行錯誤の様子


▲前述のテスト画像を基に、工藤氏が制作したイメージボード。「メンバーのアイデアを混ぜ合わせ、いかにおもしろいアウトプットを生み出すかが肝心だったので、アイデア出しとブレストを2ヶ月以上くり返しました」(工藤氏)


前述のような試行錯誤を経た結果、当初は混沌としていたイメージが徐々に形をなし、12月上旬にひとつめのタイポグラフィの最終形が見えてきた。当初から3種類のタイポグラフィをつくるという目標を掲げていたものの、ONE SHOWにエントリーするためには1月下旬までに完成させる必要があり、間に合うのかどうか不安でいっぱいだったと竹林氏はふり返った。


  • プリンティングディレクター・山下俊一氏(SHOEI Inc.)
  • 「印刷テストを始められたのは1月上旬だったので、私も不安でしたね。工藤さんがデータに盛り込んだ、キラキラ、あるいはドロドロとした『油膜感』を、印刷でもしっかり表現することが課題でした」(山下氏)。


10種類近くの紙を試し、インクの割合も変え、ここでも試行錯誤がくり返されたそうだ。本作では部分的にインクをプックリと盛り上げて印刷しているため、ひび割れたり、紙が反り返ったりしないかどうかも、入念にチェックしたという。

▲1枚の紙の上で、インクの割合がちがう16パターンの印刷を試し、ベストの「油膜感」を模索している

細胞の多彩な「動き」を表現した、3種類のタイポグラフィ

▲試行錯誤を経て完成した3種類のタイポグラフィ。250dpiの解像度で、A1サイズの紙に印刷している。それぞれが異なる「動き」を表現しており、1作目【上】は細胞同士がムギュムギュと押し合いながら循環するような動き、2作目【中】はポツポツと湧き上がった細胞が周囲へあふれ出すような動き、3作目【下】は液状化した細胞がゆったりと流出入していくような動きになっている


▲前述の1作目の一部を接写した写真


▲前述の2作目の一部を接写した写真



ワークフロー篇は以上です。
この続きはHoudini篇でご覧いただけます。

info.

  • 『Algorithmic Design with Houdini Houdiniではじめる自然現象のデザイン』
    著者:堀川淳一郎
    出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
    定価:3,900円(税抜)
    www.bnn.co.jp/books/9788/

    Houdiniを用いて、自然現象の背後にあるアルゴリズムを再現するデザインレシピ集。



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.254(2019年10月号)
    第1特集:映画『天気の子』
    第2特集:デザインビジュアライゼーションの今
    定価:1,540 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2019年9月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw254.html