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スタジオジブリとバンダイナムコ研究所、それぞれの研究開発のリアル~Virtual Computing 2020企業招待講演レポート

スタジオジブリとバンダイナムコ研究所、それぞれの研究開発のリアル~Virtual Computing 2020企業招待講演レポート

「企業におけるアカデミックな知見の活用とアカデミックとの違い」
~バンダイナムコ研究所・髙橋誠史氏~

続いて登壇したのはバンダイナムコ研究所で技術開発本部先端技術部の課長を務める髙橋誠史氏だ。北陸先端科学技術大学院大学で博士後期課程を単位取得退学後、2009年にバンダイナムコゲームスに入社。バンダイナムコ研究所の分社化に伴い、2019年より現職で働いている。R&DチームのマネジメントやR&Dプロジェクトのディレクション、同社のオリジナルキャラクター「ミライ小町」プロジェクトのテクニカルディレクションなどを担当している人物だ。髙橋氏は近年のゲーム業界を取り巻く環境変化について触れながら、企業が学術界の研究成果をどのように活用しているか。また、企業における研究開発の特徴とは何かについて説明した。

  • 髙橋誠史/Masafumi Takahashi
    バンダイナムコ研究所
    技術開発本部 先端技術部 課長

バンダイナムコホールディングスを筆頭に、トイホビー、ネットワークエンタテインメントなど、各事業戦略を実行する5つのユニットと主幹会社、そして主幹会社をサポートする多数の関連事業会社からなるバンダイナムコグループ。バンダイナムコ研究所もネットワークエンターテインメントユニットに属する関連事業会社の1つだ。 「AI」と「XR」を2本柱に、オープンイノベーションやグループ内共創、イベント出展、新事業や新製品の開発など、活動領域は多岐にわたる。ゲーム業界でも珍しい、R&Dに特化した企業だと言えるだろう。

もっとも研究開発の基本方針の一つは、バンダイナムコグループが掲げる「IP軸戦略」に即したものとなる。IPの魅力を高める、IPのビジネスを広げるR&Dであり、クリエイターと協業するR&Dというわけだ。この点が個々の研究者が自由に研究を進める学術界との大きなちがいになる。また、「研究開発」と「技術開発」の双方にまたがる点も特徴だ。

また、企業が商行為の一環として行うため業界動向にも左右される。旧ナムコが手がけていた業務用基板やそれに必要な半導体開発などは好例だ。80年代から90年代にかけて、同社では本分野で盛んなR&Dが行われていたが、今では撤退している。家庭用ゲーム機との互換基板の普及やPCベースでのコンテンツ開発が一般的になったこと、市場の変化などが原因だ。ハイエンド開発に投資することが商品力の強化につながり、売上や利益に直結していた時代はすでに過去の話となり、投資に対する回収がシビアな時代になっている。研究開発にはコストがかかるが、コストをかけたからといってヒットする製品が生まれるわけではない。R&D受難の時代というわけだ。

続いてトピックは同社におけるR&Dの種類に移った。「遊びの試作」、「技術検証」「内製エンジン開発」、「技術デモ制作」、「CG系リサーチ」、「新規事業系R&D」の6種類だ。これに加えて、ゲーム機メーカーであれば次世代機開発やプラットフォーム開発、SDK開発などもR&Dに含まれることになる。

前提となるのが、ゲーム業界は技術ドリブンのエンタテインメント産業という点だ。そのため企業の主事業も技術革新と共に変化してきた。旧ナムコが1955年に創業した際、主事業は遊園地やアミューズメント施設向けの遊具開発だった。それがアーケードゲームに移行する契機となったのが『パックマン』のヒットで、1980年のことだ。1983年にファミリーコンピュータが発売されるといち早く参入。モバイルゲームにも1999年のiモード登場に合わせて参入し、すでに20年以上が経過している。このサイクルを踏まえると、そろそろ次の新規事業について考える時期に来ているのではいかと髙橋氏は指摘する。

ここで期待されるのがXR分野だが、すでにVR HMD向けコンテンツは同社にとってR&Dの対象から外れつつあると述べた。バンダイナムコグループを構成する各事業会社で、通常のビジネスフローに乗りつつある段階だ。コロナ禍でライブ事業やロケーション事業が大きな影響を受ける中、広義の「バーチャル」ビジネスに期待が寄せられている。いずれも決定打となるプラットフォームが存在しないことが悩ましい反面、だからこそ注目が集まる分野だ。

XRに続くR&Dのトピックとして注目されている分野にAIがある。同社でもIP軸戦略に基づき、グループが得意とするドメイン領域(CG・音声・ゲーム・アニメ)を活かした研究開発が進められている。あるドメイン領域を強化することで競合他社に対する参入障壁が築けるからだ。グループ内で相談しやすい文化があり、グループ間でデータセットを共有化する取り組みやリリース済みのゲームのPython対応、OpenAI Gym対応なども進められている。

一方で、学習に使うデータの権利やトレーニング済みモデルの権利処理など、ゲーム開発者にとっても法務的な理解が求められる分野だとした。実際、AI研究は法務部門にとっても新領域で、一般的な受託開発と異なる部分も多く、日本ディープラーニング協会が策定した開発標準契約書など、業界外の知見も参考にされているという。

以上をまとめて髙橋氏は、ゲーム会社で定番のR&Dを「開発効率を上げること」と「クリエイター能力を拡張する」という2種類にまとめ、「事業の継続のために行なっている」と指摘した。そのため論文投稿されるケースも少なかったが、近年では徐々に増加傾向にあるという。製品がリリースされたり、新規技術が何かに採用された後は企業にとって論文投稿の良いタイミングだ。技術力を誇示できるだけでなく、リクルーティングにもつながる。もっとも、実際の方針は企業によって異なり、トップカンファレンスを目指す企業もあればそうでない企業があるのも事実だ。

続いて髙橋氏はR&Dチームに求められているものや、ジレンマについても明かした。ポイントは長期的な展望が描きにくいことだ。CGにしろAIにしろ、R&Dには継続的な投資が求められる。その一方で業界のトレンドは刻々と変わり、かつハイエンドゲームの開発投資が企業にとって大きな負担になっている。いきおいR&Dにおいても、費用対効果や用途の明確さが求められるというわけだ。ときにはR&Dチームに実際の活用提案まで求められることもあるが、商習慣の壁から実現にいたらないこともある。R&Dと製品開発の溝はゲーム業界に限らず、多くの業界で見られるジレンマだが、この溝が年々広がっているというわけだ。

「特にAI分野で顕著なこととして、新しいアイデアや実装が公開されると、とりあえずR&Dで試してみるものの、なかなかビジネスに進まないのが実情です。Proof of Concept、いわゆる概念実証にコストを割く一方で成果につながりにくいのです。これはゲームエンジンの普及時を彷彿とさせます。企画書では判断できないとして、とりあえず試作するもののどの試作を基に製品化すればいいか、判断できないという状況が生まれました」。企業にとってR&Dは利益追求の手段だ。それだけに業績が低迷すると、コストカットの対象になりやすい。このジレンマをどのように越えるかが求められているという。

そこで同社が取り組んでいるのが、自社IPを活用した攻めのR&D、すなわち「ミライ小町プロジェクト」だ。バンダイナムコ研究所のメンバーが、バンダイナムコスタジオ所属の2016年に、技術研究の営業用に展開したプロジェクトがベースで、2018年にサウンドチームのオリジナルVOCALOIDプロジェクトに合流して公開されたプロジェクトとなる。その後、2019年に研究所が設立すると、R&Dにとどまらないキャラクター展開を見せるようになった。キャラクターを前面に押し出していく手法は目新しいものではないが、それだけに事例が多く、ビジネス層にも理解されやすいメリットがあった。その後、ミライ小町は既存IPでは難しい実験的な役割を担ったり、外部とのコラボレーションなども行うキャラクターとして、広く展開されていった。

また、キャラクタードリブンのゲーム開発は、格闘ゲームの『鉄拳』シリーズや、アイドル育成シミュレーション『アイドルマスター』シリーズなど、バンダイナムコグループが得意とする領域だ。そこには様々な技術が用いられており、ことAI分野に限っても表情生成・音声合成・モーション自動生成・空間認知・意思決定など、多岐にわたる領域が存在する。AI技術のR&Dを用いてミライ小町の魅力度を高められれば、グループが所有する豊富なIPへの波及効果も期待できる。それぞれはバラバラなR&Dプロジェクトに芯が通せるというわけだ。

そしてなにより、自社IPによるキャラクターをもつことでエンジニアやリサーチャーが「自分たちがクリエイターである」という気概をもつことができた。髙橋氏は「ただ利益を上げるだけではクリエイターとしてはつらい。小規模プロジェクトを通して人材育成につなげる重要性についても、わかってはいるが現実には難しい。それよりも、R&Dプロジェクトを小規模プロジェクトと見立てて利用することが現実的。だからこそ、クリエイターが自由に使えるキャラクターを用意することで、クリエイティビティを発揮する場が用意できる」と指摘する。

また、研究機関や大学、他社との協業についても触れた。自社ではできないこと、それは共同研究、インターンシップ、公開済みの技術活用などだ。異業種コラボも同様でグループの内外で協業を進めているという。そのためには自社でハンドリングできるIPや資産をもつことが重要だ。同社ではミライ小町のUnity向けアセットやイラストの公開、協賛ハッカソンなどへの素材提供、研究素材に使えるクラシックゲームの整備、データセット、アセットの整備、オープンソース活動などだ。「今後も技術研究の成果物をできるだけ公開していきたいですね」(高橋氏)。

セッションの終わりに髙橋氏は、企業にとって求められるR&Dの姿勢について、改め まとめた。まず自社が行なっているR&Dの分類を行うこと。その上でR&Dプロジェクトをビジネス層に通すための効果的や手法について考えること(同社であればキャラクターを通して「魅せるR&D」となる)。リサーチャーやエンジニアに対して、クリエイターである自覚をもたせること(必要に応じてクリエイターを巻き込むこと)。最後に外部とのコラボレーションの準備を常に怠らないことだ。ゲーム業界でもR&Dを専門に行う企業ならではのユニークな知見が多数詰まっているように感じられた。



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