今回紹介するのは、本連載では久しぶりとなる、アニメ業界で活躍されている方だ。日本のアニメ作品は海外でも人気を呼んでいるが、英語圏で公開するにあたり英語吹替えという工程が発生する。この英語吹替のコーディネーターを務めながら、現在はVFXマネージャーとしても活躍する尾崎佳菜氏に、海外就業までの話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    尾崎佳菜 / Kana Ozaki(Production Coordinator / Bang Zoom! Studios)
    神奈川県出身。2021年にカリフォルニア大学アーバイン校のドラマ学科を卒業後、Bang Zoom! Studiosに入社。アニメの英語吹き替え制作を担うプロダクションチームの一員としてキャリアをスタート。主な担当作品に『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』『鬼滅の刃』『すずめの戸締まり』などがある。現在はアニメのみならず、VFXマネージャーとしても活躍の幅を広げ、ポストプロダクションにおけるチームの中核を担っている。
    www.bangzoomstudios.com

    <1>「アメリカに住んでエンタメの世界で働きたい」という子供の頃からの夢を追って留学

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    神奈川県で生まれ育ち、小さい頃から映画や演劇が大好きでした。バレエ、ミュージカル、バイオリンなど、幼い頃からさまざまな舞台芸術に触れており、人前でパフォーマンスをすることが何よりも楽しかったのを覚えています。

    特に影響を受けたのは、ディズニーチャンネルで放送されていた『ハイスクール・ミュージカル』や『ハンナ・モンタナ』といった作品です。登場人物たちが感情を声や演技で生き生きと表現する姿に強く惹かれ、「自分もこんなふうに誰かの心を動かす仕事がしたい」と思うようになりました

    ディズニーチャンネルでは、ドラマ本編だけでなく、Behind the Scenes(舞台裏映像)やディズニースタジオのツアーなども紹介されていて、それを観る度に、「いつかアメリカに住んで、エンターテインメントの世界で働いてみたい」という夢がどんどん膨らんでいきました

    中学・高校時代には、アメリカから来日したパフォーマンスボランティアの方々を、家族でホストファミリーとして受け入れた経験もありました。言葉や文化のちがいを超えて心が通じ合う楽しさを実感し、その体験が、大学ではアメリカで本格的にエンターテインメントを学びたいという想いにつながっていきました。

    そうした経験が積み重なり、進路を考える頃には、「本場アメリカでエンタメを学びたい」という気持ちがはっきりと形になっていました。そして思い切って渡米し、カリフォルニア大学アーバイン校(University of California, Irvine)のドラマ学科に入学しました。

    ――留学されたときの話をお聞かせください。

    大学では舞台演出だけでなく、舞台制作や照明・音響といった裏方の技術にも幅広く触れ、パフォーマンスに関わるすべての工程に強い関心をもつようになりました。

    大学では、それ以外にも理論や脚本分析など、表現に関する幅広いカリキュラムが用意されていました。印象的だったのは、カリキュラムの半分以上がシェイクスピアから現代演劇までの台本を読み込み、それをもとに翌日ディベートを行うというものでした。

    英語が第2言語だった私にとって、初めて見るような古典の英語台本を1〜2日で100ページ以上読むのは本当に大変でした。発言しないと出席が認められない授業もあり、最初はプレッシャーの連続でしたが、先生やクラスメイトの支えもあって、少しずつ自信をもって自分の考えを表現できるようになっていきました。

    また、課題の多くがグループワークで行われるため、文化や考え方のちがう仲間たちとディスカッションしながら作品を仕上げていく経験も多くありました。こうした経験を通じて、チームで協力して1つの作品をつくり上げることの大切さを学び、それは現在の職場でもとても役立っています。

    ――海外の映像業界での就職活動について、体験談をお聞かせください。

    大学卒業後は、OPT(Optional Practical Training)という制度を利用して、アメリカでの就労ビザ取得を目指しました。ただ、ちょうどその頃は新型コロナウイルスの影響で、就職活動は非常に困難でした。求人が少なく、面接のチャンスも限られている中で、自分に何ができるか、自分は何が好きなのかを改めて深く考える時間にもなりました。

    そんな中で、私は毎日のように日本のアニメを観たり、アニメ関連のSNS投稿を積極的に行っていました。自分のルーツであるアニメ文化への情熱が強まっていくのを感じていたとき、出会ったのがアニメや映画、ゲームの英語吹替えを手がける音響スタジオBang Zoom! Studiosでした。日本のアニメを英語に吹き替えるという仕事は、まさに自分の興味とバックグラウンドが直結している分野だと感じ、強く惹かれました。

    面接では、「どんなアニメが好きか」、「将来どんな人になりたいか」といった、個人の想いや価値観を問う質問が多く、自分の経験やアニメへの愛がそのまま評価につながっているのを感じました。技術的に「何ができるか」だけでなく、「どれだけこの世界を好きで、成長したいと思っているか」が重視されていたように思います

    また、Bang Zoom! Studiosでは多くの部署が連携しながら作品づくりに取り組んでおり、新人でもさまざまなポジションに挑戦できる機会があると伺い、それも大きな魅力の1つでした。

    実際に入社してからも、多くの先輩方のサポートを受けながら、少しずつ自分の役割を広げていき、社員として業務に携わっています。

    ▲オーディオマネージャーのイッシュ・ヤニズ氏と、ビデオチェック作業中

    <2>アニメからVFX業界へと場を広げ、VFXマネージャーとしても活躍中

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。

    Bang Zoom! Studiosはロサンゼルスを拠点とする音響スタジオで、アニメや映画、ゲームのローカライズや英語吹き替えを手掛ける業界のリーダー的存在です。

    サウンドミキシングや編集技術の分野でエミー賞を受賞した実績をもつスタジオで、『鬼滅の刃』や『ジョジョの奇妙な冒険』、さらにゴールデングローブ賞にノミネートされた『すずめの戸締まり』など、日本の人気アニメ作品の英語版制作も手がけています。

    また、アメリカのアニメ作品のアフレコ作業も行っており、『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』『スパイディとすごいなかまたち』などの作品があります。加えて、字幕の翻訳やアニメ内の文字の英語化も担当し、アニメーション部署ではアメリカのコマーシャルアニメーション制作にも関わっています。

    多様な国の作品を扱うため、スタジオ内は国際色豊かで、多文化や多言語に理解のあるスタッフが多いのが特徴です。オープンで協力的な雰囲気の中、互いに支え合いながら高品質な作品づくりを目指しています。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    プロダクションコーディネーターの主な役割は、声優さんのブッキングやレコーディングのスケジュール管理など、制作の裏方として作品全体を支えることです。声優、ディレクター、エンジニアの間をつなぐ橋渡し役として、ときには予期せぬトラブルにも臨機応変に対応しなければなりません。

    特に、ハリウッドの俳優組合(SAG)のルールを理解し、それがアフレコの現場でどう適用されるかを把握しておくことも大切な業務の1つです。

    プロダクションコーディネーターは「作品の裏方として全体を支える存在」なので、スタジオの中ではできるだけ声優さん、ディレクター、エンジニア、クライアントの方々と積極的にコミュニケーションを取るよう心がけています。そうした会話の中で、それぞれの考え方や、作品の予算・スケジュールの動かし方に触れることができる点も、この仕事の奥深さだと感じます。

    自分の働きかけが作品の完成度に直結するという責任感とやりがいは非常に大きく、ものづくりの現場に深く関わっている実感を得ることができるのが、この仕事の一番の面白さだと思っています。

    また、最近はVFX業界の知り合い方の紹介で、VFXプロジェクトにも参加しています。まだ公開前のため詳細はお話できませんが、ハリウッドで活動しているVFXスーパーバイザーのプロジェクトで、日本や台湾を含む国際的なVFXベンダーを統括するプロダクション管理を担当しています

    VFXの作業プロセスは非常に複雑で、膨大なレンダリング時間と予算が掛かります。そのため、日頃のアニメの吹き替え作業とは全く異なる経験を積むことができ、非常に学びの多い現場です。

    ▲Anime Expo 2025にて開催された、「Bang Zoom! Studios声優公開オーディション」の会場でお仕事中の尾崎氏(撮影:山際一吉)

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    最近、ある大人気アニメ映画の英語吹き替え版に、プロダクションコーディネーターとして参加しました。とても有名な声優さんが出演されていたこともあり、スケジュール調整は非常に繊細で難しいものでした。さらに、映画の公開日がすでに決まっていたため、アフレコを締め切りまでに必ず完了させなければならず、キャスティングやディレクターとの連携など、全体の調整力が強く求められる現場でした

    また、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』の英語吹き替え版にも携わりました。独特なセリフ回しや激しい叫び声など、非常に個性的な演技が求められる場面が多く、声優さんたちへのディレクションも緊張感のあるものでした。ただ、出演された声優の多くが熱心なジョジョファンだったこともあり、現場には作品への深い愛情と熱量がありました。

    どちらの現場でもプレッシャーは大きかったですが、チーム全員で力を合わせ、無事に収録を終えられたときの達成感は本当に大きく、今でも心に残る経験となっています。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    留学を始めたばかりの頃は、日常会話でさえ苦戦していました。授業でのディスカッションについていくのも難しく、「英語を覚える」から「英語を使いこなす」へとステップアップするには、相当な努力が必要でした

    そんな中で、私が特に大切にしたのは“毎日の積み重ね”です。映画やドラマを字幕なしで観る、声に出してシャドーイングをする、英語で日記を書くなど、英語に触れる習慣を日常の中に自然に取り入れていきました。大学のグループワークも大きな助けになり、クラスメイトとの会話を通して、生きた表現や自然な言い回しをたくさん学ぶことができました。

    現在働いているスタジオでも、日々新しい英語表現や専門用語に出会います。特に、台本が古い時代設定の作品の場合は、普段使わないような古風な言葉や言い回しが出てくるので、それをメモしたり、ChatGPTなどのツールを使って意味や使い方を調べながら理解を深めています。

    また、TikTokで「会議で使える英語フレーズ」を紹介する動画を見て勉強することもあります。実際の会議でそれらのフレーズを使いスムーズに進められたときには、とても大きな達成感があります。

    アニメの吹き替えに関しても、過去シーズンを見直したり、YouTubeで「アニメを題材に英語を教える動画」を観ることで、「なぜこのキャラクターはこの言葉を使うのか」といった言葉選びの背景やニュアンスを分析するようにしています。こうした学びは、言語だけでなく文化の理解にもつながっています。

    また、アフレコの現場では、日本語独特の表現──例えば「お疲れ様です」や「いただきます」など──を英語でどう訳すか、という議論になることも多く、ディレクターやエンジニア、翻訳チームとの間でアイデアを出し合うこともしばしばあります。こうしたやりとりを通じて、言葉の深さと面白さを実感しています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    一番大切なのは、「まず行動してみること」です。完璧な準備が整うのを待つのではなく、小さな1歩でも踏み出してみること。その1歩が、次のチャンスや出会いにつながっていきます。

    もちろん、スキルや作品のクオリティも大切ですが、それ以上に評価されるのが“熱意”や“コミュニケーション力”です。自分の想いをきちんと周囲に伝えることによって、応援してくれる人やチャンスが自然と集まってくるものだと実感しています。

    メールを送ってみたり、学生のうちから業界のさまざまな人に話を聞いてみることも、とても大切です。ひとりで悩まずに、勇気を出してアドバイスを求めてみてください。自分では見えていなかった道が開けることもあります。

    また、海外で働くとなると、ビザの問題も避けては通れません。中には、立場の弱さにつけ込んでくる人がいる可能性もゼロではないからこそ、いろいろな価値観に触れ、複数の視点からアドバイスをもらえる関係性を築いておくことが、自分自身を守る上でもとても重要だと思います。

    そして何よりも、「あきらめないこと」。思い通りにいかないこともありますが、自分を信じて、粘り強く続けていれば、きっと道は開けていきます。日本での経験や文化的な背景は、必ず海外でも武器になります。どうか自信をもって、一歩踏み出してみてください。

    ▲英語版吹替えの”イケボ声優”として活躍中の声優スティーフン・フー氏(『ウィッチウォッチ』/乙木守仁役、『山田くんとLv999の恋をする』/山田秋斗役)と、スタジオにて。

    【ビザ取得のキーワード】
    ①カリフォルニア大学アーバイン校ドラマ学科を卒業
    ②アメリカ国内でのインターンシップやネットワーキングで実績を積む
    ③OPT()を利用して就労開始
    ④Bang Zoom! Studiosに就職、就労ビザを申請中

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみると良い

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada