コロナ禍にCGアーティストとしてできること
CGW:多田さんは環境問題だけではなく、新型コロナウィルス感染拡大防止への取り組みもされていらっしゃるそうですね。どのような取り組みをされているのですか?
多田:新型コロナ対策として、「山梨モデル(やまなしグリーン・ゾーン構想)」が全国的に注目されています。これは飲食店や施設などにおける新型コロナ対策で、適合すると「グリーン・ゾーン認証」されるというものです。
CGW:東京でも導入を検討している「お店の新型コロナ対策」に関する施策ですね。
多田:それに加え、私たちは業務で「FlowDesigner」というソフトを使って気流シミュレーションをしています。3ds Maxでモデリングした「店内の空気の流れ」をシミュレーションで検証して、感染しにくい店内レイアウトをお店に提案するというプロジェクトで、「スーパー・グリーン認証」ともいえるさらに踏み込んだ感染症対策に向けた取り組みです。実際、「席を間引くだけ」よりも効率的なウィルス感染対策が実現します。
▲FlowDesignerによる店内の気流シミュレーション
CGW:表現手段としてCGを使うのではなく、実利的な新型コロナ対策としてCGが使われるんですね。CG業界を見渡しても珍しいプロジェクトですね。
多田:安心してお店に訪れることができるようになれば良いですよね。認証を受けたお店にはきれいな3DCGの認証ステッカーを貼るとか、見た目にも良い気がします。これはすでにFlowDesignerのソフトメーカーとも話を進めているので、ゆくゆくは県知事にもかけ合って推進していきたいですね。自社だけではできないことなので、外部組織とも連携して進めたいと考えています。
CGW:素敵な話ですね。社会貢献においても「思ったことをすぐに実行する」という姿勢はとても重要なことだと思います。
多田:国の対策には少々思うところがあるんです。自然豊かな観光地に住んでいるからこそ感じるのかもしれませんね。実際、気流の計算にはCGモデリングも必要だし、シミュレーションソフトを使うオペレーターも必要になるので、新たな雇用を生むきっかけになるかもしれません。自腹で学生に教えても良いくらいです。
CGW:こういう時代だからこそ生まれる「新しい雇用」ですね!
多田:そうなんですよね。これまで清里はかなり閑散としていたのですが、最近は新型コロナの影響もあって人口が増えつつあるんですよ。ウチみたいに即行動したいIT系エンジニアやクリエイターが集まって、シリコンバレーならぬ「清里バレー」みたいになると面白いですね。今はチャンスだからどんどん来てほしいです。
CGW:立地的にも本当に「バレー(谷や川のせせらぎ)」ですし、優秀な人材が集まって日本の開発拠点になっていくと面白いですね! 実際、清里での制作はいかがですか?
多田:一番の悩みは「時間の壁」にぶつかっている点ですね。建築CGを制作するのであれば、自分の頭の中に浮かんだことはだいたい思い通りにつくることができますが、海洋汚染に関するCGをパーティクルで制作しようとしても、分野外のことで自分には技術力がないわけです。Cinema 4Dのパーティクルのプラグインを買ってずっとチュートリアルを観ているけれどなかなか......。夢の中では凄いものができているんですけどね(笑)。
CGW:1枚画ではなく、プロジェクションするようなアニメーションを1人で制作するのは大変ですよね。
多田:ソフトの使い方を熟知している人や教えてくれる人がほしいです。仲間というか「考え方に共鳴した人」で、映像を一緒につくりたいという人と一緒に制作してみたいです。みんなで一緒につくり上げた作品はメッセージ性が高くなりますからね。
CGW:環境運動としても1人でやるよりもパワーがありますね。
▲木々へのエネルギーアート。木々へ特殊ライトを当て、デジタルアート表現
▲環境エネルギーアート。オフィスギャラリーの壁面を使ったプロジェクションマッピングによる環境アート表現(現在制作中)
多田:SDGs的な発想をもたない企業は生き残れない時代になってきました。環境問題で海外から叩かれるような企業には、誰も投資してくれませんからね。例えば、ワークステーション1つにしても、エシカルな取り組みをしているブランドを選びたいです。
CGW:現状では、CGのテクノロジーと環境問題を関連付けている人はあまりいないかもしれません。CGクリエーターとしてどのような理想やビジョンをおもちですか?
多田:建築のCGが「建築パース」と呼ばれていた頃、今でいう「建築ビジュアライゼーション」にどうやってもっていくかを建築CGの仲間とずっと話し合っていました。最近は大手の事務所がビジュアライゼーションの講演をしたり、海外では環境を意識した「作品力の強いもの」が増えたりしてきましたね。
CGW:かつて多田さんが目指していた理想に、ようやく世の中が追いついてきたのでしょうか。
多田:そうかもしれませんね。建築CGの作品でも、画の構成のほとんどを「環境」が占めていて、建物は小さく描かれているといった「アートとして完成している」ようなものもあります。建築CGを「1枚の絵」として飾ることができる、というところまでもっていきたいとずっと考えています。
- ◀CGWORLD.jpのArnold 6検証記事『建築ビジュアライゼーション用途の使い勝手は? GPUレンダリングにも正式対応したArnold 6の実力を試す』を担当した際に制作した作品『モノリス』
CGW:清里に移住して9年が経ちましたが、大変だったことはや苦労したことはありますか?
多田:あっという間の9年ですね。大変だったことは......あまりないですね(笑)。あえて言うならば、これは人によるかもしれないし「向いていない人にとってはつらいかもしれない」といった程度のことなんですが、有名な観光地とはいえ「地方」ですので、よそ者に対してウェルカムとならない部分もある、という点です。
CGW:「村社会の暗黙のルール」みたいなものでしょうか。地方都市の「よそ者」に対する厳しさはよく聞く話ですね。
多田:そうなんですよね。あと、個性が強い人が多いですね。「黙って凄いことをしている」といった「派手に宣伝しない本物の人」です。そういう人って曲者なんですよね。僕はそういった曲者と仲良くなることができるタイプだから良かったのですが......、自分が曲者だからかもしれませんね。
CGW:「類は友を呼ぶ」でしょうか(笑)。多田さんは誰とでも仲良くなれそうなお人柄ですね。
多田:そうですね(笑)。とにかく、移住したときは謙虚になることが大切なようですね。移住する前に、ある人から「仔馬のように従順になれ」とアドバイスをいただいたのですが、アドバイスのとおりにしたら気に入ってもらえました(笑)。そこをクリアできなかったら、きっとつらかったでしょうね。
CGW:東京とのミーティングはどのようにされているんですか?
多田:基本はオンラインですが、たまに東京からクライアントさんが日帰りで打ち合わせに来てくれたりします。「最寄り駅まで車で迎えに行きますよ」と言っても、「散歩がてら歩くので大丈夫です」と言われたり(笑)。新宿から小淵沢まで「特急あずさ」で行って、小海線(通称:八ヶ岳高原線)に乗り換えて30分程度で清里駅に着きます。駅から15分ほど歩けばATA企画の清里オフィスに到着です。小海線は鉄道マニアの間でも人気がある雰囲気の良い電車ですよ。
CGW:ちょっとした小旅行ですね! 多田さんはやまなし大使でもあるとのことですが、どのような経緯があったのですか?
多田:地元で有名なレストランの社長と仲良くなり、その方から紹介してもらって「やまなし大使」になりました。やまなし大使って結構いるんですよ。地元の活動としては、「エキザカプロジェクト」というものもやっています。坂を登って行くと、雪の八ヶ岳が見えてどこか海外っぽくて、ここにお店が増えれば良いのにと思い、地元の力ある方に入ってもらって何かできないかなと活動していました。コロナ禍の前から活動を始めていて、チームの一員だった方が最近市長に当選したことを機に、ますます活動が盛んになっています。そこに環境問題に配慮した町起こしができないかと考え中です。
CGW:活動の幅がますます広がりそうですね!
多田:アートなどの文化や美味しい野菜、オーガニック、健康といったコンセプトで、一過性ではない活動がしたいですね。
CGW:CG以外にも、多岐に渡ってアクティブに活動をされていますね。多田さんの理想的な生き方・働き方はどのようなものですか?
多田:極論すると、今の世界に問題があるのではないかと思っています。差別や人口問題、エネルギー問題など理想郷とは程遠い世界で、実は最近まで少し落ち込んでいたんですよ。「人間とは何だろう」、「自分は必要な人間なのだろうか」と1人で考え込んでしまって。
CGW:行き詰まった閉塞感のようなものもありますよね。
多田:でも、そんな中で「自分にもできることがある」と思うようになってきました。特に新型コロナウィルス感染拡大により世界が一気に変わり、働き方や社会も大きく変わりました。理想は「人間にも動物にも自然にも優しい世界」です。特に環境への関心強くなり、そちらの活動に力を入れようと考えています。実際に活動を始めたのはここ1年くらいですが、個人としては10年ほどやっていることです。
CGW:愛犬家で、動物と一緒に暮らしているからこそ考えることなのかもしれませんね。
多田:そういえば、「山梨日日新聞」という歴史ある地元新聞の5万号を記念する表紙を飾らせていただいたのですが、そこに「未来の山梨」を描きました。
▲当初のラフデザイン。「ぶっ飛びすぎ」と言われ修正することに
▲実際に掲載された作品。携帯をかざすと、ARで絵が四季折々に動き出す技術を採り入れた
多田:制作当初、インスピレーションで「2060年頃、日本の中心になった山梨」という設定にしたのですが、ぶっ飛びすぎていて「今から20年後くらいに変えてほしい」と言われてこの絵になりました。もう少し身近な未来の街、自然、建物を描いた理想郷としての山梨です。
CGW:制作当初のビジュアルには「宇宙エレベーター」が描かれていますね! 多田さんはいろいろと個人活動をされているんですね。最近の世の中に違和感を覚えて、個人で活動する人が増えてきた気がします。コロナ禍がそれを後押ししたのかもしれませんね。
多田:そうですね。一個人の発信で世界が変わる時代になってきましたよね。一方で知らされるべき情報が隠され、情報操作されているようにも感じます。それでも個人の意識は変わり始めていますからね。インターネットやSNSの力はバカにならないですね。
CGW:多田さんが理想とする働き方はどのようなものですか?
多田:会社としては、スタッフごとに理想的な働き方をしてもらいたいですね。フレックスで場所もどこでも良い。お客様に迷惑がかからないように配慮して、効率が上がるのであれば誰も何も言わないですし。そうすればストレスも減るし、病気にもならない。もちろん利益が上がればお客さんにも還元できます。会社として目指したい姿ですね。
CGW:ストレスをなるべく減らして、心地良く効率的に働きたいものですね。
多田:そう。やはり健康じゃないと。何年か働けたとしても、それで体を壊してしまうと意味がありません。人間は使い捨てじゃないから。でも、CG業界や学校自体がそういう「兵隊」をつくっているような感じがすることもあります。
海外から帰ってきたとき、夜に高速を走っていたら都心部のビル群に電気がついているのが見えて、「なんでこんな時間まで働いているのか」と聞いたんですよ。そしたら「まだ夜の7時だよ」って言われ「みんな仕事を終わらせて帰らないの?」と思いました。本当に日本人は働きすぎですよ(笑)。
CGW:昔よりもいくらか緩和された気はしますが、まだまだ過労状態ですよね(笑)。最近はどのように1日を過ごされているんですか?
多田:朝早く起きて、まずは気功をします。20歳の頃にとある偉大な中国人気功師の下で習って以来ずっと修練しています。それが終わったら、午前中はオンラインミーティングで1日の予定を確認したり、メールなどの雑務をこなしたり。昼休みは犬を連れて裏山に散歩に行ったり、貸農園の畑の様子を見に行ったり。その後は少し昼寝をしてから夕方まで働きます。仕事の後にもCGを少し触っていますね。
▲仕事の合間に裏山を散歩
CGW:理想的な生活ですね! 建築の仕事は最近いかがですか?
多田:以前よりも価格がシビアになってきましたね。以前のような1枚画だけではなく、VRや360°などにも対応していかないと生き残れない時代ですから、ATA企画でもサンプルをつくって対応しています。
最後になりますが、最近VANP(Visualizing Architecture for Next Plateau)という場をつくり、若手スタッフとオンラインで意見交換をしています。現状ではオンラインで作品をもち寄ってディスカッションしているだけですが、ゆくゆくはサイトを作ったりオンライン化したりして、コンペをやっていこうと考えています。クリエイターの名前も載せて世界に発信し、チャンスが広がるようなものにして。その作品をプリントアウトして、ここ清里のギャラリーで飾っても良いかもしれません。
CGW:建築CGに留まらず、コミュニティでの活動や環境活動、新型コロナ対策支援など社会的に意義のある活動がどんどん広がっていきそうですね! 多田さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!