建築CG界のトップランナーの1人である多田朱利氏。1990年代の建築CG黎明期より第一線で活躍を続け、ATA企画の取締役を務める傍ら、2012年には八ヶ岳清里高原(山梨県)に支社となるLEI THREE(レイスリー)を設立。現地に移住し東京本社とリモートワークで繋がって仕事をこなしつつ、環境問題への取り組みやデジタルアートの創作をしているという。多田氏はなぜ、東京を離れ八ヶ岳に拠点を移したのか。働き方やライフスタイルに対してどのようなビジョンを抱いているのか。「心地良く暮らし、自由に働く」を体現する多田氏に話を聞いた。


構成_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE




ATA企画・多田朱利氏による動画チュートリアル

「3ds Max & V-Ray5によるCGレンダリング
〜簡易設定ハイクオリティ建築インテリア編〜」

建築CGパース制作者や自分でも簡単にCGパースを制作したいと考えている設計士の方、そして建築CGパースに興味がありこれから始めてみたいと考えている方向けのチュートリアル。V-Ray5を使用し、最低限の設定でもハイクオリティと言われるフルレンダリング画像を制作できるようになることを目的としています。

3ds Max & V-Ray5によるCGレンダリング ー簡易設定ハイクオリティ建築インテリア編ー
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八ヶ岳への移住を決めた理由

CGWORLD(以下、CGW):今日はどうぞよろしくお願いします。まずは、多田さんのご経歴をお聞かせください。

多田朱利氏(以下、多田):90年代にバンクーバー(カナダ)の建築・インテリアデザインの学校に留学したのですが、そのときに書籍を通してCGと出会いました。留学する前は、プロを目指して音楽をやっていたので、コンピュータに関することに興味はなかったんですけどね。

CGW:CGが好きで勉強を始めた、というわけではなかったんですね。

多田:映画『ターミネーター2』(1991)が公開された頃で、CGがまだ一般的ではなかった時代ですね。建築でも手描きのパースが主体だったので、CGでレンダリングされたものを見て「これは勝てない」と衝撃を受けたのを覚えています。

  • 多田朱利/Aketoshi Tada
    有限会社ATA企画 専務取締役/株式会社レイスリー 代表取締役。やまなし大使。
    カナダバンクーバーで建築およびCGを学び帰国後、一級建築士事務所の有限会社ATA企画を兄と設立。同会社CGチームのキャプテン。Autodesk Visualization Contest、Lumion Contestなど数々のコンペ出場歴があり、その全てにおいて入賞・優勝。V-Ray Certified Professional(VCP)/3ds Max&Maya保持者。現在は八ヶ岳清里高原にあるデジタルアートスタジオ「LEI THREE Inc.」を拠点として活動中。建築ビジュアライゼーションに加え、歌舞伎公演などメディアアート、プロジェクションマッピング、そして近年では環境問題へのアプローチとして環境デジタルアート制作という独自の取り組みと幅広く活動している。 www.atakikaku.com



CGW:まだ手描きが主流だった時代ですね。CGでできた映像や画像は、本当に驚きと感心の連続でした。卒業後はどうされたのですか?

多田:バンクーバーの学校を卒業して、現地の建築デザインオフィスに就職しました。CGパースと図面の日本語翻訳を担当し、独学でCGを学びながら業務を行うという感じです。そうするうちにさらにCGを極めたくなり、フィルムスクールに入学しようと考えていたのですが、その矢先に日本でバブルが崩壊。2年ほど働いた後、帰国して家業の建築設計事務所を手伝うことにしました。

CGW:ということは、ご実家の建築設計事務所を継がれてATA企画となったのでしょうか?

多田:いえ、そういうわけではないんですよ。家業は本当に手伝い程度で、その後しばらくして、当時はまだあまり普及していなかった「メール営業」をして、建築CGの業務を一人で始めました。後に、山城デザインからオファーをもらって入社したのですが、海外生活による価値観の相違や満員電車での通勤が苦手だったこと、そのほか諸事情も重なり退社することに。その後は、外注というかたちでCG業務を続けさせてもらいました。配慮をしていただいて本当に感謝しています。

それと並行して、実家の建築設計事務所のパースを制作しながら、1996年に兄と一緒にATA企画を起ち上げました。CGの部署は私1人だけでしたが、現在は全体で17人にまで増えました。

CGW:レイスリー(ATA企画・清里オフィス)は当時からあるのですか?

多田:ATA企画の支社として清里にオフィスを構え、移住したのは2012年です。それ以降はリモートワークで東京本社と仕事をしていて、レイスリーでは地元スタッフを採用して業務を行なっています。

CGW:ところで、なぜ清里という場所を選んだのでしょうか?

多田:実は、プライベートで犬を4頭飼っているんですよ。ボーダーコリーで、ディスクドッグのチャンピオンでもあるんですよ!

CGW:おお、すごい!

多田:とある夏に、犬を連れて清里に遊びに来たことがあったのですが、そのときに偶然穴場を見つけたんですよ。2度目に訪れたとき、運良くテナントに空きがあったので即決しました。

CGW:即断・即決ですね!

多田:そうですね(笑)。即決したのは良かったのですが、冬にどの程度寒くなるのかとか、ネット環境がADSLしかないといったことも知らなくて。引っ越してすぐに光回線が来るようになったので助かりましたが、本当に行き当たりばったりでした。

▲ディスクドッグの大会で日本一の経歴をもつというボーダーコリーたち

▲いつでもどこでも働ける「移動オフィス」仕様のキャンピングカー

CGW:行動力が素晴らしいですね!

多田:いつかバンクーバーか海外のどこかに支社を起ち上げて、東京本社と両立させて業務を行いたいと考えていました。また、清里は車で2時間程度で行ける「少し海外」のような場所ですからね。すぐに実行しました。

CGW:気持ちの準備は整っていたんですね。

多田:ATA企画ではスタッフを1から育てるのですが、会社が良い感じに育ってきてくれたという背景もありますね。本当にリモートワークが可能なのかを「実験も兼ねて」挑戦してみたくて、「八ヶ岳に移住しても大丈夫?」とスタッフに相談したところOKをもらいました。価値観は人それぞれちがうものですが、いずれこういった価値観に共鳴する人も出てくるのでは、と期待しています。

CGW:経営者が自ら「新しい働き方」に挑戦したわけですね。

多田:はい。それに建築CGはニッチな領域でもあり、若いCGクリエイターはゲームやアニメなどのエンターテインメント業界に行きがちですからね。そんな中で、「こんな働き方もできるぞ」と体現したかったというのもあります。「自然に囲まれたオシャレなオフィスで働く」というイメージを発信していけたら良いなと。

CGW:心地良さそうな労働環境ですね!

多田:あと、大きなキャンピングカーを中古で購入してレストアして使っています。ソーラーパネルも積んでいてオフグリッドなので、日本中どこでも仕事ができる環境です。東日本大震災前から非常時のことも考えて、住める車を探していたんですよ。震災経験後には、その重要性が確信に変わりました。

CGW:実際、東京を離れていかがですか?

多田:東京にいた頃は、「素晴らしい建築ビジュアライゼーション」を作ってやろうと意気込んでいたのですが、そういった考えも少し変わってきました。仕事後にワインを飲みながら小鳥のさえずりを聞いていると、自然にスケッチがしたくなるんですよ。制作するものに関しても、以前はガチガチの建築CGを作っていましたが、作風が変わってアート的な作品が増えました。こういうところで暮らすと、誰しも変化するのではないでしょうか。

CGW:環境が人を変えるんですね。東京を離れて寂しいとか、物足りないという気持ちはありませんか? 東京に対する印象は変わりましたか?

多田:東京に対する印象も変わったかもしれませんね。今は高速道路で東京に向かうとき、八王子あたりでビルが増えてくると少し違和感を覚えます。街を歩いている人も、なんだか疲れているように見えて自分もそうだったんだろうなぁって。特に清里は観光地なので、訪れる人の表情も明るいから余計にギャップを感じるんですよね。

▲清里オフィス「レイスリー」の周辺

CGW:確かに、清里は休日を楽しむために訪れる人が多く、皆元気で笑顔ですもんね。

多田:逆に東京から清里へ戻るときに、高速道路から八ヶ岳が見えると気分が高まります(笑)。「うおー!」と魂の叫びが出るというか。もともと自然が好きというわけでもなかったんですけどね。部屋が好きなオタクで、自然なんて面倒くさかったくらいです。でもハマりましたね。薪割りをして、チェーンソーを使う生活をするなんて思いもしませんでした。

CGW:チェーンソー!? 生活でチェーンソーを使うんですか?

多田:薪割り用の玉切りに使うんですよ。切り始めると楽しくて、ずっとやっちゃいますよ(笑)。本当に環境が人を変えていくんですよね。仕事で徹夜して、朝外に出たときに毛穴で感じるゾワゾワ感を体験すると、本当に変わるんです。

▲清里での日常。薪ストーブを囲む愛犬たち(上)/ATA企画・清里オフィスこと「レイスリー」のエントランス(下)

CGW:「制作するものが変わった」とおっしゃっていましたが、そのあたりをもう少し詳しく聞かせてください。

多田:自然が豊かだから環境問題に関心をもつようになり、SDGsなどにも強い興味が出はじめました。とあるアーティストがゴミを集めてアート作品を制作し、収益を海外に寄付している......という記事を読み、自分もCGアーティストとして何かできないかと考えるようになりました。

CGW:環境問題は地球規模の大きな課題ですね。CGクリエイターとして何ができるのでしょうか。

多田:例えば、海洋汚染のマイクロプラスチックをパーティクルで表現して、エネルギーアートをプロジェクターで投影してみるのも面白いと思っています。押しつけがましくて重い作品ではなく、子供を連れて見に来てくれた家族がみんなで楽しんで、なおかつ環境問題を意識するきっかけになるようなことができたら良いなと。

CGW:私はニュージーランドやオーストラリアで生活していたことがあるのですが、この2つの国はとりわけ環境問題に真剣に取り組んでいて、「きれいなものを失いたくない」というポジティブな発想によるアクションが多いように感じました。日本では「罰則」や、つらいものを見せつける「ショック療法」的な取り組みが多いように思います。

多田:そうなんですよね。「戦争反対!」と叫ぶよりも「平和を」と言う方が良いですよね。ネガティブなものを押しつけるより、成功事例を見せた方が気持ちが良い方向に動くように思います。「楽しい」とか「オシャレだな」といった入口からのスタートでも良くて、とにかく「事実を知ってもらうこと」が大切です。そこに、CGアーティストの自分にできることがあると思いました。

CGW:清里にいるからこそ、実感できたことなのかもしれませんね。



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コロナ禍にCGアーティストとしてできること

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コロナ禍にCGアーティストとしてできること

CGW:多田さんは環境問題だけではなく、新型コロナウィルス感染拡大防止への取り組みもされていらっしゃるそうですね。どのような取り組みをされているのですか?

多田:新型コロナ対策として、「山梨モデル(やまなしグリーン・ゾーン構想)」が全国的に注目されています。これは飲食店や施設などにおける新型コロナ対策で、適合すると「グリーン・ゾーン認証」されるというものです。

CGW:東京でも導入を検討している「お店の新型コロナ対策」に関する施策ですね。

多田:それに加え、私たちは業務で「FlowDesigner」というソフトを使って気流シミュレーションをしています。3ds Maxでモデリングした「店内の空気の流れ」をシミュレーションで検証して、感染しにくい店内レイアウトをお店に提案するというプロジェクトで、「スーパー・グリーン認証」ともいえるさらに踏み込んだ感染症対策に向けた取り組みです。実際、「席を間引くだけ」よりも効率的なウィルス感染対策が実現します。

▲FlowDesignerによる店内の気流シミュレーション

CGW:表現手段としてCGを使うのではなく、実利的な新型コロナ対策としてCGが使われるんですね。CG業界を見渡しても珍しいプロジェクトですね。

多田:安心してお店に訪れることができるようになれば良いですよね。認証を受けたお店にはきれいな3DCGの認証ステッカーを貼るとか、見た目にも良い気がします。これはすでにFlowDesignerのソフトメーカーとも話を進めているので、ゆくゆくは県知事にもかけ合って推進していきたいですね。自社だけではできないことなので、外部組織とも連携して進めたいと考えています。

CGW:素敵な話ですね。社会貢献においても「思ったことをすぐに実行する」という姿勢はとても重要なことだと思います。

多田:国の対策には少々思うところがあるんです。自然豊かな観光地に住んでいるからこそ感じるのかもしれませんね。実際、気流の計算にはCGモデリングも必要だし、シミュレーションソフトを使うオペレーターも必要になるので、新たな雇用を生むきっかけになるかもしれません。自腹で学生に教えても良いくらいです。

CGW:こういう時代だからこそ生まれる「新しい雇用」ですね!

多田:そうなんですよね。これまで清里はかなり閑散としていたのですが、最近は新型コロナの影響もあって人口が増えつつあるんですよ。ウチみたいに即行動したいIT系エンジニアやクリエイターが集まって、シリコンバレーならぬ「清里バレー」みたいになると面白いですね。今はチャンスだからどんどん来てほしいです。

CGW:立地的にも本当に「バレー(谷や川のせせらぎ)」ですし、優秀な人材が集まって日本の開発拠点になっていくと面白いですね! 実際、清里での制作はいかがですか?

多田:一番の悩みは「時間の壁」にぶつかっている点ですね。建築CGを制作するのであれば、自分の頭の中に浮かんだことはだいたい思い通りにつくることができますが、海洋汚染に関するCGをパーティクルで制作しようとしても、分野外のことで自分には技術力がないわけです。Cinema 4Dのパーティクルのプラグインを買ってずっとチュートリアルを観ているけれどなかなか......。夢の中では凄いものができているんですけどね(笑)。

CGW:1枚画ではなく、プロジェクションするようなアニメーションを1人で制作するのは大変ですよね。

多田:ソフトの使い方を熟知している人や教えてくれる人がほしいです。仲間というか「考え方に共鳴した人」で、映像を一緒につくりたいという人と一緒に制作してみたいです。みんなで一緒につくり上げた作品はメッセージ性が高くなりますからね。

CGW:環境運動としても1人でやるよりもパワーがありますね。

▲木々へのエネルギーアート。木々へ特殊ライトを当て、デジタルアート表現

▲環境エネルギーアート。オフィスギャラリーの壁面を使ったプロジェクションマッピングによる環境アート表現(現在制作中)

多田:SDGs的な発想をもたない企業は生き残れない時代になってきました。環境問題で海外から叩かれるような企業には、誰も投資してくれませんからね。例えば、ワークステーション1つにしても、エシカルな取り組みをしているブランドを選びたいです。

CGW:現状では、CGのテクノロジーと環境問題を関連付けている人はあまりいないかもしれません。CGクリエーターとしてどのような理想やビジョンをおもちですか?

多田:建築のCGが「建築パース」と呼ばれていた頃、今でいう「建築ビジュアライゼーション」にどうやってもっていくかを建築CGの仲間とずっと話し合っていました。最近は大手の事務所がビジュアライゼーションの講演をしたり、海外では環境を意識した「作品力の強いもの」が増えたりしてきましたね。

CGW:かつて多田さんが目指していた理想に、ようやく世の中が追いついてきたのでしょうか。

多田:そうかもしれませんね。建築CGの作品でも、画の構成のほとんどを「環境」が占めていて、建物は小さく描かれているといった「アートとして完成している」ようなものもあります。建築CGを「1枚の絵」として飾ることができる、というところまでもっていきたいとずっと考えています。

CGW:清里に移住して9年が経ちましたが、大変だったことはや苦労したことはありますか?

多田:あっという間の9年ですね。大変だったことは......あまりないですね(笑)。あえて言うならば、これは人によるかもしれないし「向いていない人にとってはつらいかもしれない」といった程度のことなんですが、有名な観光地とはいえ「地方」ですので、よそ者に対してウェルカムとならない部分もある、という点です。

CGW:「村社会の暗黙のルール」みたいなものでしょうか。地方都市の「よそ者」に対する厳しさはよく聞く話ですね。

多田:そうなんですよね。あと、個性が強い人が多いですね。「黙って凄いことをしている」といった「派手に宣伝しない本物の人」です。そういう人って曲者なんですよね。僕はそういった曲者と仲良くなることができるタイプだから良かったのですが......、自分が曲者だからかもしれませんね。

CGW:「類は友を呼ぶ」でしょうか(笑)。多田さんは誰とでも仲良くなれそうなお人柄ですね。

多田:そうですね(笑)。とにかく、移住したときは謙虚になることが大切なようですね。移住する前に、ある人から「仔馬のように従順になれ」とアドバイスをいただいたのですが、アドバイスのとおりにしたら気に入ってもらえました(笑)。そこをクリアできなかったら、きっとつらかったでしょうね。

CGW:東京とのミーティングはどのようにされているんですか?

多田:基本はオンラインですが、たまに東京からクライアントさんが日帰りで打ち合わせに来てくれたりします。「最寄り駅まで車で迎えに行きますよ」と言っても、「散歩がてら歩くので大丈夫です」と言われたり(笑)。新宿から小淵沢まで「特急あずさ」で行って、小海線(通称:八ヶ岳高原線)に乗り換えて30分程度で清里駅に着きます。駅から15分ほど歩けばATA企画の清里オフィスに到着です。小海線は鉄道マニアの間でも人気がある雰囲気の良い電車ですよ。

CGW:ちょっとした小旅行ですね! 多田さんはやまなし大使でもあるとのことですが、どのような経緯があったのですか?

多田:地元で有名なレストランの社長と仲良くなり、その方から紹介してもらって「やまなし大使」になりました。やまなし大使って結構いるんですよ。地元の活動としては、「エキザカプロジェクト」というものもやっています。坂を登って行くと、雪の八ヶ岳が見えてどこか海外っぽくて、ここにお店が増えれば良いのにと思い、地元の力ある方に入ってもらって何かできないかなと活動していました。コロナ禍の前から活動を始めていて、チームの一員だった方が最近市長に当選したことを機に、ますます活動が盛んになっています。そこに環境問題に配慮した町起こしができないかと考え中です。

CGW:活動の幅がますます広がりそうですね!

多田:アートなどの文化や美味しい野菜、オーガニック、健康といったコンセプトで、一過性ではない活動がしたいですね。

CGW:CG以外にも、多岐に渡ってアクティブに活動をされていますね。多田さんの理想的な生き方・働き方はどのようなものですか?

多田:極論すると、今の世界に問題があるのではないかと思っています。差別や人口問題、エネルギー問題など理想郷とは程遠い世界で、実は最近まで少し落ち込んでいたんですよ。「人間とは何だろう」、「自分は必要な人間なのだろうか」と1人で考え込んでしまって。

CGW:行き詰まった閉塞感のようなものもありますよね。

多田:でも、そんな中で「自分にもできることがある」と思うようになってきました。特に新型コロナウィルス感染拡大により世界が一気に変わり、働き方や社会も大きく変わりました。理想は「人間にも動物にも自然にも優しい世界」です。特に環境への関心強くなり、そちらの活動に力を入れようと考えています。実際に活動を始めたのはここ1年くらいですが、個人としては10年ほどやっていることです。

CGW:愛犬家で、動物と一緒に暮らしているからこそ考えることなのかもしれませんね。

多田:そういえば、「山梨日日新聞」という歴史ある地元新聞の5万号を記念する表紙を飾らせていただいたのですが、そこに「未来の山梨」を描きました。

▲当初のラフデザイン。「ぶっ飛びすぎ」と言われ修正することに

▲実際に掲載された作品。携帯をかざすと、ARで絵が四季折々に動き出す技術を採り入れた

多田:制作当初、インスピレーションで「2060年頃、日本の中心になった山梨」という設定にしたのですが、ぶっ飛びすぎていて「今から20年後くらいに変えてほしい」と言われてこの絵になりました。もう少し身近な未来の街、自然、建物を描いた理想郷としての山梨です。

CGW:制作当初のビジュアルには「宇宙エレベーター」が描かれていますね! 多田さんはいろいろと個人活動をされているんですね。最近の世の中に違和感を覚えて、個人で活動する人が増えてきた気がします。コロナ禍がそれを後押ししたのかもしれませんね。

多田:そうですね。一個人の発信で世界が変わる時代になってきましたよね。一方で知らされるべき情報が隠され、情報操作されているようにも感じます。それでも個人の意識は変わり始めていますからね。インターネットやSNSの力はバカにならないですね。

CGW:多田さんが理想とする働き方はどのようなものですか?

多田:会社としては、スタッフごとに理想的な働き方をしてもらいたいですね。フレックスで場所もどこでも良い。お客様に迷惑がかからないように配慮して、効率が上がるのであれば誰も何も言わないですし。そうすればストレスも減るし、病気にもならない。もちろん利益が上がればお客さんにも還元できます。会社として目指したい姿ですね。

CGW:ストレスをなるべく減らして、心地良く効率的に働きたいものですね。

多田:そう。やはり健康じゃないと。何年か働けたとしても、それで体を壊してしまうと意味がありません。人間は使い捨てじゃないから。でも、CG業界や学校自体がそういう「兵隊」をつくっているような感じがすることもあります。

海外から帰ってきたとき、夜に高速を走っていたら都心部のビル群に電気がついているのが見えて、「なんでこんな時間まで働いているのか」と聞いたんですよ。そしたら「まだ夜の7時だよ」って言われ「みんな仕事を終わらせて帰らないの?」と思いました。本当に日本人は働きすぎですよ(笑)。

CGW:昔よりもいくらか緩和された気はしますが、まだまだ過労状態ですよね(笑)。最近はどのように1日を過ごされているんですか?

多田:朝早く起きて、まずは気功をします。20歳の頃にとある偉大な中国人気功師の下で習って以来ずっと修練しています。それが終わったら、午前中はオンラインミーティングで1日の予定を確認したり、メールなどの雑務をこなしたり。昼休みは犬を連れて裏山に散歩に行ったり、貸農園の畑の様子を見に行ったり。その後は少し昼寝をしてから夕方まで働きます。仕事の後にもCGを少し触っていますね。

▲仕事の合間に裏山を散歩

CGW:理想的な生活ですね! 建築の仕事は最近いかがですか?

多田:以前よりも価格がシビアになってきましたね。以前のような1枚画だけではなく、VRや360°などにも対応していかないと生き残れない時代ですから、ATA企画でもサンプルをつくって対応しています。

最後になりますが、最近VANP(Visualizing Architecture for Next Plateau)という場をつくり、若手スタッフとオンラインで意見交換をしています。現状ではオンラインで作品をもち寄ってディスカッションしているだけですが、ゆくゆくはサイトを作ったりオンライン化したりして、コンペをやっていこうと考えています。クリエイターの名前も載せて世界に発信し、チャンスが広がるようなものにして。その作品をプリントアウトして、ここ清里のギャラリーで飾っても良いかもしれません。

CGW:建築CGに留まらず、コミュニティでの活動や環境活動、新型コロナ対策支援など社会的に意義のある活動がどんどん広がっていきそうですね! 多田さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!