<3>カナダのゲーム産業とコンテキストの関係
これまで見てきたように、カナダでは「①ソフトイマージュに代表されるツール&ミドルウェア時代」、「②UBIモントリオールやEAカナダに代表される大手外資スタジオと、その周辺で成長する中小スタジオ時代」を経て、「インディゲームスタジオによるIP創造時代」を迎えている。しかし、同様の事態は世界中で起きており、世界には星の数ほどのコンテンツが存在する。そこで重要なのがマーケティングであり、ブランド戦略だ。
もっとも、オリジナルゲームをつくってヒットさせることが非常に難しいことは言うまでもない。フェレール氏もこうした現状を認めた上で、理由として「カナダには大手パブリッシャーが存在しない」、「カナダの人口は約2500万人で、国内市場が小さい」という点を上げた。そのためヒットを狙うには海外展開が不可欠だが、インディが個別にストアに載せるだけでは埋もれてしまう。ここが現状の課題というわけだ。
ストアで目立たせるには「ユニークで良質なゲーム」をつくるしかない。特に「ユニークさ=世界で唯一である」という点は非常に重要だ。AAAゲームを真似ても、資金や技術力に乏しいインディに勝機はない。それよりも大企業には真似のできない斬新な企画で、一点突破を狙うことがヒットにつながる......。もっとも、これはインディだけでなく、日本のゲーム業界においても同じことが言える。
ユニークさの源泉にはクリエイターの創造性があり、それを育むのは文化や歴史といったコンテキストだ。1970年代の米国産ゲームと1980年代の国産ゲームにおけるちがいは、その好例だろう。両者のちがいは「キャラクター」の有無だ。パックマンやマリオといったキャラクターは、それまでの米国産ゲームにはない、日本ならではの発明だった。漫画やアニメ文化がその背景にあったことは、言うまでもないだろう。
それではインディゲームに影響を与えるカナダのコンテキストとは何だろうか。ひらたくいえば「カナダゲーム」という言い方はできるのだろうか。結論から言うと2017年現在、こうした呼び名は存在しない。それは日本人気質にも似た、万事控えめで自己主張に乏しい国民性によるものかもしれない。また建国して150年と歴史が浅く、文化的熟成が進んでいないという言い方もできるだろう。
ESACでCEOをつとめるジェイソン・ヒルチェ氏
もっとも業界団体ESAC(Entertainment Software Association in Canada)でCEOをつとめるジェイソン・ヒルチェ氏は「カナダのゲームには独自の個性があり、それらは大手パブリッシャーから受託生産されるゲームにも見え隠れする」と指摘する。『アサシンクリード』のパブリッシャーは仏UBIだが、開発はモントリオールで行われており、カナダの街並みやランドマークが引用されている、などだ。
「もっと直接的な例ではアイスホッケーゲームの『EA NHL』シリーズがあります。発売は米EAですが、バンクーバーにあるEAカナダが開発しており、カナダ人がカナダの国技であるアイスホッケーのゲームをつくっているのです。これ以上の『カナダゲーム』があるでしょうか?」(ヒルチェ氏)。実際に『EA NHL』シリーズは同社のドル箱だが、日本ではほとんど販売されない。アイスホッケーの人気に乏しいからだ。
ただしヒルチェ氏は、最も重要なのは、ユニークなゲーム体験であって、文化的ユニークさではないとも指摘する。多くのゲーマーはゲームのおもしろさに興味があり、開発された国や地域については無関心だ。『テトリス』がロシアで開発されたことと、ゲームのおもしろさは無関係というわけだ。その一方で前述の通り、クリエイターが自国や地域のコンテキストに自覚的であることは、決して無価値ではないだろう。
一方で「その国らしさ」を決めるのは外国人の特権でもある。我々にとって当たり前の光景でも、外国人の目には新鮮に映る。彼ら・彼女らが撮影した写真や動画に驚かされた経験のある日本人も多いだろう。同様にモントリオールのインディ、Compulsion Gamesが開発中のサバイバルアクション『We Happy Few』もカナダらしいゲームだと感じられた。PCとXbox One向けに開発中で、日本語版も予定されている。
Compulsion GamesでCEOをつとめるギョーム・プロボスト氏
本作の舞台はイギリスにある架空の田舎町ウェリントン・ウェルズだ。第二次世界大戦でドイツに降伏したショックで、国民全体がうつ状態に陥った歴史をもつという設定で、町の住人は全員「ジョイ」という薬物でそう状態にさせられている。主人公はひょんなことからジョイの服用をやめ、正気に返ったことから危険分子となった男性で、周囲に悟られないように町からの脱出をめざすことになる。
CEOでクリエイティブディレクターのギョーム・プロボスト氏はモントリオール出身。1996年にニューヨークに移住した後、リーマンショックで故郷に帰り、2009年に起業した。社員数は30名で、大手ゲームには見られないヨーロピアン的なアートスタイルが特徴的。処女作『Contrast』からその片鱗が見られる。カナダゲームというよりも、フランス語圏で英仏の文化が混じり合う同州ならではの「ケベックゲーム」かもしれない。
『We Happy Few』は1960年代のレトロフューチャーと欧州的なグラフィックスが融合した世界観が特徴だ。ゲームエンジンにUnreal Engine 4を使用しており、プレイするたびにマップが自動生成されるローグライクなゲームになる予定
スタジオの処女作『Contrast』もまた、トゥーン調のグラフィックが特徴だ。舞台は1920年代のアメリカで、主人公はキャバレーで働く母親をもつ少女ディディ。光と闇が交錯する世界でパズルを解きながらストーリーを進めていく
一方でヒルチェ氏が「カナダのインディゲーム」の好例としてあげたのが、カナダ北部の原野を舞台に繰り広げられるサバイバルアドベンチャー『The Long Dark』だ。開発を手がけるHinterland Studioはバンクーバーの北西に位置するノーザン・バンクーバー島にあり、文字通り自然に囲まれたスタジオ。社員の大半は業界歴10年以上のベテランで、家庭をもち、過去にAAAゲームにかかわった経歴をもつ。
ゲームはポスト・アポカリプスもので、謎の地磁気災害で不時着したパイロットが主人公だ。現在発売中のバージョンではストーリー要素が実装されておらず、プレイヤーは狩りをはじめ、さまざまなサバイバル技術で生き延びていく。本作はカナダメディアファンドから697,414カナダドル(約7000万円)投資を受けて制作されており、2014年に機能限定版が販売された。完成版をめざして現在も開発が続けられている。
カナダ北部を舞台にしたサバイバルアドベンチャー『The Long Dark』。スタジオの周りもこうした大自然が広がるという
熊や狼もさることながら、最も恐ろしいのは寒さと飢えだ。現在はオープンワールドでサバイバル部分が楽しめるバージョンがリリースされている
カナダメディアファンドはゲーム業界のみならず、デジタルメディア産業全般で人気の高いファンドであり、関係者によると競争率が非常に激しいことで知られるという。こうした中で、本作のようなタイトルが採択されている点は注目に値する。同ファンドはまた、カナダに資する(ひらたくいえば「カナダらしい」)タイトルが採択される傾向にあり、「カナダらしさとは何か」の議論は現在も続けられていると考えて良いだろう。
<4>カナダのインディは「カナダらしさ」をどのように捉えているか
それではカナダのインディゲーム開発者は「カナダらしさ」をどのように捉えているのだろうか。ケベック・シティケのIndie Stream Hubに入居する3つのインディに「カナダらしいゲームとは何か」、「カナダならではのゲームをつくることは世界市場での販売にどのような影響をもたらすか」という2点について質問してみた。
はじめにNine Dots Studioの代表でゲームデザイナーのギリアム・バウチャー・ビダル氏のコメントを紹介しよう。同社はインディながら、プロシージャル技術を用いたオープンワールドゲームに定評があり、現在は最新作『Outward』の開発を進行中だ。
Nine Dots StudioでCEOをつとめるギリアム・バウチャー・ビダル氏
Nine Dots Studioの社内風景。Indie Stream Hubに入居するのはいずれも7~8名のインディゲーム会社だ
最新作『Outward』はプロシージャルを駆使したオープンワールドのファンタジーRPGだ
ビダル氏はケベックのアイデンティティを色濃く示すゲームとして、厳冬下の山間を舞台に、人狼の襲撃を罠などで防いでいく『Sang-Froid: Tales of Worewolves』と、1970年のカナダ北部を舞台に、探偵となって謎を解きあかすサバイバルアドベンチャー『KONA』をあげた。いずれも冬の厳しい寒さと大自然に立ち向かう人間が主人公だ。
もっとも、これらは例外的な存在であり、その多くは世界市場での販売を念頭においてテーマ選択やタイトル開発が行われるのだという。時には特定の国や地域の文化が取り上げられることもある。ルチャドール(覆面レスラー)を操作しながらプロレス技をくりだし、敵を倒していく横スクロールアクション『覆面闘志』は好例だ。メキシコが舞台のゲームだが、開発はトロントのDrinkBox Studiosで、日本語版も発売されている。
一方でビダル氏はカナダのゲーム開発者の特徴として「多様性の尊重」をあげた。過去のレポートでも紹介したとおり、その背景にあるのが移民国家としての国の成り立ちだ。同社がオープンワールドゲーム開発に注力するのも、プレイヤーにゲームプレイの選択を通して自己表現の機会を提供したいからだという。日本のゲーム開発者がゲームプレイの自由度よりも、完璧なレベルデザインを求めがちなのとは好対照のように感じられた。
PalaboleのCEO、アレクサンダー・フィセット氏
Palaboleの社内風景
『KONA』の主人公は退役軍人の探偵で、姿を消した依頼主や住人の謎を追って探索を進めていく。スノーモービルやトラックに乗って移動する、苛酷な自然環境の中で生き延びるサバイバル要素などもある
もっとも、『KONA』の開発元であるPalaboleのCEO、アレクサンダー・フィセット氏は「文化的なユニークさはゲームを特徴付ける1つの方法だが、唯一の回答ではない」とコメントした。例に挙げられたのが音楽ゲームだ。音楽は言語をもたないため、音楽ゲームもまた文化的なユニークさが薄まる。ゲームメカニクスやテクノロジーに立脚したゲームも同様で、「カナダらしさ」とは無縁なものの、世界中で遊ばれるゲームになり得る。
Chainsawesomeのコミュニティマネージャ、ローレント・マークリー氏
Chainsawesome社内風景
『Aftercharge』はエネルギータワーの奪い合いがテーマの一人称視点アクションだ
3on3でマップを制圧しあうマルチプレイアクション『Aftercharge』を開発中のChainsawesome Gamesでコミュニティマネージャをつとめるローレント・マークリー氏もまた、「カナダゲーム」という括りには懐疑的だ。「自分たちは自分たちが愛する素晴らしいゲームをつくりたいだけであって、カナダのゲームをつくりたいわけではない」からだ。マークリー氏はまた「世界的な成功を収める上で文化の独自性が求められるとは思わない」とも補足した。文化的特異性を押し出すことで、反発を受けるリスクもあるからだ。
もっともインタラクティブメディアであるゲームにおいて、タイトルとコンテキストの関係は、映画やアニメなどと比べても少々複雑だ。任天堂のマリオやゼルダは京都ならではの精緻なモノづくりの産物だとも言えるし、全世界的に受け入れられる文化依存度の低いゲームだともいえる。結局はユーザーがゲームを遊びながら、どのように評価するかであり、コンテキストは全体的な方向性を決める「出汁」のようなものなのかもしれない。
こうした議論をひきとって、マリオナ・フェレール氏は日本とカナダのゲームの大きなちがいとして「文化の多様性」を上げた。イノベーションが多様性の中で育まれるのだとしたら、カナダはその最前線にある。IP時代への過渡期を迎えたカナダのデジタルメディア産業が10年後にどのような時代を迎えているか、これからも注目していきたい。