>   >  CG制作はHDR×WCG(広色域)前提の時代へ。西川善司がASUS ProArt PA32UC/PA32UCXの実力を徹底検証
CG制作はHDR×WCG(広色域)前提の時代へ。西川善司がASUS ProArt PA32UC/PA32UCXの実力を徹底検証

CG制作はHDR×WCG(広色域)前提の時代へ。西川善司がASUS ProArt PA32UC/PA32UCXの実力を徹底検証

安定の色再現性とHDR表示能力。エリア駆動品質はPA32UCXに軍配

PA32UC、PA32UCXは共にIPS型液晶パネルを採用しているが、液晶パネルそのものは異なるようだ。

下は筆者が手持ちの光学300倍顕微鏡で撮影した画素写真だ。PA32UCは、片辺がやや長めの長方形構造で、相対的に青のサブピクセルが短い。対してPA32UCXは、上下で傾きの違う平行四辺形が上下に繋がったような「く」の字型の細長い六角形状となっていて、赤青緑のサブピクセルがほぼ同面積で連なる構造を取る。

左:PA32UCのピクセル300倍拡大顕微鏡写真、右:PA32UCXのピクセル300倍拡大顕微鏡写真

こうしたサブピクセル形状になっているのは、想像するに組み合わされているバックライトの特性に起因しているのかもしれない。PA32UCは、バックライトに広色域タイプではあるがオーソドックスな白色LEDを採用しており、白色LEDは、基本的には青色LEDが光源体で色変換効率のあまり良くない蛍光体と組み合わせて白色光を生成している。裏を返すと青色光の強度が高いのだ。このバランスを取るために青サブピクセルが相対的に小さくなっているのだろう。

バックライトシステムはPA32UC、PA32UCX共に直下型を採用する。ASUSでは「ダイナミック調光」と呼んでいるが、業界でいうところの「エリア駆動」(ローカルディミング)に対応している。ただ、PA32UC、PA32UCXでは、液晶パネルタイプと同様、このバックライトシステムも、分類上は「エリア駆動対応型直下型バックライトシステム」と同じでも、その実現様式は少々異なっている。

PA32UCは、エリア駆動の分割数(ゾーン数)が384で、光源としてはオーソドックスな白色LEDを採用している。これに対しPA32UCXでは、民生向け量産品としては世界初のminiLEDを採用し、そのエリア駆動分割数は世界最多級の1,152なのだ。

ちなみに、ASUSへの取材によればPA32UCXにおいて実装されているminiLEDの総個数は4,608個と説明されている。PA32UCXの画面表示サイズは32インチサイズ(約70×40cm)とのことなので、ここに4,608個のminiLEDを実装したとなると、概算で縦90×横50個くらいの密度でminiLEDが並んでいることになる。PA32UCXの表示画面サイズは708×399(mm)なので、これはminiLEDが約8mm間隔で敷き詰められていることになり、とんでもない密度なのだ。というのも、一般的な上級クラスの液晶テレビでも、白色LEDバックライトは数センチ間隔の配置だからだ。

なお、miniLEDとは、チップサイズが265×265μm(0.265×0.265mm)という超小型"青色"LEDチップのこと。LEDチップ自体はミクロンサイズだが、駆動するための配線を伴うため、現行技術では実装ピッチは本機のように数mm程度となる。将来的にはこれがどんどん詰まっていく方向に進化を遂げることだろう。

COMPUTEX 2018のASUSブースで公開された超高密度miniLEDバックライトシステムの展示。各miniLEDは青色発光をしており、これを後述の量子ドット技術と組み合わせて白色光を得る

このようにバックライトシステムが異なる関係で、発色性能においても、PA32UC、PA32UCXでは差異がある。PA32UC、PA32UCXは共にsRGB色空間カバー率100%だが、より色域の広い色空間については以下のようなカバー率となっている。

PA32UCXのRec.2020色空間カバー率89%は、大多数の上級液晶テレビでも達成できていない値で、ここがどうしても目立ってしまうが、PA32UCの85%もおよそ上級液晶テレビ相当のスペックなので、十分立派だと言える。

miniLEDバックライトシステムが実現する広色域な発色特性

PA32UCXがどうしてここまで広色域な発色特性なのかというと、これは、miniLEDバックライトシステムと関係が深い。PA32UCXの光源となっているminiLEDは"青色"光源だ。この青色光に、最近話題に上ることが多い「量子ドット」(Quantum Dot)技術を組み合わせて広色域発色特性を実現しているのだ。

ディスプレイ技術における量子ドット技術活用とは、ナノサイズの半導体結晶物質に光を衝突させて別の波長(色)の光に変換することをいう。PA32UCXでは、この量子ドット素材によるフィルム状のシートを液晶パネルに組み合わせることで、miniLEDの青色光の波長を白色に変換する。具体的には,PA32UCXでは、435~480nm程度の波長の青色光に励起される粒子径7~8nm前後の球形半導体の赤色量子ドットで青色光を赤色光に変換し、同様に粒子径3~4nm前後の緑色量子ドットで緑色光に変換している。

なぜ量子(Quantum)というキーワードがここに出てくるかというと,光の波長変換が高効率に量子力学レベルで行われるためだ。

PA32UCとPA32UCXの白色光を
筆者手持ちの色度計で測定したスペクトラム

左:PA32UCの白色光のスペクトラム。白色LEDからの白色光としては良好なカラースペクトラム/右:PA32UCXの白色光のスペクトラム。ほぼ理想形に近いカラースペクトラムが得られている

PA32UCXの赤・緑・青の各スペクトラムピークが驚くほど鋭く、そしてピーク間の谷がえぐれて良好に分離しているのが見て取れる。人間の色覚に対しては赤緑青の3原色の合成でフルカラー表現が行えることはよく知られているが、赤緑青の純色ピークがほぼ同バランスな方が色ダイナミックレンジが高くなり、各ピークが鋭く分離している方が雑味のない純色で色が合成できるため色域が広くなる特性がある。PA32UCXはその意味で理想に近いカラースペクトラムとなっており、筆者も驚いてしまった次第だ。ちなみに、参考までに、某社の上級有機ELテレビと一般的な白色LEDベースの液晶モニタのカラースペクトラムも示しておこう。

一般的な上級有機ELテレビと一般的な白色LEDベースの
液晶モニタのスペクトラム

左:有機ELテレビの白色光のスペクトラム。赤の純色ピークが出ていない。信じがたいことだが、現在、市販されている全ての有機ELテレビがこのようなスペクトラムとなっている/右:一般的な液晶モニタの白色光のスペクトラム。バックライトに使われている白色LEDが青色光源でさらに一般的な黄色蛍光体を用いて緑赤光を得るタイプ製品は大体こんなカラースペクトラムになる

緑と赤のピークが低く両ピークが重なってしまっている。こうして見てみるとPA32UCのカラースペクトラムも同じ白色LEDベースのものとしては、大部良好なのが、ここで示した一般的な白色LEDベースの液晶モニタのものと比べるとよく分かるだろう。PA32UCは、赤のスペクトラムピークが一般的な白色LEDよりも鋭いのだ。白色LEDも青色LEDから発光される青色光が光源で、この青色光を蛍光体にぶつけて緑色と赤色を作り出すが、この赤色のスペクトラムのダブルピークはケイフッ化カリウム(K2SiF6)を主成分とした赤色蛍光体のKSF蛍光体の特性だと思われる。KSF蛍光体は一般的な白色LEDよりもスペクトル幅が狭い高純度な赤色を得られるのが特徴で、昨今の8Kテレビ製品にも採用事例が見られる蛍光体である。

HDR映像視聴テスト

ここまでの評価で大体のPA32UCとPA32UCXのポテンシャルが窺い知れたので、続いて実際に、様々なHDR映像やHDRテストパターンの視聴を行なってみた。

PA32UC、PA32UCXは共にHDR映像の表示に対応しており、PA32UCは最大輝度1,000nitまで、PA32UCXは最大輝度1,200nitまでの表示に対応する。HDR対応フォーマットとしては、PA32UCはHDR10に、PA32UCXはHDR10に加え、HLGやDolbyVision、さらに米VESA(ビデオエレクトロニクス協会)によるHDR映像品質規格「DisplayHDR」のひとつDisplayHDR 1000に対応している。

0nitから1万nitまでのテストパターンを段階的に表示させるHDRカラー階調テストを確認したところ、PA32UC、PA32UCXともに1,000nitまでは安定した階調表現と色表現ができていて、おかしな色シフトも発生しなかった。1,000nit以上の輝度表現に対しては、PA32UC、PA32UCXそれぞれで独自の階調飽和補正を行うしくみとなっているが、PA32UCは1,000nit以上で高階調がみるみる飽和していくのに対し、PA32UCXでは2,000nit付近くらいまでは階調を描き出せていた。miniLED 4,608個は伊達じゃないと言ったところだ。1,000nit以下では、PA32UC、PA32UCXともにHDR表現、発色は良好だ。

明るいHDR映像として沖縄県の慶良間諸島などを4K/HDR収録したUHD BD『Gelatin Sea』を視聴。砂浜にほど近い海辺にクルーザーが浮かぶ情景が描かれているチャプター『Shadow』では、色域の狭いディスプレイ製品では海が青の濃淡階調で描かれてしまうのだが、PA32UC、PA32UCXではちゃんと濃い青からシアン色のグラデーションで正しく描き出せている。PA32UC、PA32UCXの違いはチャプター『Ferry』でよくわかる。こちらも海のパノラマシーンで、陽光を照り返すさざ波の煌めきが1ピクセル単位で細かく描かれているのだが、PA32UCXの方が圧倒的にその高輝度感は凄まじい。「暗いシーンにおける輝き」ではなく、「明るいシーンにおける輝き」にこれほどの視覚インパクトを感じることは稀である。

暗い映像としては、UHD BDの映画の『マリアンヌ』の、社交場にブラッド・ピットが辿り着くシーン(チャプター2)を視聴。PA32UC、PA32UCXの双方で街の広場のネオンサイン、社交場のシャンデリアや各テーブルのランタンが、非常に鋭く、眩しく輝き、HDR映像の醍醐味を楽しむことができた。暗いシーンでも安定した彩度が維持できていて、例えば、社交場入り口付近の暗がりのナチスの腕章の赤も鮮烈だし、後半、屋上で主役2人が語り合うシーンでは、人肌が暗がりにあっても肌色感が失われていない。作り込みの甘いディスプレイ機器だとこうしたシーンでは色シフトや灰色に落ち込みやすいのにPA32UC、PA32UCXではそれがなかった。

ただ、この『マリアンヌ』で、PA32UC、PA32UCXとで表示性能に大きな違いが見受けられた。それは、エリア駆動の精度だ。

PA32UCは映像フレーム内に明暗差があると、四角形状の輝度ムラ(いわゆるHALO現象)が出てしまっていた。静止画ではそれほど気にならないのだが、暗がりで明るい動体があると、その動きに連動して周辺よりも明るい四角形状の輝度ムラが見えてしまうのだ。これは初期のエリア駆動対応テレビでも見られた現象だ。この現象はエリア駆動分割数の違いからくるもの、と片付けるのは簡単だが、いわゆる最近のエリア駆動分割数100程度の液晶テレビでこうしたHALO現象を克服できているので、PA32UCはこのあたりの作り込みがもうひとつといったところなのかもしれない。

逆に、PA32UCXではそうした問題は感じられなかった。なお、PA32UCXでは、超高密度でminiLEDを配置できたことで,PA32UCで使用していたバックライト光を拡散させるための拡散板を省略したとのことである。このおかげでバックライトシステムと液晶パネルとの距離を5mm以下にまで近づけることもできたとのこと。バックライトと液晶パネルの距離を短くすることは、直下型バックライト採用ディスプレイの厚みを減らせるだけでなく、ユニフォミティ(面発光均一性)と光利用率の向上(=低消費電力と高輝度化の両立)につながる。

まとめ

PA32UC、PA32UCX共にデスクトップで使うにはほど良い大画面感と高解像感が得られ、満足度が高い製品である。どちらがオススメかといえば、どうしてもPA32UCXということになるだろう。写真やグラフィック/図版などの静止画のみを見る用途であればPA32UCでも不満はないが、動画、特にHDR映像を取り扱う用途では、PA32UCXが断然良い。PA32UCとPA32UCXとの価格差は10万円以上になると見込まれているが、輝度性能、発色性能、HDR動画表示品質を考えると、この差は妥当だと考える。筆者も今一番欲しい液晶ディスプレイはこのPA32UCXとなった。

お問い合わせ

ASUS JAPAN株式会社
www.asus.com/jp/

特集