>   >  ゲームの力で社会の課題を解決する~総合地球環境学研究所で開催されたシリアスボードゲームジャムの可能性
ゲームの力で社会の課題を解決する~総合地球環境学研究所で開催されたシリアスボードゲームジャムの可能性

ゲームの力で社会の課題を解決する~総合地球環境学研究所で開催されたシリアスボードゲームジャムの可能性

京都精華大学の学園祭にあわせて審査会を実施

SBGJ2019から約1ヵ月後の11月2日(土)、大学祭(木野祭)に沸く京都精華大学の一角で、ゲームの審査会が開かれた。出展されたのはSBGJ2019で開発された7タイトルのうち『Losters』、『マナーな食卓』、『FPC(フード・ポリシー・カウンシル)シミュレーター』の3作。SBGJ2018で開発され、1年かけてブラッシュアップされた『サンタチャレンジ』、『共有地の悲劇』も加わり、テストプレイを兼ねた、和気あいあいとした雰囲気で審査が行われた。

審査の投票用紙(左)と、審査の目安を示したルーブリック(右)

『Losters』

『Losters』はコンビニなどで問題となる、食品の廃棄ロスをテーマとしたボードゲームだ。プレイヤーは旅館の主人という設定で、毎ターン訪れる旅人に食事を提供し、利益を上げていく。そのためには必要な食材を市場で競り落とし、蓄えておく必要がある。ただし、食事の傾向や需要が毎ターン変化するうえ、残った食材は廃棄処分となる。ゲーム終了時に売上から食材の廃棄費用をマイナスし、手元に残った金額が一番多いプレイヤーが勝利だ。

なお、ゲーム終了時に各プレイヤーが廃棄した食材がコップに集められ、「見える化」される。ここでプレイヤーにチクリと感じてもらうことが、ゲームの真の目的だ。このように本作では、社会の構成員が市場原理に基づいて自由な経済活動をとった結果、必然的にムダが発生するという現状が、巧みにモデル化されている。チームメンバーは今後もブラッシュアップを続けて、ボードゲーム即売会への出展なども検討していきたいと話していた。

『FPC(フード・ポリシー・カウンシル)シミュレーター』

「FPC」とは都市圏とその周辺を対象に、食料の生産・加工・消費・廃棄までの過程を一連のシステムとして捉え、そこにまつわる課題について取り組む運動であり、組織の意味だ。本ゲームはこの活動を疑似体験できるカードゲームで、プレイヤーはFPCのコーディネーターとして、生産・流通・販売・教育という4種類の人材カードを集めながら、様々な組織カードを入手していく。組織カードは地域・国・世界で点数が異なり、総得点で順位が決まるしくみだ。

組織カードは「大学生協フードマイレージ・キャンペーン」など、実在の企業・団体・組織名が記されていて、具体的な活動内容もわかる。企画を発案した研究員の研究成果がベースとなっており、情報量が多く、学校の調べ物学習などと組み合わせることで、より大きな効果を発揮しそうだ。様々な人材をつなぎあわせて課題を解決するというルールも現代的。社会改善にコーディネーター間の競争原理が導入されている点も理に適っており、興味深く感じられた。

『マナーな食卓』

人と熊とキノコが食事のマナーを巡って争うという、他に類を見ない内容のボードゲームが『マナーな食卓』だ。ゲームボードには熊は立って食べるが、人とキノコは座って食べるといった具合に、異なるマナーが記されている。プレイヤーは手番時に食材を食べるまねをし、空いているマスにコマを置いていく。コストを支払ってコマの位置を変えるなど、互いにやりとりを重ねながら、自分のコマでボードを埋め尽くしていくことが目的だ。

本作には人・熊・キノコの体もルール化されている。これにより、ゲーム中に逆ギレして相手の体を傷つけ、一発逆転を狙うことも可能だ。もっとも、ゲームの隠れた目的は自分の考えを相手に押しつけるのではなく、多様性の尊重が重要であることに、自然に気づいてもらうこと。自分が担当する役のふりをしながらコマを置かねばならない、状況に応じて多様なエンディングが用意されているなど、メタゲーム的な要素があるのも新鮮だった。

ひととおり試遊と投票が終了すると、審査結果が発表された。SBGJ2019で制作された3作品のうち、最高点数を獲得したのは、食品の廃棄ロスをテーマとした『Losters』だった。全体では昨年開発され、今まで改良が続けられた『共有地の悲喜劇』がトップに輝いた。アナログゲームにおけるブラッシュアップの重要性があらためて示された形だ。実際、『共有地の悲喜劇』はコンポーネントの完成度も高く、見ただけで楽しそうなイメージがよく伝わってきた。

『共有地の悲喜劇』

『モノポリー』のようにボードの外周を回りながら、コーン・ポテト・米・麦の各共有地を開墾していくボードゲーム。事前にプレイ時間を決めておき、一定時間内で最も収益を得たプレイヤーが勝利する。開墾の度合いが進めば収穫量も増えるが、開墾しすぎると荒れ地になってしまう点がミソ。

『サンタチャレンジ』

プレイヤーがそれぞれサンタクロースになり、世界の食糧問題に尽力するカードゲーム。4種類の食材ポイントを集め、国別の食事カードを集めていく。食事カードには飢餓度合いに応じて得点が記されており、最もカードを集めたサンタがその年の最優秀サンタとして表彰されるというしくみだ。

結果発表に続いて審査員から寸評も行われた。太田氏は『FPCシミュレーター』について「小学生から中学生まで遊べるだけでなく、ゲーム後に振り返りの議論を加えることで、高校生まで対象が広がる。今後の可能性に期待したい」と評価。辻田氏は『サンタチャレンジ』を「国内の問題に目が向きがちな中で、海外の飢餓問題に視野を広げさせてくれる」と評価。『Losters』についても時間軸の要素があることと、他人との関係性の中でゲームが進んでいく点が面白いとした。

辻田幸広氏(京都精華大学

審査会にはオランダ・ユトレヒト大学の研究者で、来日中のJoost Vervoort氏とAstrid Mangnus氏も参加した。Vervoort氏は『Losters』を「ゲームとして面白いし、食材の廃棄ロスというテーマを巧みに取り込んでいる」と評価。また、オリジナリティの面で『マナーな食卓』が素晴らしいとした。Mangnus氏も同様で、『マナーな食卓』は勝利のためにプレイしていた参加者が、次第に調和へと考え方を変えていくところが面白いと語った。

Joost Vervoort氏(右)とAstrid Mangnus氏(右)、ともにユトレヒト大学

このほか審査に先立って、『Losters』を試遊した飯田和敏氏から、「ゲーム終了時に、各プレイヤーからコップに集められた余剰食材の総数が毎回記録されて、ゲームのたびに参照できるようにすると、よりテーマの深みが増す」というコメントもあった。これまで数々のヒット作の開発に携わってきた飯田氏ならではの指摘で、チームメンバーも「シリアスさを深めるには絶好のアイデア。ぜひ採用したい」と返していた。

『Looster』を遊んでコメントする飯田和敏氏

今回SBGJで開発されたゲームは、いずれも社会的な啓発を目的として制作されている点に特徴がある。ゲームを遊んで、ふだん気にかけることが少ない社会的な問題について認識し、自分なりに考えるきっかけにして欲しいというわけだ。この点で冒頭の防災ゲームや、シリアスゲームの例としてよく上がるヘルスケアゲーム、知育ゲームなどとはコンセプトが異なっている。今後もさらなる「社会啓発ゲーム」が登場し、楽しまれる社会になることを期待したい。

その上で本イベントは、社会的な課題をデザインの力で解決することも試みている。いわゆるデザイン思考のアプローチだ。最先端の研究者が音頭を取り、産業界や学術界を巻き込んで実現した点でもユニークだろう。もっとも、本職ともいうべきアートデザイナーの参加が少なく、ビジュアル面のつくり込みが乏しかったのは残念だった。エンタテインメント制作で培われてきたアートのスキルで、社会貢献ができる。本記事が、そうした認識が広がる一助になれば幸いだ。

特集