デジタルゲームに比べて開発負荷の低いアナログゲーム。社会課題の解決をテーマとした、シリアスボードゲームへの応用も進んでいる。京都・地球環境学研究所が主催する「シリアスボードゲームジャム2019」についてレポートする。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

「No One Eats Alone」をテーマに2日間で開催

今秋に関東地方を直撃し、未曾有の被害をもたらした令和元年台風第19号。これに限らず、日本列島は昔から自然災害の多さで知られている。こうした中、静かなブームとなっているのが「防災ゲーム」だ。静岡県が2007年に開発した避難所運営ゲーム「避難所HUG」は草分け的存在で、累計で1万5681個(2019年11月6日現在)を売り上げる隠れた大ヒット作。防災の知識や災害時の判断力が遊びながら身につくとして、自治体の研修をはじめ、幅広く活用されている。

静岡県公式ホームページより。「避難所HUG」は「NPO法人静岡県作業所連合会・わ」が静岡県から製造・販売を委託されている。数字は同法人への取材による

こうした災害ゲームのように、社会課題の解決や啓蒙をテーマとしたゲームは、デジタルゲームの文脈では「シリアスゲーム」と呼ばれる。教育・医療・福祉など様々なジャンルが存在し、日本でも徐々に知名度が高まってきた。中には遊ぶだけでなく、ゲームを創り上げるイベントもある。日本デジタルゲーム学会ゲーム教育SIGが毎冬開催する「シリアスゲームジャム」は好例で、社会人と学生がチームを組み、様々なシリアスゲームが開発されている。

もっともデジタルゲームの開発には、相応の技術力やノウハウが求められる。これがアナログゲームであれば、より幅広い層が参加可能だ。9月28日(土)・29日(日)に開催された「シリアスボードゲームジャム(SBGJ)2019」(主催:総合地球環境学研究所)も、こうした背景から企画されたものだ。テーマは「No One Eats Alone(独りで食べてる人なんていない)」で、研究者・ゲーム開発者・学生など25人が参加し、7タイトルが制作された。

SBGJの旗振り役は総合地球環境学研究所(地球研)で研究員を務める太田和彦氏だ。地球研は文科省系列の研究所で、地球環境問題に関する総合的な研究が進められている。太田氏はアジアにおける持続可能な食農体系の転換について研究を進める研究プロジェクト「FEAST」に属しており、SBGJもこの文脈で実施されている。2018年9月に「よい食とは」をテーマに初回開催。その知見をもとに今年、第2回が開催となった。

太田和彦氏(総合地球環境学研究所

もっとも、太田氏自身はゲーム開発者ではない。そのため、SBGJの開催には協力者が不可欠だった。いち早く賛同したのが、デジタルゲーム研究で知られる立命館大学映像学部。同大学の教授で、ゲーム『巨人のドシン』などを手がけた飯田和敏氏が手を挙げた。他に京都精華大学マンガ学部から辻田幸広准教授、地元ゲーム会社からSkeleton Crew Studioの村上雅彦氏と石川武志氏らが運営メンバーに参加するなど、草の根の産学連携プロジェクトとなっている。

飯田和敏氏(立命館大学

石川武志氏(Skeleton Crew Studio

太田氏はSBGJを開催するにあたり、「自分たちの研究成果を一般に向けてわかりやすく説明し、社会的な啓蒙に繋げるうえで、テーマに即したゲームをつくって公開することが最適だと考えた。しかしデジタルゲームの開発経験者が少なかったので、アナログゲームジャムを選択した」と説明した。現在はSBGJ2018で開発されたゲームがブラッシュアップ中だ。SBGJ2019の成果物についても、公開または販売につなげていきたいという。

各チームに最低1人の研究者が参加

初開催にもかかわらず39名の参加者を数え、12時間で9本のゲームが開発されるなど、大成功に終わったSBGJ2018。しかし太田氏は「完成したゲームはどれも楽しく遊べたが、社会問題の解決という点では、練り込みの浅いものもみられた」と振り返った。シリアスゲームでは「面白さ」と「シリアスさ」のバランスが求められる。そのためには、その分野の専門家とゲーム開発者の協業が重要だ。この協業レベルが昨年度は浅いままで終了していたのだ。

そこで今回は「シリアスゲームとしての深みを目指す」ことを目的に、しくみの改善が行われた。そのために冒頭で実施されたのが、地球研の各研究者による、自分たちの研究分野に関するプレゼンテーションだ。ひとくちに食農体系の転換といっても、そこには様々な切り口があり、問題意識があり、解決すべき課題がある。そのうえで残りの参加者が、興味のある研究者のもとに集まり、チーム編成が行われた。これによりゲーム開発がスムーズに始められたという。

もうひとつの改善点が完成度の向上だ。確かにアナログゲームはデジタルゲームに比べて開発負荷が低い。ただし、テストプレイに時間がかかるという問題がある。カードやユニットといったコンポーネントの制作も同様だ。そこでゲームジャムから1ヵ月後の11月2日、改めて審査会が行われることになった。その上で今冬、公開試遊会を実施するという。この期間中にバランス調整を行い、ゲームとしてより楽しめるものにしてほしいと説明がなされた。

ゲームの開発風景

今回参加した25名のうち、社会人は15名で学生は10名だった。それぞれ2~4名でチームを組み、合計で7チームを結成。社会人のうち10名が地球研の研究者で、3名がゲーム開発者だ。これにより、課題を解決したい研究者がテーマを示し、他の参加者がゲームデザインのアイデアを提案。互いにディスカッションするという好循環が見られた。専門家とゲーム開発者の協業が重要なシリアスゲーム開発において、理想的な展開だといえるだろう。

もっとも社会問題の解決と、ゲームをデザインすることは、別の話だ。多くの研究者が指摘する通り、ゲームには目的と手段が存在する。ゲームデザインとは、両者の関係性をルールで記述する行為だ。そのうえでシリアスゲームにおいては、ルールで社会の課題を表現したり、解決に至るプロセスを表現したりする必要もある。両者を高い次元で融合させるのは、プロであっても容易ではない。ゲームとテーマ(=課題解決)との整合性が求められるからだ。

仮に環境破壊がテーマであれば、環境破壊の何が問題で、何が解決に相当するのかがルールで記述されていて、これらが遊びながら自然に理解できなければいけない。ひとくちに環境破壊といっても、様々な要因が含まれる。そのため、できるだけ問題を細分化し、ゲームで表現したいものが何か、本質を見極める必要がある。その上で必要なルールについてアイデアを出し合い、テストプレイしながら、取捨選択を繰り返していくことが求められるのだ。

ある参加者は制作を通して「こんなに会話するゲームジャムははじめて」と語った。一般的にゲームジャムでは、開発が佳境に入るにつれて会場が静まりかえっていく。プログラムをしたり、CGを描いたりするには集中力が求められるからだ。これに対してアナログゲームジャムでは、参加者同士が議論しなければ始まらない。その結果、参加者の課題に対する理解度が深まっていくのだ。こうした学びが、シリアスボードゲームにおける一番の効用のようにも感じられた。

参加者一同

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京都精華大学の学園祭にあわせて審査会を実施

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京都精華大学の学園祭にあわせて審査会を実施

SBGJ2019から約1ヵ月後の11月2日(土)、大学祭(木野祭)に沸く京都精華大学の一角で、ゲームの審査会が開かれた。出展されたのはSBGJ2019で開発された7タイトルのうち『Losters』、『マナーな食卓』、『FPC(フード・ポリシー・カウンシル)シミュレーター』の3作。SBGJ2018で開発され、1年かけてブラッシュアップされた『サンタチャレンジ』、『共有地の悲劇』も加わり、テストプレイを兼ねた、和気あいあいとした雰囲気で審査が行われた。

審査の投票用紙(左)と、審査の目安を示したルーブリック(右)

『Losters』

『Losters』はコンビニなどで問題となる、食品の廃棄ロスをテーマとしたボードゲームだ。プレイヤーは旅館の主人という設定で、毎ターン訪れる旅人に食事を提供し、利益を上げていく。そのためには必要な食材を市場で競り落とし、蓄えておく必要がある。ただし、食事の傾向や需要が毎ターン変化するうえ、残った食材は廃棄処分となる。ゲーム終了時に売上から食材の廃棄費用をマイナスし、手元に残った金額が一番多いプレイヤーが勝利だ。

なお、ゲーム終了時に各プレイヤーが廃棄した食材がコップに集められ、「見える化」される。ここでプレイヤーにチクリと感じてもらうことが、ゲームの真の目的だ。このように本作では、社会の構成員が市場原理に基づいて自由な経済活動をとった結果、必然的にムダが発生するという現状が、巧みにモデル化されている。チームメンバーは今後もブラッシュアップを続けて、ボードゲーム即売会への出展なども検討していきたいと話していた。

『FPC(フード・ポリシー・カウンシル)シミュレーター』

「FPC」とは都市圏とその周辺を対象に、食料の生産・加工・消費・廃棄までの過程を一連のシステムとして捉え、そこにまつわる課題について取り組む運動であり、組織の意味だ。本ゲームはこの活動を疑似体験できるカードゲームで、プレイヤーはFPCのコーディネーターとして、生産・流通・販売・教育という4種類の人材カードを集めながら、様々な組織カードを入手していく。組織カードは地域・国・世界で点数が異なり、総得点で順位が決まるしくみだ。

組織カードは「大学生協フードマイレージ・キャンペーン」など、実在の企業・団体・組織名が記されていて、具体的な活動内容もわかる。企画を発案した研究員の研究成果がベースとなっており、情報量が多く、学校の調べ物学習などと組み合わせることで、より大きな効果を発揮しそうだ。様々な人材をつなぎあわせて課題を解決するというルールも現代的。社会改善にコーディネーター間の競争原理が導入されている点も理に適っており、興味深く感じられた。

『マナーな食卓』

人と熊とキノコが食事のマナーを巡って争うという、他に類を見ない内容のボードゲームが『マナーな食卓』だ。ゲームボードには熊は立って食べるが、人とキノコは座って食べるといった具合に、異なるマナーが記されている。プレイヤーは手番時に食材を食べるまねをし、空いているマスにコマを置いていく。コストを支払ってコマの位置を変えるなど、互いにやりとりを重ねながら、自分のコマでボードを埋め尽くしていくことが目的だ。

本作には人・熊・キノコの体もルール化されている。これにより、ゲーム中に逆ギレして相手の体を傷つけ、一発逆転を狙うことも可能だ。もっとも、ゲームの隠れた目的は自分の考えを相手に押しつけるのではなく、多様性の尊重が重要であることに、自然に気づいてもらうこと。自分が担当する役のふりをしながらコマを置かねばならない、状況に応じて多様なエンディングが用意されているなど、メタゲーム的な要素があるのも新鮮だった。

ひととおり試遊と投票が終了すると、審査結果が発表された。SBGJ2019で制作された3作品のうち、最高点数を獲得したのは、食品の廃棄ロスをテーマとした『Losters』だった。全体では昨年開発され、今まで改良が続けられた『共有地の悲喜劇』がトップに輝いた。アナログゲームにおけるブラッシュアップの重要性があらためて示された形だ。実際、『共有地の悲喜劇』はコンポーネントの完成度も高く、見ただけで楽しそうなイメージがよく伝わってきた。

『共有地の悲喜劇』

『モノポリー』のようにボードの外周を回りながら、コーン・ポテト・米・麦の各共有地を開墾していくボードゲーム。事前にプレイ時間を決めておき、一定時間内で最も収益を得たプレイヤーが勝利する。開墾の度合いが進めば収穫量も増えるが、開墾しすぎると荒れ地になってしまう点がミソ。

『サンタチャレンジ』

プレイヤーがそれぞれサンタクロースになり、世界の食糧問題に尽力するカードゲーム。4種類の食材ポイントを集め、国別の食事カードを集めていく。食事カードには飢餓度合いに応じて得点が記されており、最もカードを集めたサンタがその年の最優秀サンタとして表彰されるというしくみだ。

結果発表に続いて審査員から寸評も行われた。太田氏は『FPCシミュレーター』について「小学生から中学生まで遊べるだけでなく、ゲーム後に振り返りの議論を加えることで、高校生まで対象が広がる。今後の可能性に期待したい」と評価。辻田氏は『サンタチャレンジ』を「国内の問題に目が向きがちな中で、海外の飢餓問題に視野を広げさせてくれる」と評価。『Losters』についても時間軸の要素があることと、他人との関係性の中でゲームが進んでいく点が面白いとした。

辻田幸広氏(京都精華大学

審査会にはオランダ・ユトレヒト大学の研究者で、来日中のJoost Vervoort氏とAstrid Mangnus氏も参加した。Vervoort氏は『Losters』を「ゲームとして面白いし、食材の廃棄ロスというテーマを巧みに取り込んでいる」と評価。また、オリジナリティの面で『マナーな食卓』が素晴らしいとした。Mangnus氏も同様で、『マナーな食卓』は勝利のためにプレイしていた参加者が、次第に調和へと考え方を変えていくところが面白いと語った。

Joost Vervoort氏(右)とAstrid Mangnus氏(右)、ともにユトレヒト大学

このほか審査に先立って、『Losters』を試遊した飯田和敏氏から、「ゲーム終了時に、各プレイヤーからコップに集められた余剰食材の総数が毎回記録されて、ゲームのたびに参照できるようにすると、よりテーマの深みが増す」というコメントもあった。これまで数々のヒット作の開発に携わってきた飯田氏ならではの指摘で、チームメンバーも「シリアスさを深めるには絶好のアイデア。ぜひ採用したい」と返していた。

『Looster』を遊んでコメントする飯田和敏氏

今回SBGJで開発されたゲームは、いずれも社会的な啓発を目的として制作されている点に特徴がある。ゲームを遊んで、ふだん気にかけることが少ない社会的な問題について認識し、自分なりに考えるきっかけにして欲しいというわけだ。この点で冒頭の防災ゲームや、シリアスゲームの例としてよく上がるヘルスケアゲーム、知育ゲームなどとはコンセプトが異なっている。今後もさらなる「社会啓発ゲーム」が登場し、楽しまれる社会になることを期待したい。

その上で本イベントは、社会的な課題をデザインの力で解決することも試みている。いわゆるデザイン思考のアプローチだ。最先端の研究者が音頭を取り、産業界や学術界を巻き込んで実現した点でもユニークだろう。もっとも、本職ともいうべきアートデザイナーの参加が少なく、ビジュアル面のつくり込みが乏しかったのは残念だった。エンタテインメント制作で培われてきたアートのスキルで、社会貢献ができる。本記事が、そうした認識が広がる一助になれば幸いだ。