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第一線のモーショングラフィックスデザイナーが集結した「Motion Plus Design TOKYO 2019」ゲスト講演全紹介

第一線のモーショングラフィックスデザイナーが集結した「Motion Plus Design TOKYO 2019」ゲスト講演全紹介

Speaker 05:SAM KEEHAN/サム・キーハン

SAM KEEHAN/サム・キーハン
モーションデザイナー。ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコに拠点を置き、映画、CM、ゲームなど幅広いモーションデザインを手がける会社「Territory Studio」のメンバー。代表作は映画だけをとっても『パシフィック・リム』(2013)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)、『オデッセイ』(2015)、『ブレードランナー2049』(2017)、『レディ・プレイヤー1』(2018)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)といった作品が並ぶ。中でも『レディ・プレイヤー1』では印象的なモニタ・ディスプレイが数多く登場するが、それらがTerritory Studioの手がけたものである
territorystudio.com

サム・キーハン(以下、キーハン氏)は「1人で篭ってちゃダメ! 仕事はコラボレーションなんだから」と語った上で、自身の仕事のプロセスについてはじめた。彼のデザイン作業は主にモニタディスプレイとその空間配置だ。「本物らしさが重要なんだ。それを求めないと作業はこんな状態からはじまるよ」と言って作業しているデスク風景の写真を見せた。作業者の前のモニタが全面グリーンだ。セットを全て1人でCGでつくり上げていくという比喩だが、これは現実に起こりうる話である。「コンセプトアートを基にシーンをつくり上げていくんだけど、本物らしさがとても重要で、そのためには膨大なリサーチを行うんだ」と、実例が紹介された。

舞台は潜水艦。その艦内のモニタ配置とインターフェイスをデザインするわけだが、そのためのリサーチはまず潜水艦そのものに対して行われた。潜水艦は機密事項を多く含んでいるため限られた資料しか集められない。そのため実際の潜水艦艦長らにリサーチをし、物理的なだけでなく命令系統の理にもかなった人員配置のレイアウトを決めていった。人員配置はそのままモニタの配置にもつながるからだ。

次にモニタに表示されるインターフェイスのデザインだが、潜水艦のモニタで一番重要なのは「音」である。潜水艦は音の情報だけで動き、攻撃する。そのためモニタに表示される情報も当然音がメインとなる。キーハン氏は実際の潜水艦乗組員からのリサーチにより音の波形の表示パターンを再現しつつそれを映画用の見映えにアレンジしていった。波形は微細な情報の集まりで、まるで細かい水しぶきをあげてながれ落ちる公園の滝のようだ。「ウォーターフォールと呼ばれていて潜水艦の乗組員はこれを見るだけで色々なことがわかるんだ」と彼は語る。そういった本物らしさを追い求めたモニタ画面を何パターンもつくり、艦内のモニタデザインはでき上がっていった。

また、モニタを監視するのが人並み外れて聴覚の優れた男という設定を踏まえて、モニタの変化が役者のリアクションよりわずかに遅れるようにタイミング調整し、男に計器を超えた能力があることを示唆するようにしたという。そういった動きも含め、膨大な量のリサーチから生み出された計器類はリアリティのある美しさをもち、その前でくり広げられるストーリーを盛り上げる重要な要素となっている。

潜水艦内のモニタデザインとレイアウトについて解説するキーハン氏

続いて紹介されたのは『レディ・プレイヤー1』のヘッドアップディスプレイの制作過程だ。ここでも膨大な量のリサーチが行われた。劇中のVR空間「オアシス」は80年代カルチャーを凝縮した世界なので、当時のゲームソフトやメディアに使われていたデザインを徹底的に調べた。ディスプレイに表示されるアバター名にも80年代のゲームロゴやバンドロゴらしさを加えて雰囲気のあるグラフィックスをつくり上げていった。

このとき、画面内に要素を盛り込みすぎないように気をつけたという。画面の情報量の多さは、ときとして一番見せたいものを埋没してしまう。そうならないように、デザインした画面から不必要なものを抜き取っていった。また、映画のストーリー構造が大企業対個人なのでディスプレイデザインにもそのちがいを表現しようと思い、大企業であるIOIのディスプレイにはミリタリー的な要素を加え、IOIのトップに立つソレントのディスプレイは他のディスプレイより一歩進んだ技術が使われているようにアレンジした。この演出は映画の観客に「相手は強そう」という情報として伝わっていく。

『レディ・プレイヤー1』のヘッドアップディスプレイの制作過程が解説された

コンセプトからリサーチ、そしてデザインのブラッシュアップまで実際の映像を見せながら丁寧に解説され、ディスプレイデザインがいかに物語に効果を与えるかが実感できた。これらのデザインはTerritory StudioのWebサイトに掲載されているのでぜひご覧いただきたい。

Territory Studioの手がけた主な作品

Speaker 06:NIELS PRAYER/ニールス・プレイヤー

NIELS PRAYER/ニールス・プレイヤー
監督/芸術監督/デザイナー/作曲家。フランス人のマルチ・デザイナーで、自然とヒューマニズムをテーマに創作活動を行っている。Webサイトでは彼の手がけた音楽、イラスト、グラフィックデザイン、本、などのマルチな才能を垣間見ることができる
www.nielsprayer.com

ニールス・プレイヤー(以下、プレイヤー氏)のつくるグラフィックスには独特の空気感がある。それは2D、3Dに限らず彼の奏でる音楽にも共通しており、作家性の強いデザイナーであることがわかる。

まず紹介されたのが『The Hiking Trail』という作品。3Dを使いながらもルックはイラスト調で、こういったルックは現在の3Dアニメーションにおける表現方法の大きなまがれの1つであることは間違いない。加えて、柔らかい光とゆったりとしたピアノの調べが心地良く、多くのファンを生みそうな作品である。この作品の予告編は彼のWebサイトとVimeoで見られる。

イラストのルックをもった3D作品『The Hiking Trail』トレイラー

『The Hiking Trail』で目にした柔らかい光の表現。それを強調しつつ詩的に表現した作品が『Seeds of Light』だ。白黒作品にしたのは光を上手く表現するためと思われ、ゆったりとした音楽の中で光が育っていく姿は希望や創造性のメタファーであり、それが日常生活に溶け込んでいる様を美しい映像で表現している。

詩的で感動的な作品『Seeds of Light』

「様々な方向性を実験している」と語りながら紹介したのが、本からインスピレーションをうけ制作された作品たちだ。まず最初にアイザック・アシモフのSF小説『ファウンデーション』の印象を映像化した作品『Foundation』。テレビドラマのオープニング・シーケンスのようにまとめられた作品で、そのクオリティはとても個人の作品とは思えない。Vimeoに記載されている説明では、後半に登場するスタチューは他のクリエイターのモデリングデータと3Dスキャンデータを使っているらしく、彼の使用したソフトは、HoudiniMantraAEとある。

アシモフの小説からインスピレーションを受けた小作品『Foundation』

同様に、スベトラーナ・アレクシエービッチの著書『チェルノブイリの祈り』からインスピレーションを受けた作品『Voices of Chernobyl』も紹介された。チェルノブイリ原発事故経験者への3年に渡るインタビューをまとめた書籍で、プレイヤー氏のつくった映像は水の中で朽ち果てていく廃墟だ。柔らかい光のあたるモノクローム映像で、シーケンスの最後ではその光源に放射能のハザードシンボルが浮かび上がる。

静かな映像の中に強いメッセージが込められた心を打つ作品である。これも使用ソフトにHoudini、Mantra、AEと記載され、楽曲にはCubaseが使用されたことがわかる。

本の印象を映像化された音楽を加えた小作品『Voices of Chernobyl』

続いて、非常に興味深い作品が紹介された。ピアノの音の情報をHoudiniに入力し、リアルタイムでカリグラフィのような線を描画していくというもので、『PIANOGRAPHY』と名付けられている。プレイヤー氏は即興でピアノを弾きながらモニタでリアルタイム生成されるカリグラフィ映像を見て、その描画内容をコントロールするために演奏内容を変えていくという。つまりピアノとHoudiniとのセッションだ。演奏風景とHoudiniによる描画を合わせて見ることができる映像がVimeoにアップされているのでぜひご覧いただきたい。

ピアノとHoudiniのセッション作品『PIANOGRAPHY』

スピーチの終盤で語られたのは、プレイヤー氏が最も話したかったという「時間」についての話。人生においていかに「時間」が大切かを意識するようになり、それ以降、自分の時間の中で「空き」のスペースをつくるようにしたという。その時間を使って自分とは何かを見つめ、何かを探求し、新しい物をつくっている。「インスピレーションには時間が必要なんです」と語り、最後に大好きな2つの言葉を紹介して幕を閉じた。なお言葉の翻訳は筆者による直訳なので間違っていた場合のクレームは筆者個人宛に。

"The future will be poetic or will not be.(未来は詩的なものになるか、ならないかだ)"
Isabelle eberhardt/イザベル・エーベルハルト

"Let's claim our right to wander...(さまよい歩く権利を主張しよう)"
AurélienBarrau/オーレリアン・バラウ

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Speaker 07:OLGA MIDLENKO/オルガ・ミドレンコ

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