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第一線のモーショングラフィックスデザイナーが集結した「Motion Plus Design TOKYO 2019」ゲスト講演全紹介

第一線のモーショングラフィックスデザイナーが集結した「Motion Plus Design TOKYO 2019」ゲスト講演全紹介

Speaker 07:OLGA MIDLENKO/オルガ・ミドレンコ

OLGA MIDLENKO/オルガ・ミドレンコ
クリエイティブディレクター/デザイナー。ロシア出身で現在はロサンゼルスに拠点を置くクリエイティブディレクター/デザイナー。『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(2015)、『ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影<シャドウズ>』(2016)、『スタートレック:ディスカバリー』(2017)、『パシフィック・リム:アップライジング』(2018)など数多くの映画、TV、ビデオゲームのタイトルシーケンスに携わっている
www.olgamidlenko.com

医者の父をもつオルガ・ミドリンコ(以下、ミドリンコ氏)にとって、仕事とは医療と同じく失敗を許さずパーフェクトを目指すものだという。モスクワのデザイン会社では常に向上心と野心をもち続け、グラフィックデザイナーおよびクリエイティブディレクターとしてインテリアとグラフィックデザインを学んだ。一見堅物かのように思える彼女の当時の作品が紹介されたが、それらはストレートに彼女の才能を感じさせるものであり、努力はその個性に厚みをもたせるためのものだったのだと納得した。

過去の作品を見せながら当時をふり返った

そんな向上心旺盛な彼女が次に向かったのがアメリカである。タイトルシーケンスのカリスマ、カイル・クーパー氏が設立したプロダクション「PROLOGUE」に入社したのだ。彼女はこのときの心境をスクリーンに投影したのだが、そこには黒地に白文字が並ぶ数多くのエンドロールが画面いっぱいに整列していた。「有名な"PROLOGUE"に入っても、ずっとエンドロールの仕事しかやらせてもらえなかったらどうしよう、と本当に心配だった」。しかし、彼女はその「恐怖心」をバネにチャレンジし続けた。

2014年に公開されたリドリー・スコット監督の『エクソダス:神と王』に携わった彼女は、タイトルシーケンスのみならずそこに使われるフォントもデザインした。そしてそのフォントは映画のマーケティングツールにも使われるなど、映画のイメージを象徴する重要な要素となった。

『エクソダス:神と王』でのフォントデザイン

『エクソダス:神と王』での実績をもとに『パシフィック・リム:アップライジング』などの作品にも参加した彼女は、その印象を「大きな仕事=チームワーク」だと語る。具体的な役割をもった専門スタッフが責任をもって仕事を行う。これが重要であり、そのおかげで彼女は数多くの仕事をこなすことができるようになった。モスクワでは1年に5作品が精一杯だったが、LAでは年に50作品ををこなしているという。しかし、「量が全てか?」という疑問があるかもしれない。しかし彼女はこう答える。「"量"は必ず"質"になって返ってきます」。完璧主義の彼女らしい説得力のある言葉である。

その後、担当したテレビドラマ『リミットレス』のオープニング・シーケンスでは、よりアートディレクターとしての力を発揮している。制作時間の限られた条件の中での作業、それに対して完璧主義の彼女はその当時を振り返ってこう語る「時間とリソースをフル活用して完全な集中力で創作を行なった」と。

『Limitless』

現在、ミドリンコ氏は撮影監督の仕事もしているという。彼女のあくなき向上心が映像業界にどのような影響をもたらしていくのか、期待して注目したい。

Olga Midlenko Demo Reel 2018

Speaker 08:ASH THORP/アッシュ・ソープ

ASH THORP/アッシュ・ソープ
グラフィックデザイナー/イラストレーター/アーティスト/クリエイティブディレクター。日本では映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)のコンセプトデザイナーとして有名。自身の会社ALT Creativeで、クリエイティブディレクション、モーショングラフィックス、VFX、コンセプト・デジタルアート、フォトグラフィ、イラストレーション、アニメーションなど多岐に渡る分野で活躍し、さらには車両設計をも手がけている
altcinc.com

「Motion Plus Design TOKYO」スピーチの最後に登壇したのはアッシュ・ソープ(以下、ソープ氏)だ。『エンダーのゲーム』(2014)、『猿の惑星:新世紀(ライジング)』(2014)といったハリウッド映画のグラフィックスやモーショングラフィックスを手がけるかたわら、日本のアニメに対する強い愛情から大友克洋の代表作『AKIRA』のオマージュ作品『AWAKEN AKIRA』をつくり上げ、その熱量に日本のアニメファンを驚かせた。そんなソープ氏のスピーチは大きく分けて2部で構成され、1つは彼のクリエイティブ環境に関する話、もう1つは『AWAKEN AKIRA』の制作過程の話だ。ここではソープ氏のクリエイティブ環境の話にスポットをあてて紹介する。

『AWAKEN AKIRA』

まずは彼の使用しているソフトウェア。第一に挙げたのはCINEMA 4Dで、続くのはAEやPremiereといったAdobeのソフト群だ。グラフィックデザインを仕事にしようとしている学生のもつソフトと何ら変わりがない。ここでソープ氏は語る。「完璧なソフトなんてないんです。要はどう使うか。それによってソフトが自分の強力な道具に変わるんです」。まずはここが共通のスタートラインといったところで、ここからがソープ氏の経験に基づくノウハウの話となる。

最初に「仕事に行き詰まったらどうする?」に対するアッシュの対処方法がリストで記された。第1は「2~3のプロジェクトに同時に取り組む」だ。もし1つのプロジェクトで行き詰まったら、そこに思考を巡らせるのはやめて同時進行している他のプロジェクトに集中するべきで、そうしている内に滞っているプロジェクトの打開策が見つかることがある、という。他には「休憩のタイミングを知る」、「仲間との強力なネットワークをもつ」といったことが説明された。

次に仕事の処理方法だ。リストには「全てを書き出せ」、「不要な物は排除すべし」、「優先順位をつけろ」といった項目が並ぶ。これらは、彼が仕事上で学んだこともあるし、書籍の中から学んだこともあるという。その後押しとなった書籍に関しては後述するが、ソープ氏が仕事を処理する上で非常に重要とされる要素がスクリーンに映し出された。

それは彼の手帳だ。そして彼は惜しげもなく手帳の中身を映し「デジタルのTo Doリストを使ったこともありますが、僕にはこの方が使いやすいんです」と言って手帳の中身を解説してくれた。ページの左にやるべき項目とチェックボックスが書かれ、右には具体的な行動内容が書かれている。そして、やるべきことが終わったらチェックボックスにチェックを入れる。

これだけ聞くとデジタルでもできることだと思うだろう。しかし彼の仕事スタイルでは手帳を使うアナログ・ルーチンの方が効率的なのだ。「これを見てください」と映し出されたのが、手帳に貼り付けられた可愛いしおりだ。このしおりひとつで、手帳が彼をしばりつけているものではなく精神的にもクリエイティブを上手くコントロールしているアイテムなのだということが理解できる。

ソープ氏愛用の手帳とかわいいしおり

続いては、仕事に集中するための秘訣。リストには「電話(スマホ)から気晴らし要素を取り除く」とある。気晴らし要素とはゲームなどの仕事とは関係ないアプリだ。続いて「PCから気晴らし要素を......」と同じ内容が書かれ、仕事に集中するためには周囲のデバイスから気晴らしのためのアプリを削除しろ、と語られる。ただし、その後の項目には「小さな息抜き小窓は許そう」とあり、息抜きのバランスコントロールについて言わんとしていることがわかった。

ソープ氏の考えるルールもリスト化された。そこには「自分の力になる者を周りに置け」と前置きした後に「謙虚であれ」、「創作し続けろ」、「学び続けろ」、「可能なかぎり他の人を助けろ」と続く。彼は常にこのルールを頭に入れて日々の創作活動を行なっているという。

最後にソープ氏が影響を受けた書籍のリストが紹介されたのでここに記述する。

1)『Mastery』(Robert Greene)
2)『Eat That Frog!』(Brian Tracy)
3)『The War of Art』(Steven Pressfield)
4)『Damn Good Advice (For People with Talent!)』(George Lois)
5)『Manage Your Day-to-Day』(99U)

若きクリエイターに向けてリスト化されたソープ氏のスピーチはとてもわかりやすく、聴衆にストレートに伝わるものだった。しかし、それを実践するか否かは当然参加者自身に委ねられている。今回の貴重な体験をバネとしてぜひとも自身のクリエイティブを伸ばしていただきたい。

ソープ氏が手がけた主な作品

『GHOST IN THE SHELL』REEL

『The Gentle Art』

まとめ

8名のデザイナーは思い思いの形でスピーチを行なったが、共通していたのは仕事に対する姿勢を伝えようとしていたことだ。どのようにしてクリエイティビティを保っているのか、その方法はそれぞれだが、自分に合った方法を見つけ出したからこそ成功したのだと言っても過言ではない。テクニックや優れたツールももちろん大切だが、それらを自分なりにどう使いこなすかが重要なのだ。世界のトップ・デザイナーたちの仕事に対する姿勢が来場したクリエイターたちの刺激になったのは間違いなく、今後日本から世界に通用するデザイナーが数多く登場することを期待したい。

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