>   >  ゲームなら全国に地域の魅力を伝えられる! 『岐阜クエスト』、『まるがめクエスト』にみる「ご当地ゲーム」の今
ゲームなら全国に地域の魅力を伝えられる! 『岐阜クエスト』、『まるがめクエスト』にみる「ご当地ゲーム」の今

ゲームなら全国に地域の魅力を伝えられる! 『岐阜クエスト』、『まるがめクエスト』にみる「ご当地ゲーム」の今

観光協会の職員が開発~『まるがめクエスト』

『岐阜クエスト』は「デザイナーとプログラマー」という最小ユニットで開発された。この例に限らず、ゲームはプログラマー抜きでは完成しない。ここが開発の敷居を上げている要因でもある。ところが、この常識を覆した事例が存在する。それが丸亀市観光RPG『まるがめクエスト』だ。開発に用いられたのは、市販のRPG制作エンジン「RPGツクールMV」で、制作は一般財団法人 丸亀市観光協会の3名。発案者でリーダー役の柴坂 晃氏に話を聞いた。

▲『まるがめクエスト~囚われの12姫~』

丸亀市観光協会。その名の通り、丸亀市の観光案内業務を行う非営利団体だ。職員は主に、丸亀駅の観光案内所と市のシンボルである丸亀城内のお土産ショップ兼観光案内所で働いている。他に「丸亀城おもてなし事業」、「団体旅行など助成金事業」、「ご当地キャラクター運営事業」、「ボートレースまるがめ連携事業」などの業務が存在する。ゲーム開発とは直接結びつきにくい事業ばかりだ。

直接のきっかけとなったのはコロナ禍だ。2020年3月18日(水)から5月31日(日)まで、主だった観光施設が休館し観光客が激減したのだ。再開後も客足は増えず、駅の観光案内所の利用者数が54%、外国人観光客にいたっては99.5%も減少した(2021年2月末時点)。そんな中、「休館期間に何かできることはないか」と企画された事業の1つが「観光RPG」の開発だ。丸亀市の観光名所やご当地グルメなどが家庭で手軽に体験でき、コロナ禍が終息したときに観光に訪れたくなるゲーム......、このようなテーマで開発がスタートした。

  • 柴坂 晃/Akira Shibasaka
    一般財団法人 丸亀市観光協会


▲『まるがめクエスト~囚われの12姫~』ゲーム画面

自身もファミコン世代で、人気ゲームを兄弟で遊んでいたという柴坂氏。本作にも『ドラゴンクエスト1~3』を遊んだときの体験が活かされているという。「協会内の若手にドット絵を打たせてRPGツクールで動かしてみて、 "いけるな" と思い開発がスタートしました。4年前にも観光RPGを開発して配信するというアイデアがありましたが、費用対効果が折り合わず実現できなかったことがあります。コロナ禍で仕事が激減したことに加え過去の経緯もあったので、企画はスムーズに進みました」(柴坂氏)。

本作の開発には伏線もあった。刀剣育成シミュレーションゲーム『刀剣乱舞 -ONLINE-』(2016)から始まる刀剣ブームだ。丸亀市立資料館には、南北朝時代につくられ重要美術品に認定された日本刀「ニッカリ青江脇指」が収蔵されている。この全国的にも有名な日本刀と『刀剣乱舞』のコラボイベントが2015年9月に開催され、これを契機に観光協会とコンテンツホルダーとの接点が生まれたのだ。

▲「丸亀城と12人のお姫さま」公式ホームページ

ここから生まれたご当地キャラクターが「丸亀城と12人のお姫さま」だ。観光協会とメロンブックスがタッグを組み、2018年から展開してきた。「著名なイラストレーターにお願いして素晴らしいキャラクターが出来上がりましたが、上手く活用できていませんでした。今回、ゲームで使えることになり、観光施設を回ってボスキャラクターを倒し、12人の姫を次々に解放していくというながれができました」(柴坂氏)。

もっとも、観光施設が再開すると柴坂氏らも日々の業務に追われることになり、スキマ時間での作業が続いた。本作ではマップやモンスターのビジュアル、BGMや効果音などの素材の大半が、RPGツクール内に収録されたサンプルデータの組み合わせで作られている。自分たちで制作したデータは、4体のご当地キャラクターの顔アイコンや一部の姫のグラフィックなどだ。ゲームのボリューム的にも、『ドラゴンクエスト』(1986)をモチーフに数時間でクリアできるものとした。それでも初めてのゲーム開発ということもあり、完成までには11ヶ月かかったという。柴坂氏は「仮にフルタイムで制作しても半年はかかったのではないか」とふり返った。

「コロナ禍で起ち上げた新規事業には、『観光RPGの開発』に加えてYouTubeでのボートレースLIVE番組『ウチまる』の配信と、『観光親善大使による丸亀市PR動画』の制作がありました。いずれも自分が関わっています。中でも『ウチまる』では、実況台本を書いたり、配信スタッフの一員としてカンペ出しをしたり。これまで台本を150本くらい書いたでしょうか。こうした経験が、『まるがめクエスト』のシナリオ制作にも活かせたように思います」(柴坂氏)。

▲『ウチまる』配信画面

ご当地キャラクターを操作して冒険を進めるという点もユニークだ。本作に登場するのは、ご当地グルメを活かした「とり奉行骨付じゅうじゅう」、地元藩主がモデルの「京極くん」、名産の団扇をモチーフにした「うちっ娘」、「ボートレースまるがめ」のマスコットキャラクター「スマイル君」の4体だ。観光協会が運用する3体のキャラクターに加えて、柴坂氏が『ウチまる』の実況配信に関係しているご縁で「スマイル君」が参戦。それぞれのイメージに合わせた職業が割り当てられ、主人公パーティを編成することになった。

中でも「とり奉行骨付じゅうじゅう」は、柴坂氏が起ち上げから参画したため自然と主人公的な役割になったという。普段は物言わぬキャラクターたちだが、イベント出展などを通して思い入れが深まっていたこともあり、自然とキャラクター像がつくり上げられていった。「このキャラクターならこんな役割ではないか、こんな風に話すのではないかと想像しながら、職業を決めたりシナリオを書いたりしました。台詞だけでなく、そのときのキャラクターの心情もキャッチコピー的に書いていますので、注目してもらえると嬉しいです」(柴坂氏)。

「とり奉行骨付じゅうじゅう」プロフィールページより

「初見の人がわからなくても良いので、時事ネタや身内ネタをふんだんに盛り込む方が作っていて楽しいと思います」と語る柴坂氏。NPCの台詞や設定にも、業務を通して得た体験が反映されている。丸亀城の大手門から天守に向かう急傾斜で知られる、「見返り坂」に登場するハイヒールを履いた女性キャラクターは一例だ。丸亀市を観光で訪れた刀剣ファンもNPCとして登場する。「リリース後、感想をYahoo!のリアルタイム検索で追っていますが、好評をいただけているようです。中には『私たちがいる!』と喜ばれた書き込みもありました」(柴坂氏)。

ドラクエシリーズにカジノがあるように、本作でもボートレース場を登場させたかったが叶わなかった。それ以外は、当初想定していた内容を実現できたという柴坂氏。当初は1万ダウンロードを予定していた本作だったが、リリースと共にアクセスが集中し、一時はサーバに繋がりにくい状況も生まれた。隠しアイテム「ニッカリ青江」を用いた必殺技「ファイナル青江ストラッシュ」が、Twitterでトレンド入りするという快挙も達成。「ゲーム開発の素人」が制作したゲームとしては、望外の成果を収めたといえるだろう。「全国に丸亀市の魅力を発信して、コロナ収束後には観光に来てもらえるようなフックをつくるという意味では、初期の目標が達成できたのではないかと思います。今後は『まるがめクエスト』の聖地巡礼スタンプラリーなどの企画も検討中です」。柴坂氏はそのようにまとめた。



ゲームを通した「バーチャル観光」はあり得るか

コロナ禍による観光業の落ち込みを下支えするため、近年ではVRを活用したバーチャル観光サービスが増加中だ。観光地の360度動画をVRゴーグルで視聴するものから、カメラを構えた現地ガイドと交流しつつ、現地からの生配信を楽しむといったサービスも登場しはじめた。こうした中、旅行会社大手のJTBは教育機関向けに『バーチャル修学旅行360』サービスを開始。2021年4月には、外国人観光客を対象に3DCGで描かれた仮想世界で日本旅行をバーチャル体験できる「バーチャル・ジャパン・プラットフォーム」事業も発表した。今後も東京五輪に向けて、バーチャル観光の盛り上がりが期待される。

こうしたサービスと『岐阜クエスト』、『まるがめクエスト』のちがいとして、プレイヤーが主人公として物語世界を仮想体験できるストーリー性が挙げられる。体験の主役はゲームを通した冒険やストーリー体験であり、舞台となる地方は副次的な要素でしかない。だからこそ2Dのドット絵で代替可能なのであり、純粋な「観光」とは言いがたい。

その一方で、ゲームを通してその地方に関する興味や関心が増加したとしたら、テレビで観光番組を見たり地域を題材にした小説や紀行文を読んで想像を膨らませたりする行為と、本質的には変わらないとも言える。その上で重要なのは、今回取り上げた2作が「公費」ではなく「インディゲーム」や「フリーゲーム」の文脈で開発されているという点だ。ゲームエンジンやゲーム開発ツールの普及に伴い、今や誰でも「ご当地ゲーム」を開発し、世界中に発信できる時代になっているのだ。

また、「RPGツクール」の使用例という点では、シリア難民のAbdullah Karamsi氏による自伝的作品『Path Out』(2018)との類似性が指摘できるだろう。シリアからトルコへの脱出行が制作者本人の動画インサートと共に疑似体験できる点が特徴で、内戦を個人の視点で捉えたアドベンチャーゲームとして高く評価されている。

ゲームの物語体験がバーチャル観光にどのような影響を与え得るかは、今後の研究を待つとして、特筆すべきは草の根で開発されたご当地ゲームが大きなうねりを生みだそうとしている点だ。いわゆる「ゲームの民主化」に伴い、コンテンツの制作コストはますます低下していく。3DCGツールの普及により、今後は2Dだけでなく3Dゲームの増加も期待できるだろう。さらなる動きに注目していきたい。





特集