>   >  最新テクノロジーから教育用途まで。コロナ禍を捉え直すパネルディスカッション〜「コンテンツ東京 2021」レポート(2)
最新テクノロジーから教育用途まで。コロナ禍を捉え直すパネルディスカッション〜「コンテンツ東京 2021」レポート(2)

最新テクノロジーから教育用途まで。コロナ禍を捉え直すパネルディスカッション〜「コンテンツ東京 2021」レポート(2)

パネルディスカッション「XRがもたらす可能性とは?」

パネルディスカッション「XRがもたらす可能性とは?」では、角川ドワンゴ学園で理事を務める川上量生氏と、一般社団法人XRコンソーシアムで代表理事を務める藤井直敬氏。そして2021年4月に新設されたiU(情報経営イノベーション専門職大学)で学長を務める中村伊知哉氏が登壇した。奇しくも3名とも教育関係に名を連ねていることもあり、議論は学校教育のあり方からコロナ禍における社会変化まで、様々な議論が展開された。

ディスカッションは、混乱されがちな「XR」という用語の整理から始まった。藤井氏は「僕らが2015年に一般社団法人を設立したときは『VRコンソーシアム』と言っていた。それが技術が進化して、ARだMRだと様々な表現方法が出てきた。今後も同じ事態が予想されることから、みんなまとめてXRという言葉になった」とコメント。その上で、ヘッドマウントディスプレイなどを使用し、仮想空間に没入するのがVR。現実に3DCGの映像を重ねるのがAR。現実をデジタルでマッピングし、より高度な重ね合わせをするのがMRだとまとめた。ただその境界は現在も曖昧だという。

またXRに含まれる産業には、デバイスもあればクラウドもあるし、コンテンツもツールもインフラもある。「何をしてXRなのか」という質問に対して、藤井氏は「こうした状況は当初からわかっていた。そのため、何か特定の業界の人々がリードするというかたちではなく、コンソーシアムというかたちにして様々な業界の人々に参加してもらう場をつくった」とふり返った。

続いてトピックは「人間と認知のあり方」に移った。川上氏はXRデバイスの普及を「人間という種族を大きく進化させるほどの変化」だとする。人間は網膜に映った情報ではなく、大脳で情報処理をした上で映像として認識している。つまり人間は、現実の世界を有機物でできたニューラル・ネットワーク上で情報処理した上で認識している。このしくみがXRデバイスとAIが組み合わさることで、さらに拡大する可能性があるという。

藤井氏も「自分は大学で脳科学の研究を続けてきた。そんな自分がなぜXRに関する取り組みをしているか、よく質問される。テクノロジーを適切に用いることで、脳を上手くだますことができ、そうした技術の中にAIが入ってきた。これからはAIと脳が協業していく時代。自分もXRやAIといったテクノロジーを用いて、現実をより良くしていきたい」と補足した。

▲iU 中村伊知哉氏

では、現実にXRは私たちの暮らしをどのように変えていくのか。藤井氏は「わかりやすいのはエンターテインメントだが、追加のデバイスを購入する必要がある。そのためまだ普及台数が少ない点がネック」だとした。川上氏もXRは市場が小さく、マニアのための域を出ていないと話し、最初に成功するXRコンテンツはスマートフォンをベースのものだとした。『ポケモンGO』(2016)は好例で、次に来るのはスマートフォンを用いたアバターコミュニケーションサービスではないかという。

むしろ川上氏は、XRで有望なのは教育産業だとした。その実践例が、川上氏が理事を務めるN高等学校(以下、N高)だ。2016年4月に開校し生徒数が約1万5,000人、いわゆる通信制高校としては日本一の規模を誇るN高。2021年度からは新たに「S高等学校(以下、S高)」も開校した。それと同時にスタートしたのが、VRを本格的に採り入れた教育コース「普通科プレミアム」だ。同コースと契約するとOculus Quest 2が生徒に貸与され、PCとVRの両方を使って受講できる。

▲ドワンゴ 川上量生氏

川上氏は「VRを使った教育で最も重要なのは、余計な情報が入らず学習に集中させられること」とした。その上で「他人の視線を擬似的に感じさせられる点」が有効だという。これにより通信制教育の欠点を改善できるというわけだ。「通信制は1人で勉強するので心が折れやすい。VRを使うと他人の視線を擬似的に感じさせられるので、複数で勉強している感じを出すことができる」。

ここで重要なのは、学習が非同期で行われている点だ。授業コンテンツは動画教材でつくられているいわゆる「座学スタイル」だ。これに対してVR教室で学ぶ他の生徒の動きは、過去の学習時に収集されたモーションデータで表現されている。これにより通信量を劇的に減らすことができる。他の生徒とリアルタイムにコミュニケーションをとる必要性がない場合、これで十分というわけだ。

このように「普通科プレミアムコース」では、講師が授業を行う動画教材パートと、教室内の風景や他の生徒、クイズ部分などの3DCGパートが別々でつくられている。そのため3DCGパートはそのままに、動画教材を切り替えるだけで別の授業コンテンツにできる。講師も通常の授業を行うのと同じスタイルで、動画だけを収録すれば良いため授業のクオリティ向上が期待できるという。

また英会話の授業では、講師の替わりにテキストを読みあげるAIキャラクターの導入も検討中だ。「VR教材というと派手なものをつくりたがるが、採算を考慮することも重要。動画教材にしても、4Kカメラと360度カメラが1台ずつあればすぐにできる」(川上氏)。これに対して中村氏も、「iUの学生の出身校で一番多いのがN高。本学でも、こうした取り組みを進めなければいけない」とコメントした。

▲XRコンソーシアム 藤井直敬氏



人類はXRでさらに進化する

藤井氏も教育や研修用途におけるXR技術の可能性は高いとしつつ、解像度やリアルな映像が本質ではないとした。「工場やコンビニの研修でいえば、必要なのは手順を覚えさせること。XRを用いた研修教材では、映像のクオリティではなくインタラクションを伴った体験をデザインすることが重要だ。実際に建築現場など、人の生き死にに関わるような分野からXR研修が始まり、近年ではそれ以外の分野にも広がってきている。それだけコンテンツを開発するコストが見合ってきた」(藤井氏)。

他にXR技術で期待されるのがテレワークだ。コロナ禍でテレワークの導入が加速しており、「実際にXR技術を用いたテレワーク向けのサービスやプラットフォームも増加している。ただしハードウェアの普及度がネック。また、Zoomなどで満足できている点もある。Zoomを越えるだけのメリットをいかに提示できるかがポイントだ」(藤井氏)。他人の存在感が感じられたり、同じ資料を一緒に見て議論するなどの体験が鍵を握るのではないかという。

川上氏も「高齢の経営者でも、必要に迫られればZoomを使うようになることがわかった。XRも同じで、経営者が得になるようなアプリケーションを開発することが重要」だと指摘。経営者の思考を模したAIキャラクターがVR空間に登場し、管理職や部下に対して直接訓話したり、指導したりするようなアプリケーションが開発できれば、大いに喜ばれるのではないかと語った。

これに対して中村氏は「去年、大学の設立を準備していた頃からコロナ禍になり、開校後もオンライン授業が続いている。自分もスマートフォンやPCではなく、より大型の画面を自宅の壁に設置して、家と大学を地続きにするような環境を構築中。いわばヘッドセットを被らないXR環境をつくりたいと思っている」という。藤井氏も「XRだからといってデバイスを使う必要はない。壁の向こうに世界が地続きで存在すると思わせることができれば良い」とした。

▲藤井直敬氏が代表を務める株式会社ハコスコのホームページ

「リアルの方が良いとされていることも、今後は全てXRになる」と指摘する川上氏。面接や観光なども含めてバーチャルの方がより豊かな体験ができる......、そんな世界になると断言する。例えば、実際に人と会うよりも「現実のように見える映像の上」にその人の名前や属性などが表示された方が(それはARやMRデバイス越しに見る世界かもしれない)、より便利ということだ。「還暦を過ぎてますます人の名前が思い出せなくなってきたので、それはとても良いですね」(中村氏)。

そうした世界が到来するためには、何はなくともハードウェアの普及が必要だ。藤井氏は「ハコスコを始めたのも無料で配れるから。紙製の箱にスポンサー企業がロゴを印刷してくれたら、協賛費で相殺できる可能性がある」。川上氏も「1人1台の環境を実現できてしまっているのが学校。オンライン教育はXRとも相性が良い。ビジネスとして成立させつつ、新しい可能性を模索していきたい」と話した。



登壇者のコメント

最後に三名の登壇者が次のようにコメントを投げかけ、セッションが終了した。

「XRは技術でしかなく、そこで何をするかがポイントで、そのためには想像力が必要。僕らがターゲットにしているのはXR技術ではなく、あくまで人であり、もっと言えば脳。そこをどうやって攻めるかが面白くて、これまでとは異なるノウハウが求められる。実際に、ここ5~6年で面白いコンテンツがどんどん出てきた。今後必ず報われる市場だと考えている」(藤井氏)。

「日本人はXRと親和性が高い。これだけオタクが市民権を得ていることからもわかるように、現実よりも人間がつくったデータに価値を見出す人の割合が、諸外国よりも多いと思う。最近はネットでもAIでも日本は後塵を拝しているが、XRなら日本の元気な姿を見せられると思う。みんなでがんばっていきましょう」(川上氏)。

「XRが私たちの生活に身近な存在になっていること。XRを使うことで豊かな未来がつくれるということ。今日はこの2つの見通しが得られた。コロナ禍はいつか終息する。Afterコロナに向けて面白い議論ができたことに加え、この議論をこれだけ多くの人と同じ場所で共有できた点がポイント。今後のXRの発展を祈願して、このパネルディスカッションを終了したい」(中村氏)。





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