<3>ネット映像配信とHDRついて
ーー最近ではネット配信でもHDR作品の上映が話題になっていますね。
ラース:まずテレビ放送でのHDRですが、放送の場合は状況に応じてダイナミックに帯域を変えることができません。一方ネットの場合、状況に応じて情報量を下げたり上げたりすることができます。Adobeはそういう技術もサポートしており、デバイスによって最適な映像を提供することが可能です。携帯電話回線は最近ではWi-Fiよりも速度が速くなる傾向があり、これからどんどん映像配信のための環境が整ってくると考えています。ですがテレビ放送におけるHDRは、現在まだテストの段階にすら到達していません。しかしNetflixやAmazonプライム・ビデオでは対応可能で、単なる映像配信だけではなく、デバイスに応じたメタデータ配信のメリットもあります。このようにネットの場合、帯域がコントロールできるためHDR環境として大変期待できます。
映像制作の各工程ごとにHDRへの対応状況と課題をまとめた表(当日の講演スライドより)
<4>色に対する追求
ーー講演で取り上げられた「カラリストは永遠に満足しない」という話の真意はどういったものですか?
ラース:まあ、とにかくカラリストは色に満足しないのです(笑)。例えば、映画の中で色調整の作業をすると、特定の色、シーン、コントラストについてHDR環境独特の作業をするわけですが、そういった集中力が必要な作業をするとき、気持ちを切り替えることが難しいのです。プロのカラリストはどんな環境でもベストな結果を出しますが、SDRだとそれらの作業の考え方をまるっきり切り替えないといけない。ですから、ある映画でHDRとSDR、両方のフォーマットでの調整が必要となった場合、どちらかの作業は、気持ちの切り替えができるよう、翌週に作業させてあげてください(笑)。
実際のところHDRとSDRのちがいは、監督が求める映像表現にも大きく影響します。SDRで行える表現には限界がありHDRとのちがいも当然でてきますし、SDRにすることでコントラストが高くなって表現できないこともあり、どうしてもフラストレーションが生じます。HDRの場合は明るさを制限しなくてもよいですが、すでにSDRで仕上げている作品の場合、HDR用に撮影しなおすことはできません。例えば、映像素材に窓が映り込んでいる場合、窓が異常に明るくなってしまうといった現象が生じます。そういったSDRならでは、HDRならではの細かな調整が必要なのです。
SDR版とHDR版を制作する手順のちがいについてまとめた表(当日の講演スライドより)
ーーところで、ラースさんにぜひお聞きしたいことがあります。長年の疑問なのですが、目の色(虹彩)によって、色の感じ方はちがうのでしょうか? 日本人の目はおおよそブラウンだと言われていますが、人によって目の色は異なります。また、例えばインドでは赤みの強いテレビが好まれるとも聞きますが。
ラース:見え方というのは目がどうこうというよりも、実際にはその人のこれまでの経験に依存します。本当にひとりひとりの色の見え方がちがうかどうかは誰にもわかりませんが、色の認知の研究によると、特定の照明器具――例えば蛍光灯を使っている環境にいることが多い人は青っぽい表現やブルーライトに慣れている、ということがわかっています。これは映像表現にも同じことが言え、古い照明器具に慣れた映画監督はそれらの照明器具での色表現に慣れているということです。このように色に対する感覚は人により様々ですが、目の色によって大きく変わることはないと考えています。
<5>色とHDRの世界に親しむために
ーー色やHDRの勉強のために、これを観ておくと良い! という映画があれば教えてください。
ラース:それはなんと言っても『モアナと伝説の海』です(笑)※5! と、まあ私の好みは置いておいて、スティーブン・スピルバーグ監督の『ミュンヘン』という映画がオススメです。ミュンヘンオリンピック事件を描いた作品で、様々な人物の立場やストーリーが切り替わる様子を、映像の色によって巧みに表現しています。
※5ラース・ボルグ氏は現在、『モアナと伝説の海』の舞台にもなったハワイのカウアイ島に住んでいる
"Munich"(2005)Trailer
あとは定番ですが『スター・ウォーズ』シリーズもオススメです。音楽だけでなく色や映像の明るさで様々な雰囲気を表現しています。そういう意味で言うと、どんな映画も色やHDRの勉強になりますね。恋愛映画でも物語が進むにつれて、だんだんカラフルになっていくではないですか!