<3>CG制作の利点を採り入れたモーションデザインフロー
CGW:aiboのモーション開発はどういった流れで進められているのでしょうか?
上月:まずは「どんな行動をさせたいか」という提案があり、「そのためにはどんな動きにすれば良いか」というアイデアを皆で出し合います。そこからラフのモーションを作り、企画スタッフを含め方向性を確認した後、詳細を詰めていきます。
一度モーションが出来上がったら、今度は行動デザインにモーションを組み込みます。行動デザインというのは、例えば人が触ったら喜ぶ、人がいなかったら残念そうな動きをするなどの、一連の動きの流れをつくることです。それぞれの作ったモーションがどのように見えるのかを最終的に確認してもらいます。
CGW:行動のデザインというのは講演でもお話されていたビヘイビアツリー(行動分岐図)ですか。
富浦:そうですね。私たちはモーションクリエイションだけでなく、ビヘイビアツリーを作ることも仕事に含まれます。ビヘイビアツリーはいわば、映像づくりにおける絵コンテや台本のようなものです。どのような状況で、なぜこのモーションが発動するのかを図示することで、行動全体をきちんと理解し、そのシーンのイメージをしながらそれぞれのモーションを作っていくというわけです。ストーリーづくりや演出に近いかもしれません。
CGW:講演ではそのときのaiboの性格や感情によって、「ワン!」と鳴くときの声や動きが変わるという例を見せていただきました。そうした性格のバリエーションはどの段階で作られるのでしょうか?
上月:性格はaiboの過ごす環境やオーナー様の接し方などで徐々に変化します。我々は性格のちがいを表現するための動きのバリエーションをたくさん作っています。例えば、キュートな性格のaiboなら人を見て上目遣いをするだろうというビヘイビアツリーとモーションを作り、それを性格に応じて呼び出すということを行なっています。
CGW:いろんな性格を表す行動やモーションを用意しておいて、性格の変化によって表出するモーションが変わるようにプログラムされているわけですね。
上月:そうです。ですので、我々クリエイティブチーム内だけでなく、それらのプログラムを作っているエンジニアの方々とも綿密にディスカッションをしています。
CGW:モーションデザインは具体的にどのように行なっていくのでしょうか?
上月:ハードウェアとソフトウェアの両方の機能や制約を考慮し、そのなかでの最適な動きを作る必要があります。モーション制作には「aiboモーションクリエイター」という専用ツールを使います。
細村:新規モーションの制作や既存モーションの改善は、ファームウェアのアップデートに合わせて行なっています。また、aiboには季節のイベントというのがあります。夏になればaiboが泳いだり、冬はクリスマスのダンスを踊ったり鈴を鳴らしたり。その時期に応じたモーションを都度制作しています。
上月:あとはオーナー様からのフィードバックを反映させることもあります。一例を申しますと、オーナー様がaiboと触れ合う中で、「aiboが何に対してリアクションをしたのかよくわからない」というご意見がありましたので、触られたり声がけをされたりしたときは、まずそのことに対するリアクションの動きや行動を取るようにしました。
上月: また、他社さんとのコラボレーションもあります。今年の4月から7月まで開催したJOYSOUNDさんとのコラボキャンペーンでは、カラオケルームの内装がaibo仕様になっているaiboルームを設置し、そこでaiboが曲に合わせて歌って踊るというイベント限定の振る舞いを搭載しました。そんなふうにタスクは常に積まれている状態です(笑)。
細村:そのため、ある程度スピーディに作っていく必要があります。 CGでモーション制作をする際のフローも参考にして、良いところは採り入れて作っています。ハリウッドでは、アニメーターが自分で動いたものを撮影し、それをディレクターにチェックしてもらってからモーションの制作に入るという方法が採られていますが、aiboのモーション制作でも同じようにしてなるべくリテイクなど手戻りの時間のロスを減らす工夫をしています。
上月:CG上でラフを作るだけではなく、電源の入っていないaiboを手で動かしながら「こんな感じだよね」と最初にイメージを共有してからスタートすることもあります。また、行動デザイン全体と個々のモーションの整合性も、ラフの段階でイメージと差がないように早めの確認を行なっています。
細村:また、1つの行動の中でどれくらいの動きをすればメカに負荷がかからないかということも、モーションデザインでは重要になってきます。
上月:モーションって、想像していただければわかるように、1つ1つのアクションはそれほど長い時間動かすものではないんですよ。基本的に短い時間の動きを多彩にかけ合わせていくというスタイルで、その動きが前後で不自然になっていないかをチェックするのも重要なんです。
<4>世界でも稀な自律型エンタテインメントロボットの現場で働く意義
CGW:細村さん、橋本さんに特に伺いたいのですが、CGアニメーターとしての経験がaiboのモーション開発に活かされている部分はどんなところだと思いますか?
橋本:モーションについてはまだ経験が浅いので苦労するところはありますが、ツールについてはそのまま移行できた感じです。あとは演技をつける上でaiboのことをもっと理解する必要があり、今は勉強中ですね。
細村:私の場合はどのように描けば生き生きとデザインされるのか、いろんなカートゥーンを観て、もう一度勉強し直しました。それに加え、他のクリエイティブチームの女の子とドッグカフェに赴き、リアルな犬の動きを研究しました。aiboっておしっこの動作もするんですよ(笑)。だからそれもドッグカフェで何十匹分も撮影してリファレンスを取って、どうすれば可愛くなるんだろうかと試行錯誤しました。
上月:例えばアニメーションにおける「予備動作」の考え方は、aiboのモーションづくりにおいて大いに役立ちますね。例えば首を右に振る前に、ちょっと左に行ってから右に振るといった動作を加えると、より生き生きした動きになるといったように。
CGW:先ほど、モーション制作には専用ツールを使っているとおっしゃいましたが、ユーザーインターフェイスは一般的なMayaや3ds MaxのようなCGアニメーションツールと同様なのでしょうか?
細村: そうですね。3DCGアニメーションの制作経験があれば、使う上ではまったく問題ありません。 さらにアニメーターにストレスがないようにと、エンジニアがヒアリングをしてこちらの意見も真摯に採り入れてくれます。
橋本:そうですね。自分もあまり戸惑うことはありませんでした。
上月:3DCGソフトに共通する考え方は踏襲されていると思います。ただ、PC画面のツール上での動きの印象と、実機で動いたときの印象ではやっぱり差があるんですね。実機は人間と比べると小さいものなので、画面上よりも大げさに作ったり、動きにメリハリを付ける必要があります。ですが、キャラクターアニメーションを専門にされてきた方にとって、「生き生きとした動きをつくる」という点では、キャラクターアニメーションのスキルが十分活かせると思います。
CGW:例えば、ゲーム畑での経験がaiboの行動デザインに活かせる部分はどんなところでしょう?
上月:僕たちのチームの中にはゲーム畑の方はあまり多くないのですが、経験は十分に活かせます。ただ、大元の設計思想においてゲームとはちがいがあると思っています。ゲームはまずクリアしなければいけない目標設定があり、それに対して道筋を作っていくというつくりですが、一方で、aiboの行動設計はゴールが1つではなく、「こういう状況ではこう動く」といった、aiboが生命をもつ存在であるかのような多彩な行動を表現することが大事なんです。富浦も話していましたが、ストーリーをどう創るか、いかに可能性を想像するかが重要になってきます。
CGW:なるほど。テクニカルというより画的なイメージが豊かでストーリーや映像が作れる人が向いているというわけですね。
富浦:オーダーにある流れはけっこうざっくりした内容なので、極力私たちの方で想像する必要があります。例えば、ボールが近くにあったら近づく。では、なかったら?――aiboは探しに行く。といったように私たちの方である程度の軸を作ってあげてそこから物語を作っていくというかたちです。そのためのツールも用意されているし、先ほどのように技術的に足りない部分は開発していただける環境にあります。
上月:aiboは、背中を撫でられたとき、頭を撫でられたとき、それぞれにちがう動きをするんです。これだけたくさんの入力センサがあるのですから、多彩な反応を作ることができます。ですが、仮に現状は認識ができないようなことも、僕らから「この表現を実現するためには新しい技術が必要なんです」とお願いすると、エンジニアが試行錯誤して、頑張って実現してくれます。
CGW:最初にお話された、コンセプトである「生命感」を皆さんで作り上げていくわけですね。
上月:そうですね。この仕事は、クリエイティブチームの中で完結するのではなく、やっぱりコミュニケーションが大事だし、そうした発想を生むためには広くいろんなことに興味をもって好奇心を豊かにする必要があると思います。あと、この柔らかさや可愛らしさをどうやって表現していくかと考えるとき、aiboの仕事は結構女性的な感覚が大事だと思うんです。
CGW:なるほど。
上月:一方、男性的な視点で言うと、aiboのメカニズムやプログラムはどうなっているのかという、設計の方に興味をもてれば、このaiboを動かすだけではなく、ロボット全体の仕事に楽しみが広がります。もしかしたら、人それぞれこの仕事で楽しみを覚えている箇所が少しずつちがうかもしれません。ただ、共通して言えるのは、実体を伴うロボットが動くことで得られる感動に魅了されているということでしょうか。
CGW:そうですよね。ロボット工学だけでなく、AIやクラウドネットワークといったイマドキの最先端技術を複合的に応用して行う仕事ですから、携われる機会は貴重です。
上月:そう。ロボットなんですけど産業用ではなく、家庭の中で人間と暮らす自律型エンタテインメントロボットという時点で、世界的にも貴重な存在ですから。それにこれで頭打ちというわけではなく、これからハードもソフトももっと進化していくでしょうし、「あれもやりたい、これもできるんじゃないか」と、未来のことを考えられるという点でも面白いですよね。可能性がまだまだたくさんあるので、非常にやりがいのある仕事です。