>   >  「人の話を『聴く』ことが、僕の凡事徹底」ILM シニアジェネラリスト 谷 雅彦氏
「人の話を『聴く』ことが、僕の凡事徹底」ILM シニアジェネラリスト 谷 雅彦氏

「人の話を『聴く』ことが、僕の凡事徹底」ILM シニアジェネラリスト 谷 雅彦氏

Topic2:凡事徹底「家庭の会話はビジネスのそれとは勝手がちがう」

C:セミナーの中で、谷さんは「凡事徹底が大切」とも語っていましたね。誰にでも簡単にできること、当たり前のことを、徹底してやっていくと、微差の積み重ねが大差となり、成果をあげることができるという考え方だと理解しています。じゃあ、谷さん自身が凡事徹底していることは何だろうと、気になりました。

:挨拶、笑顔、身だしなみ、トイレ掃除などがよく例に挙げられますが、僕が最近特に目標にしているのは「人の話を聴くこと」ですね。非常に当たり前のことなんですが、意外とできてない。

C:例えば、デイリーでスーパーバイザーからもらうコメントの本質まで理解するように努めるとか、そういうことでしょうか?

:広い意味ではそれも含まれますが、かみさんや子どもの話を聴くことの方が今の僕には難しいので、より意識して取り組んでいます。ビジネスの会話は、相手の話を聴いて、それを自分で精査して、「いや、こんなやり方はどう?」「あんなやり方もあるのでは?」といった提案をしますよね。一方で、家庭の会話はビジネスのそれとは勝手がちがう。かみさんの話を「そうか、そうか」とただうなずいて、とりあえず聴く。子どもの話もとりあえず聴いて、「こういうことが言いたいんでしょ?」と反復して、「そう、そう、そう」っていう共感を導き出すことが重要なんです。

ところが僕の場合は、かみさんの話をビジネスの感覚でもって「精査」して、頭から否定するような言い方をしたり、子どもの話を途中で区切って、自分の意見を言い始めてしまうことがよくありました。その結果、かみさんや子どもが何を言いたかったのかわからずじまいで、喧嘩に発展したこともあったんです。「こんなことを続けていたら、とんでもないことになる」っていう予感がして、もっと相手の話を聴こうと思うようになりました。

  • これはね、意識しないとできないんですよ。トレーニングが必要です。聴くことに徹していると、相手は自分が承認されていると感じて、テンションが上がって、さらに話をしてくれるんです。で、相手が一通り話し終わって、「どう思う?」って聞いてきたときに、初めて自分の意見を言うようにしています。

C:デイリーの会話とは、そもそもの目的がちがうわけですね。家庭の会話の目的は、相手の承認欲求を満たすことでしょうか?

:そうですね。最近の子が最終的に抱える欲求は、自己実現の欲求だと思うんです。その下に承認欲求があり、さらに下に社会的欲求や、安全欲求がある。

C:マズローの欲求段階説ですか。

:ええ。あの説が科学的に正しいのかどうか、まだ結論が出てないんですけどね。ただ、結論が出てないから無視していいとは、僕は思わないので。承認をして、安心してもらって、次の段階にステップアップしてほしい。話を聴かないことで、成長の機会を奪い、ただの喧嘩で終わらせたくはないんです。子どもってね「ああ、お父ちゃんが認めてくれた」と感じたら、お絵かきでも、本読みでも、際限なく繰り返すんですよ(笑)。

C:そうやって、技を覚え、知恵をつけ、成長していくわけですね。

:ところが、自分がイライラしていたり、何かちがうこと考えていたりすると、そういう会話が全然できないんです。だからトレーニングが必要なんですよ。無意識に、それこそ箸を使うように「聴ける」ようになりたいんですが、なかなか難しいですね。

C:そういう会話はデイリーだと必要ないだろうと思いますが、若手のコーチングには活用できそうですね。

:自分が部下をもつ機会はそうそうないと思いますが、もし機会があれば、まずは聴くことを心がけたいです。僕が若い頃は頭ごなしにやらせる支配型のリーダーシップが大半でしたが、最近はサーバント・リーダーシップという、支援型のリーダーシップも注目されています。そこでも部下の話を聴くことが重視されていますね。さし当たっては、自分の生活の中で、ちゃんと人の話を聴くことを徹底していきたいです。

Topic3:美のトレーニング「概念にするには、集めなきゃいけない」

C:最後のトピックとして「美のトレーニング」について聞かせていただけますか? セミナーでは「これを語りだすと、2時間はかかる」とおっしゃっていましたが、受講者の中には「詳しく聞いてみたい」とアンケートに書いた人もいたし、私も気になりました。写真集『Silent Force』(2012年)の制作は、谷さん自身の美のトレーニングでもあったのかなと思ったのですが、実際のところはどうなんでしょう?

:当時は子どもが生まれる前だったので、金曜の夜、皆が帰宅した後のILMの駐車場を、24時くらいから撮り初めて、4時とか5時くらいに帰っていました。なるべく自動車のない状態で撮りたかったし、土日は休みだから、夜明けごろに帰宅して、ご飯を食べて寝るというサイクルを2~3年くらい続けていました。

「美」という言葉が正しいかどうかわかりませんが、僕が格好良いと思った現象、気に入った現象を集めたのが『Silent Force』です。映画や音楽などにも言えますが、僕が好きだからといって、ほかの人が好きとは限らない。たいていの人は、あの写真集を見て「綺麗だね」とは感じないでしょうが、「何かこだわりがあるんだろうな」ということが伝わればいいなと思ってつくりました。こだわり、つまり僕が執着しているところですね。それを自分がどれだけ言語化できるか試したものが、あの写真集なんです。

▲谷氏が撮影したILMの駐車場の写真。写真集『Silent Force』(2012年)より


 

C:「言語化」ですか。「写真」という最終形でアウトプットされる前に、谷さんの中で「言語化」が行われていたという意味ですか?

:目の前にある現象を、自分の中でどう言語化していくか、現象と言語を行ったり来たりする取り組みだったんです。例えば、この辺のさびとか、この辺の汚れとかに、僕は非常に引き寄せられる。その理由を、こうで、ああでと考えて、ひとつの文脈をつくり、写真集というかたちにまとめてみました。

▲「例えば、この辺のさびとか、この辺の汚れとかに、僕は非常に引き寄せられる」。写真集『Silent Force』(2012年)より


C:『Silent Force』の掲載写真を撮るときには、常に引き寄せられる理由を言葉にしていたわけですか?

:そうですね。カメラを構え、レンズを通して現象を見たときに、ゾクゾクってくる瞬間があるんです。そこで内省をしていくんです。例えば、手前の金網のメッシュと、奥の壁の色が、たまたま色温度の影響でちがって見えた。奥の壁は、後で色を変えたんじゃなくて、たまたま真っ赤になったんです。そこで手前の金網にピントを合わせたら、そこに乗っかっている汚れが毛のようにも見えて、異空間をつくり出していた。金網と壁の間に、異質な何かが入る可能性があって、映画的だなと思いました。そういう風に、『Silent Force』の写真は、どれもプラスアルファがほしい絵になっているんですよ。

▲「金網と壁の間に、異質な何かが入る可能性があって、映画的だなと思いました」。写真集『Silent Force』(2012年)より


C:異質な何かというのは、例えば、黒マントの男だったり、クリーチャーだったり?

:そう。そこにプラスアルファを加えると、ストーリーがつくれるような撮り方を意識しました。ただ、ぼーっと撮ったわけではなく、それなりの根拠をもって撮ったし、撮った中から掲載写真を選ぶときにも、選ぶ理由を考えました。考えながら撮っていると、カメラのフレーミングのやり方がちょっとずつ変わってくるんですよ。「そうそうそう、この感じ」というように、シックリくるフレーミングがわかるようになる。

そうやって自分の好きな世界観を集めていくと、概念が浮かび上がってくるんです。概念と現象、現象と言語の間を行ったり来たりすることで、「自分はこういうものが好きなんだな」ってことがわかってきて、ほかの人にも伝えられるようになる。「なるほど」とほかの人にも認めてもらえるところまで到達できたら、1本の柱が立つのかなって思います。


C:セミナーでは「自己ブランド」という言い方をなさっていましたね。「概念」という抽象的なものを「自己ブランド」の域まで昇華させるためには、まずは類似性のあるものを集め、わかりやすく示す必要があると?

:はい。概念にするには、とりあえず集めなきゃいけないんです。そして、ひとつにまとめるときに言語が必要になってくる。言語というのは、ちがうものを同じにする力があると思うんです。

C:昔、デザインの講義で出されたスクラップの課題を思い出しました。例えば「ロマンティック」「エレガント」「クラシック」といった概念にフィットするイメージを、雑誌や広告などから見つけてきて、スクラップするという課題です。同じように「自分の好きなもの」をスクラップしていくと、自分なりの新たな「概念」が浮き上がってきそうですね。

:イメージを集め、言葉にすると、解像度が上がって、ほかの人に伝わりやすくなります。結果的に、同じ目標に向かいやすくなるといった利点も出てくる。自分が意図したショットを市場に出しやすくなるし、ねらい通りの反応も得られるようになる。ただ、やり過ぎるとコモディティ化するんです。皆がそのパターン、そのスタイルを使うようになる(笑)。

スピルバーグ監督の初期のカメラワークは、ヒッチコック監督の模倣で、その後の世代がどんどん多用したので、似たり寄ったりの金太郎飴になってしまい、差別化が難しくなった。そういう弊害もあります。

C:『マトリックス』(1999)の公開後、やたらとカメラを360度回すショットが増えたアレですね。

:そう、そう。アレです。上手に真似ればセンスがいいんですけど、「はやっているから」という理由だけでやっても、オリジナルがもつ美にはかなわないんですよね。

C:スピルバーグ監督の作品や『マトリックス』、あるいは最近の『スター・ウォーズ』や『アベンジャーズ』シリーズを見て、「良いな」と思ったとしても、それが自己ブランドとして昇華されるまで「行ったり来たり」を繰り返す必要があるんでしょうね。

:気に入った作品をインプットした後、どうアウトプットするかが重要だと思います。インプットするだけだったら、ファンやマニア、オタクの域に留まってしまう。アウトプットすることで、一皮むけた表現者になれる。たとえインプットしたものがコモディティ化された作品であっても、アウトプットのやり方が独特だったら、自己ブランドになり得ると思います。

▲「インプットした後、どうアウトプットするかが重要だと思います」。写真集『Silent Force』(2012年)より


C:写真でも、スクラップでも、手段は何でもいいから、とりあえず「自分の好きなもの」を集めてみて、その後アウトプットすることが、美のトレーニングの最初の一歩ということでしょうか?

:そうだと思います。繰り返していくうちに、表現が洗練されていくと思います。

C:セミナーの最後、受講者からの質問で「どんな映画を見ればいいですか? 谷さんのオススメを教えてください」という主旨の質問があったのを覚えていますか? そのときの谷さんの回答が、今日伺ったお話を象徴しているなと思いました。

:何て言いましたっけ?

C:具体的なタイトルを、一切挙げなかったんですよ。

:ですよね。タイトルを挙げた記憶がない。人が履いたわらじを履くっていうのは、一番簡単なんですよ。僕が影響を受けた作品は言えますが、僕の履いたわらじを履いて仕事をすることを目標にしているわけではないでしょう。僕の挙げた作品が固定概念になって、自分の発想が停滞してしまうのは、全然僕の意図するところじゃないんです。

そこはぜひ、自分で探してみてほしい。絶対に僕と一緒ではないですから。「そこが、あなた独自の美意識であったり、価値観を生み出す最初のステップなんじゃないでしょうか?」と思うんです。僕に合わせてる場合じゃないんです。

C:今回のインタビューを通して、お父さんとしての一面から、アーティストとしての一面まで、いろんな谷さんの側面に触れられて、非常に視野が広がりました。お話いただき、ありがとうございました。

Profileプロフィール

谷 雅彦/Masahiko Tani(Industrial Light & Magic/Senior Generalist)

谷 雅彦/Masahiko Tani(Industrial Light & Magic/Senior Generalist)

1989年からフリーランスでレインボウ造型、マーブリング、円谷プロ、東宝映像美術、ヌーヴェルヴァーグなどの会社と契約し、TV、CM、映画『ガメラ』、『ゴジラ』シリーズなどの特撮、本編美術を担当。1996年SpFX STUDIOに入社。2000年に渡米、2001年よりIndustrial Light & Magic(ILM)にてジェネラリストとしてマットペイントを担当。第1回VESアワードで団体受賞、その後2回ノミネートされる。2012年に写真集『Silent Force』を出版し、映画制作の傍ら写真家としての活動も続ける。

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