ゆるく、ひろく、ゲーム業界とつながれる人材を育む
CGW:ここからはゲームコースの詳細について、より深くお聞きしていきたいと思います。概要については公式サイトに記されていますが、育成したい学生像であったり、そのための具体的なカリキュラムであったりについて、教えていただけますか?
桐山:そうですね。では、入試説明会で配布している資料に基づいて説明していきましょう。こちらがゲームコースが育成したい学生像になります。
引用元:入試説明会資料より
桐山:続いてゲームコースに参加を希望する学生は、アニメーション専攻またはメディア映像専攻の入学試験を受けていただきます。試験に合格すると、それぞれの専攻で授業や演習を受けながら、ゲームコースの授業を受けていただきます。具体的には一年次の7月に本人の希望に基づいて、ゲームコースの参加者が決定されます。
CGW:7月からなんですね。
桐山:そうですね。修士1年次の4月から6月までは、各専攻ごとの特別演習が行われます。7月に所属が決定し、そこからゲームコースの講義と実習が始まります。主な科目として1年次に「ゲーム制作論」、「ゲーム研究ゼミ1」があり、2年次に「ゲーム研究ゼミ2」があります。もっとも、まだ1年目が終わったところで進展中であり、2020年度には「ゲーム制作論」を4科目に増やす予定です。
- ゲーム制作論
- 「ゲーム」の定義を幅広く捉え直し、表現者・研究者としてゲームに多様性と可能性をもたらすことを目指す。VRやARなどの先端的インタラクティブ技術などを含め、メディアの横断的な自由さを大切にし、新たな表現を展開することを目的とする。また、グローバル展開や産業との連携を重視し、南カリフォルニア大学(USC)とのコラボレーションによる演習や外部企業による講義なども行う
- ゲーム研究ゼミI
- 個々に独自の発想や物語をメディア横断的に展開し、ゲームという形式による表現を追求する。アニメーション制作、CG制作、ゲームシステム構築、XR技術、プログラミングなど、各自の制作に関連する一連のプロセスを経て、独自の表現への追求とそれを実現するための技術を習得する。USCの学生とのコラボレーション制作も行い、国際的な共同制作を通して幅広い視野をもったゲームの再考を図る
- ゲーム研究ゼミII
- これまでに習得してきた知見や技術を土台として独自のゲーム創作を行い、個々のゲーム表現を確立し終了制作として完成させる。それと同時に制作における考えを言語化し、修士論文を執筆する。毎週の終了制作の進捗状況報告や制作実験の共有と、それに対するディスカッションと方向性の再認識をゼミナール形式で行う。制作した作品はUSCにおけるGAME EXPOでも展示する。また、修了制作を本学ゲーム展で展示する
CGW:専門コースということで、かなり授業内容が絞られていますね。
牧:そうですね。1年次は座学と個人制作に加えて、11月から3月にかけて、USCの学生との共同制作も行います。11月にUSCを学生が訪問し、そこで向こうの学生とワークショップを行って、企画を固めていきます。その後はインターネットを介して共同制作となりますね。11月に学生がUSCを訪問し、企画会議を行ったうえで、今まさにインターネットを介して共同制作を進めているところです。ここで制作された作品は、2020年3月20日に開催される「ゲームコース展01」で展示される予定です。
これに対して2年次は修了制作をひとつつくり上げます。また、2年間を通して小規模のワークショップがいくつか行われます。もっとも、2年次の授業はこれからなんですが。
CGW:学生は何名で、どのようなバックグラウンドをもっていますか?
牧:ゲームコースの学生数は4人で、そのうち3人がアニメーション専攻、1人がメディア映像専攻に所属しています。藝大の先端芸術学科から1人で、他の3人は他大学からの進学です。中国からの留学生もいますね。
CGW:各専攻での授業と、ゲームコースの授業の関連性などはありますか?
牧:1年次は、各専攻での必修科目を履修した上で、ゲームコースの授業を受けることになります。例えばアニメーション専攻であれば、ストップモーションや手描きのアニメーション制作、アニメーションの作品研究を行なったり、といった感じです。これはメディア映像専攻でも同様で、最初の10週間で様々な課題に取り組む「特別演習」を受けます。このように学生の専攻によって、土台となる学びが変わってきます。そのため、個々の作品もそれぞれの学生が考える「ゲーム」観が反映されています。
CGW:コースが始まって1年経って、簡単なふり返りをお願いします。
牧:ゲームコースでは開設前から「(仮)展」、「第0次展」に合わせてゲームの試作を進めてきました。1年次の授業もこれを踏まえて行いましたので、「まったく想定外の事態が起きた」わけではありません。一方でUSCとのコラボは2019年度に初めて行なったことです。そのため前述の「ゲームコース展01」では、これまでとちがった作品をお見せできるかもしれません。
一方でゲームコースができたことで、学生自身の意識がより高まっているところはあります。実際に、単純に自分の表現だけを突き詰めるというよりも、よりデザインの側面にも気が配られたり、技術的な制約を考えなければならなかったりといった部分が、これまでよりも大きくなってきました。また、これまではAnimation to Gameという取り組みのもとゲームの試作を行ってきており、元になるアニメーションを出発点としてゲーム作品へと展開していました。それに対し、本コースが設立してからは、学生それぞれの意識が最初からゲームに向いていることは、これまでとは大きく異なる点といえます。
CGW:USCはゲーム教育では全米トップ校として知られていますが、両校のコラボレーションはどのように始まったのですか?
桐山:これもやはり5年くらい前に、USCで日本映画を研究されている、リピット水田 堯教授がキーマンとなり、USCとのコラボレーションが進んでいきました。ちょうど藝大の方も国際化を進めるというミッションがあり、本学の卓越教員として、毎年夏に「映画学」の講義をしていただいています。その過程で、USCにあって藝大にないものがゲームということもあり、すごく参考にさせていただいてきました。
USCでもゲームコースができて10年くらいになります。こちらのコースも映像がベースになっていて、物語や映像的な完成度を重視しているところがあり、我々の思いとも合致していました。アニメーションをベースにゲームをつくるという我々の考え方についても、USC側で興味をもっていただいています。お互いに何ができるかについて、意見を出し合っています。
CGW:自分が運営に携わっているIGDA日本では、毎年CEDECと東京ゲームショウでスカラーシップを受け入れています。2019年度はUSCのゲームコースから2名の学生が参加しました。そこで東京ゲームショウのインディコーナーで、作成中のゲームの試遊展示をしてもらったんです。実際に遊んでみると完成度が高く、引き込まれました。その背景にあるのが、USCにおけるゲーム教育の成果です。一方で、先ほどご紹介いただいた4名の先生方の中に、ゲームデザインのご専門の方がいらっしゃらないのが気になりました。この点ではどのような授業を行われているのでしょうか?
桐山:ゲームデザイン面については、産業界に頼っているところがあります。そもそも、我々のような専任教員がカバーできる分野は、ほんの少しだという自覚があります。ゲームデザインもそうだし、ある種の美術的なところもそうだし、プロダクションに関するスキルやノウハウもそうです。USCは我々より、もう少し人数が多いので、制作のノウハウを専門にされている教員がいらっしゃいますね。その方から具体的なツールや運用方法についてもご教授いただいています。レベルデザインについても、専任の先生は存在せず、制作中の作品を見ながらメンターの方に指導していただいています。
CGW:ちなみにUSCでは自分たちでゲームをパブリッシュしています。今後、藝大ブランドのゲーム展開はあり得ますか?
桐山:実はアニメーションでは、大学が学生と権利を共有して、GEIDAI ANIMATIONとしてレーベル化しているんです。YouTubeに藝大チャンネルを設立して、そこに無料で公開しています。
牧:ゲームについても、App Storeで無料配信されているものがありますね。「第0年次」展で出展された『here AND there』(小光氏/ディレクター)がそうです。展示に合わせてダウンロード公開することを目的としていました。
『here AND there』小光氏(ディレクター/東京藝術大学大学院映像研究科修了)、長岡愛子氏(メンター/Luminous Productions)、木村優作氏(テクニカルディレクター・エンジニア/CANOPUS)
App Storeで配信中。PC版がSteamでも配信予定
CGW:気がつかないところで、どんどんゲームコースの作品が社会に広がっているんですね。それでは、本コースが輩出したいと考えられている学生像は、どのようになりますか?
桐山:ゲーム制作を仕事にする人が出てきてほしい、とは思います。もっとも、我々の卒業生が活躍しているフィールドには、ゲーム的な要素もある仕事を受けるし他の仕事も受けるという形態で仕事をされている方や、グループがいくつもあります。分野でいうなら広告が多いかもしれません。案件に応じて広告もつくるし、映像もつくるし、ゲームもつくるという。そんなふうにハイブリッドなスタイルで活躍される方が増えてくると良いかなと思います。
CGW:ゲームコースで学んだことを活かしてということですね。そこも面白いところです。というのも、ゲーム制作者の中には、ゲームの可能性を信じて、ゲームがどんどん拡張していく未来。ゲームの役割がどんどん広がっていって、ゲームのテクノロジーがいろんなところに応用されていく未来を考えている人がいます。実際にシリアスゲームやゲーミフィケーション、そこから転じてビデオゲーム・イン・アートのような動きも出てきています。
その一方で、美術系の大学が改めてゲーム業界でも活躍できる学生を輩出することに、関心をもたれている点が面白いなと思いました。この相互関連性について、もう少し補足をいただけますか?
桐山:実際、本学を卒業後、ゲーム業界にそのまま進まれている方は少数派です。ただ、インタラクティブな体験をつくる能力を活かしてゲーム会社と仕事をしている人はすごく多くて。こんな風に個人や少人数でユニークな仕事を受注するスタイルは、これからも続いていくと思います。我々の「ゲーム業界で仕事をしてほしい」という考えは、ゲームコース設立のひとつのねらいではあります。ただし、それに限らず、ゆるくゲームと係わったり、ゲームと共通の技術を使って、広告や展示といった分野で自分の仕事をしていくクリエイターが増えていくだろうなと思っています。
CGW:実際に、優秀なクリエイターほど大手広告代理店を独立して、ご自身のデザイン会社をつくって、いろいろなクライアントを協業をして仕事を進めるというやり方が一般的になっています。また、その中でインタラクティブな表現が占める割合も、確実に増えています。
桐山:VRやARといった技術もそのひとつですよね。我々の授業でも扱いたいし、卒業生にとっても可能性が広がる分野だと思います。
CGW:一般的に高等教育機関であれば、学生のキャリアデザインを考える上で「就職」が避けては通れないところだと思います。ゲームコースにおいても、一般的なゲーム業界に関する就職はやぶさかではないが、それに限定しているわけではない、ということですね。
桐山:そうですね。藝大を卒業してゲーム会社に就職している人もいて、企業訪問をすると油画や日本画出身の方にお会いすることもあります。そういった方々がひとつのロールモデルになると思います。もっとも、それはすでにゲームコースができる前からある話です。もう少し、新しいメディアを自分たちで開拓して、少人数で興味ある分野に機動力を活かして切り込んでいくという方を、より開拓していきたいですね。
CGW:先ほどの『here AND there』ではありませんが、まさにインディゲームということですね。
桐山:そうですね。おそらく、ここで作られたゲームも、何かイベントなどに出展するとしたら、インディゲームのカンファレンスなどになるかと思います。
産学連携の中でゲームコースに求められること
CGW:これまでお話をお伺いしてきて、アートとデザインの関係性について、旧スクウェアにまつわるエピソードを思い出しました。2000年の映画『ファイナルファンタジー』制作時のことです。
ゲーム『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親で、監督を務めた坂口博信氏は当時、「スクウェアは映画的なゲーム制作で高い評価を受けているが、実際の映画表現とは乖離がある。一方でゲーム機のスペックはどんどん進化している。今後もスクウェアの根幹がゲーム制作にあることは変わりないが、一度フルCG映画を制作して、そのノウハウを吸収しなければ、ゲームをこれ以上進化させられない」といった旨の発言をされていました。これまでゲームコースの話を伺っていて、そのミッションとも相通じるところがあるような気がしました。
桐山:そうですね。今年スクエニさんからも、特別講義を8回実施いただきました。その中の1人で、ヴィジュアルワークス部を統括されている生守一行さんが、まさにそういったことを仰られていました。我々としても、高みを目指してこそ、その先が見えるところがあります。例えばVRコンテンツでいえば、まだコストの面で一般コンシューマー向けではないかもしれないけれど、そうしたデバイスが家庭に普及したら、どうなるか。そういった発想で創作を促しているところはありますね。
一方でゲーム開発の現場でも、映像作品のノウハウについて関心が高まっていると、お聞きしました。クリエイターの方々から「実写映像におけるライティングのノウハウについて知りたい」などと聞かれたことがあります。
CGW:実際、コンピュータグラフィックスが物理ベースレンダリングを経て、リアルタイムレイトレーシング時代を迎えようとする中、実写の映像制作に関する知見のニーズが高まっています。そのため、お互いが補完関係にあるということですね。
この話を進めると、ゲームの文脈という話に広がっていきます。アートでは文脈に基づいた創作が重視されます。西洋美術でロマン派から印象派が産まれたり、古典芸術から現代芸術が産まれたりしたように、それまでの文脈を踏まえた上で、それを破壊したり、拡張したりといった創作活動が求められるということですね。それはゲーム業界でも同じですが、市場で売上を立てるという命題を突きつけられると、なかなか難しいところがあります。そうした原動力になることが、大学に求められていることなのかもしれません。
ただ、そこで重要なのが「ゲームにおける文脈の理解」です。この点については、ゲーム業界自身が道半ばというところだと思います。アーカイブに関する取り組みも、議論が始まったばかりです。ゲームコースでは、この点についてどのようにお考えでしょうか?
桐山:文脈の理解については経験値が産業界にあると思っています。我々がメンターを通して、こういうゲームもあるよ、こういうジャンルがあるよ、といったことをその場で教えてもらっているところが大いにありますね。そうした体系化はやりたいことでもありますが、永久に続いていく作業だとも思います。何しろ、新しいゲームが次から次へと登場していきますからね。
先ほどアーカイブの話もありましたが、この点では過去にこうした作品があった、こうしたながれがあったという、参照点をたくさんもっていることが重要です。そのため、常時産業界の方と議論を進めながら、そのための引き出しを増やしていくしかないと思います。
これは美術における講評会と似ているところがあります。ある講評会があり、そこに作品を出展すると、その作品の意味について、参加者間で様々な議論が広がっていき、全体の中での位置づけが与えられる......。そうした場を提供するのが講評会の意義です。
ゲーム教育についても同じで、メンターや外部の産業界の方などを通して引き出しが増えていく......そういったことを続けていきたいと思っています。その一方で産業界の側でも、アートの文脈が気になる......そういった話を伺うこともあります。
CGW:大手企業の中には、業界の生き字引のような方が、まだまだ現役のアートディレクターとして活躍されています。そうした方々は、いきなりドット絵から入っているので、デッサンの経験やスキルに乏しかったりするんですね。一方でそうした会社が、美大から新人を採用していたりするわけです。だからこそ、アートの文脈に興味があるのかもしれません。
桐山:なるほど、その対称性は面白いですね。
CGW:そんな風に引き出しを増やしていく上で、外部のイベントやカンファレンスへの出展について、考えられていますか? 先ほどもインディイベントへの出展について、少し話がありましたね。東京ゲームショウのインディコーナーへの出展や、センスオブワンダーナイトへの応募などが考えられます。
桐山:重要だと思っています。昨年は間に合いませんでしたが、アメリカのインディゲーム向けイベントなどには、USCを通して、これから積極的に出展していこうと思っています。国内のカンファレンスについても、これまでにCEDEC 2018に公募し、「Animation to Games 〜東京藝術大学仮想ゲーム学科展での取り組み〜」というセッションで発表させていただきました。
牧:他にSIGGRAPH2018でも同様の発表「Animation to Games, Virtual Department of Games in TokyoUniversity of the Arts」をしています。
CGW:なるほど、すでにそういった取り組みを進められいるのですね。個人的にはGlobalGameJamが藝大で開催できると良いかなと思いました。自分も秋葉原で会場運営をしていますが、藝大でも地域の企業や教育機関を巻き込んで実施されれば、地域の活性化に繋がりますし、藝大がより身近な感じになります。
桐山:それは良い話ですね。検討したいと思います。そんな風に、我々にはまだまだ、できることがたくさんあります。それはUSCを見てもよくわかります。我々とUSCのちがいとして、大学院における研究部門の層の厚みがあります。USCのMedia Arts + Practiceはそのひとつで、美術からゲームまで分野横断的な研究活動をされています。私も見学させていただきましたが、たいへん刺激になりました。そうした地層があるからこそ、ユニークなゲームが学生から出てくるのだと思います。我々も今後、ぜひ博士課程を充実させて、ゲーム研究をする人を育てていきたいですね。
CGW:すばらしいですね。それは今日伺った中で一番良い話です。
桐山:実際にゲームを通して社会を見ている人が増えています。美術的な分野でも、シミュレーションなどを前提に世の中を見ている人が増えていて、映像研究科でこれからの美術を研究したいという人が集まり始めています。ゲームの批評や分析といった、ゲームを巡る言説についても、広く発信していく予定です。
CGW:美学や倫理といった人文系の学問ではなく、実際の作品制作を通して、もっといえばゲームデザインで博士号を取った人はまだ日本には存在しません(2020年2月10日現在)。藝大でそうした研究が盛んになって、ゲームデザインで博士号を取る研究者が増えていくと、非常に良いですね。
桐山:作品をつくって初めて見えてくることもありますからね。そうした知見を積み重ねて、少しでもそうした理想に近づければと思います。
CGW:今後本コースが博士課程の拡充を踏まえて成長していくとなると、より様々なコラボレーションが求められていくかと思います。今はスクエニと良い関係が築けているようですが、今後はどうなっていきますか?
桐山:はい、すでに他社からも、いろいろなお申し出をいただいています。実際に試験的な取り組みも進めています。
CGW:なるほど、これからの展開が楽しみです。ありがとうございました。
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東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコース展01
日時:2020年3月20日(金・祝)11:00~18:00 入場無料
会場:東京藝術大学上野キャンパス美術学部総合工房棟B練2F 多目的ラウンジ
(東京都台東区上野公園12-8)
ゲームコース第1期生の学生が南カリフォルニア大学インタラクティブメディア&ゲームズ学生と制作した共同プロジェクトや、産業界と共同制作で作られたゲームなどが展示される。
games.geidai.ac.jp