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将来はゲームデザインで博士号取得者を輩出したい〜東京藝術大学ゲームコースの取り組みとは

将来はゲームデザインで博士号取得者を輩出したい〜東京藝術大学ゲームコースの取り組みとは

芸術系の最高学府として知られる東京藝術大学。その大学院映像研究科に2019年4月、ゲームコースが新設された。ゲームを芸術の一分野として捉え、研究や作品制作を通してその可能性や映像表現のフィールド拡張への貢献を目指すという。ゲーム教育で全米1位の実績をもつ南カリフォルニア大学や、スクウェア・エニックスとの産学連携で進む同コースの現状とビジョンについて聞いた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

アニメーションベースのゲーム教育を推進

CGWORLD(以下、CGW):初めて馬車道校舎にうかがいましたが、立派な建物で驚きました。

桐山孝司氏(以下、桐山):もともと安田銀行横浜支店(後に富士銀行横浜支店)があった建物で、「横浜市認定歴史的建造物」の指定を受けています。金庫室もあり、今は機材庫として使われていますね。

CGW:こちらに来られて何年くらいになるんですか?

桐山:2005年に入居したので、そんなに古い話じゃないですね。

CGW:歴史の重みを感じますね。それでは、お二方のバックグラウンドも含めて、簡単に自己紹介をお願いします。

  • 桐山孝司/Takashi Kiriyama
    東京藝術大学 大学院映像研究科
    メディア映像専攻 映像研究科長 教授
    東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士課程修了、工学博士。東京大学人工物工学研究センター、スタンフォード大学設計研究センター、科学技術振興機構、東京大学大学院情報学環を経て現職。佐藤雅彦教授とのユニットであるユークリッドとして「計算の庭」(2007)、「指紋の池」、「属性のゲート」(2010)、「統治の丘」(2015)を発表している

桐山:はい。その前に、はじめに簡単にコースの説明をさせてください。東京藝術大学の大学院映像研究科には、メディア映像、アニメーション、映画の3専攻があります。このうちゲームコースはメディア映像とアニメーション専攻の入学者が選択するコースになっています。

メディア映像専攻はインタラクティブな作品や、モバイル端末向けの映像など、従来のスクリーンにこだわらない映像制作を専門分野としています。そうした特性もあり、自然とゲームに関心がある教員が集まるようになりました。また大学の方でも、もともとそうした範囲にも領域を広げたいという思いがありました。

これに対してアニメーション専攻では、アニメーションの出口が世の中で広がってきていて、そのひとつとしてのゲームに対して、やはり興味があると。それで一緒にやりましょうとなりました。そこで、それぞれの専攻から教員が集まって、ゲームコースが作られました。

自己紹介としてはメディア映像専攻の教員で、研究のバックグラウンドとしては精密機械工学です。大学院でも展示物を一緒につくったり、プログラミングを学生に教えたりしています。

CGW:エンジニアリング系なんですね。興味深いですね。

  • 牧 奈歩美/Nahomi Maki
    東京藝術大学 大学院映像研究科
    アニメーション専攻 講師
    2000年代からアニメーション作品を制作。2017年に博士(映像)取得。米国映像制作スタジオや教育研究を経て現職。平面や3DCGアニメーションを制作し、近年はフルドーム映像やVR制作研究にも活動を広げている。これまでの上映・展示に、第12回文化庁メディア芸術祭、アヌシ―国際アニメーション映画祭(2009)、第11回フルドーム映画祭(ドイツ)、SIGGRAPH Asia 2018 VR Showcaseなど

牧 奈歩美氏(以下、牧):私はアニメーション専攻の教員で、もともと映像や写真から出発し、次第に映画としてのアニメーションに興味が移っていきました。そこから技術的なことにも興味が加わり、コンピューターグラフィックスであったり、ドーム映像や立体視といった、技術的なものが加味された、視覚的に新しい広がりについて興味をもち始めました。大学院では手描きのアニメーションでVRの作品をつくって、360度の視野で表現するワークショップなどの授業をやっています。

CGW:牧さんはアート系なんですね。ゲームの構成要素をエンジニアリングとアートに分けると、それぞれで専門の方が担当されているわけで、面白いですね。

桐山:他にゲームコースには岡本美津子教授と、松本祐一特任助教を合わせ、全員で4人の指導教員がいます。岡本はプロデュース、松本はサウンドやアニメーション、展示が担当です。まだゲームコースは専攻になっていないので、全員兼任でやっています。

CGW:はじめに確認しておきたいのですが、こちらのゲームコースでは「ゲーム教育」を実践されているという理解で良いでしょうか? つまり「ゲーム開発者の育成を主目的に掲げ、そのための教育を実践するかたわら、教材や教授法などについても研究されている」という意味合いで良いでしょうか?

桐山:はい、その通りです。

CGW:ありがとうございます。その上で、いくつか基本的なところをお聞きしていきたいと思います。はじめに、釈迦に説法かと思われますが、まだまだ日本ではゲーム研究やゲーム教育に対する風当たりが強いところがあります。「専門学校と何がちがうんですか」という疑問が典型例です。また、既存の学問領域との整合性も問われます。一方で美大としては、メディアアートとのちがいについても議論があるでしょう。ゲームコース設立に際して、こうした問いはありませんでしたでしょうか?

桐山:まさに今でも議論を続けているところです。コース設立にあたり、いくつか背景がありました。スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)さんとのお付き合いはそのひとつです。5年くらい前から、『ファイナルファンタジー』シリーズの美術部門の方が、大学の作品発表会などに見学に来られるようになったんです。CG-ARTS協会が接点となり、当時の第2ビジネスディビジョン、今はその一部がLuminous Productionsとなっていますが、そちらの方々に、良くお越しいただきました。

その際、スクエニさんとしてもアート系の人材を必要としていること。中でも最初からデジタルではなく、ものづくり全般や、しっかりと対象を観察されている人に来てほしいという考えがあったと伺いました。そこで学生の展示物について、特にジャンルを限定せずにいろいろな作品を見ていただきました、実際、アニメーションについてはCGではなく、手描きの作品が多いくらいですから。もしかしたら、先方としても珍しかったかもしれませんね。

CGW:なるほど。

桐山:そこから2年の準備期間を経てコース設立にいたりました。また、その過程でスクエニのクリエイターの方々に特別授業を行なっていただいたり、作品制作でメンターに入っていただいたりしました。2017年8月に開催した「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」、2018年11月に開催した「第0年次」展は、そうした成果のひとつです。こうした取り組みを通して、アニメーションからゲームへの拡張という軸が固まっていきました。そういう意味でいうと、我々のゲームコースはアニメーションがベースなんですよ。

東京藝術大学ゲーム学科(仮)展

CGW:具体的にはどういったことでしょうか?

桐山:そうですね......そもそも、単にアニメーションをインタラクティブにしたらゲームになるかというと、そんな単純な話ではありませんよね。むしろ学生が創作活動を行う過程で、アニメーションでは表現し得なかったことを再発掘し、インタラクティブメディアの特性を活かして、ゲームにするという方法論が産まれてきました。そして、これによって、これまでにない作品表現ができることがわかってきました。

一例を挙げると、2017年の(仮)展で展示された『鞍馬の火祭』(ディレクター:谷 耀介氏)があります。この作品では、まず京都の伝統行事である「鞍馬の火祭」を題材に、アニメーション作品が制作されました。夜空に炎が舞い上がる、文字通りの映像作品でしたね。

ただ、そこで作者が表現したかったテーマは、世界にスピリチュアルな存在があり、人間が妖怪のようなものと共生している世界観へのリスペクトでした。サンさんを始めスクエニの方にメンターに入っていただき、ディスカッションしながら掘り下げていくことで、そうした作者の隠れたテーマが浮かび上がってきたんです。

そこから妖怪をゲームの軸に据えるアイデアが生まれ、妖怪と出会いながら鞍馬の火祭の夜を過ごすVRゲームに結実しました。

CGW:何となくイメージが伝わってきました。ただ、各論に進む前に、もう少し前提条件について確認させてください。それはゲームの捉え方についてです。ご存じの通り、遊びやゲームについての定義は、アカデミズムでも揺れ動いています。いろいろな考え方があってしかるべきだと思いますが、この場合の「ゲーム」とは、何を意味するのでしょうか?

桐山:そうですね。これも「大学でゲーム教育を行うこと」と同じ悩みになります。そもそも、ゲームといってもコンピュータゲームが全てではありませんしね。

CGW:そのとおりですね。

桐山:これも例になってしまうのですが、同じく(仮)展では『Z』(ディレクター:瀬尾 宙氏)という作品が展示されました。テーマは「二次元の世界からの脱出」で、こちらも元はアニメーション作品でした。ある住人が部屋から出ようと模索する様子を描いたもので、ラストでは実際に出て行くことができました。

『Z』瀬尾 宙氏(ディレクター/東京藝術大学大学院映像研究科修了)、木村健太郎氏(メンター/スクウェア・エニックス)、藤田至一氏・室山順子氏(エンジニア)

ただ、この作品もそれをそっくりゲームにするのではなく、2Dが3Dになるというテーマを軸にメカニクスを考案するところから再出発しました。その結果、キャラクターが壁にプロジェクションされていて、正しく積木を積み上げると、キャラクターが階段を上がっていくパズルゲームになりました。また、こんな風に手で直接オブジェクトに触れたり、現実の物理法則が存在したりと、ゲームを発展的に捉えることは、もともと作家のやりたいことでもありました。

実際に体験してみても、けっこう面白かったですね。こんな風に2Dのアニメーション作品から始まったものが、ゲームを通してフィジカルなものになるということも、十分にあるなと思いました。

CGW:ここでは「手で触れない映像」と、「コントローラを介して、画面上のオブジェクトに対して擬似的に触れるコンピュータゲーム」というメディア特性のちがいに加えて、「コントローラで擬似的に触る」体験と「積木に実際に触る」体験という、2つの触覚体験が重層的に重なっていますね。まさにゲームの可能性を広げるとともに、その定義の難しさを良く示している作品だと思いました。

ただ、この作品から、ゲームとメディアアートとのちがいについても議論ができそうです。仮にメディアアートを接線としたとき、ゲームをどのように捉えることができるでしょうか?

桐山:メディアアートにはメディアアート自身に目的が内包されています。メディアの新しい側面を取り出して提示したり、メディアに接することで、以前とはちがった認識が生まれてきたりするなどです。そういった体験をさせることが、メディアアートの目的だと思います。

そのため、ある作品に対して予備知識なく体験された方が、体験する前よりも、ちょっとちがった気持ちになってもらえれば、その作品は成功なんですね。そのため、必ずしも個々の体験にゴールはありませんし、表現の指針みたいなものも定義しにくいんですよ。作品に接することで、まったく思ってもみなかったような世界や認識があるんだな、といったことを感じてもらえれば良いという。それが方針といえば、方針みたいなものなんですが。

こんな風にメディアアートは、作家との対話を通して新しい発見をしてもらうことが目的だと思います。

CGW:なるほど。その議論を発展させると、ゲームはどのように捉えられるのでしょうか?

桐山:ゲームもメディアアートと重なるところがありますが、もう少し熱中して体験してしまうところが、ちがいとして大きいかなと思います。

CGW:参加性の度合いがちがうということでしょうか?

桐山:そうですね。遊んでもらう......例えばメディアアートにはインタラクションという概念はあっても、PLAYという概念は明示的にはありません。PLAYには一度始まると、自分でどんどん先に進めていく、そうした自発性がありますよね。そこが少しちがうなという感じがしています。

:ゲームにはある種の制限があったり、明確なルールがあったり、その中でプレイヤーが面白さを見つけて、何かに向かっていくという......明確な制限があるところが、メディアアートと線引きができる点かなと思います。

また、先ほど作家との対話という話が出ましたが、メディアアートには鑑賞者が自分自身をもって作家と対話するところがあります。これに対してゲームは、ゲームの中の登場人物やキャラクターになって体験するものが多いように思います。こんな風に、半分は自分で半分は自分ではない誰かになって、その世界に関わるという点も、ちがいとして挙げられそうです。もっとも、全部が全部そうしたゲームばかりではありませんが。

CGW:なるほど。今おっしゃられたような話は、まさに過去20年近く、海外の人文系のゲーム研究で議論されてきた内容ですね。そうした学問的蓄積の上にゲームコースが存在していることが伝わってきました。

その上で、日本のゲーム研究者に対する批判的言説として、「遊びやPLAYは、学問の対象になり得るのか」という点があります。これに対して、どのようにお感じですか? 遊びを研究することは学問なのでしょうか?

桐山:これに答えるには、学問の定義が必要になりますね。学問の定義は「蓄積できること」です。遊びに対する経験値が、他者が引き継げるかたちで蓄積されていけば、立派な学問だと思いますね。

この分野では、産業界で行われていることが先行しています。産業界には新しいゲームをつくり続けるために、人から人へと蓄積されているものがあります。いわゆるノウハウや、暗黙知と言われているようなものです。これらに対して客観的な分析を行なったり、形式知に固定化していけば、しっかりとした蓄積ができて、より大きな広がりがもてるようになります。学問の役割はそこにあります。

このように学問だから「できないことができる」ようになるのではありません。むしろ、学問が努力しなければいけないことは、これまで明示的にされていなかった引き継ぎや蓄積を、明示的にしていくことだと思っています。

PLAYについて、すでにたくさんの言説や定義がなされているということは、まさにPLAYについて研究することが学問であるということでしょう。もっといえば、キャラクターの魅力的なつくり方みたいなものについて、様々な考え方が産業界であるとしたら、それらを何らかの形で固定化して、引き継げる形にしていくための努力が学問だと言えます。

必ずしも方程式にしたり、定義を定めたりといったことだけが学問なのではありません。そうした語りを収集するだけでも、十分に引き継げる資産になると思っていますし、固定化できると思います。そのため、そうした努力を続けることが学問の範疇に入っていると思います。

CGW:PLAYに対する暗黙知を形式知に固定化していく行為自体が、学問なんだということですね。

桐山:そうですね。美術とのアナロジーで説明すると、よりわかりやすいかもしれません。美術の「見る」という行為には、解剖学的な「見る」行為だけでなくて、見てどういうふうに理解するかという意味も含まれています。実際、どのように作品を「見る」かが、中心的な課題になっていますよね。また、同じ「見る」という行為についても、時代ごとに新しいメディアが出てくることで、対象の表現の幅が広がっていきます。

同じように、昔からある「PLAY」という概念についても、コンピュータを使ったPLAYはどうなんだとか。平面のディスプレイだけでなくて、VRのPLAYってどうなんだとか。そういった課題に答えていくことが学問だと思います。

CGW:なるほど。ありがとうございます。美術の話が良い接線になり、自分自身の理解も深まりました。ここからはその上であとひとつだけ。アートとデザインの関係について質問させてください。

これも釈迦に説法ですが、アートには「作品」という言葉が示すとおり、作者の自発的な創作活動という側面があります。「私はこう思っています。その思いを原動力に、こんな作品をつくりました。あたなはこの作品について、どう思いますか?」などです。先ほどおっしゃられた、メディアアートにおける作者と鑑賞者の対話というのは好例です。だからこそ、アートは記名主義を取っています。

これに対してゲームにはゲームデザインという言葉が示すとおり、「デザインされる」という側面があります。デザインには課題の解決をベースとした創作活動と言えます。「あなたのためを思ってつくりました。いかがでしょうか?」という考え方ですね。そのため、記名は「責任の所在を明らかにする」という意味合いが強くなります。また、デザイナーの名前が世に出ないことも少なくありません。

こんな風に考えると、アートとデザインの間には溝がある気がするのです。この溝について、ゲームコースではどのように考えられているのでしょうか?

桐山:その二面性は確かにあって、それを融合するための方法論を模索しているところです。本コースの個人制作では、スクエニのクリエイターさんにメンターに入っていただいています。スクエニ側に重視いただいているのは、「ゲームとして成立するか否か」と「完成に向かって何をしていけばよいか」です。必要に応じてユーザーテストなどのご協力もいただいています。こんな風にデザイン的な観点からメンタリングいただいているんですよ。これらは、ともすればアーティストに欠けている視点です。

しかし、それが作品制作の障害になっているかというと、ちょっとちがっていて。実際にゲームを制作する上では助けになっていますね。しかも、そうしたメンタリングで作家性がなくなるかというと、それもちがうと思っていて。それは我々のコースがアニメーション制作から出発しているからです。実際に作品にもアニメーションの色が大きく出ている場合が多いですし。元になるアニメーションが存在せず、直接ゲームが作られる場合でも、個人の経験から来る「想い」のようなものが反映されているため、個人色がとても濃いですね。

CGW:いま仰られた「個人色」というのが、デザインではなくアート的な文脈で作られている部分だと感じました。本コースでも重視されている点でしょうか?

桐山:そうですね。個人制作が基本形なので、メンターの方に入っていただいたり、必要に応じて企業の方や、卒業生にエンジニアをつけていただく場合でも、学生がディレクターである点ははっきりさせています。

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Profileプロフィール

桐山孝司✕牧 奈歩美(東京藝術大学)

桐山孝司✕牧 奈歩美(東京藝術大学)

写真右から桐山孝司氏(東京藝術大学 大学院映像研究科 メディア映像専攻 映像研究科長 教授)、牧 奈歩美氏(東京藝術大学 大学院映像研究科 アニメーション専攻 講師) www.geidai.ac.jp

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