巣ごもり家族に向けて手軽に楽しめるものを提供
CGW:ゲームデザインや体験デザインで工夫された点はありますか?
宗:特にデザインというデザインはしてないんですよ。プロトタイプの段階からそんなに変わっていません。ただ、AR上で平面を検出してから、らくがきの撮影に入るまでの時間をいかに短くするかにはこだわりました。「すぐに遊べる」という点は、ココノヱ時代からこだわっているところでもあります。
CGW:まさにアーケードゲーム感覚ですね。
宗:そうですね。あと、お子さんに触ってもらうのであれば、まどろっこしいのは嫌じゃないですか。「パッと起ち上がってパッと触ってもらう」みたいな感じが理想かなと。
岡田:説明しても見られないですしね。
CGW:仮にピュアなゲーム屋さんが開発したら、もっとガチャガチャと要素を盛り込むと思うんですね。オープニングでムービーがながれたり、キャラクターが出てきてチュートリアルをしたり。録画したビデオを再生するときにエフェクトが表示されたり音がながれたり。そういった演出的な部分をざっくりと切って、「素材の鮮度で勝負する」みたいな印象を受けました。
宗:本作で言えば、もともとプロトタイプがあったことと、コロナ禍で家に籠もっているご家庭に手軽に触って楽しんでもらうことが目的だったので、スピードを優先させたところがありました。それに今までの経験則で、子供がアプリを触って、勝手に遊び方を考え出すような余白をつくっておいた方が良いなと感じていて、このかたちにしました。
CGW:余白のままで止めるというのがなかなかできないんですよ、ゲーム屋さんって。ルールをつくっちゃうんです。らくがきを操作できるようにするとか、アイテムを食べさせるとどんどん成長していくとか、チュートリアルをストーリー仕立てにするとか。そういうのをやりたがるんですよね。そうすると、どんどん遅れていくんですよ。下手すると完成時には新型コロナの流行が終わってました、みたいな。
2人:(笑)CGW:コンセプトはそこじゃないんだよって話なんですね。コロナ禍で困っている親御さんやお子さんに、少しでも楽しんでもらうのが目的だったんですね。
宗:そうですね。
▲『らくがきAR』アプリストアでの表示。App Store(左)/Google Play(右)
CGW:『らくがきAR』の販売を売り切りモデル(120円)にした理由は何ですか?
宗:子ども向けに制作したアプリだったので、広告を入れたくなかったのが理由です。ただ、iOS版は1,000人だけ無料でダウンロードできるようにしました。App Storeだと無料と有料を自由に変えられますからね。もっとも、到達まで3日間くらいかかるかなと思っていたのに、気が付いたら半日で達成してしまい驚きました。子どもだけではなく、漫画家やイラストレーターをはじめ、たくさんの大人に楽しんでいただけて、SNSで拡散してもらえたのが良かったようです。
CGW:Twitterのハッシュタグ「#らくがきAR」で検索すると様々な動画がヒットしますね。漫画『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生もルフィのらくがき動画を投稿されていて驚きました。SNS時代ならではのプロモーションだと思いましたが、まったくの偶然だったんですね。
岡田:こちらもビックリしました。プレスリリースを出したくらいで、バズらせるためのねらいは特にありませんでした。ただただSNSで爆発したのが大きかったです。
CGW:そこも大手のゲーム会社では難しい点だなと思いました。そもそも最初から売上の目処が立たなければ、開発に承認が出ないですからね。仮に経営者がOKを出しても上場会社であれば株主が許さない(笑)。Whateverとしては問題なかったのでしょうか?
宗:特になかったと思います。もともとプロトタイプができていたので、リリースまでの開発工数がそんなにかからないのではないか、という判断もあったと思います。
CGW:プロトタイプを製品として出そうと決められたのはいつですか?
宗:「第7回 デジタルえほんアワード」に『Doodle AR(現 らくがきAR)』を出展し、グランプリをいただいたのがきっかけでした。デジタル絵本といっても絵本だけに限定せず、様々なデジタルコンテンツを対象としたアワードだったので、ちょうど良いのかなと思って。そのときにアプリとしてブラッシュアップしました。
岡田:その後、受賞を受けて角川武蔵野ミュージアムから、試遊展示のお話をいただきました。2020年11月のグランドオープンに先駆けて、「8月にプレオープンするので、その際に置きたい」との提案があって。そこで長時間、安定して動作するようにつくり込んだのが大きいですね。その展示開始と合わせてストアにも出すことになりました。
宗:お話をいただいたのが2020年の3月下旬で、リリースしたのが2020年の8月ですね。
岡田:その間、まるまる作業をしていたわけではありませんが、展示に合わせる必要があり6月頃は忙しかったですね。展示用に過去に描いたラクガキが出てくるなど、カスタマイズもしていました。
▲「第7回デジタルえほんアワード」公式サイト
体験者の生の反応を見ながら知見を蓄積
CGW:最近は、ゲーム業界でも開発に先駆けてペルソナを設定することが多いんですが、このアプリに関してはいかがでしたか?
宗:していないですね。そもそもココノヱ時代から、ターゲットをあまり設定していないコンテンツが多いです。ハードルを下げたり間口を広げたりして、子供から大人まで楽しめるようなものをつくっています。そもそも、ラクガキってそういうものじゃないですか。国籍も性別も関係なく、親子が一緒に遊べるようなコンテンツで。それに、『らくがきAR』では絵をスキャンするだけで、実際に操作することはできません。これは『撃墜王』も同じで、描いた絵が動くのを見て応援するだけなんです。
岡田:『撃墜王』を開発した頃は、ショッピングモールの催事向けに開発したり、イベントなどでブース出展させていただいたりといった小さい仕事も多かったですね。会場でアテンドなどもさせていただきました。ペルソナを想定して開発するというより、たまたま目の前を通りかかったお客様に声をかけて、興味をもってもらって遊んでいただく......、といったことが多かったですね。そこでリアルな感想や反応を得たことが知見として蓄積していきました。
CGW:お客さんの顔を見ているわけですね。
岡田:いわばイベントの客寄せですよね。声がけをしたら「いらない、いらない」と手をふって足早に通り過ぎられたり。かと思えば「これ、お金いるの?」、「何をするゲームなの?」などと聞かれたり。どうすれば、お客さんに直接わかってもらい喜んでもらえるのか、そこで鍛えられた気がしますね。
CGW:今、すごく良い話を聞いていますね。コロナ禍でゲームセンターの運営がしんどくなっていることもありますし、ゲーム業界でもなかなかそういったことが難しくなってきているんですよ。でも、お客さんの表情や反応を見ながら開発する重要さを再確認しました。
岡田:大手のゲーム会社では、開発職でもゲームセンター研修などがあったそうですね。
CGW:ナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)やセガ・エンタープライゼス(現:セガ)など、ゲームセンター発の企業はどこもそうでしたね。お客さんの反応を見るだけではなく、毎日キャッシュボックスを開けてジャラジャラと百円玉を集めさせて。「ここから給料が出ている」ということを実感させるといったねらいがあったと聞いています。
岡田:めっちゃリアルですね。
CGW:一方でコンシューマのクリエイターには、自分たちの給料がどこから入ってくるのかが実感できていない人が多いですよ。何となく給料が出ているんだろうなぁとか、なぜ会社が赤字なのに倒産しないんだろうとか。ソーシャルゲームでも日々の売上が数字でチェックできて、運営施策の結果がダイレクトにわかる反面、数字を上げることに夢中になってしまい、お客さんの存在を忘れがちなところがあります。
岡田:僕たちもWeb制作が出自で、当時はSNSなども今ほど一般的ではなかったので、Webサイトをつくっても反応が肌感で掴みにくいところがありました。デジタルインスタレーションをつくり始めてから、お客さんの反応がリアルにわかるようになり、開発に影響するようになりましたね。
CGW:さて、『らくがきAR』の今後の展開はありますか?
宗:今後も同じようなコンセプトのアプリは開発すると思いますが、『らくがきAR』としてはこれで一区切りとなります。
CGW:それでは、新しいコンテンツやサービスの開発についてはいかがでしょうか? 先ほどもふれましたが、5Gの普及に伴いどのキャリアもARやスマートグラスに関心を注いでいます。
宗:新しい挑戦はどんどんやっていきたいですね。『らくがきAR』のしくみを活用して、僕らがこれまで開発してきたコンテンツをARに移植したり、新しいコンテンツを起ち上げたり。もっとも、ARだからやりたいというのではなく、メーカーさんが新しい技術を出してきたときに、その技術をどんなふうに活用してコンテンツに落とし込んでいくかが勝負だと思っています。個人的にはエンタメが好きなので、ゲーム的なコンテンツを今後も開発していきたいですね。
CGW:iOSでいえばLiDARが注目を集めていますが、すでに検証されていますか?
岡田:関心はありますが、まだ忙しさにかまけて本格的に検証ができていません。せいぜいスキャンアプリを試すくらいですね。ただ、LiDARで何ができるかも重要なんですが、LiDARを触ってみてそこで得た感覚をエンジニア視点で会社に伝え、そこから生まれたアイデアをまた形にするという循環構造をつくることが大切だと思っています。
CGW:ゲームとも遊びともつかない、新しいタイプのエンターテインメントが注目を集めていて、まさに『らくがきAR』は好例だと思います。そうしたエンターテインメントは、なかなかネイティブなゲーム業界からはいろんな意味で出てきにくい状況にあるんですね。だからこそ御社であったり、お2人のような新しいクリエイターの力が求められているんだろうなと改めて感じました。今日はありがとうございました。