『大神』や『ベヨネッタ』の開発で知られるゲームクリエイター中村育美氏が、2022年3月にゲームスタジオを起ち上げた。中村氏自身が様々な国のアーティストと交渉し集まったメンバーが働くUNSEENは、自由でボーダレス、そして何よりも新しい風を感じさせてくれる。ポストコロナの時代に、月島(東京都中央区)という、ゲームスタジオとしては一風変わった土地に誕生したこのスタジオについて、中村氏の話とともに紹介していこう。
UNSEEN
2022年3月に設立。時間、空間、言語、創造性に制限されないゲームスタジオ。AAAタイトルの制作経験者が多く在籍している。現在、新作タイトルを鋭意制作中。
www.unseen-tokyo.com
中村育美
1985年10月8日生まれ。株式会社カプコン入社後、クローバースタジオ株式会社、プラチナゲームズ株式会社に在籍し、『大神』、『ベヨネッタ』などの開発に携わる。その後、三上真司氏が設立したTango Gameworksに移籍。2019年に退社し、準備期間を経て2022年3月にUNSEENを設立。
海外のスタジオを参考に始めたスタジオづくり
——中村さんのこれまでのキャリアを簡単に教えてください。
日本のゲーム業界でベテランと言われる年数働いていますが、心はいつでもジュニアの中村です(笑)。幸運にもE3でスポットライトを浴びたことで私のことを知ってくださった方も多いかもしれませんね。しかし私のキャリアは現在に至るまで一直線だった訳ではなく、様々な仕事を任されながら、多くの失敗と共に少しずつ成長してきました。
私の行動力の源は、そのほとんどが個人的、あるいは仕事上の過去の経験から成り立っています。私は多くのことを学び、自分なりの「ベストプラクティス(最善の方法)」をもつゲームクリエイターです。
得意分野は、0ベースからのIPクリエーションとクリエイティブディレクション、コンセプトクリエーション、初期のアイデア出しです。世界、宇宙、物語、環境、キャラクターを制作し、境界線を壊すこと、新しいものをつくること、そして人々を「わおっ!」と驚かせることが好きですね。
これまでに『大神』、『ベヨネッタ』、『サイコブレイク(The Evil Within)』、『サイコブレイク2(The Evil Within 2)』、そしてオリジナルタイトル『Ghostwire: Tokyo』などの開発を手がけました。エンバイロンメントアーティストからキャリアをスタートさせ、使えない新人(!)として先輩方に鍛え上げられ、夢のデザイナー職を得てチャンス到来、その後クリエイティブディレクターとなり、現在はUNSEENのCEOになりました。
——UNSEEN起ち上げの経緯を教えてください。
旧態依然の日本のゲーム開発環境や市場に対して、ずっと疑問を抱いたまま開発者として過ごしていました。特に日本の会社を通じて「ベセスダ・ソフトワークス」(以下、ベセスダ)という外資系の会社と仕事をしたことで、この疑問は大きくなっていき開発環境の重要さを意識するようになりました。
ベセスダとの仕事を終えた後、自分自身のクリエイティブ精神を問う時間をもつことにしました。「クリエイティブな環境ってなんだろう?」と常に考えていた気がします。そこで、持ち前の行動力を発揮し世界中のゲーム開発スタジオを見学させていただきました。
その中でも「SIEサンタモニカスタジオ」や J・J・エイブラムス氏が率いる「バッド・ロボット・プロダクションズ」の開発環境は、特にクリエイティブに適した環境だと感じました。また私の会社に対する思想は、『Portal』シリーズなどを手がけるアメリカのソフトウェア会社「バルブ・コーポレーション」や、『第9地区』で知られる映画監督のニール・ブロムカンプ氏が起ち上げたフィルム・スタジオ「オーツスタジオ」からインスパイアを受けていることも改めて実感できました。
元々アメリカに移住してどこかのスタジオでアーティストとして働くつもりでしたが、2020年の3月にCOVID-19が流行し国境が封鎖され、日本に留まることを余儀なくされました。しかし私はアーティストとして、安全な場所が必ずしも自分の望む場所とは限らないと考える性格です。そこで「挑戦することの方がはるかに価値があり、全てが学びとなる」という信念の下に、大胆で、クリエイティブで、包括的なメソドロジーをもつゲームスタジオの起ち上げを思い立ち、オリジナルIPと共にプレゼンに奔走し始めました。目指したのは「最高のゲームをつくるために、最高のスタジオをつくり、最高のアーティストとチームをつくる」ことです。
——「UNSEEN」という名前の由来は?
小学生のときに、とあるサブカル本で目にした、最新鋭の目視できない戦闘機のコードネームが「UNSEEN」でした。当時は英語がわからなかったのですが、このUNSEENという響きや音がとても好きで。まず、目に見えないという謎めいたところがクールですし、“静かに任務を遂行する”、“姿を見せず活躍する”というのもクリエイティブなゲームスタジオにフィットすると思え、すぐに採用しました。ところが後日、弊社のアーティストとこの社名の由来について話していたとき、「中村さんは、姿見せて活躍してますよね」とツッコミを入れられて。たしかに、あまり隠れてないかもしれませんね(笑)。
中村氏の思いが形となったゲームスタジオ
月島に誕生したUNSEENのクリエイティブ基地
——月島にオフィスを構えたのはどういう理由からでしょうか?
アーティストがクリエイティブを生み出しやすい環境=我々の基地をつくりたいと考えていました。海外のスタジオで見てきた、「こんな場所にゲームスタジオがあるの?」という予測不能な場所を東京で見つけるのは、なかなか難しいことでしたね。
一年近く探し回っていたところ、月島の大型倉庫に出会うことができました。その倉庫には、映画会社や撮影スタジオ、アパレル会社などがあり、すでにクリエイティブに適した環境が整っていて私たちの基地と呼ぶのにふさわしい場所でした。駅近くに、こんなにワクワクするスタジオを持てたことは幸運でしたね。また月島エリアは、再開発と下町がコラボレーションしている町で、古くは外国人居留地だったこともあり、UNSEENのようなボーダーレスなスタジオにフィットすると感じました。
目黒、品川、渋谷はオシャレですよね。そういった土地のブランド力に憧れていた時期もありました。でも、そのエリアには私の望むクリエイティブに特化するスタジオをつくれる場所がありませんでした。ほとんどがオフィスビルに入るしかないという感じでして。UNSEENはポストコロナの会社ですから、ビジネス街になくても仕事は可能だと、考えを切り替えることができました。
リモートワークを推進したことにより、オフィスを持たないという選択肢もありましたが、やはりスタジオはあったほうが良いと感じています。私はUNSEENのスタジオを“オフィス”と呼びたくないので、カフェやあるいは図書館など、アーティストたちが集まって何かを生み出す場所として、集中とリラクゼーションを目的とした場所になるよう設計しました。
——「時間、空間、言語、創造性に制限されない」という公式サイトのコピーが非常に印象的です。このキーワードを踏まえて、スタジオのコンセプトや開発スタイルの特長について教えてください。
UNSEENを一言で表現すると「スタイリッシュで大胆な個性と創造性、そしてミステリアスな雰囲気をもつ独立系ゲームスタジオ」です。
スタジオのコンセプトはクロスカルチャーです。アーティストの自立した意思決定を促し尊重しています。文化、人種、性別のちがいを尊重し、チームワークを重視しています。探求、イテレーション、試行錯誤をオープンかつ迅速に実行し、ポジティブで創造的スパイラルを促進するインスピレーションの場所でもあります。
——現在、UNSEENに在籍しているメンバーはどのような方たちでしょうか? そしてそのメンバーは、どのように集められたのでしょうか?
UNSEENのアーティストは、幅広い仕事をこなせる専門分野だけでなく、汎用的なスキルをもつゼネラリストで構成されています。トップクラスのスペシャリストだけを集めたチームをつくることがUNSEENのスタッフィングプランのゴールではありません。必要なゲームに対して、プロサッカーチームが優秀な人材を集めてチームと自分を成長させるような文化です。
メンバーは、私が直接SNSやLinkedInで声をかけました。バックオフィスはひとりもいなかったので、現在ディレクターやリードと言われるポジションのメンバーは、ほぼ独断交渉によって迎えました。その当時はチームを持っていなかったので、人材集めは自分がやる他なかったんです。ただこれが本当に良い学びになっていて「中村のスタジオ」ではなく「We=私たち」のスタジオにするには、技術力と同時に高いコミュニケーション能力のあるメンバーが必要でした。
そうしたスタジオづくりを一緒に目指せるメンバーを探すため、直に会話し合意しながら進めるプロセスは今でも続けています。破天荒な採用の仕方だと感じますが、会社のヘッドである私と本音ベースで対話してもらうことで、ボーダーレスな文化を生み出す良いスタートを切ることができました。
異文化・人種・性別のちがいを尊重し楽しむ、ボーダレスなスタジオ
——住む場所も働く時間帯も言語も様々なメンバーが一緒にゲームを開発していく上で、社内ルールや設備などはどのように整えられていますか?
ポストコロナに設立した会社だったので、自由な働き方についても柔軟に対応できています。UNSEENでは大きく、リモートワーカー、ハイブリッドワーカー、オフィスワーカーに分かれています。しかし、考え方のベースは、リモートもオフィスも可能で何事にも対応できる“ハイブリッド”をベースにしています。
リモートでも開発に支障がないよう、また健康にも配慮した設備を提供していますし、スタジオ勤務では、リモートと同じようにリラックスしながら働けるよう、プライベートを維持するための個人ブースの設置や、オープンスペースを多くつくり、デスク以外でも仕事が可能です。
言語は英語と日本語を使用していて、GDD(ゲームデザインドキュメント)は全て英語と日本語で記述しています。言語の壁があるというのが当たり前の状況で会話が行われるので、心の広いメンバーが、日本語と英語を同時に書いて投稿してくれるチャットなどは、なかなか見ものですよ。
日本にあるスタジオでありながら、海外で働いているような感覚になれるのも特長です。朝起きて日本の風景を見て出社してから、スタジオに入った瞬間に海外のスタジオにいる気分になるので、様々な国から参加している開発者たちに感謝する毎日です。
ミーティングはリモートもスタジオも孤立しないように、オンラインでのミーティングを推奨しています。私と同様に日本語しか話せないメンバーもいれば、英語しか話せないメンバーもいるので、バイリンガルメンバーの力を借りて通訳を入れながらミーティングをしています。
それから、女性のCEOならではの配慮もあります。長い開発生活と女性特有の身体の不調に関しては、いつも課題になっていました。UNSEENでは、女性のサニタリーグッズをサポートしています。リモートワークのメンバーにも配送してケアをしています。スタジオのトイレにはサニタリーバーがあり緊急でも対応できます。新しいサニタリーグッズを導入しているので、試してみることもできますよ(笑)。月に一度、彼女たちは痛みと不快に耐えて生きる宿命です。その特別な身体であることを少しでも楽しみながら、無理のない範囲で働いてほしいという願いを込めています。
またベッドルーム、シャワールーム、授乳室、おむつ交換台、おむつ、シート類なども配備しており、有事(?)の際にも対応できるようにしています(笑)。これも、出産と育児と仕事のバランスをとることができるようにと、願ってつくった設備です。
オープンスペースが多いのは、従業員の家族が遊びに来られるような場所にするためでもあります。中央のグランピングエリアは、室内テントの中で映画やゲームを楽しめる空間にしています。また、身体が不自由だけど、ゲーム制作に関わることができるアーティストを迎えられるように、なるべくスロープを取り入れた床にし、将来への雇用の窓口を広げることを想定しています。
UNSEENでは、不必要なルールはつくらないようにしています。従業員を信頼し、大人として扱います。ですから自由を与える代わりに責任感を生み出すような社風です。社員ひとりひとりの自立した意思決定を促し、尊重する。情報は、オープンかつ積極的に共有する。率直に意見を言い合う。必ず改善案プランBを提示する。そして何より「異文化、人種、性別を尊重し楽しむ!」、これらが就業規則の最初に明記されています。
アーティストの創造力を最大限に引き出す環境
——現在、多岐に渡る職種の求人を展開されています。どのような方と一緒に働きたいと考えてますか?
もちろん、テクニカルスキルは必要です。しかし、私たちにとって本当に一緒に働きたい開発者は、ヒューマンスキルや情熱をもつアーティストです。私たちは大きな会社ではないので、ひとりひとりがゲームや他のチームに与える影響はとても大きいです。
UNSEENにとって良いアーティストというのは、自分の専門性を発揮しつつ、他のメンバーがより良い成果を達成できるように手助けができる人です。ワイルドに探求し、アイデアを恐れずに挑戦し、新しいアプローチを試みることができる人。チームを鼓舞するアーティストはインスピレーションを生み、ユーザーに“ギフト”を届けられるものです。最高の人たちと一緒に働くことは、ポジティブなスパイラルをつくり、最高の作品を引き出すと信じています。
——現在開発中のタイトルを含め、今後どのようなゲームを開発していくか、どのようなスタジオにしていきたいか。今後の展望をお聞かせください。
私の作品には一貫したテーマがあります。それは「人間関係」と「死」という身近なものです。このテーマは、間違いなく新IPの根幹となっています。
そのUNSEENの新しいIPは、スタイライズされたビジュアルで、ワイルドで予測不能な物語が展開されます。一言で表現するならば、エモーショナルスーパーナチュラル! 悪を悪で制するようなドラマチックな内容ですので、どうぞお楽しみに!
私たちの「見えないもの=UNSEEN」をカタチにする旅ははじまったばかりです。やるべきことが、たくさんあります。
求人情報
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How to Apply:https://www.unseen-tokyo.com/home#jobs
INTERVIEW_葛西 祝/ Hajime Kasai、阿部祐司(CGWORLD)
TEXT_葛西 祝/ Hajime Kasai
PHOTO_竹下朋宏/Tomohiro Takeshita
EDIT_山田桃子/Momoko Yamada