>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第3回:日本で生まれたヴァーチャル美女 〜1980年代後半から2000年代前半〜)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第3回:日本で生まれたヴァーチャル美女 〜1980年代後半から2000年代前半〜)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第3回:日本で生まれたヴァーチャル美女 〜1980年代後半から2000年代前半〜)

<2>ヴァーチャル美女の登場

筆者は1992年にフリーになった。当時の日本では、エクス・ツールスのShadeシリーズや、リンクス・コーポレーションのPersonal LINKSといった国産ツールを用いて、3DCGの個人制作が可能になってきたころである。その中には、イラストレーターの加藤直之氏による『沈黙の美女』【図2】や、NECで通信衛星開発に従事する吉本聖志氏が手がけた『白鳥の湖』【図3】など、美しい女性像もあった。

  • ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その3:日本で生まれたヴァーチャル美女)
  • 【図2】Shadeシリーズで作られた『沈黙の美女』


  • ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その3:日本で生まれたヴァーチャル美女)
  • 【図3】Personal LINKSで作られた『白鳥の湖』


筆者は広告代理店の依頼で、新しく注目すべき3DCGプロダクションの調査を行う。その中で特に目を惹いたのがビルドアップだった。『ゴジラVSビオランテ』(1989)などの怪獣造形からスタートしたプロダクションだったが、3DCG制作も始めていたのである。筆者はここの仕事を手伝うようになり、同社に所属していた奥澤泰治氏がPersonal LINKSを使って非常にリアルな女性の3DCGを作っていたのに注目し、これをアニメーション化する計画を立てた【図4】

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その3:日本で生まれたヴァーチャル美女)

【図4】論文『力学計算による、頭髪のアニメーション表現』に使用した画像

問題は頭髪である。当時髪の毛の表現は、CCPを母体として創設されたメトロライト・スタジオ(Metrolight Studios)所属のロブ・ローゼンブラム(Rob Rosenblum)(※4)がSIGGRAPH92の「Electronic Theater」で発表したアニメーション『JuJu Shampoo』【図5】や、日立にいた安生健一氏らが実験的に手がけていた程度に過ぎなかった。そこで、富士通時代の仲間であった上田明彦氏とチームを組んで、ヘア・シミュレーションのプログラムを開発した。レンダリングは、ビジュアルサイエンス研究所(VSL)が資本参加していた柏崎イメージファクトリーが所有していた、シリコングラフィックスIRIS Crimsonというグラフィックスワークステーションをお借りしている。この映像制作の過程は、「NICOGRAPH 92」の論文コンテストに入賞している(※5)。

※4:ソフトウェア・エンジニアとして、メトロライト・スタジオ、PDI、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス/Sony Pictures Imageworks、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ/Walt Disney Animation Studiosなどを経て、現在はGRAK Softwareに在籍。代表作として『塔の上のラプンツェル』(『Tangled』2010年)におけるヘア・シミュレーションがある

※5:大口孝之/奥澤泰治/上田明彦 著:『力学計算による、頭髪のアニメーション表現』、『第8回NICOGRAPH論文集』、日本コンピュータグラフィックス協会(1992年)
参考『標準技術集(コンピュータグラフィックス(アニメーション))データベース:人体(顔、髪)の変形表現』

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(その3:日本で生まれたヴァーチャル美女)

【図5】『JuJu Shampoo』より。シャンプーのCMに登場する美女が、ヒバロ族の干し首だったというオチ

やがて、VSLとホリプロの共同企画として1996年に華々しくデビューしたのが、ヴァーチャル・アイドル『伊達杏子DK-96』【図6】だった。これをモデリングしていたのが、当時VSLに所属していた小坂達哉氏である。残念ながらビジネスとしては成功しなかったが、海外に与えたインパクトは大きかったようで、実際に映画『シモーヌ』(原題『Simone)(2002)(※6)のアンドリュー・ニコル/Andrew Niccol監督にインタビューした際、「『トゥルーマン・ショー』(1998)を手がけていたころ、伊達杏子を知ってこの映画のヒントを得た」と語っていた。

※6:『シモーヌ』は「落ちぶれた映画監督が3DCGで完璧な女優シモーヌを創造するが、予想以上の人気を得てしまったことで秘密を隠しきれなくなっていく......」というコメディ。シモーヌは、女優レイチェル・ロバーツが演じる実写と、フランスのBUFが手がけた3DCGを組み合わせている。

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  • 【図6】『伊達杏子DK-96』


また文学の世界においても、ウィリアム・ギブスン/William Gibsonの『Idoru』(1996、邦訳『あいどる』(1997))(※7)や、渡辺浩弐の『アンドロメディア』(1997)といったSF小説に、ヴァーチャル・アイドルのコンセプトが登場するようになる。

※7:『あいどる』に登場するヴァーチャル・アイドルは投影式ホログラムで、ギブスンは「"アイドル歌手"です。名前は投影麗(レイ・トーエイ)。彼女は仮想人格、ソフトウェア・エージェントの累積、情報デザイナーの創作物です。ハリウッドで"シンセスピアン"と呼ばれているものの近縁だと思います」(訳:浅倉久志)と描写している。

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<3>日本のヴァーチャル美少女ブーム

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