<2>ストーリーテリングをビジュアルで表現する
監督とのディスカッションを経て映画のイメージがつかめたら、ビジュアライズの作業に移っていく。この段階で最初に行うのが徹底したリサーチ。映画の背景に関連するビジュアル情報を、インターネットで検索したり、本を読んだり、他の映画を見たりして収集していく。このとき、キャラクターの立ち場に立って映像をイメージし、それにふさわしい季節や時間帯で表現することが重要だ。時には自分で適切な状況を選択することもあるという。
監督やプロダクションデザイナー(美術に関する総監督)、アートディレクターらと共にキービジュアルやシーンをつくり上げていく。ビジュアルデベロップメントはプリプロダクション(映画制作における川上の工程)をリードする役まわりを担っている
その後、シーンごとにレイアウトデザインを行なっていく。前述の通り、重要なことはストーリーデザインをビジュアルで演出することだ。そのためにはシーンのデザインだけでなく、ライティングも重要な要素になる。ここで作成されたレイアウトはデジタルアーティストたちに送られ、それを元にモデリングやライティングが行われる。なお伊藤氏によると、メジャースタジオでは印象派的な色使いが多く用いられることが、日本のアニメと大きく異なる点だという。
ビジュアルデベロップメントはレイアウトデザインにも関わってくる。脚本に記されていない要素も、監督たちとのディスカッションを通して、ときには自主的に描き加えていく
1998年公開の映画『プリンス・オブ・エジプト』(制作:ドリームワークス・アニメーション)における背景アーティストからキャリアを始めた伊藤氏。当時はアナログの画材だったが、すぐにデジタル化の波が押し寄せた。伝統的な手描きアニメからCGアニメに制作手法が激変する中で、伝説的なアニメーターに直接指導を受けられたのが大きな財産になったという。その後『マダガスカル』をはじめ、同社の様々な映画制作に携わってきた。
ライティングのポイントは、光と影を意識すること。そこには西洋絵画のながれをくむアートの伝統が息づいている
「ビジュアルデベロップメントで重要なことは、絵本のようにビジュアルを見ただけで、ある程度内容がわかること。言い替えればストーリーテリングがビジュアルで表現されていることです。そのためにはシーンのデザインだけでなく、色やコントラストが重要になります。常に『これは何時くらいのシーンなのか』『天候はどうか』などを考えながら作業を進めますし、脚本で明記されていなければ、自分で決めることもあります」(伊藤氏)。
同じシーンのアートでも、色やライティングに関するタッチが描き加えられると見ちがえるほど深みが増す
このように、ハリウッドでの仕事をとおして、あらためて光と色について考察するようになったという伊藤氏。この数年は郊外に出かけて、大自然の中で油絵を描くようにもなった。時間帯によって刻々と変化する世界を観察しながら、キャンバスに向かって短時間で絵を仕上げていくかが、優れたトレーニングになるという考え方からだ。実際に油絵の上達と共に、本業のスキルアップにもつながったという。
朝方の光と夕方の光では色味が大きく変化する。アメリカのアートスクールでは、このちがいを学生に対して徹底的に教え込むそうだ