企業や所属の垣根を越えて、ゲーム業界で働くクリエイター達が交流できる場を設けることをコンセプトに実施されている「GREE Creators' Meetup」。エンジニア向けではなく、アート・クリエイティブ領域に特化した内容という、業界でも珍しい勉強会だ。5月17日(火)にグリー本社で開催された第4回では、ハリウッドのCGアニメーション長編制作から、アジャイル開発の最前線、最新エフェクトツールを用いたエフェクト概論など、様々な講演が行われた。
本稿では『マダガスカル』シリーズや『シュレック2・4』をはじめ、ハリウッドの大作CG映画で背景アーティスト、ビジュアルデベロップメントとして活躍。現在は現在はフリーランスでユニバーサルスタジオの長編アニメーションや、ゲームソフトのイメージデベロップメントに従事。サンフランシスコのアカデミーオブアート大学で教鞭も執っているという、伊藤頼子氏の基調講演をレポートする。
TEXT & PHOTO_小野憲史
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to Yoriko Ito
<1>ハリウッドの劇場アニメーション向けビジュアルデベロップメント
ドリームワークスで長くビジュアルデベロップメントとして活躍し、Oculus Story Studioが開発した3Dアニメ作品『Henry』でビジュアルデベロップメントアートも担当するかたわら、後身の指導にも意欲的な伊藤頼子氏。
「日本のアニメは浮世絵を下に発展してきた一方、海外のアニメは光と影を重視する西洋絵画の歴史がベースにあるのではないか」とする伊藤氏は、職務内容の紹介を通して、各々の文化の違いについても言及した。
「ハリウッドアニメーションとシリコンバレーのVRのビジュアルデベロップメント」と題した講演を行なった伊藤頼子氏(元Dreamworks Animation社・アートディレクター、ビジュアルデベロップメントアーティスト)
「企画→世界観設定・キャラクターデザイン→脚本→絵コンテ→レイアウト→原画→動画→エフェクト→撮影」と、ながれ作業で進むことが多い日本のアニメ制作。この背景にはひとつの作品制作に数多くのスタジオが参加する制作事情がある。これに対してハリウッドの大手スタジオによる3DCGアニメーション長編の制作では、スタジオ内に大量のCGアニメーターなどの制作スタッフを抱えこみ、外部プロダクションへの業務委託は行わない傾向にある。クオリティの追求と情報漏洩を懸念してのことだ(各スタジオごとに培ってきた独自のパイプラインやインハウスツールが確立されていることも大きいだろう)。
当日のスライド(※実際の講演では未公開作品のイメージが含まれていたため、それらは割愛した状態で転載している。以下、同様)。ハリウッドの3DCG劇場アニメーション長編の制作技法は、1980年代のディズニー映画に源流をたどることができるという
そのため制作工程も異なっている。予算や納期の都合上、作業の手戻りが難しい日本のアニメ制作と異なり、少しでも優れた内容にするため、脚本がどんどん改良されていくのがハリウッド流だ。制作期間も一般的に4〜5年と長く、予算も桁ちがいに大きい。日本では珍しいビジュアルデベロップメントアーティストという職分も、こうした制作スタイルの違いから生まれてきたもの。文字通り「映画のルックス」を策定するポジションだ。
ストーリーをビジュアルで表現することが、ビジュアルデベロップメントの重要な役割のひとつ。監督が頭の中で思い描いたイメージ(クリエイティビティ)をいかに引き出し、具体的なビジュアルで表現できるのかが鍵となる
このように監督の頭の中から映像イメージを引き出し、コンセプトアートの作成からシーンごとのビジュアライゼーションまで、幅広く手がけるのがビジュアルデベロップメントアーティストの役割だ。映画のビジュアルスタイルの追求から、カラースクリプト(映画全体のカラー(ルック)の指針となるもの)の設定、各シーンの全体/部分デザイン、スタイルガイドの作成、時には実際のモデリングで使用するテクスチャの作成にまでおよぶこともあるという。
色合いやコントラストには様々な意味合いがある。シーンごとの意味(ストーリーテリングにおける役割)を考慮しながらカラーキーを決めていくこともビジュアルデベロップメントの大きな役割である
業務は暫定版の脚本を下に、監督やプロダクションデザイナーと話し合い、映画の内容や各々の映画観などを理解するところからはじまる。ただ聞くだけでなく、自分の意見やアイディアをどんどん出すことも重要だ。ビジュアルで話を盛り上げたり、シーンのロケーションなども具体的に提案していく。『マダガスカル3』でサーカス小屋がテムズ川に作られたのも、伊藤氏の発案によるもだったそうだ。
作品全体のキービジュアルから、各シーンにおける象徴的な場面。さらには各制作部署(工程)に向けたスタイルガイドなど、全体の指針となるものから細部にいたるまで様々なアートを描いていく
これらは日本のアニメ制作現場における「設定資料」に相当するものとも言えるが、その範疇を超えた量・厚み・奥行きを兼ね備えている。アメリカ国内だけでも巨大なマーケット(さらには世界中のマーケットも含む)を前提とした膨大な予算とインハウスで完結可能な制作スタイルならではだ
<2>ストーリーテリングをビジュアルで表現する
監督とのディスカッションを経て映画のイメージがつかめたら、ビジュアライズの作業に移っていく。この段階で最初に行うのが徹底したリサーチ。映画の背景に関連するビジュアル情報を、インターネットで検索したり、本を読んだり、他の映画を見たりして収集していく。このとき、キャラクターの立ち場に立って映像をイメージし、それにふさわしい季節や時間帯で表現することが重要だ。時には自分で適切な状況を選択することもあるという。
監督やプロダクションデザイナー(美術に関する総監督)、アートディレクターらと共にキービジュアルやシーンをつくり上げていく。ビジュアルデベロップメントはプリプロダクション(映画制作における川上の工程)をリードする役まわりを担っている
その後、シーンごとにレイアウトデザインを行なっていく。前述の通り、重要なことはストーリーデザインをビジュアルで演出することだ。そのためにはシーンのデザインだけでなく、ライティングも重要な要素になる。ここで作成されたレイアウトはデジタルアーティストたちに送られ、それを元にモデリングやライティングが行われる。なお伊藤氏によると、メジャースタジオでは印象派的な色使いが多く用いられることが、日本のアニメと大きく異なる点だという。
ビジュアルデベロップメントはレイアウトデザインにも関わってくる。脚本に記されていない要素も、監督たちとのディスカッションを通して、ときには自主的に描き加えていく
1998年公開の映画『プリンス・オブ・エジプト』(制作:ドリームワークス・アニメーション)における背景アーティストからキャリアを始めた伊藤氏。当時はアナログの画材だったが、すぐにデジタル化の波が押し寄せた。伝統的な手描きアニメからCGアニメに制作手法が激変する中で、伝説的なアニメーターに直接指導を受けられたのが大きな財産になったという。その後『マダガスカル』をはじめ、同社の様々な映画制作に携わってきた。
ライティングのポイントは、光と影を意識すること。そこには西洋絵画のながれをくむアートの伝統が息づいている
「ビジュアルデベロップメントで重要なことは、絵本のようにビジュアルを見ただけで、ある程度内容がわかること。言い替えればストーリーテリングがビジュアルで表現されていることです。そのためにはシーンのデザインだけでなく、色やコントラストが重要になります。常に『これは何時くらいのシーンなのか』『天候はどうか』などを考えながら作業を進めますし、脚本で明記されていなければ、自分で決めることもあります」(伊藤氏)。
同じシーンのアートでも、色やライティングに関するタッチが描き加えられると見ちがえるほど深みが増す
このように、ハリウッドでの仕事をとおして、あらためて光と色について考察するようになったという伊藤氏。この数年は郊外に出かけて、大自然の中で油絵を描くようにもなった。時間帯によって刻々と変化する世界を観察しながら、キャンバスに向かって短時間で絵を仕上げていくかが、優れたトレーニングになるという考え方からだ。実際に油絵の上達と共に、本業のスキルアップにもつながったという。
朝方の光と夕方の光では色味が大きく変化する。アメリカのアートスクールでは、このちがいを学生に対して徹底的に教え込むそうだ
次ページ:
<3>VRコンテンツにおけるビジュアルデベロップメントはどうなる?
<3>VRコンテンツにおけるビジュアルデベロップメントはどうなる?
伊藤氏はVRコンテンツ『Henry』の制作にビジュアルデベロップメントアートとして参加した経験を下に、通常のCG映画との制作手法のちがいについても解説した。本作は元ピクサーのスタッフが制作したVR映像制作専門のスタジオ「Oculas Story Studio」が手がけた8分間の短編VR映画だ。主人公は友達のいないハリネズミのヘンリーで、誕生日におきる部屋の中での出来事が描かれている。
Henry's Premiere from Story Studio on Vimeo.
伊藤氏は「制作手段はほぼ同じでしたが、ライティングがグローバルライティングのみで、映画のようにシーンがコンポーズできませんでした。というのも、Oculus Riftを装着した視聴者が、シーンのどこを見るか事前に想定できないからです。そのため音やキャラクターの動きで視線を誘導し、決められたストーリーを視聴できるように演出することが大事でした」と説明した。
VRコンテンツにおける演出や映像制作はどうあるべきか。ハリウッドでも試行錯誤がはじまったばかりだ
グローバル化の進展と共に、仕事が様々な国に分散し、ハリウッドでもワーキングスタイルが大きく変化しているという伊藤氏。その一方、インターネットの普及で世界中どこでもコンテンツが視聴でき、GoogleやAmazonなどが制作機能を持ち始めている現状についても触れた。VRやMRの普及に伴い、より自由で多様性のある作品作りが進むともいう。こうした中、世界中どの国、人種でも楽しめる作品づくりが重要だとして、講演は終了した。
常に変化し続ける環境に適合できる者だけが生き延びられる。グローバリゼーションの波はハリウッドのCG・VFX制作現場にも大きな影響を与えている
info.
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GREE Creators' Meetup 第4回 HOLLYWOODの制作現場から学ぶ「ビジュアルデベロップメント」
開催日:2016年5月17日(火)
場所:グリー本社 〒106-6112 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー9階
主催:グリー株式会社
後援:CG-ARTS協会
connpass.com/event/30725/