>   >  英ナチュラルモーション社が実践する、豊かなクリエイティブを育むゲーム開発とは 〜「NGDC 2016」講演レポート〜
英ナチュラルモーション社が実践する、豊かなクリエイティブを育むゲーム開発とは 〜「NGDC 2016」講演レポート〜

英ナチュラルモーション社が実践する、豊かなクリエイティブを育むゲーム開発とは 〜「NGDC 2016」講演レポート〜

<2>舐めるような外見が決め手の『CSR Racing2』

続いてWebb氏が紹介したのがドラッグレースゲームの『CSR Racing 2』だ。最大の特徴はスマホゲームで最高峰のグラフィッククオリティと、ステアリングを廃して直線タイムを競うだけのゲーム内容だ。勝敗の決め手は愛車のカスタマイズとシフトアップのタイミングで、隙間時間に片手でプレイできる。スマホユーザーのツボをついた仕組みだろう。なお書き忘れたが、ビジネスモデルはともにF2Pとなっている。

『CLUNSY NINJA』のキーワードは「キャラクターアニメーション」だったが、『CSR Racing 2』の場合は「自動車のビジュアル」、特に外見に対するこだわりだ。愛車のカラーリングを自由に変更できるだけでなく、ガラス・車の塗装・金属感などのビジュアライゼーションについても家庭用ゲームに迫るクオリティとなっている。モーションブラーや雨粒の表現といったポストエフェクトにも力が入れられている。

『CSR Racing 2』ではフォトリアルな車体の表現が徹底的に追求された。ここにも同社が家庭用ゲーム向けに技術開発を重ねてきた3Dレンダリング技術の蓄積が活かされている

モーションブラー無し(上)と有り(下)の比較。このようにポストエフェクト処理でリアリティが大きく変わってくる

同じくポストエフェクトによる雨粒の表現(上・下)。モバイルゲームで最上級のグラフィックが追求された

レースゲームはゲームジャンルの中でも技術進化がわかりやすいジャンルで、グラフィックの進化と共にユーザーニーズが拡大してきた。中でも近年、憧れの名車を外見だけでなく、内装やメカニズムについてもじっくり鑑賞したいというニーズが高まっている。本作でもそうした欲求に答えて、フェラーリやマクラーレンなどの公式ライセンスカーが50台以上登場し、エンジンルームなどが細部にいたるまで再現された。

間接光表現の有無でエンジンルームの描写や車体の照り返しがまったく違ってくる点にも注意

完全オリジナルゲームだった『CLUNSY NINJA』と違い、『CSR Racing2』はレースゲームというおなじみのジャンルであり、ゲームの完成度はチーム規模によって左右される。そのため本作の開発チームは約40名にのぼり、上流から下流までキッチリとしたワークフローが組まれた。講演では空港をモチーフとした新しいコースがどのようにデザインされていったか紹介された。

サーキットを周回する通常のレースゲームと異なり、本作のようなドラッグレースでは、プレイヤーのゲーム体験は非常にシンプルだ。それだけにレース場ごとに特徴あるビジュアルを設定し、常に新鮮な驚きをプレイヤーに提供する必要があるとWebb氏は語る。本作においても個々のレース場ごとにコンセプトが決まると、最初にキービジュアルが作成される。これによってレース場の雰囲気が視覚化され、全員に共有される。



はじめに「飛行場」というレース場のコンセプトが決められ、それにそってコンセプトアートが描かれていく。作業工程としては家庭用のAAAレースゲームと遜色がない

キービジュアルと共に上空からの俯瞰図もデザインされる。Webb氏は「実際のレースと同じように、リアルスケールでレース場をデザインすることが非常に重要だ」と述べた。プレイヤーが求めているのは本当に自分がその場でレースに参加しているかのような臨場感だ。そのためには、ゲームだからといって異なるスケールのレース場をデザインすることは禁物だ。こうした細かい部分のこだわりがプレイヤーの体験を高めていくのだ。

鉛筆でレース場のラフデザインが描かれ(上)、それにもとづいて設定資料がクリーンアップされる。リアルスケールでデザインすることにこだわっている

レース場のラフデザインが終了すると、それにもとづいて3DCGでレース場がモデリングされていく。クライアント側の開発はUnity上で行われ(これはCLUNSY NINJA』も同様だ)、何度もテストプレイを繰り返しながらブラッシュアップが続けられていく。本作の場合、3DCGといっても、すべてのレース場でカメラワークは変わらない。そのため画面上でどのように見えるかに焦点を当てて、ビジュアル面でのクオリティアップが図られていく。

設定資料にもとづきUnity上で何度もレース場が配置され、テストと修正が繰り返されていく。最初はテクスチャーなどがない仮モデルでレイアウトされ(左図)、次第に高精細なモデルが配置されていく(右図)。その過程で何度もテストプレイを繰り返しながら、細部がつめられていく

もっともWebb氏はすべてがこのように決まった手順で開発されるわけではないと補足した。その一つが近日アップデートで追加されるミニゲームだ。「プレイヤーが愛車のカスタマイズなどで時間を費やすガレージで、何か新しいフィーチャーが入れられないか」という課題があり、クラシックなミニゲームはどうかというアイディアが登場した。プロトタイプが2日で作られ、開発チームの賛同を得て本格的な実装に移ったという。

愛車をカスタマイズするなどして、プレイヤーが最も時間を費やす場所となるガレージ。その隅にアップライト型のゲーム機が......

プログラマーが2日で作ったというプロトタイプ(左図)と、会場で世界初公開された80年代アーケードゲーム風のミニゲーム(右図)。アプリのアップデートで近日実装予定だ

もっともWebb氏は「優れたゲームにはクリエイターの才能や、それを実現するための技術が必要だが、それだけでは不十分だ」と強調する。もっとも重要なのは、独創的なアイディアが次々に生まれてくるような環境作りで、そのためには直接ゲーム開発に関係しない、様々なスタジオとしての取り組みが必要になるという。以下、ナチュラルモーションの英国本社で行われている取り組みが紹介された。

スタジオの内装をクリエイティブに飾る

ナチュラルモーションのイギリス本社。廊下の壁にはこれまで開発されたゲームに関するパネルが展示されている

会議室は1960年代のイギリステイストでまとめてある。会議のムードを和らげ、様々なアイディアを出すための仕掛けだ

社員一人ひとりの取り組みで楽しげな雰囲気を演出

ハロウィンの時期には社員が仮装して業務にあたる

3Dアーティストの机の周りにはディズニーのフィギュアがおかれている。社員の遊び心だけでなく、デザインの参考にすることもあるという

アーティスト向けの「3DCG課外セミナー」を実施

アーティストグループで大英図書館におもむき、彫像の見学を実施

(左図)アーティストの机におかれている人体模型/(右図)アーティストによる人体のCGモデルの習作

リラクゼーションルームでのゲームプレイ

社内に設置されたゲームコーナー。昼休みに皆で集まってゲームをしたり、内容についてフリーディスカッションしたりする

この中でもWebb氏はアーティストとして「彫像の観察」の重要性を上げた。3DCGのモデリングのクオリティを上げるためには、人体の構造を知り、観察することが非常に重要で。そのためには等身大の彫像を観察することが早いという。そこで不定期にアーティストチームで大英博物館を訪れ、ベテランが若手に指導しながら、観察のポイントを解説するなどの課外研修が行われている。

このほか「社外からの訪問者を積極的に受け入れ、自分たちの業務内容について解説する」取り組みについても紹介された。特に同社では地域の大学などから、ゲーム業異界志望の学生の見学を受け入れているという。自分の仕事を言語化することで業務のマニュアル化につながり、インターン希望者の増加にもつながるというわけだ。「外の風を積極的に受け入れることがスタジオの活性化に繋がる」とWebb氏は語った。

「スタジオを美しく、刺激的に装飾する」「社員教育にコストをかける」「外部の人間を歓迎し、彼らに自分たちの業務内容を説明する」「ゲームを遊ぶためのスペースや機材を用意し、そのための時間を取る」これらは一見すると「無駄」とみなされがちだ。しかし、これらがアイディアを生むための土壌を生みだし、クリエイティブな社風につながるという。日本のゲーム業界にとっても、示唆に富む内容だったといえる。

クリエイターの才能や、絵筆となる技術だけでなく、それを生み出すためのスタジオの環境や社風作りが重要だと強調された

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