ボリウッドに代表される、世界最大級の映画大国インド。CG・ゲーム分野でも2000年代移行、欧米大手の外注先として力を蓄えてきた。特にゲーム分野ではいち早くオリジナル作品が登場し、世界に配信され始めている。こうした動きを受けてゲーム開発者会議の開催がスタート。中でもハイデラバードで毎年11月に開催される「NASSCOM Game Developers Conference」(NGDC)は今年で8回目を迎える、国内随一のカンファレンスだ。その中から、ナチュラルモーション社の講演をふり返る。

TEXT & PHOTO_小野憲史
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)

<1>豊かなアニメーションが決め手の『CLUNSY NINJA』

「NGDC 2016」は、11月10日(木)から12日(土)まで、8トラック130名のスピーカーを迎えて、ハイデラバード国際コンベンションセンターで開催された。2日目の基調講演では英ナチュラルモーションでシニアアートデザナーをつとめるジョリオン・ウェッブ/Jolyon Webb氏が登壇、「Building creative team culture to deliver AAA WOW!」と題して講演。同社のスマホゲーム開発と、それを支える技術、そして社風について紹介した。

伝統的な2Dアーティストを経て1998年にゲーム業界に入り、PC・家庭用・モバイルと様々なゲーム開発に従事してきたジョリオン・ウェッブ/Jolyon Webb氏

会場は最新のモバイルゲーム開発環境についての知見を得ようと多くの現地開発者で埋まった

ナチュラルモーションはキャラクターアニメーションむけミドルウェア『morpheme』などで世界的に有名な企業だが、スマホゲームの開発・配信も行っている。本講演でもキャラクターアニメーション中心のアクションゲーム『CLUNSY NINJA』と、フォトリアルなグラフィックが特徴のドラッグカーレース『CSR Racing2』の開発事例が紹介された。その上で技術よりも重要なものが、スタジオの環境であり、社風であると強調された。

講演中に引用された『CLUNSY NINJA』と『CSR Racing2』。どちらもナチュラルモーション社が開発・配信するモバイルゲームだ

『CLUNSY NINJA』は母親を何者かに拉致された少年忍者が主人公のアクションゲームだ。最大の特徴はスマホゲームに最適化された操作方法で、忍者の体や手足をタッチしたり、フリックしたりしながら操作する。キャラクターアニメーションは『morpheme』でリアルタイムに生成され、ちょうど操り人形を操作する感覚でゲームが楽しめる。指でキャラクターをタッチすることで、自然とキャラクターに愛着が生まれることをねらっている。

『CLUNSY NINJA』はタッチ操作で主人公のニンジャとコミュニケーションをとるようにプレイするモバイルゲーム。アニメーションには同社のミドルウェア『morpheme』が使用されている

ゲームはプログラマー・ゲームデザイナー・アーティスト各1名ずつの、3名からなるコアチームを中心に開発された。はじめにWebb氏は「タッチ操作でプレイするニンジャアクション」というコンセプトが決まると、リードアニメーターが核となる遊びや、画面レイアウトに関するアイディアを紙にスケッチしていったと話した。Webb氏と同様、リードアニメーターも伝統的なアニメーション業界出身だっため、この手法が適していたという。

リードアニメーターのBob Jackson氏によるゲームプレイのラフスケッチと、それをもとにした画面デザイン。指の位置や動きを含めてデザインされている点に注意

これと並行して主人公のニンジャのキャラクターデザインが検討されていった。ここでも手描きのラフスケッチから始まり、次第に3DCGでキャラクターが整えられていく。日本のアニメやディズニーキャラクター、さらには既存のゲームキャラクターなどの要素も加えつつ、全世界で親しまれるようなデザインがめざされた。Webb氏は特に「パッと見て輪郭線がわかり、誰もがイラストを描けること」にこだわったという。

ゲームプレイと並行でキャラクターのデザイン画が描かれる。ディズニーや日本のアニメ、ゲームキャラクターなど、様々な引用が見られる

Webb氏は「エモーショナルなキャラクターを創り出すことは非常に重要で、それにはアートだけでなく、ゲームデザインやエンジニアの協力が不可欠だ」と述べた。前述したように本作はタッチ操作や豊かなアニメーションがキャラクターへの思い入れを強めているからだ。実際に本作は世界中からキャラクターの似顔絵がスタジオ宛に郵送される初めてのゲームとなっており、社内のモチベーションを大いに高めているという。

世界中のファンから郵送されたファンアートの数々。これらはスタジオの壁に掲示され、社内の士気やプライドを高めるために大いに役立っているという

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<2>舐めるような外見が決め手の『CSR Racing2』

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<2>舐めるような外見が決め手の『CSR Racing2』

続いてWebb氏が紹介したのがドラッグレースゲームの『CSR Racing 2』だ。最大の特徴はスマホゲームで最高峰のグラフィッククオリティと、ステアリングを廃して直線タイムを競うだけのゲーム内容だ。勝敗の決め手は愛車のカスタマイズとシフトアップのタイミングで、隙間時間に片手でプレイできる。スマホユーザーのツボをついた仕組みだろう。なお書き忘れたが、ビジネスモデルはともにF2Pとなっている。

『CLUNSY NINJA』のキーワードは「キャラクターアニメーション」だったが、『CSR Racing 2』の場合は「自動車のビジュアル」、特に外見に対するこだわりだ。愛車のカラーリングを自由に変更できるだけでなく、ガラス・車の塗装・金属感などのビジュアライゼーションについても家庭用ゲームに迫るクオリティとなっている。モーションブラーや雨粒の表現といったポストエフェクトにも力が入れられている。

『CSR Racing 2』ではフォトリアルな車体の表現が徹底的に追求された。ここにも同社が家庭用ゲーム向けに技術開発を重ねてきた3Dレンダリング技術の蓄積が活かされている

モーションブラー無し(上)と有り(下)の比較。このようにポストエフェクト処理でリアリティが大きく変わってくる

同じくポストエフェクトによる雨粒の表現(上・下)。モバイルゲームで最上級のグラフィックが追求された

レースゲームはゲームジャンルの中でも技術進化がわかりやすいジャンルで、グラフィックの進化と共にユーザーニーズが拡大してきた。中でも近年、憧れの名車を外見だけでなく、内装やメカニズムについてもじっくり鑑賞したいというニーズが高まっている。本作でもそうした欲求に答えて、フェラーリやマクラーレンなどの公式ライセンスカーが50台以上登場し、エンジンルームなどが細部にいたるまで再現された。

間接光表現の有無でエンジンルームの描写や車体の照り返しがまったく違ってくる点にも注意

完全オリジナルゲームだった『CLUNSY NINJA』と違い、『CSR Racing2』はレースゲームというおなじみのジャンルであり、ゲームの完成度はチーム規模によって左右される。そのため本作の開発チームは約40名にのぼり、上流から下流までキッチリとしたワークフローが組まれた。講演では空港をモチーフとした新しいコースがどのようにデザインされていったか紹介された。

サーキットを周回する通常のレースゲームと異なり、本作のようなドラッグレースでは、プレイヤーのゲーム体験は非常にシンプルだ。それだけにレース場ごとに特徴あるビジュアルを設定し、常に新鮮な驚きをプレイヤーに提供する必要があるとWebb氏は語る。本作においても個々のレース場ごとにコンセプトが決まると、最初にキービジュアルが作成される。これによってレース場の雰囲気が視覚化され、全員に共有される。



はじめに「飛行場」というレース場のコンセプトが決められ、それにそってコンセプトアートが描かれていく。作業工程としては家庭用のAAAレースゲームと遜色がない

キービジュアルと共に上空からの俯瞰図もデザインされる。Webb氏は「実際のレースと同じように、リアルスケールでレース場をデザインすることが非常に重要だ」と述べた。プレイヤーが求めているのは本当に自分がその場でレースに参加しているかのような臨場感だ。そのためには、ゲームだからといって異なるスケールのレース場をデザインすることは禁物だ。こうした細かい部分のこだわりがプレイヤーの体験を高めていくのだ。

鉛筆でレース場のラフデザインが描かれ(上)、それにもとづいて設定資料がクリーンアップされる。リアルスケールでデザインすることにこだわっている

レース場のラフデザインが終了すると、それにもとづいて3DCGでレース場がモデリングされていく。クライアント側の開発はUnity上で行われ(これはCLUNSY NINJA』も同様だ)、何度もテストプレイを繰り返しながらブラッシュアップが続けられていく。本作の場合、3DCGといっても、すべてのレース場でカメラワークは変わらない。そのため画面上でどのように見えるかに焦点を当てて、ビジュアル面でのクオリティアップが図られていく。

設定資料にもとづきUnity上で何度もレース場が配置され、テストと修正が繰り返されていく。最初はテクスチャーなどがない仮モデルでレイアウトされ(左図)、次第に高精細なモデルが配置されていく(右図)。その過程で何度もテストプレイを繰り返しながら、細部がつめられていく

もっともWebb氏はすべてがこのように決まった手順で開発されるわけではないと補足した。その一つが近日アップデートで追加されるミニゲームだ。「プレイヤーが愛車のカスタマイズなどで時間を費やすガレージで、何か新しいフィーチャーが入れられないか」という課題があり、クラシックなミニゲームはどうかというアイディアが登場した。プロトタイプが2日で作られ、開発チームの賛同を得て本格的な実装に移ったという。

愛車をカスタマイズするなどして、プレイヤーが最も時間を費やす場所となるガレージ。その隅にアップライト型のゲーム機が......

プログラマーが2日で作ったというプロトタイプ(左図)と、会場で世界初公開された80年代アーケードゲーム風のミニゲーム(右図)。アプリのアップデートで近日実装予定だ

もっともWebb氏は「優れたゲームにはクリエイターの才能や、それを実現するための技術が必要だが、それだけでは不十分だ」と強調する。もっとも重要なのは、独創的なアイディアが次々に生まれてくるような環境作りで、そのためには直接ゲーム開発に関係しない、様々なスタジオとしての取り組みが必要になるという。以下、ナチュラルモーションの英国本社で行われている取り組みが紹介された。

スタジオの内装をクリエイティブに飾る

ナチュラルモーションのイギリス本社。廊下の壁にはこれまで開発されたゲームに関するパネルが展示されている

会議室は1960年代のイギリステイストでまとめてある。会議のムードを和らげ、様々なアイディアを出すための仕掛けだ

社員一人ひとりの取り組みで楽しげな雰囲気を演出

ハロウィンの時期には社員が仮装して業務にあたる

3Dアーティストの机の周りにはディズニーのフィギュアがおかれている。社員の遊び心だけでなく、デザインの参考にすることもあるという

アーティスト向けの「3DCG課外セミナー」を実施

アーティストグループで大英図書館におもむき、彫像の見学を実施

(左図)アーティストの机におかれている人体模型/(右図)アーティストによる人体のCGモデルの習作

リラクゼーションルームでのゲームプレイ

社内に設置されたゲームコーナー。昼休みに皆で集まってゲームをしたり、内容についてフリーディスカッションしたりする

この中でもWebb氏はアーティストとして「彫像の観察」の重要性を上げた。3DCGのモデリングのクオリティを上げるためには、人体の構造を知り、観察することが非常に重要で。そのためには等身大の彫像を観察することが早いという。そこで不定期にアーティストチームで大英博物館を訪れ、ベテランが若手に指導しながら、観察のポイントを解説するなどの課外研修が行われている。

このほか「社外からの訪問者を積極的に受け入れ、自分たちの業務内容について解説する」取り組みについても紹介された。特に同社では地域の大学などから、ゲーム業異界志望の学生の見学を受け入れているという。自分の仕事を言語化することで業務のマニュアル化につながり、インターン希望者の増加にもつながるというわけだ。「外の風を積極的に受け入れることがスタジオの活性化に繋がる」とWebb氏は語った。

「スタジオを美しく、刺激的に装飾する」「社員教育にコストをかける」「外部の人間を歓迎し、彼らに自分たちの業務内容を説明する」「ゲームを遊ぶためのスペースや機材を用意し、そのための時間を取る」これらは一見すると「無駄」とみなされがちだ。しかし、これらがアイディアを生むための土壌を生みだし、クリエイティブな社風につながるという。日本のゲーム業界にとっても、示唆に富む内容だったといえる。

クリエイターの才能や、絵筆となる技術だけでなく、それを生み出すためのスタジオの環境や社風作りが重要だと強調された