<3>MV2のレベルエディタとシェーダ
続いて紹介されたのが『MV2』制作のためにつくり直されたレベルエディタだ。エディタ上でブロックを組み立てるようにレベルデザインを行い、色を変更したり、さまざまな仕掛けをほどこしたりすることが可能になっている。だまし絵特有の2Dと3Dの狭間的な表現は、キャラクターが特定のポイントに到達すると別の地点にテレポートすることで可能にしている。なおGDC Vaultの記録動画ではツールの実演風景も確認できる。
また、色味については特定光源から見て天頂面・左側面・右側面でそれぞれ異なる色彩が表示されるように、特殊なシェーダを組んだと説明された。Huerta氏は、本作で求められたのはアート性の高いイラスト的な表現であって、直接光や間接光のリアルな表現ではないと指摘。より深く知りたい人は書籍『Interaction of Color』(Joser Albers)が参考になると補足された。なお、こうした色彩設定も前述のエディタ上で行うことが可能になっている。
このようにシンプルで高機能なエディタが開発されたことで、レベルデザインが非常に効率化され、イテレーションの向上に貢献できた。特に本作ではレベルデザインが物語体験に密接に結びついているため、何度も背景となるストーリーにあわせて、修正が試みられたという。ときにはコンセプトアートが描かれ、そこからレベルデザインに反映されることもあった。こうしてデザインされたステージはプリントアウトされて壁面にはられ、全体構成を整える上で活用された。
<4>リリース4ヶ月前のちゃぶ台返し
もっとも、リリース4ヶ月前になって信じられないことが起きた。背景となるストーリーとキャラクターが一新され、すべてが再構成されることになったのだ。その話に至る前に、Huerta氏は本作のストーリーについて語った。前述の通り本作のテーマは「家族」だったが、具体的なストーリーはレベルデザインの過程で何度も練り直されていった。実際、当初はオムニバス形式も考えられていてほどだ。「各々のステージは本棚に並べられた本のようなもの」というイメージもあったという。
Huerta氏は制作チームで共有されていた、ゲームと物語体験をつなぐためのフレームワークについても紹介した。世界観からストーリー、キャラクター、そしてプレイヤーがとるべき具体的なアクションまで、ゲームの構成要素を地層的に重ねていくというモデルだ。各々のレイヤーでプレイヤーにどのようなメッセージを提示するかが、しっかりと規定されている。ここからわかるように、本作において世界観とビジュアルはゲームの物語体験に大きな影響を及ぼしている。
そこから次第に生まれてきたのが、「移民の親子」というストーリーだ。母親と娘は冒頭、小舟に乗って見ず知らずの土地にながれ着く。そこで自分たちが定住する家を見つける。そこから浮島の世界を探索していく......というながれだ。実際にこのストーリーに沿って後半のステージまで作成されていたという。しかし、β版のテスト結果は散々だった。内容が複雑すぎ、混乱していたのだ。一方でリリースの延期は不可能だった。4ヶ月で内容を根本から考え直し、整理する必要に迫られたのだ。
制作チーム内で検討された結果、「母親と娘」というテーマは新鮮であり、そのまま生かすべきだという結論に落ち着いた。その上でキャラクターを再デザインするとともに、母親のキャラクターが徹底的に掘り下げられた。彼女の娘、彼女の母親、仕事、友達、趣味などだ。こうして生まれたのが母親「ロー」というキャラクターだ。これによってストーリーが再構成されると共に、ゲームを遊んで自然にストーリーが体験できるように、ステージの見せ方が修正された。
この段階で新たに加わったテーマが「世代交替」だ。かつて自分がそうしたように、自分もまた娘の独り立ちを見守っていく......というながれだ。ここで再び強い影響を及ぼしたのが、Huerta氏の子育て体験だ。はじめて育休が終わった日や、はじめて息子を保育園にあずけた日に感じた寂しさ、切なさについて、ゲームをつくりながら改めて思い出したという。この感情を中心に据えることで、ゲームは母親パートと娘パートを交互に進めていくという構成に落ち着いた。
Huerta氏はこの心情が良く表現されたステージとして、第7章「塔」をあげた。娘を送り出し、一人残されたローの心象風景をモチーフとしたステージだ。また第12章「果樹園」のステージもお気に入りだという。このステージでプレイヤーは娘をゴールに向かって誘導しながら、自然に娘が花の中に入り、子どもから思春期の娘へと成長する様を目の当たりにする。Huerta氏はつくり直すことで当初のアイディアより、ずっと良いものができたと語った。
他にステージクリア時に表示される紋様や、メニューUIなども、この4ヶ月で加わった仕様のひとつだ。特にメニューUIは4回にわたって修正され、ひと通りの完成をみたのはリリースの3~4週間前だったという。もっとも、これらが可能だったのも、レベルデザインの過程でイテレーションを高速に回すためのしくみづくりができていたから。これによって無事、嵐のような4ヶ月をのりこえて、ゲームをリリースすることができたという。
最後にHuerta氏は今回の開発で得た教訓として「最初からゴールが見えていなくてもかまわない」、「自分の体験をもとにゲームをつくるべき」という2点を挙げた。ちなみに『MV2』には、これまで語られたようにHuerta氏の家庭環境が色濃く反映されているが、これは多かれ少なかれ、制作チーム全員においても同様だという。各自が作品を「自分ごと」として捉えることで、より完成度が高まるというわけだ。「あなたの人生をもっとゲームに注入してください」と語り、講演は締めくくられた。