米サンフランシスコで3月19日から23日まで開催されたGDC2018(ゲーム・ディベロッパーズ・カンファレンス2018)から、CGWORLD読者にとって注目度の高いトピックスを厳選してお届けするレポートシリーズ、第3回。今回はエキスポエリアを紹介した第1回海外ゲームスタジオの求人について紹介した第2回に続き、人気スマホゲーム『MONUMENT VALLEY II』のビジュアルアートについて語られた講演を紹介する。

TEXT & PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

独自の世界観で大絶賛を浴びたスマホゲーム
『MONUMENT VALLEY II』のビジュアルアート

GDC2018で3月22日、英ustwoのDavid Fernandez Huerta氏は「THE ART OF MONUMENT VALLEY II」という講演を行い、人気スマホゲーム『MONUMENT VALLEY II』(以下、『MV2』)のビジュアルアートのデザイン思想について解説した。Huerta氏は「続編は自分の子どものようなもの」と説明し、父親になったことが『MV2』の制作に大きな影響を与えたとコメント。アーティストに限らず、ゲーム開発者は個人的な体験に基づいてゲーム制作をするべきだと語った。

なお、同講演はGDC Vaultで無料動画が公開されている。また、pdfの資料には英文の講演テキストも添えられているので、あわせて確認して欲しい。本稿では講演サマリーをお届けする。

『Monument Valley 2』
ジャンル:パズルゲーム
App Store:itunes.apple.com/jp/app/monument-valley-2/id1187265767?mt=8
Google Play:play.google.com/store/apps/details?id=com.ustwo.monumentvalley2&hl=ja

<1>MV2と「家族」というテーマ

『MONUMENT VALLEY』

『MONUMENT VALLEY II』

『MV1』は2014年にリリースされ、世界中で大絶賛を浴びたパズルゲームだ。ゲームの舞台はエッシャー的なだまし絵の世界で展開される複雑な遺跡で、プレイヤーは画面を回転させたり、スライドさせたりしながらルートを見つけ出し、少女アイダをゴールまで導いていく。幻想的な世界観や、良質なパズル、ゲームならではの物語体験といった要素が巧みに融合し、2015年の英国アカデミー賞ゲーム部門モバイル&携帯ゲーム賞をはじめ、さまざまなアワードを総なめにした。


Huerta氏は『MV1』の制作でアートディレクターをつとめた人物だ。アクションゲーム『PITFALL』(アタリ2600)のシンプルな美しさに惹かれてゲーム開発を志すようになり、紆余曲折を経てustwoに入社した。もっともustwoは多数の大手クライアントをもつデザイン会社で、ゲーム開発はこれが初めて。当時の開発チームは8名で、会社からも「予算と期間は気にせず、世の中をあっと言わせるようなものをつくれ」と言われていたという。


その後、しばらく『MV』から遠ざかっていたHuerta氏。そこには「オリジナルにこだわりたい」というクリエイターならではの想いがあった。しかし、2年間にわたる世界中からの続編制作の希望に耐えきれず、ついに重い腰を上げることに。開発チームが21名と倍以上に増えたこともあり、はじめに数ヶ月かけて『MV1』のアートワークについてチーム内で分析した。その結果「インタラクションできる」、「マップは建築物である」、「高いアート性」という要素が抽出された。


なお、『MV1』のゲームプレイはアートワークと密接に関係している。制作チームも少人数のため、Huerta氏もレベルデザイナーを兼務していた。そのため、アートワークについて考えることは、そのままゲームデザインに繋がることでもあった。その結果、『MV1』のレベルデザインの魅力は「パズルがクリアできたときの驚きと喜びを提供すること」にあり、『MV2』においても、いたずらにパズルの難易度を上げることはせず、驚きと喜びの総量を増すという方針が確認された。

一方で議論になったのが、なぜ『MV2』をつくるのか。『MV1』の追加ステージ配信ではいけないのか、という点だった。その結果、『MV2』では新たなゲームメカニクスを加えるのではなく、新たなキャラクターや、ゲームプレイを通して得られる感情の提供に舵を切ることになった。そこから生まれたのが「家族」というキーワードだ。実際に『MV2』をプレイすると、本作が母親と娘の世代交替という、ゲームでは珍しいテーマを扱っていることがわかるだろう。


もっとも、実際にはこのようにすんなりと決まったわけではなかった。鍵となったのがHuerta氏自身の私生活だ。2005年にHuerta氏は最愛の祖父を失った。さらに当時付き合っていた彼女が全身性エリテマトーデスにかかり、子どもを授かることが困難だと告知された。3人兄弟の長男として育ったHuerta氏にとって、この知らせは何よりも辛いものだった。しかし、その彼女と結婚し、2015年に待望の一粒種を授かることができた。


その後、『MV2』をつくることになり、続編について真剣に考え始めたHuerta氏。そこで気がついたのが、「自分は続編制作が嫌いなのに、映画の続編は必ず見てしまう」こと。そして、評価の高い続編がしばしば「家族」をテーマに扱っていることだった。「『帝国の逆襲』が名作になったのは、父親と息子の話にテーマを絞り込んだため」(Huerta氏)。こうした気づきが『MV2』のブレインストーミングで大きな影響を及ぼした。実際にチーム内でも大きな賛同を得たことで、手ごたえを感じたという。

次ページ:
<2>MV2のアートデザインとその背景

[[SplitPage]]

<2>MV2のアートデザインとその背景


『MV2』のコンセプトが決まったところで、Huerta氏はキャラクターのアイディアを広げ始めた。合計で100体程度描いたという。もっとも、ここから採用されたキャラクターは1体もいない。それでもゲームの芯を固めるのに役だったという。また、『MV2』ではテクスチャやマテリアルをよりリッチにすることで、画面の色使いを多彩にしたり、よりイラスト風に見せたいというアイディアもあり、その上で、さまざまな参考資料が探されていった。


ここでポイントとなったのが画家マウリッツ・エッシャーの作風からの脱却だ。「『MV1』はエッシャーの作品から多大な影響を受けました。しかし、『MV2』ではより多くのアーティストをテーブルの上に並べて、その要素を取り込みたいと思いました。そのため我々はエッシャーにさようならを言わなければならなかったのです」(Huerta氏)。実際に収集された資料は、建築・彫刻・アート・ポスター・インテリア・ファッションなど、さまざまな領域に渡った。


このように収集された資料は、当初Huerta氏によって写真共有サイトPinterestにまとめられた。属性ごとにわけられ、5枚のPinterestのページにまとめられたという。しかし、これでは制作チーム内での一覧性や共有性に欠けるとして、最終的にプリントアウトされ、スタジオの壁に大量に掲示された。

大量に集められた資料の中でも影響が大きかったのが、現実の風景だ。特にHuerta氏の出身地であるスペインのバレンシア地方は、『MV1』の世界観やビジュアルアートに、さまざまな影響を与えている。


同じように『MV2』のアートワークには、休暇中に訪れた街並みの風景や、ポスター、ドールハウス、キャンディー、他のアート作品など、さまざまな素材から引用されている。Huerta氏だけでなく、4人のアートチームからの引用も多いという。もっとも、実際に使用する際は各々の要素を分解し、抽出して再構成するように留意したとのこと。より詳しく知りたい場合は、書籍『Steal Like and Artist』(Austin Kleon著)が参考になると補足された。

次ページ:
<3>MV2のレベルエディタとシェーダ

[[SplitPage]]

<3>MV2のレベルエディタとシェーダ


続いて紹介されたのが『MV2』制作のためにつくり直されたレベルエディタだ。エディタ上でブロックを組み立てるようにレベルデザインを行い、色を変更したり、さまざまな仕掛けをほどこしたりすることが可能になっている。だまし絵特有の2Dと3Dの狭間的な表現は、キャラクターが特定のポイントに到達すると別の地点にテレポートすることで可能にしている。なおGDC Vaultの記録動画ではツールの実演風景も確認できる。


また、色味については特定光源から見て天頂面・左側面・右側面でそれぞれ異なる色彩が表示されるように、特殊なシェーダを組んだと説明された。Huerta氏は、本作で求められたのはアート性の高いイラスト的な表現であって、直接光や間接光のリアルな表現ではないと指摘。より深く知りたい人は書籍『Interaction of Color』(Joser Albers)が参考になると補足された。なお、こうした色彩設定も前述のエディタ上で行うことが可能になっている。


このようにシンプルで高機能なエディタが開発されたことで、レベルデザインが非常に効率化され、イテレーションの向上に貢献できた。特に本作ではレベルデザインが物語体験に密接に結びついているため、何度も背景となるストーリーにあわせて、修正が試みられたという。ときにはコンセプトアートが描かれ、そこからレベルデザインに反映されることもあった。こうしてデザインされたステージはプリントアウトされて壁面にはられ、全体構成を整える上で活用された。

<4>リリース4ヶ月前のちゃぶ台返し


もっとも、リリース4ヶ月前になって信じられないことが起きた。背景となるストーリーとキャラクターが一新され、すべてが再構成されることになったのだ。その話に至る前に、Huerta氏は本作のストーリーについて語った。前述の通り本作のテーマは「家族」だったが、具体的なストーリーはレベルデザインの過程で何度も練り直されていった。実際、当初はオムニバス形式も考えられていてほどだ。「各々のステージは本棚に並べられた本のようなもの」というイメージもあったという。


Huerta氏は制作チームで共有されていた、ゲームと物語体験をつなぐためのフレームワークについても紹介した。世界観からストーリー、キャラクター、そしてプレイヤーがとるべき具体的なアクションまで、ゲームの構成要素を地層的に重ねていくというモデルだ。各々のレイヤーでプレイヤーにどのようなメッセージを提示するかが、しっかりと規定されている。ここからわかるように、本作において世界観とビジュアルはゲームの物語体験に大きな影響を及ぼしている。


そこから次第に生まれてきたのが、「移民の親子」というストーリーだ。母親と娘は冒頭、小舟に乗って見ず知らずの土地にながれ着く。そこで自分たちが定住する家を見つける。そこから浮島の世界を探索していく......というながれだ。実際にこのストーリーに沿って後半のステージまで作成されていたという。しかし、β版のテスト結果は散々だった。内容が複雑すぎ、混乱していたのだ。一方でリリースの延期は不可能だった。4ヶ月で内容を根本から考え直し、整理する必要に迫られたのだ。

制作チーム内で検討された結果、「母親と娘」というテーマは新鮮であり、そのまま生かすべきだという結論に落ち着いた。その上でキャラクターを再デザインするとともに、母親のキャラクターが徹底的に掘り下げられた。彼女の娘、彼女の母親、仕事、友達、趣味などだ。こうして生まれたのが母親「ロー」というキャラクターだ。これによってストーリーが再構成されると共に、ゲームを遊んで自然にストーリーが体験できるように、ステージの見せ方が修正された。


この段階で新たに加わったテーマが「世代交替」だ。かつて自分がそうしたように、自分もまた娘の独り立ちを見守っていく......というながれだ。ここで再び強い影響を及ぼしたのが、Huerta氏の子育て体験だ。はじめて育休が終わった日や、はじめて息子を保育園にあずけた日に感じた寂しさ、切なさについて、ゲームをつくりながら改めて思い出したという。この感情を中心に据えることで、ゲームは母親パートと娘パートを交互に進めていくという構成に落ち着いた。


Huerta氏はこの心情が良く表現されたステージとして、第7章「塔」をあげた。娘を送り出し、一人残されたローの心象風景をモチーフとしたステージだ。また第12章「果樹園」のステージもお気に入りだという。このステージでプレイヤーは娘をゴールに向かって誘導しながら、自然に娘が花の中に入り、子どもから思春期の娘へと成長する様を目の当たりにする。Huerta氏はつくり直すことで当初のアイディアより、ずっと良いものができたと語った。

他にステージクリア時に表示される紋様や、メニューUIなども、この4ヶ月で加わった仕様のひとつだ。特にメニューUIは4回にわたって修正され、ひと通りの完成をみたのはリリースの3~4週間前だったという。もっとも、これらが可能だったのも、レベルデザインの過程でイテレーションを高速に回すためのしくみづくりができていたから。これによって無事、嵐のような4ヶ月をのりこえて、ゲームをリリースすることができたという。

最後にHuerta氏は今回の開発で得た教訓として「最初からゴールが見えていなくてもかまわない」、「自分の体験をもとにゲームをつくるべき」という2点を挙げた。ちなみに『MV2』には、これまで語られたようにHuerta氏の家庭環境が色濃く反映されているが、これは多かれ少なかれ、制作チーム全員においても同様だという。各自が作品を「自分ごと」として捉えることで、より完成度が高まるというわけだ。「あなたの人生をもっとゲームに注入してください」と語り、講演は締めくくられた。