カメラマップ~観ている視聴者に驚きを与えるびっくり箱~
平原:僕はカメラマップという「画を立体的に動かしていくぞ」というカットを中心に担当していたので、美術さんの画をいかにして馴染ませるか、みたいなところに苦労しました。
CGIデザイナー・海老原 優氏:どんなところが大変でしたか?
平原:一番悩んだのはレイヤーの扱い方です。カメラマップ用に美術の背景を描いてもらうのですが、それをどう動かすか、逆に動かさないかを考え、意味があると思うところはなるべく統合せず、レイヤーひとつひとつを動かすなり明滅させるなり、その役割を考えてやっていました。特に空気的なレイヤーの層をどうするかは、最後まで悩みましたね。
秋本:木村さんのBGは後で調整することも考慮して、とても細かくレイヤーを分けてくれています。それらを、カメラマップを担当するスタッフが整理しながら作業を進めてくれました。
多数のレイヤーが並ぶPhotoshopの作業画面
中島:本作はカメラマップだけでも20カットくらいありましたよね?
平原:3DBGと2DBGの中間的なカットも含めれば、それくらいでしょうか。完全にCGで貼り込まないといけないカットは粒ぞろいで、カット数は多くないけど内容はギュッと密度が高い感じでした。カメラワークが決まったものがあるときはそれを引き継いで、決まっていないときはレイアウトや絵コンテから決めています。
秋本:基本的に3DLOはほぼないですよね。今思いついたのは、1カット......? ってくらい本当に少なかったです。
CGアニメーター・平野浩太郎氏:それはどうしてですか?
秋本:最初から3Dのカメラを付けてしまうと、画としてあまり面白くないと個人的に思っていまして。CGは綺麗にパースがとれすぎてしまう、というのが主な理由ですね。作画のレイアウトだと、人間の捉える空間の歪みが自然と出るので、それをベースに無理くりCGを当て込んだ方が面白いものになると思うんです。そこで本作は、ほぼ全てのカットで作画レイアウトを切ってもらいました。
平原:美術素材を発注するときのガイドでも、一応パースは出しますけど、ガッチガチにしないつくり方を採っています。「CG側のルールに合わせて美術さんに描いていただく ということを当たり前にしたくなかったんです。
稲葉:ガイドを出しても、実際に上がってきたものがちがう、というのも「あるある」ですしね(笑)。
秋本:わかります(笑)。
平原:でも、ガイドを超えたその画が「かっけー!」ってなるんですよ。
秋本:そうですね! 本作の美術のクオリティは本当に高く、素材が上がってくるたびに平原さんや稲葉くんと一緒に、食い入るように画を見ていました。もちろん、こちらの意図していたものと方向性がずれてしまった場合は、その都度、美術監督の木村さんに相談して修正対応してもらっています。ただ、たまにちがう箇所もいつの間にか修正されていたりして、美術修正が戻ってきたときは皆で慎重に前のテイクと見比べたりしていました(笑)
平原:そうでしたね。まあ、基本的には、設計図を最初にしっかり組んで、ここのパースはこう、アウトラインはこう、つくりはこう、というやり取りを、データでも口頭でもして、美術さんとコミュニケーションを重ねることが大事です。その上で、コントロールできないようなところが、今回の作品の良さでもあるなと。
【上】美術素材発注用のガイド、【下】完成背景
中島:CGチームの皆が美術さんを尊敬していて、CGの作業が入ることで美術の良さを損なわないように、という意識が根底にありました。
平原:伝えることは伝えるけど、なるべく自由に描いていただいて、その画を自分がどれだけ遊び尽くして、世界観に馴染んだ状態にできるかが勝負でしたね。
海老原:そういう意味だと、平原さんのオススメのカットはどこですか?
平原:うーん......オススメというか、あえて選ぶなら、ギリギリまで試行錯誤した、カット630ですかね。
海老原:海くんが行方不明になって、琉花ちゃんだけが船に取り残されて帰ってきた後、海にいろいろな生き物が打ち上げられていて、ひょっとしたらその中に海くんがいるんじゃないかと見に行くシーンですね。
平原:このシーンでは、打ち上げられている魚を見せるために、PANからクレーンアップするまでを1カットに収めているんですけど、これが難しかったんです。
秋本:PANしているだけに思わせておいて、そこからカメラが上に向かっていき、三次元的に視野が広がるという驚きが、このカットの魅力ですよね。
平原:そうです。「びっくり箱」みたいな! そこでいかに「CGだ」という余計な印象を与えず、純粋に「すごい」と思わせるようにするかがポイントでした。ただ、背景原図は2枚しかなくて......。
BOIL:原図は手描きなので、CGでガチガチに組んでいるわけではありませんよね? そこで生じる(良い意味で)歪みを含む「原図」とキッチリした「CG」の「非整合性」みたいなところを、どう誤魔化すか、どう説得するかというのが大変そうでした。
平原:ミクロレベルでは破綻しているんですけど、それをいかに違和感なく見せるかが腕の見せどころですね。
秋本:ブロックの密着具合と魚の死骸とのバランスとか、こだわられていました。
平原:動いているものを調整している、画を描いている、というような感覚でしたね。
秋本:なるほど。画を整理していく作業ですか。
平原:大変でしたけど、とにかくどうしたら他の方々に納得していただける背景になるかを考えて......素材の海を泳ぎましたね。そのためなら、カメラマップに囚われず、それ以外の方法があれば何でもするという気持ちで、全てに全力投球しました!
秋本:おかげで良い画になりましたね。
平原:冒頭の琉花ちゃんのカメラマップは、稲葉さんが担当してくれました。背景が動きつつも、しっかり馴染んでいるのはすごいです。
稲葉:このシーンは建物が26個あって、基本的に板に美術素材を貼っています。屋根で斜めの部分は板も斜めにつくって、その集合体が街になるというイメージですね。道路もいろいろな要素がありました。
中島:テクスチャをただ板に貼っている感じにならない秘訣はありますか?
稲葉:まず、貼り込み素材の画をよく観察して、どのような密着マルチがついたら気持ちが良いかイメージします。その次に、貼り込み素材をいくつに分けて、平面をどの位置に置くかという具体的な作業をしていきます。単調な密着マルチにならないように、平面をゆがめたり、あえて球体に貼り込んだりと工夫しました。後は、影素材やフィルターも合成することで、ただの板に貼ったCG感を抑えられると思います。
中島:カメラマップは平面に美術素材を投影しているので、綺麗な落ち影は出ませんが......。
稲葉:影素材は美術監督に改めて描いていただきました。制作の終盤で付け加えたんですけど、格段に良くなりましたね。やればやるほど良くなるから楽しいんです、カメラマップは。
秋本:平原さんの担当したところでいうと、琉花ちゃんが水の中に入ったシーンのカメラマップも印象的でしたよね。こちらも、観てくださっている方は驚く映像だと思います。
稲葉:海中ということ自体もそうですけど、有機的なものがたくさんあるのが大変そうでしたね。サンゴ礁とか......。
秋本:サンゴ礁は立体的になっていますけど、CGで置くとなかなかそうは見えないんです。ギリギリばれないラインをねらって配置しました。
中島:3DBGのシーンはありますか?
秋本:3DBGの背景動画だと、シチュエーションによってはCGくささが際立っちゃうこともありますから、多様はしていません。暗い海中なら目立たず使えるので、夜の海に飛び込むシーンの海底は、3Dモデルを作成して3DBGで立体的に表現しました。本作のような作風では、CG技術は使いどころと見せどころが非常に重要だと思います。
取材後記
映画『海獣の子供』を巡る連載 第2回はいかがだっただろうか。美しい背景美術に動きを加えるCG背景と、美術素材を活かすCG背景。言うなれば、表と裏から作品世界を支えるCG技術だが、その根幹にあるのは同じものであった。「この作品を良くしたい」というひたむきな想いである。平原氏の「方法があれば何でもする」という言葉や、デザイナー陣の姿勢からもハッキリと感じられた。そんな彼らひとりひとりの想いの波が連なり完成した本作。令和 初めての夏に、日本中を飲み込む感動の大波になりそうだ。