6月7日(金)より全国上映中のアニメーション映画『海獣の子供』。そのCGメイキングを『CGWORLD vol.251』でご紹介させていただいたが、本誌だけではデザイナーたちの想いの全ては伝えきれない! ......ということで開催した特別座談会。第1回は「海の生き物=海洋生物」をテーマにお話しいただき、驚きの制作事情を知ることができた。続く第2回のテーマは、海を中心とした「背景」である。独創的かつ美しい映像が特徴の本作で、CG技術はどのように背景制作で活かされているのか。今回も、ほかでは語られない裏話が続々と飛び出していく!

TEXT_野澤 慧 / Satoshi Nozawa
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

映画『海獣の子供』6月7日(金)全国ロードショー
原作:五十嵐 大介『海獣の子供』(小学館 IKKICOMIX刊)/監督:渡辺 歩/音楽:久石 譲/キャラクターデザイン・総作画監督・演出:小西賢一/美術監督:木村真二/CGI監督:秋本賢一郎/色彩設計:伊東美由樹/音響監督:笠松広司/プロデューサー:田中栄子
主題歌:米津玄師『海の幽霊』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
アニメーション制作:STUDIO4℃
製作:「海獣の子供」製作委員会
配給:東宝映像事業部
www.kaijunokodomo.com
Twitter:@kaiju_no_kodomo
©2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会

作品世界に溶け込む海~カットごとに手法を変えて対応する~

CGIデザイナー・平原貫人氏:本作の背景制作において、CGはある意味目立たないようにしたかったんです。美術をコントロールするのは美術監督である木村真二さんなので、その意図を汲むことを第一に考えて、「CGですごいです」とか「CGで頑張りました」という感じがなるべく出ないように意識しました。

左から、CGIデザイナー・平原貫人氏、CGIデザイナー・中島隆紀氏、CGIデザイナー・Alex BOIL氏、CGアニメーター・平野浩太郎氏、CGIアーティスト・稲葉 昌也氏、CGIディレク ター・秋本賢一郎氏、CGIデザイナー・海老原 優氏。以上、STUDIO4℃ www.studio4c.co.jp

CGIアーティスト・稲葉昌也氏:そのような目標の中で、CGで海をつくるのは見ていて大変そうでしたね。

CGIデザイナー・中島隆紀氏:美術で描かれたすごいクオリティの海がある中で、そこからさらにCGで海に動きを付けるということを、自分がやることになりまして......。美術の海をCGの海に入れ替えていくんですけど、自分のつくる「CGの海」には「美術の海」と入れ替えるだけの価値があるのか、ずっと考えていました。

CGIデザイナー・Alex BOIL氏:すごいプレッシャーですね。

中島:......はい。「動く」という+αの要素をCGで加えることで、美術の海と入れ替える価値がある海にすることが目標でしたね。

CGIディレクター・秋本賢一郎氏:波の動きが「海に見えない」というところが、最初にぶつかった壁でした。海というよりも、湖とか川っぽく見えてしまったんです。


  • 初期の海

  • 最終的な海

中島:当初はどういう動きが海なのかがわからなくて......。昔の作画作品を何度も観て、海に見える動きを研究しました。結果、細かな流れとは別に大きなうねりが入っていることに気がつき、それをCGの海へ反映させています。

秋本:ハイライトや影の動きにも苦労していたようですが?

中島:そこも昔の作品をよく観察・研究してみると、CGシミュレ-ションとして有耶無耶にしていたところが見つかったんです。シミュレーションだと途中で影がほぐれちゃうことが多かったけど、形を保ったまま影を流してあげるなど、陰影も意図して動かさないと、海に見えないことがわかりました。

秋本:安海琉花が乗っている船と、奥から来る船がすれちがうシーンがあるのですが、そこのハイライトの表現は一番テイクを重ねたところかもしれないですね。

中島:まず、どうして海面がキラキラしているのか、きちんと理解していなかったことが最初のつまづきでした。「どういう光源がどこにあるから、波のどの部分が光ってキラキラして見える」みたいな原理が、全然つかめていなかったんです。

平原:実写の映像を参考にしていましたよね。

中島:そうして、ハイライトの箇所を決めたら、次は明滅感の模索でした。何コマ光って何コマで消えるか、答えがなかなか見つからなくて。

稲葉:明滅感は相当迷宮入りしていましたね。

中島: 「ずっとやっているね」、「根を詰めるとおかしくなるよ?」って、稲葉さんにも心配をおかけしました(苦笑)。

稲葉:毎日ずっと同じカットをやっていましたから......。

中島:朝起きて「こうしたら良いんじゃないか?」と思いついた案を試してみては、「前の方が良かったな......」となったり、別のカットで上手くいった方法を採り入れてみては「ちがうな......」となったりの繰り返しでした。制作初期の方で手をつけたカットですが、最後に完成したカットです。

秋本:「今なら倒せるかもしれない」と、最後に仕上げていましたね。

平原:そうやって時間をかけて探求できる環境はありがたいです。

秋本:主観視点の波は、コツをつかみましたか?

中島:つかめたと思います! 作画の波とかによくある、進行方向に伸びたハイライトが横でキラキラになる表現をCGでやれないかと、挑戦しました。海はシチュエーションに合わせて、細かく手法を変えています。

秋本:平野浩太郎さん(CGアニメーター)の鯨のセットアップのような感じですね。

中島:ほかにも、手描きのような水平の波の線が連なっていくような表現をやりたくて。距離が離れていくにつれて、線が連なって、段差の隙間も少なくなっていくことで、距離を感じられるかなと......! カメラの位置とか、カメラの動きとかに合わせてそれぞれちがう手法を採りました。

秋本:完全にセル調の波にするか、フォトリアルにするか、作品で変わりますからね。今回の波は、リアルなところはありつつ、情報を整理して、作品に適した波をつくってくれました。カメラの角度によっても答えがちがうので、難しかったと思います。

中島:シチュエーションもいっぱいありました。真上に太陽が昇ったお昼の波とか、沈みかかった夕焼けの波とか、沈んで真っ黒な波とか......。暗いけど波がある状況は伝えたいとか。終盤のカットでは、鏡面のように映り込みのある波もつくっています。とにかく、その都度対応しましたね。

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カメラマップ~観ている視聴者に驚きを与えるびっくり箱~

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カメラマップ~観ている視聴者に驚きを与えるびっくり箱~

平原:僕はカメラマップという「画を立体的に動かしていくぞ」というカットを中心に担当していたので、美術さんの画をいかにして馴染ませるか、みたいなところに苦労しました。

CGIデザイナー・海老原 優氏:どんなところが大変でしたか?

平原:一番悩んだのはレイヤーの扱い方です。カメラマップ用に美術の背景を描いてもらうのですが、それをどう動かすか、逆に動かさないかを考え、意味があると思うところはなるべく統合せず、レイヤーひとつひとつを動かすなり明滅させるなり、その役割を考えてやっていました。特に空気的なレイヤーの層をどうするかは、最後まで悩みましたね。

秋本:木村さんのBGは後で調整することも考慮して、とても細かくレイヤーを分けてくれています。それらを、カメラマップを担当するスタッフが整理しながら作業を進めてくれました。

多数のレイヤーが並ぶPhotoshopの作業画面

中島:本作はカメラマップだけでも20カットくらいありましたよね?

平原:3DBGと2DBGの中間的なカットも含めれば、それくらいでしょうか。完全にCGで貼り込まないといけないカットは粒ぞろいで、カット数は多くないけど内容はギュッと密度が高い感じでした。カメラワークが決まったものがあるときはそれを引き継いで、決まっていないときはレイアウトや絵コンテから決めています。

秋本:基本的に3DLOはほぼないですよね。今思いついたのは、1カット......? ってくらい本当に少なかったです。

CGアニメーター・平野浩太郎氏:それはどうしてですか?

秋本:最初から3Dのカメラを付けてしまうと、画としてあまり面白くないと個人的に思っていまして。CGは綺麗にパースがとれすぎてしまう、というのが主な理由ですね。作画のレイアウトだと、人間の捉える空間の歪みが自然と出るので、それをベースに無理くりCGを当て込んだ方が面白いものになると思うんです。そこで本作は、ほぼ全てのカットで作画レイアウトを切ってもらいました。

平原:美術素材を発注するときのガイドでも、一応パースは出しますけど、ガッチガチにしないつくり方を採っています。「CG側のルールに合わせて美術さんに描いていただく ということを当たり前にしたくなかったんです。

稲葉:ガイドを出しても、実際に上がってきたものがちがう、というのも「あるある」ですしね(笑)。

秋本:わかります(笑)。

平原:でも、ガイドを超えたその画が「かっけー!」ってなるんですよ。

秋本:そうですね! 本作の美術のクオリティは本当に高く、素材が上がってくるたびに平原さんや稲葉くんと一緒に、食い入るように画を見ていました。もちろん、こちらの意図していたものと方向性がずれてしまった場合は、その都度、美術監督の木村さんに相談して修正対応してもらっています。ただ、たまにちがう箇所もいつの間にか修正されていたりして、美術修正が戻ってきたときは皆で慎重に前のテイクと見比べたりしていました(笑)

平原:そうでしたね。まあ、基本的には、設計図を最初にしっかり組んで、ここのパースはこう、アウトラインはこう、つくりはこう、というやり取りを、データでも口頭でもして、美術さんとコミュニケーションを重ねることが大事です。その上で、コントロールできないようなところが、今回の作品の良さでもあるなと。

【上】美術素材発注用のガイド、【下】完成背景

中島:CGチームの皆が美術さんを尊敬していて、CGの作業が入ることで美術の良さを損なわないように、という意識が根底にありました。

平原:伝えることは伝えるけど、なるべく自由に描いていただいて、その画を自分がどれだけ遊び尽くして、世界観に馴染んだ状態にできるかが勝負でしたね。

海老原:そういう意味だと、平原さんのオススメのカットはどこですか?

平原:うーん......オススメというか、あえて選ぶなら、ギリギリまで試行錯誤した、カット630ですかね。

海老原:海くんが行方不明になって、琉花ちゃんだけが船に取り残されて帰ってきた後、海にいろいろな生き物が打ち上げられていて、ひょっとしたらその中に海くんがいるんじゃないかと見に行くシーンですね。

平原:このシーンでは、打ち上げられている魚を見せるために、PANからクレーンアップするまでを1カットに収めているんですけど、これが難しかったんです。

秋本:PANしているだけに思わせておいて、そこからカメラが上に向かっていき、三次元的に視野が広がるという驚きが、このカットの魅力ですよね。

平原:そうです。「びっくり箱」みたいな! そこでいかに「CGだ」という余計な印象を与えず、純粋に「すごい」と思わせるようにするかがポイントでした。ただ、背景原図は2枚しかなくて......。

BOIL:原図は手描きなので、CGでガチガチに組んでいるわけではありませんよね? そこで生じる(良い意味で)歪みを含む「原図」とキッチリした「CG」の「非整合性」みたいなところを、どう誤魔化すか、どう説得するかというのが大変そうでした。

平原:ミクロレベルでは破綻しているんですけど、それをいかに違和感なく見せるかが腕の見せどころですね。

秋本:ブロックの密着具合と魚の死骸とのバランスとか、こだわられていました。

平原:動いているものを調整している、画を描いている、というような感覚でしたね。

秋本:なるほど。画を整理していく作業ですか。

平原:大変でしたけど、とにかくどうしたら他の方々に納得していただける背景になるかを考えて......素材の海を泳ぎましたね。そのためなら、カメラマップに囚われず、それ以外の方法があれば何でもするという気持ちで、全てに全力投球しました!

秋本:おかげで良い画になりましたね。

平原:冒頭の琉花ちゃんのカメラマップは、稲葉さんが担当してくれました。背景が動きつつも、しっかり馴染んでいるのはすごいです。

稲葉:このシーンは建物が26個あって、基本的に板に美術素材を貼っています。屋根で斜めの部分は板も斜めにつくって、その集合体が街になるというイメージですね。道路もいろいろな要素がありました。

中島:テクスチャをただ板に貼っている感じにならない秘訣はありますか?

稲葉:まず、貼り込み素材の画をよく観察して、どのような密着マルチがついたら気持ちが良いかイメージします。その次に、貼り込み素材をいくつに分けて、平面をどの位置に置くかという具体的な作業をしていきます。単調な密着マルチにならないように、平面をゆがめたり、あえて球体に貼り込んだりと工夫しました。後は、影素材やフィルターも合成することで、ただの板に貼ったCG感を抑えられると思います。

中島:カメラマップは平面に美術素材を投影しているので、綺麗な落ち影は出ませんが......。

稲葉:影素材は美術監督に改めて描いていただきました。制作の終盤で付け加えたんですけど、格段に良くなりましたね。やればやるほど良くなるから楽しいんです、カメラマップは。

秋本:平原さんの担当したところでいうと、琉花ちゃんが水の中に入ったシーンのカメラマップも印象的でしたよね。こちらも、観てくださっている方は驚く映像だと思います。

稲葉:海中ということ自体もそうですけど、有機的なものがたくさんあるのが大変そうでしたね。サンゴ礁とか......。

秋本:サンゴ礁は立体的になっていますけど、CGで置くとなかなかそうは見えないんです。ギリギリばれないラインをねらって配置しました。

中島:3DBGのシーンはありますか?

秋本:3DBGの背景動画だと、シチュエーションによってはCGくささが際立っちゃうこともありますから、多様はしていません。暗い海中なら目立たず使えるので、夜の海に飛び込むシーンの海底は、3Dモデルを作成して3DBGで立体的に表現しました。本作のような作風では、CG技術は使いどころと見せどころが非常に重要だと思います。

取材後記

映画『海獣の子供』を巡る連載 第2回はいかがだっただろうか。美しい背景美術に動きを加えるCG背景と、美術素材を活かすCG背景。言うなれば、表と裏から作品世界を支えるCG技術だが、その根幹にあるのは同じものであった。「この作品を良くしたい」というひたむきな想いである。平原氏の「方法があれば何でもする」という言葉や、デザイナー陣の姿勢からもハッキリと感じられた。そんな彼らひとりひとりの想いの波が連なり完成した本作。令和 初めての夏に、日本中を飲み込む感動の大波になりそうだ。

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スペシャルメイキング

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スペシャルメイキング

■メイン舞台となる「海」の表現にたどり着くまでの変遷

▲初期開発の海。「海に見えない」ことが課題となった

▲うねりの要素を加えた海面。作画アニメのシンプルな表現を研究し、大中小の複数のうねりが「海らしさ」につながることに気づいたという

▲影面の見え方を調整し、ハイライトや白波の要素を加えた海面

▲ハイライト素材を調整した海面

▲色身を調整した完成画

■波の表現①

▲基となる背景画像

▲Mayaで作成した海面素材

▲流線素材。海面素材からモーションブラーを用いて線情報に変換したもの

▲上の【流線素材】から作成したハイライト素材。ハイライトとCGの波を連動させ、作画アニメのような表現を再現した

ハイライトを加えた海面

▲完成映像

▲Mayaの作業画面

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■波の表現②

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■波の表現②

▲基となった背景画像。この美術素材の海をCGに差し替える

▲Mayaで作成した海面素材

▲海面素材のレイヤー構造。1段目、2段目、3段目......と、波の素材を段差(高さ)ごとに分けた。作画の手法であるbookのように、手前から奥にかけて波を別々に書き出して重ねている

▲海面素材のレイヤー構造から得られる横向きの線情報

▲完成映像

▲Maya上での作業画面

■波の表現③

本作では、様々なシチュエーションの海が登場する。こちらは朝焼けの暗い海の表現だ

▲基となる背景画像

▲Mayaで作成した海面素材

▲海面の面情報。海面素材から面情報を抽出したもの

▲上の【海面の面情報】から作成したハイライト素材

▲ハイライトを加えた海面

▲完成映像。静止画で描かれていた美術の要素を残しつつも、美しく波打つ海にまとめている

▲Mayaの作業画面

■カメラマップを用いた背景制作

▲貼り込む背景素材

▲カメラマップによる背景。コンポジット前

▲コンポジット後。影などの表現が入ることによって、ぐっと背景のクオリティが上がった

▲完成画

▲完成動画。美術の背景を活かしつつ、CGならではのカメラワークのついたカットとなった

■CGで描く有機的な海

有機的なものが多く苦労したという、カメラマップを活用した海中シーンを紹介する

▲美術素材

▲カメラマップ用のオブジェクト。ここに美術素材を投影(マッピング)する

▲カメラマップ作業画面。美術素材がオブジェクトにマッピングされている

▲完成映像。カメラマップを活用し、美しい美術素材を上手く活かしている

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