STUDIO4℃が長編アニメーションとして新たな命を吹き込んだ映画『海獣の子供』。『CGWORLD vol.250』ではデジタル作画事例を、『CGWORLD vol.251』ではCGメイキングをご紹介させていただき、デザイナーたちの想いをさらに伝えるべく特別座談会を開催した。第1回は「海洋生物」、第2回は「背景」をテーマにお伝えしてきたが、ついに最終回となる今回は「神秘的な表現」がテーマだ。物語のクライマックスを彩る宇宙を中心に、作品制作の舞台裏で施された神秘的なしかけが明らかに! コアメンバーが『海獣の子供』を語り尽くす!!
TEXT_野澤 慧 / Satoshi Nozawa
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
映画『海獣の子供』6月7日(金)全国ロードショー
原作:五十嵐 大介『海獣の子供』(小学館 IKKICOMIX刊)/監督:渡辺 歩/音楽:久石 譲/キャラクターデザイン・総作画監督・演出:小西賢一/美術監督:木村真二/CGI監督:秋本賢一郎/色彩設計:伊東美由樹/音響監督:笠松広司/プロデューサー:田中栄子
主題歌:米津玄師『海の幽霊』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
アニメーション制作:STUDIO4℃
製作:「海獣の子供」製作委員会
配給:東宝映像事業部
www.kaijunokodomo.com
Twitter:@kaiju_no_kodomo
©2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会
神秘的な宇宙~2D的な手法でたどり着いた表現~
CGIアーティスト・稲葉昌也氏(以下、稲葉):宇宙のシーンは絵コンテの段階でも、ひと目ですごいシーンだとわかるくらい描きこんでありました。
CGIデザイナー・Alex BOIL(以下、BOIL):絵コンテの時点で、最終的なビジュアルも見据えていたんですか?
稲葉:いいえ。ビジュアルとして理解できたのは、美術によるイメージボードが上がってきてからですかね。キャラクターの身体の動き自体は作画でして、僕はその身体の内部を惑星や銀河で埋め尽くすという作業を行いました。
▲絵コンテ
▲イメージボード
CGIディレクター・秋本賢一郎氏:稲葉さんの制作手法はAfter Effectsで攻め攻めですよね!
稲葉:そうですね。After Effectsを軸にこの一連のカットをつくりました。このカットでは、螺旋状に泳ぐクジラのアニメーションとDNAのOBJデータをそれぞれMayaで作成しましたが、それ以外の作業は全てAE上で作業しています。
CGアニメーター・平野浩太郎氏(以下、平野):最初はMayaでやろうとしていたんですか?
稲葉:はじめは、MayaのnParticleや流体シミュレーションを使って、身体内部を表現できないかと模索していました。ただ、監督たちから求められていたそれらの動きをツール上で表現することは、僕にとって非常に難しくて......。さらに3DCGソフト上では上手く整合性のとれた惑星や銀河が漂った世界ができていたとしても、メインとなる身体の輪郭線自体は作画なので、それらを合成したときに果たして気持ち良いものが出来上がるのか......そんな不安がありました。なので、まず作画さんならどう描くのかという基本に立ち返りました。そこから視野を徐々に広げていくことで、2Dアニメ的な手法である「貼り込み」という技法を採用することにしたんです。
CGIデザイナー・海老原 優氏(以下、海老原):惑星などの貼り付ける素材も稲葉さんが描かれたんですか?
稲葉:素材は全て美術さんからいただいています。それらをTrapcode Particularを使って身体内部に詰めつくしました。Trapcodeのプラグインは重宝しましたね。
▲宇宙の素材
▲コンポジット後のシーン
CGIデザイナー・平原貫人氏(以下、平原):すごい密度でしたね。
稲葉:試行錯誤する過程でTrapcodeのプラグインに対する理解が深まってゆき、イメージした動きを苦なくつくることができるようになりました。また、あまり世の中で使われていないであろう使用例をたくさんあみ出すことができたと思っています。
秋本:逆再生も使っていましたよね?
稲葉:クジラが海に漂う銀河を吸引するシーンは逆再生ですね。パーティクル系はある点から放出することは得意なのですが、いっぱい散布された状態から一点にまとめることが苦手でして。そこでこのカットでは、口から銀河を放出するアニメーションをつくってから、それを逆再生させています。
秋本:すごく自然ですよね!
次ページ:
STUDIO4℃の真骨頂~精鋭スタッフたちの祭り~
STUDIO4℃の真骨頂~精鋭スタッフたちの祭り~
秋本:『海獣の子供』は工程ごとに、様々な工夫をしていますよね。例えば、タンクローリーのCGひとつをとっても、プリプロの段階とプロダクションの段階で様々な工夫をしてもらいました。
海老原:モデリングの段階からわざと3Dモデルのシルエットを崩して、漫画的なラインになるようにしています。タンクローリーの3Dモデルをつくったときに、そのまま綺麗にモデリングした状態でラインを出したら、漫画みたいな見え方にならなかったんですよ。そこでわざと歪ませてラインを出しました。
中島:そうやってつくられた3Dモデルを、カット作業時にさらにデフォーム系のエフェクトで歪みやわずかなブレを加えて、極力CGの硬さが出ないように調整を繰り返しました。
▲歪みあり(左)と歪みなし(右)の比較。わずかなちがいに匠のこだわりが光る
平野:その処理は探査機でもやっていましたよね。冒頭の一瞬だけ見える、1カットしか出てこないものでしたが。
海老原:やりましたね!
秋本:そこで得た見地を海洋生物でも活かしてもらって、手描きの海洋生物とCGの海洋生物を合わせても違和感のない画にしてもらいました。それから、撮影処理でもCGが用いられています。例えば、洋上で風を感じてもらおうと、ほとんどわからないような微妙に薄い処理ですが、たまにふっとパーティクルみたいな、通り過ぎる凪を入れました。(安海)琉花ちゃんが空くんと初めて会う海辺の夕日も、風に3%くらいのオーバーレイ処理のエフェクトを入れています。視認はできないけど、肌触りとして感じてもらえたら良いな、と。
平原:これ見よがしにはならないように気をつけつつ、要所要所で撮影処理を入れていますね。部屋の中のホコリなんかもそうです。
秋本:決して汚くは見えないように、効果的に見えるように意識しました。多くの魚が打ち上げられるカットの雨は、Alex(BOIL)さんが撮ってくれたんですが、コンクリートに落ちたしずくが垂れるところまはAEでやっていましたよね?
BOIL:やりました!
平原:あれはとても良かったです。
秋本:あの雨の処理はすごい。こんなことができるかと。
CGIデザイナー・中島隆紀氏(以下、中島):焚き火のシーンもすごく綺麗でしたよね。近年稀に見る火!
稲葉:火のCG素材は使わずに、作画のみで描いているんですよ。
秋本:ブラーとか、伸ばした具合が抜群ですね。
稲葉:色味も絶妙です。
平原:煙が黒くなかったのも良かった。
稲葉:火の粉も大変でした......!
秋本:本作で最初に打ち当たったのが、入射光でしたね。画面の中に光の筋が入ってくるあの手法は、日本の作画アニメ独特です。現実世界では入らない光だけど、昔から続くアニメの伝統的な撮影技法と言いますか。渡辺監督の中でそのイメージが強くあって、光の素材からつくりました。
稲葉:入射光は難易度が高くて大変でしたね......。
中島:同じように処理したつもりでも、カットによって最適解が異なるので「このカットはここだけ良くない とリテイクがあり......今ふり返っても難しいと感じます。
秋本:背景とのバランスもありますし、正直、入射光については、まだ完全にはマスターできていません。制作の最後まで、すぐには答えにたどり着きませんでした。
平原:光、風、気流、波とか、様々な要素が絡むんです。
稲葉:作画の波も、クジラの波も素晴らしいですよ。
平野:本当に素晴らしいですね! 自分が担当したヴィーナス(シロナガスクジラ)にまとわりつく水の作画が上がってきたときにも、カッコ良い! 感動しました。完全に作画にもってかれたなと(笑)。悔しいけど、圧倒されました。
秋本:波を描ける嶋田真恵さんというアニメーターの方が描いてくださったんです。
平野:海獣チーム内では「水の女王」と呼ばれていました。おかげで、とんでもない画になりました。
BOIL:本作を通して、やっぱり作画は素晴らしいと感じました。CGは寒い感じがするけど、手描きは温かい感じがします。
平野:全く音色が同じでも、自動演奏のピアノより、ピアニストが弾いたピアノに感動するような感じですかね......。
中島:CGは自動演奏みたいなイメージで、大変じゃないイメージというか、「CGなんでしょ?」と思われちゃう。
平野:CGも大変なんですけどね(笑)。けど僕自身もハリウッドのCG大作を見ても感動があまりなくなってきて、見慣れた感もありますね。作画はいつまでもワクワクするものがありませんか?
秋本:映画『風の谷のナウシカ』(1984)は今観てもすごいと思います。
平野:まだまだCGは作画に勝てないんだな、というのをどうにかしたいですね。コマ数で考えても、作画の3コマは違和感なく滑らかに動きますが、CGで3コマだと滑らかに見えないんですよ。
平原:CGはテクスチャの情報量が多いので、ただコマ数を落としても、コマが落ちてカクカクしただけになりがちですね。
平野:作画が2コマでも3コマでも滑らかに見えるのは、線だからだと思うんです。CGは面だから、目で追える情報量が多すぎて、コマを抜くとカクカクして見えちゃう。そこで8Kでつくったテクスチャも、ほとんどのカットで情報量を減らしました。......ほんとCGって何なんでしょうね(苦笑)。
稲葉:......(苦笑)。
平野:僕もひとりのCGIとして、今まではCG「で」頑張らなきゃって想いがありましたけど、『海獣の子供』では、そういった悩みは取っ払って手描きとCGの「両方を使って」何か見たことのない面白い表現をしたいという想いに変わりました。この作品で、アニメの高みのひとつに到達したと感じています。
稲葉:ぼくはAfter Effectsで表現できることってまだまだあったんだなと思いました。要は使い方です。AEのなせる限界を見てみたくなりました。そこまでいじり倒せたら......。
中島:もっとポジティブなこと言ってくださいよ(笑)。
稲葉:ポジティブですよ(笑)。
平原:私はCGで主張しすぎず、けれども渡辺監督の原作愛を引き出すための忠実な道具に徹したつもりです。
秋本:スタッフの皆がすごく高いモチベーションでやってくれたおかげで、これだけの作品ができたのだと強く感じますね。
平原:原作愛ですね。
秋本:昨日(取材前日)は完成の打ち上げをしていたけど、この作品に関われてラッキーだったと言ってくれる人ばかりでした。仕事は仕事と割り切る人もいるし、それは悪いことではないのですけど、お願いした以上に「こうしたら良い」と工夫したものを上げてくれる方が多かったです。「原作者の五十嵐(大介)さんだったらこうなんじゃないか」と、それぞれが提案してくれる精鋭のスタッフ陣でした!
中島:アニメになって初めて気付く原作の良さもあります。映像で観ると改めてわかる町の景色の良さとかがいっぱいあって、それを見つける楽しさもありますね。
平原:アニメとして漫画から出ることで、作品の良さに気付く感じがしました。
海老原:この迫力は、ぜひ劇場のスクリーンで観てほしいですね。
平野:僕は同士を求むと言いたいです! 作画の方はファンによるMADがつくられたり、原画さんの名前が認知されたりしていて、「かっけー」みたいになりますけど、CGのMADはまだあまり見たことがありません。アニメのスタッフロールで見ても、CGIって一般の人には何をしているかわからないんですよね。CGのアニメーターたちの個性が出てきて「○○さんのCGだ!」って言ってもらえるようになったら面白いです。そういうところで競い合いたいな、と。STUDIO4℃は作画の会社なので、なかなかCGのキャラクターアニメーションまでできる作品は少ないですが、もっとアニメーションをやりたいと言う人と一緒に仕事がしたいですね。『海獣の子供』を観て「自分もやりたい! と思ってくれたら嬉しいです。
秋本:今回のインタビューを通して、皆が「このカットはこんなことを考えてつくっているんだという話を聞けて面白かったです。一方で、制作期間中はひとりひとりそこまで詳しく見ることができなかったと反省もしました。原作のもつ魅力を、皆がわかっていたこともあって、どのスタッフもハードルの高さを感じていたと思います。それでも、1カットずつ根を詰めて、最後までブラッシュアップを続けたからこそ、本作のクオリティに仕上がったのです。そんな『海獣の子供』を、ぜひ楽しんでいただきたいです。
取材後期
全3回にわたってお届けした座談会も今回で最後だ。STUDIO4℃らしい、クオリティを一切妥協しない姿勢や先鋭的な取り組みの数々をお伝えしてきたが、デザイナー陣の作品愛を少しでも感じていただけただろうか。まちがいなく、日本アニメーション史に名を刻むことになる名作『海獣の子供』。しかし、大切なことは言葉にならない。どんなに言葉を重ねても、本作の全てを表すのには適していないだろう。どうか、あなた自身の目で、あなた自身の心で、あなた自身の言葉で、本作を感じてもらいたい。
[[SplitPage]]スペシャルメイキング
■独特なモーションの銀河
▲原画+CGテクスチャ
▲完成画
ブレイクダウン。この独特な動きをする銀河の表現には、After EffectsのプラグインTwixtor(コマとコマの間の絵を自動で生成できるツール)が用いられている。フルコマからわざとコマを抜き、その間のコマをTwixtorで自動生成することにより、手描きアニメのような微妙な揺らぎを表現した
■神秘的な宇宙のシーン
主人公・琉花の体内が宇宙になるカットを紹介する
▲イメージボード。こちらを再現すべく、CG作業をスタートする。星々の素材を3Dレイヤーにすることで、完成画でこのイメージボードに近い配置を実現した
▲作画のラフレイアウト。T.B(トラックバック)のカメラワーク指示があったため、視差を付けたい素材は3DレイヤーやTrapcode Particularで扱うことになった
▲完成映像
■逆再生で描いた銀河の吸収
逆再生によって制作されたカットを動画と共に解説する
ブレイクダウン動画
▲作画のラフレイアウト
▲一連の作業画面。【左】はジンベエザメが食べる銀河のアニメーション。もともとは、口から外に吐き出されるアニメーションであった。20以上のレイヤーでParticularを使用し、口のまわりの複雑な水流の動きを表現している。その動きに対して、ゆがみエフェクト等をかけ、微調整を行う。【右】は同様に作成した他のジンベエザメを合わせた状態
▲完成画。銀河を吸い込む様子が上手く表現された
[[SplitPage]]■手描きらしさを追求したCGの線画
あえて3Dモデルを崩すことにより、原作の印象を踏襲したというライン表現を紹介する
▲江ノ電モデルのワイヤーフレーム比較。左:歪みあり、右:歪みなし
▲江ノ電のライン比較。左:歪みあり、右:歪みなし。細かい差だが、印象は大きく変わる
▲完成画
▲ブレイクダウン動画
■作画とCGが融合した印象的な雨のカット
こちらも崩したライン表現の事例だ
▲タンクローリーモデルのワイヤーフレーム比較。左:歪みあり、右:歪みなし
▲タンクローリーのライン比較。左:歪みあり、右:歪みなし
▲完成画。美術による背景や手描きのキャラクターとも違和感なく共存し、印象的なシーンを支えた
■作画とCGが融合した印象的な雨の中のタンクローリー
雨の中を走るタンクローリーの印象的なカットのメイキングを動画で見ていこう
▲プレイブラスト。様々な海洋生物が泳ぐアニメーションは、全て手で付けられている
▲セカンダリ。このカットでは幽霊のような海洋生物を印象的に演出するため、通常のカットとは異なり半透明なシルエットのような表現が採用された
▲完成動画。撮影処理も加えられ、見事に仕上げられた
■映画『海獣の子供』の関連記事はこちら
デジタル作画も導入! STUDIO4℃が描く映画『海獣の子供』におけるこだわりの画づくり
映画『海獣の子供』公開記念! STUDIO4℃のCGスタッフが語る制作の舞台裏:第1回~海洋生物篇~
映画『海獣の子供』公開記念! STUDIO4℃のCGスタッフが語る制作の舞台裏:第2回~海を中心とした背景篇~